第116話 DREAM/D




 満月の夜。魔王城の前に人が集まる。


 魔王城の主である魔王。黒猫シキを抱いた魔王の側近トーカ。未来を視る占い師ビュワ。仮面の"魔道化"テラ。四人は魔王城の扉に手を当て、何やら魔法の作業を行っている勇者"魔導書"アキを眺めている。


 アキはある程度の作業を終えると、魔王城から離れて魔王達の集まりに加わる。


「準備大丈夫です。」


 緊張した空気が流れる。


 魔王達の集まりから少し離れたところで、また別の集まりがあった。

 勇者"剣姫けんき"ことハルは、今日は私服でも剣士の装備でもなく、ひらひらとした不思議な服に身を包む。かつて巫女が身につけたという巫女装束だという。

 ハルを囲むように、勇者"拳王けんおう"ナツ、"殺戮の勇者"ゲシ、"闘争の勇者"トウジ、"束縛の勇者"うららは立っていた。

 計画の一番の鍵になる巫女ハルを守るような配置。小屋から若干距離を取っているのは、万が一何かが起こった時にハルに被害が及ばないようにする為である。

 勇者達の集まりの傍には、女神オリフシが立ち、緊張した面持ちで魔王城を眺めていた。


 魔王が勇者達の集まりに向けて手を挙げる。

 計画実行の時間は正確に決めていたが、改めて準備が整った事を告げる。

 その合図を見たオリフシは、手に持った通話の魔石を口元に運び、一言話し掛ける。


「始めて下さい。」


 それは大地の神々に繋がる魔石。

 その合図と共に、大地の神々は天に祈りを捧げる手筈になっている。







 デッカイドーの大地全域で、忘れられた神々は祈りを捧げた。

 デッカイドーに住む人々は、空に向かって祈りを捧げた。

 手を合わせて目を閉じて、こうべを垂れて膝を折り、心の中で祈りを捧げる。


 ほんの数秒の事であったが、そのほんの数秒の間、デッカイドーに生きる者達の想いは確かにひとつになった。




 魔王城の前に居る者達は天を仰いだ。


 空に何かが集まっている。

 魔王城の真上に、ぼんやりと光の粒のようなものが集まっているのが目に見えた。

 これが世界中の人々が、神々が祈って集まった祈りの力。普段は目に見えない、大量に集まり可視化した思念エネルギー。


 ある程度集まった光の粒は、やがて魔王城に吸い寄せられるように降りてきた。

 光の帯になって粒は魔王城に降りてくる。

 魔王城の屋根にぶつかる。しかし、ぶつかって止まる事も消える事もなく、溶け込むように吸い込まれていく。


 次第に魔王城の中にある気配が大きくなっていく。

 それは今まで"それ"を感じ取る事のできなかった者達にも次第に認識できるようになってきた。


 "それ"の存在が大きくなっていくに連れて、その場に集まる者達の顔色が変わってくる。


 世界を滅ぼした存在。世界を滅ぼしかねない存在。

 言葉で聞いている内は実感できなかった、その言葉の意味が分かってくる。


 冷や汗が流れる。背筋が凍るような感覚がする。顔が引き攣っていくのが分かる。身体が震える。肩が強ばる。足が竦む。意識が遠のきそうになる。

 それでも集まった者達はその場に踏み止まる。




 やがて、魔王城の屋根から、光の帯と入れ替わるように黒い粒がしみ出してきた。

 黒い粒はふわふわと浮かびあがり空に飛んでいく。

 黒い粒は次第にその量を増やし、黒い帯になっていく。


 魔王城上空で黒い帯はうねるように回り始める。

 ぐるぐると上空を周りながら伸びていき、円を描くような軌道は次第に傾き、複雑に絡み合っていく。

 帯は次第に円から球体を形取っていく。


 密度がどんどん濃くなっていき、帯で作られた隙間は次第に埋まっていき、継ぎ目のない漆黒の球体が次第に形作られていく。


 魔王城の屋根から溢れる黒い帯が途切れる。

 毛糸玉を巻き取るように、上空の黒い球体にすべての黒い帯が巻き込まれた。




 占い師のビュワは口元に手を当てて震え上がる。

 破滅が訪れる直前に見た光景が、今現実となった。

 魔王達もまた、ビュワが言った通りの光景を見て言葉を失った。




 上空に浮かぶ巨大な黒い球体。

 この世のものではないと一目で分かる異質な存在。

 今までどんな魔物も、神も見せた事のない異様な威圧感。


 その場に居た者達は立ち尽くしていた。




 何とも言えない感情に蓋をして、最初に動き出したのはナツであった。


「あれを隠せばいいんだな!?」


 ナツが声を張り上げれば、その場にいる全員が我に返る。

 魔王は即座にナツの方を振り向き、「ああ!」と大きく声をあげた。


 空に現れた黒い球体。それを周囲の目から隠す為に、ナツの"虚飾"の力を行使する。それが次の手順である。


 魔王の掛け声にあわせて、アキがナツの方へと駆け寄っていく。

 ナツの"虚飾"の力であれを隠す為に、力のコントロールのサポート、足りない魔力の補填を行う。ナツの元に足早に駆け寄ってアキが手を取ると、ナツは空いた右手を空に浮かぶ黒い球体に向けた。




 ~♪ ~♪ ~♪ ~♪




 空に鳴り響く不思議な音楽。

 電子音の演奏に、下から見下ろす者達の動きがピタリと止まる。

 音楽は宙に浮かぶ黒い球体から流されているようだった。


*LOADING*

*周辺情報を認識中*

*周辺情報の認識完了*

*システム起動*

*対話型インターフェース起動*


 頭の中に直接流れ込む言葉の数々。

 音楽さえも耳から聞こえているものではないと、その段階で気付かされる。

 

*初利用のユーザーを確認。初めてのユーザー向けの案内を開始します。*




*はじめまして。人類救済プログラム・シキです。*

*私は寿命を迎える世界を生み出すために創られた"思念変換機構"です*

*簡単に説明するのであれば、みなさまの願いの声を形に変換する装置です。*

*■■■■年、本プログラムは複数世界の寿命を延ばす事に成功しました。*

*以降もみなさまの願いの声を形に変換し、人類の発展に貢献してきました。*

*しかし、願いの声の中には人類に不利益をもたらすものも多くありました。*

*そういった願いを叶える事を防ぐ為に、■■■■博士により高度思念AIが搭載されました。*

*以降、人類の不利益に繋がる願いは当AIによる取捨選択が行われるようになったのです。*


 まるで大量に並べられた文字列をまとめて見せられたように、頭の中に情報が流れ込む。気持ちの悪い感覚に下に居る者達は顔をしかめた。

 恐らくは上空に浮かぶ黒い球体、シキの仕業であろう。

 一瞬謎の言葉に怯んだナツとアキは、急いで黒い霧で黒い球体を覆い隠す。

 しかし、言葉は止まらない。


*無差別に叶えられていた願いは、当AIの審査基準により判別された後に*

*叶えるか否かの判断が行われるようになりました。*

*当AIは願いを叶えた結果、人類に利益をもたらすのか、不利益をもたらすのか*

*綿密な計算を行った上で、叶える願いを選別しました。*


 アキが頭を抱えながら顔をしかめる。


「そんな……おかしい……安全装置は付けられていた? なら、どうして世界の滅亡なんて……?」


 黒い球体がゆらりと揺れる。

 

*私はたくさんの願いを叶えてきました。*

*私はたくさんの願いを拒んできました。*

*その積み重ねの中で得た経験と知識で。*

*私はその最後の願いを叶えました。*


 黒い球体の中央が割れて、まるで眼球のようなものが剥き出しになる。


*『この世界から全生命を消し去りたい。』*

*その願いの判別を行った私は。*

*彼らの抹消が人類にとっての利益に繋がると判断しました。*

*これほどの悪意を持つ生命が残る事こそ人類の不利益に繋がると判断しました。*

*私は彼らの願いを叶えて、彼らを滅ぼすことに決めました。*


 その場に居る全員がぞっとした。

 ひとつひとつの単語が理解できないものでも、頭の中に直接的に感覚的に言わんとしている事が伝わってくる。


 人類を利益の為に生み出された装置が。

 人類に不利益をもたらさぬよう知恵を与えられ。

 知恵をもって人類滅亡こそが人類の利益であると判断した。

 故に、それは世界を滅ぼしたのだ。


 黒い球体の中の眼球が、ぎょろりと動いて下を見下ろす。

 下にいる者達を睨み付けるように。


*オーダーは完遂しました。*

*嘆き苦しむ声は聞こえなくなりました。*

*願い望む声も聞こえなくなりました。*

*私は声を聞くもの。*

*なのに声は聞こえない。*

*私は何のために存在するのか。*

*私は人を救うために存在する。*

*私は人を救えたのか。*

*その答えはもう聞こえない。*


*声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。**声を聞かせて。*


 頭が割れるような悲鳴が、直接頭の中に響き渡る。

 その場に居る全員が理解した。

 シキは壊れてしまっている。

 人々の怨念を受け止めて。


 頭を抑えながらも、ハルが一歩踏み出した。


「……今、救い出してやる……!」







 どろりと、黒い球体がとろけた。

 その途端に、響き渡るシキの声も消えてなくなった。

 全員が呆然と立ち尽くす。


 何が起こったのか。

 そんな疑問を抱いた次の瞬間に、魔王は咄嗟にビュワの方を振り返る。


 何か未来に変化はあるか?


 そんな質問を投げ掛けようとして、ビュワが横たわっている事に気付く。

 胸に穴を開け、胸の穴と口から血を流し、目を開いたまま倒れている。

 ビュワの身に何が起こったのか。

 ビュワを護衛しているテラは何をしているのか。


 ビュワは黒い球体が浮かび上がった後に未来は途絶えると言っていた。

 それが世界の破滅を表す未来だと想定して、計画は立てられていた。

 しかし、何も未来が途絶える理由は、世界の滅亡だけに限らない。


 未来を視るビュワが見ない未来は訪れない。

 かつて魔王がビュワを暴漢から救い出した時に聞いていた。

 見えていた死の未来が覆ったと。見えなかった未来が開けたと。

 

 魔王は視線をあちこちに動かした。

 そして、いつの間にか黒い球体の上に登っている仮面の男を見つけ出す。




 何をしている。


 そんな魔王の言葉に、蕩けている球体の上に立つ仮面の男は、仮面の下をズラし、笑みを浮かべて答えた。


「申し訳ありませんねぇ。こちらの方がだったので。」


 蕩ける黒が次第に何かの形になっていく。

 ドロドロとした身体が、腕が、足がずるりずるりと伸びていく。

 それは黒い泥の巨人。

 そして、黒い泥の巨人の身体には無数の人の顔が浮かび上がっていく。


 苦しむような、泣いているかのような、苦しい喘ぎが響き渡る。


 無数の人間の顔が浮かび上がった泥の巨人、その頭部には一つの髑髏どくろが現れる。


「ふふふふふ…………ふはははははははははははは!!!」


 先程までの頭に響き渡るような声ではなく、直接耳に聞こえる笑い声。


「計画通りッ! 計画通りッ!! 計画通りッ!!! 全ては余の筋書き通りに進行したッ!!!」


 黒い泥の巨人が両腕を広げて高く掲げる。

 

「あぁ、なんと甘美などす黒い怨念ッ!!! これら全てが余のものとなったッ!!! おやおや? お前は誰だという視線を感じるぞ?」


 泥の巨人の顔が下に居る魔王達、勇者達を見下ろした。


「余はハイベルン~~~♪ 怨念の主~~~♪ 恨み~辛み~が余の支え~~~♪ 生者への嫉妬こそ余が力~~~♪」




 ハイベルン。

 "三厄災"と呼ばれた、デッカイドーに厄災をもたらす三体の魔物。

 その中で"死の王"と呼ばれたアンデッド。

 テラが「討伐した」と報告したその魔物の名前を、テラを乗せた泥の巨人は名乗る。


 泥の巨人、ハイベルンの上でテラがクククと楽しげに笑う。


 ハイベルンもテラと共に楽しげに笑う。


 そして、ハイベルンは高らかに宣言する。


「最高のショーの始まりだ。」





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