外伝第22話 世界を救う会議、一方その頃
王城にて勇者達が集まり、世界の破滅の対策会議を開いている。
一方その頃。
王城内に設けられた一室、預言者の部屋。
本を開いてベッドに寝転び、落ち着かない様子で足をぱたぱたとさせているのは白い髪の華奢な少女、シズ。当代の預言者である。
本をぱらぱらと捲るものの、結局はしおりを挟んでいたページまで戻してしまう。まるで内容が頭に入ってこないので、このまま読み進めるのも嫌なのだろう。結局、シズは本をぱたりと閉じた。
枕に顔を埋めてぱたぱたと足を動かす。
そして、枕に向かって声をあげた。
「私だけ仲間外れなんてひどいです!」
枕に籠もった声は周囲には聞こえない。
預言者シズ。世界が迎えようとしている危機を知る数少ない人物の一人である。
そんな彼女は、今日の会議に呼ばれていなかった。
シズは仲間外れにされていじけていた。
「そりゃ分かってますよ。私が神様の言葉を届けるくらいしか役に立たない事くらい。だから仕方ない事ですけど……。」
いじけてはいるが、シズは自身が蚊帳の外に居る事は分かっている。
天の神の助言を魔王に届けたところで彼女の役割は終わっている。
これから始まるのは世界の危機との対峙である。武力を持つ訳でもないシズが入る余地などない。
それはそれとして、悔しい。
仲間外れにされている事もあるが、何よりこれ以上力になれない事が悔しいのだ。
枕に向かって不満を零せば、少し胸が空く。
かといって、この葛藤が落ち着くわけではない。
シズは枕から顔を上げた。そして、ごろんと転がりベットから降りる。
立ち上がり部屋の入口まで歩いて行けば、扉にそっと耳を当てた。
音が何も聞こえない事を確認して、にやりと悪戯な笑みを浮かべてそっと扉を押し開ける。身を屈めて、そろりそろりと音を立てないように扉を開けて……。
「シズ様。」
扉の前に立っている世話役のメイドに見つかった。
「こそこそと何処に行かれるつもりですか?」
扉の隙間から見下ろしてくるメイドが、にっこりと笑って尋ねてくる。
顔は笑っているが心は笑っていない。そう一目で分かる笑顔であった。
シズは目を逸らしつつ、ぽつりと呟く。
「あの……お花摘みに……。」
「そうですか。では、お供しますよ。」
「や、やっぱりいいです……。」
「おや? 我慢はお身体に毒ですよ?」
「……………。」
シズは引き攣った笑みを浮かべた後に、しゅんと目を伏せた。
「……嘘つきました。」
「……そんなに勇者様の会議が気になるのですか?」
ぴたりと言い当てられて、シズは隠せず図星だと顔に出す。
その反応を見たメイドは呆れたように溜め息をついた。
「駄目です。今日は英雄王と勇者様以外は立ち入り禁止の会議です。扉は完全に閉ざされ、会議が終わるまでは一切の外部からの接触はできません。入念に結界まで張られています。覗き見も盗み聞きもできません。」
どうやら完全防備の環境らしい。
シズが私室から抜け出したところで、会議に顔を出す事はそもそも不可能であるようだ。そこまで聞いて、シズは諦めがついてしゅんとした。
「……はい。」
その様子を見たメイドが少しだけ気の毒そうに口を結ぶ。
そして、はぁと溜め息をついた。
「……随分とお転婆になられたようで。」
以前のシズは大人しく、おどおどとしていた弱気な少女であった。
それが一度城から消えた事件以降、少し明るくなり自身の意見を言うようになった。
そこまではいいのだが、部屋から抜け出そうとしたりと、少女らしいやんちゃな一面も見せるようになってきた。
世話役のメイドからしたら微笑ましいような世話が焼けるような、複雑な心境である。
「借りてきた本はもう読み終わったのですか?」
「まだです。」
「本でも読んで、気を紛らわせたら如何です?」
メイドがそう言うと、しゅんとしたままシズは「はい。」と頷いた。
本当に寂しそうな悲しそうな顔をするので心を痛めつつ、今日ばかりはどうしようもないので諦めて貰うしかない。
シズは諦めて部屋に戻る。その様子を最後まで心配そうにメイドは見ていた。
シズはとぼとぼとベッドに戻る。
あわよくばと思ったが、どうやら会議室はガチガチに閉ざされているらしい。
こうなるともう入り込む余地がないので諦めも付く。
しょんぼりしながら、シズはベッドにぼふっと埋もれ込んだ。
うつ伏せに枕に顔を埋めて、シズは動かなくなる。
本も読まずにぼんやりと寝転び、シズははぁと溜め息をついた。
シズはハッとする。
目をぱっと開いて、意識が途切れていた事に気付いた。どうやら寝転んでいたら眠ってしまっていたらしい。
そして、すぐに異変に気付く。
部屋の明かりは消えていた。消さずにベッドに寝転んでいた筈である。
カーテン越しに窓を見れば、日の光はすっかりなくなっている。どうやら暗くなってしまっていたらしい。
そして、一番の異変はうつぶせに寝ていた筈のシズの身体は仰向けになっており、綺麗に毛布を被っていた。
寝落ちしてしまっていたのを見て、メイドが寝かせてくれたのだろうか?
そんな事を考えながら横を見たシズはぎょっとした。
「ハル!?」
シズの部屋の椅子に腰掛けて、腕を組んで顔を伏せ、目を閉じているのは勇者"
思わぬ人物の登場に思わずシズが大きな声を上げれば、顔を伏せていたハルが目を開いて顔を上げた。
「ああ、シズ。起きたのか。」
「な、ななななななななななんでハルが!?」
オドオドしながら枕元の魔石を弄り、部屋の明かりを付ける。
ハルは慌てふためくシズを見て、にこりと笑った。
「会議が終わったからシズの様子を見に来たんだが、眠ってしまってたからな。まぁ、できれば話したかったからある程度の時間までは様子見しようかと思って。」
「え? え?」
シズが戸惑う。カーテンを開ければほんのりと暗くなっているがそこまで深夜という訳でもないらしい。
寝落ちしてしまったシズをきちんとした体勢に直して、明かりを消してくれたのはハルだったようだ。
シズは口元の違和感にハッとする。だらしなく涎が垂れている。シズは顔をかっと赤くして、慌てて口を拭い、乱れた髪の毛を手櫛で整えた。
「ど、どどどどどうして……?」
「会議の事を心配してくれていたみたいだから。顔は見て置いた方がいいかなと思って。」
どうやらシズが会議を気にしていたのを知って、わざわざ会いに来てくれたらしい。思わぬサプライズにシズの心臓がどきどきと高鳴る。
ハルは顔を赤くして口元を手で隠すシズを見て、ははと笑った。
「お邪魔だったかな?」
「しょ、しょんなことないでしゅ!」
寝落ちしたところを見られた恥ずかしさもあったが、それよりもハルが会いに来てくれた嬉しさが勝る。シズが慌ててお邪魔というのを否定して首をブンブンと横に振ると、ハルが微笑ましそうに笑った。
「また前みたいに緊張しいになってる。」
「は、はひ……。あの、その……寝起きで舌が回ってなくて……!」
慌てて手櫛でくいくいと髪を弄るシズ。その頭をハルがぽんと撫でた。
「まだここに寝癖が。」
突然頭を撫でられて、ぼっとシズが赤くなる。
そのまま卒倒してしまいそうなくらいに顔が熱くなり、シズはくるくると目を回しながらあははははと笑った。
様子のおかしいシズを見て、ハルが苦笑し頭の手を離す。
「眠かったか? それならすぐ済ませる。」
「だ、大丈夫です!」
「まぁ、どちらにしても遅いし。」
急ぎ話を進めるのを少し口惜しく思ってシズが視線を落とすが、ハルはそのまま話し始めた。
「詳細は話せないんだが、大丈夫。悪い話ではなかったよ。心配要らない。」
それを言うためだけに、律儀にもハルはシズに会いに来てくれた。
ハルが来てくれた嬉しさで浮ついていたシズだが、それを聞いて少し安心する。
ハルの言葉には不思議と信じ込まされるような力強さが宿っていた。
シズはふぅと息をつき、ハルに微笑みかけた。
「それなら良かったです。」
ハルも安心した様子のシズを見て、ふっと優しく笑った。
「じゃあ、私はこれで。」
「あっ……もう、行っちゃうんですか……?」
口惜しそうに見上げるシズ。しかし、ハルは立ち上がる。
「シズも疲れてるだろうし、ちゃんと寝た方がいい。安心して眠ってくれ。」
「……はい。」
遅い時間ではないとはいえ、夜にはなっている。これ以上引き留めるのも迷惑だろうと、シズはそれ以上は言わなかった。
「おやすみ、シズ。」
「あっ……お、おやすみなさい、ハル。」
ハルにおやすみと言われてどきりとする。
それだけで幸せな気持ちになり、自然と頬が緩んでしまう。
ハルはそのまま出口に向かい、扉を開く。扉を潜った去り際に、ハルはシズに手を振り笑った。
ぱたん、と部屋の扉が静かに閉まる。
シズは未だにぼんやりとしていた。
「…………えへへ。」
会議に混ぜて貰えない不満や、心配は気付けば消えてなくなっていた。
しばらくの間、シズの熱は冷めず、結局眠ったのはしばらくしてからの事であったという。
「ありがとうございます。ハル様。こんな夜分にまでお付き合いさせてしまい申し訳ありません。」
「いや。こちらこそ。シズが心配してたと教えてくれてありがとう。」
シズの部屋の前で、声を殺してシズの世話役のメイドとハルが会話を交わす。
ハルがシズが心配していると知ったのは、このメイドから伝え聞いたからである。
以前から護衛についたハルに対して、シズが好意を抱いている事に気付いていたメイドは、会議室の前で会議終わりのハルを待って声を掛けたのである。
メイドはひとつの包みをハルに差し出した。
「こちら、お持ち下さい。大したお礼もできず申し訳ないのですが。」
「そんな。私が来たくて来ただけだから受け取れない。」
「私からの気持ちです。受け取って頂けると幸いです。」
半ば強引にぐいとメイドが包みを押し付ければ、ハルは困ったように苦笑して結局包みを受け取った。
「ありがとう。それじゃ、私はこれで。」
「お疲れ様です。本当にありがとうございました。」
ハルは包みを持って、その場を後にした。
頭を下げてその背中を見送った後に、メイドはシズの部屋の壁に寄りかかる。
中から僅かに浮かれるよな笑い声が零れてくるのを聞いて、メイドはふふっと小さく笑った。
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