第113話 会議の後で




 世界の滅亡を防ぐ為の会議の後。

 いち早くゲートを通って帰った魔王一行と女神オリフシ。

 残された勇者達も、英雄王ユキの「解散!」の一声で会議室から出て王城を後にした。





 城から出てすぐに、スキンヘッドの大男は小柄な少女に声を掛けた。


「"魔導書"。」

「え? 何ですか?」


 スキンヘッドの大男、"闘争の勇者"トウジが声を掛けたのは"魔導書"アキ。

 突然見上げる程の大男に声を掛けられて、アキは思わずびくっとした。

 一方、トウジの方は声を掛けたものの、何やら緊張した面持ちでアキを見下ろしている。若干顔を引き攣らせて緊張しているようにさえ見える。


「ちょっとトウジ。アキちゃんに何絡んでるんですか。」


 少女"束縛の勇者"うららがげしっとトウジの足を蹴る。

 そこでビクッと肩を弾ませ、トウジは驚きうららを見下ろす。


「い、いや。違うんだ。」

「何が違うんですか。絵面見たら完全に犯罪ですよ。」

「は、犯罪!?」


 思わぬワードが出てきてトウジが慌てる。

 無骨な大男が少女をじっと見下ろしている。実際見る人が見れば誤解を与えそうな光景


「い、今は以前の無礼の謝罪をしようと……!」

「え。やっぱ前に何かやらかして……。」

「違う!」

「うららさんちょっと邪魔しないでください。」


 何やらじゃれあっているトウジとうららを見て、アキがじとっとした目で睨み付ける。アキに叱られてうららがしゅんとする。


「なんですか?」


 トウジから話し掛けてきた理由をアキが尋ねれば、トウジはおほんと咳払いしてから意を決したような顔になった。


「……以前は一方的に敵視して勝負を仕掛けてすまない。」


 トウジがまだ勇者に選ばれていなかった頃。

 アキ含む三人の勇者を偽りの勇者と呼び、勝負を仕掛けた事があった。

 アキにも当然勝負を挑み、トウジは返り討ちにあったのだ。


「同じ勇者となり、同じ目的を持って協力する仲になった。過去の禍根を残したままでは良くないと思った。あの時は申し訳無かった。我が大人げなかった。」


 トウジは頭を下げる。おお、とうららが感心したように呟いた。


(あの安いプライドの塊が頭を下げるとは……丸くなりましたねぇ。)


 トウジの謝罪を受けたアキは……。


「……何の話ですか?」

「え。」

「初対面ですよね……?」


 アキはまるで過去の出来事を覚えていないかのように語る。

 トウジは絶句した。


「いやいやいやいや! 我から勝負を挑んだら、とんでもない魔法で半殺しにしてきたではないか!」

「…………?」

「殺し掛けた相手を覚えていないのか!?」


 アキは困った様に眉根を寄せた。


「人違いでは?」


 アキはトウジの事を覚えていない。

 正確には、あの時半殺しにした半裸の不審者と、目の前にいる正装の勇者の後輩が同一人物だと思っていない。

 まさかいきなり半裸で襲い掛かってくる変質者が勇者になるとは思っていないのである。


 一方、トウジの方はというと、アキがここまでとぼけた様子なのを見ると、逆に自分の記憶の方が疑わしくなってくる。


(あれ? もしかして、我の思い違いか?)


 相手が天才的魔法使いであり自分よりも遙かに賢いであろう相手だという事実。

 そして、あの時は本気で三途の川を渡りかけたので、色々と記憶が錯乱しているのではないかという不安。

 自分の記憶を疑い出すと、今度は会議中にナツを励ましていたアキの姿を思い出す。

 出会い頭に拷問にしか思えないような、とても人に撃ってはいけないような魔法をぶっ放すような鬼畜には見えなかった。


 そして、冷静に思い返す。

 あの時見た"魔導書"は"剣姫"と共にいた。

 今日、会議の場で見掛けた"剣姫"は、あの時見た"剣姫"とは別人であったように思えてきた。もっと荒々しい印象だったような気がする。


(もしかして、あの時見たのが記憶違い……? もしくは人違いだったのか……?)


 トウジの中でいよいよ自分の記憶の方が疑わしくなってきた。

 しばらく考えた後に……と言ってもそこまで深く考えずに、トウジは結論を出した。


「……すまん。我の記憶違いだったかもしれん。」

「ですよね?」

「申し訳ない。変な言い掛かりを付けてしまって。」

「いえいえ。お気になさらずに。これから宜しくお願いしますね。」


 アキは愛想良く笑った。


 トウジはほっと胸を撫で下ろす。

 何故、胸を撫で下ろすのか?

 実のところトウジは自身の記憶を疑ったという事もあったが、何より本能的にアキを恐れていたのである。

 こっぴどくやられた記憶が知らず知らずの内にあったトウジは、その無意識のトラウマから記憶を改竄した。


 そんな経緯を何となく見ていて察したうらら。


(……まぁ、こっちの方が変に揉めなくていいですかね。)


 何やかんやこれで関係性が保てるのならいいや、と特に間に入ること無く苦笑して流した。




 城から出た後に、城の入口を振り返るのはナツ。

 そんなナツに後ろから声を掛けるのはゲシである。


「おォ、どうしたナツ?」

「……ん? いや、ああ……ハルに声を掛けようかと思ったんだが。」


 ハルは会議が終わった後に、何やら城のメイドと会話をした後に「少し用事があるから。」とその場で別れてしまった。

 ナツは久し振りにあったハルに話し掛けようと思っていたのだが、それで機会を逃してしまった。会議前は英雄王もいた手前、私的な話をする時間もなかった。


「あァ、出てくるの待つのか?」

「遅くならなければな。遅くなるなら逆に待たせてしまったと思わせるのも悪いし諦めるが。」


 ゲシはナツの言葉を聞いて、一冊の本を取り出す。

 この世界のあらゆる情報が書かれた世界の攻略本とも言える"世界の書"。

 これを開けば、この世界の情報であればリアルタイムで更新された情報が載る。

 この世界の人間であるハルの用事を調べて見れば、そこにはどんな用事なのか、どのくらい時間がかかるのかが記載されていた。


「あァ~……多分夜まで掛かるぜコレ。」

「え? 分かるのか?」

「まァな。ほれ。」


 ゲシは"世界の書"をナツに差し出す。

 開かれたページを見れば、ハルの用件が書かれていた。

 世界の破滅に関する事情を知っていながら、会議には参加できなかった預言者シズを安心させる為に話をしに行った。しかし、シズは眠ってしまっており、夜まで待つであろうという未来予知とも思える情報が書かれていた。


「……こんな事まで分かるのかこれ。」

「まァ、ここまでしっかり書かれない事も多いけどな。先の情報まで出てくるのは珍しいな。」


 ゲシは本を閉じて再びしまおうとする。

 ゲシの言った通り、ここまで詳しく、更に先の予測まで書かれる事は珍しい。

 そこでゲシは一つ気付く。

 やたらと誤植の多い本。更に、ナツがハルを待とうか迷っている時に見ると、待たない方がいいと分かる情報を寄越す本。

 誤植が多いのは適当な女神が渡してきた本だから、と勝手に思っていたのだが……。


(もしかして、アイツが実際に書いてンのか?)


 アイツ、こと女神ヒトトセ。ゲシやナツをこの世界に転生させ、特典として"世界の書"を授けた女神である。

 誤植が多いのはあの適当な女神が内容を書いているから?

 このタイミングでナツを慮った内容が記されたのは気遣いから?

 ゲシはしまいかけた手を止めて、再び"世界の書"を開いた。


 まさか、アンタ見てるのか?


 そんな疑問を持ちながら本を開けば記されていた。


 ソ、ソンナコトナイヨ?


 ゲシはイラッとして、本を乱暴にパタッと閉じた。


(あンのクソ女神……見てンなら手ェ貸せよ……!)


 ここに来て思わぬ真実が分かってしまった。

 見ているのにこの危機に手を貸さない女神に憤りを感じつつ、どうせ大した助けにはならないとも思って、ゲシはそれ以上憤るのも馬鹿馬鹿しくなり本をしまう。


「……まァ、そういう訳で、多分遅くなンぞ?」


 ゲシにハルが遅くなると聞かされたナツは、腕を組んで顔を伏せ、じっと考える。

 しばらく考えた後に、ナツは顔を上げてゲシを見た。


「悪い。やっぱり待つ。遅くなると教えてくれたのにすまない。」


 ゲシは少し驚いたようにぱちくりと瞬きをした。


「まァ、別にお前ェがいいってンならいいンだけどよォ……。」


 そして、にやりと笑ってナツの肩をぽんと叩いた。


「ちょっと雰囲気変わったなァ、お前ェ。」

「そうか?」

「前よりハッキリしたっつーか、自信がありそうに見えるっつーか。」


 ゲシはくるりと踵を返す。


「ま、無理すンなよ。」

「ああ。ありがとう。」


 手をひらひらと振り、ゲシはナツに別れを告げた。

 ナツはその背中を見送り、引き続きハルがくるのを待つ。




 ゲシがナツとの会話を終えて歩いて行けば、先に帰ろうとしていたうららが歩幅を狭めて歩調を合わせてきた。


「ゲシは待たなくていいんですか?」

「あァ?」

「気になってるんでしょう?」

 

 ゲシは面倒臭そうに顔をしかめた。

 うららには以前話してしまった。

 ゲシもハルと前に会っており、そこで好意を抱いた事を。

 ナツはハルを待つという。お前も待たなくていいのか?

 うららはそうやって茶化しに来たのだ。


「……俺ァ、別に『綺麗だな』くらいにしか思ってねェよ。大体、俺の転生前は結構な歳だぜ? ああいう若ェ子には別に……。」

「恋に年齢なんて関係ないですよ?」

「からかうなってェの。」


 くすくすと笑ううららの頭にゲンコツを振り下ろせば、うららは「あん。」と嬉しそうな声を上げた。ドMなのでむしろゲンコツはご褒美なのだ。

 面倒臭そうにはぁとゲシが溜め息をつけば、うららはふふんと得意気に笑う。


「まぁ、譲ったつもりなのか知りませんけど。多分ナツさんも脈なしですよ。」

「……ハァ?」

「あれは誰の手も届かない高嶺の花です。」

「……まァ、そりゃ何となく分かるわ。」


 ゲシは言われてなんとはなしに納得する。

 以前にハルに会ったときにゲシも何となく感じ取った。

 それはうらら同様に前世でもそこそこの神生経験を積んだからなのか。

 どこか浮き世離れした、打てど響かぬ高き人。

 きっと人生が交わることはないのだろうと感じさせる特別な人間。

 ハルという勇者はそういうものなのだろう。


 ゲシも好意こそ抱けど恋とまでいかないのはそういう諦観があったのだと、うららと話していて気付いた。


「……ハァ。まァ、ンなモンだよなぁ。」

「やっぱり少し落ち込んでます?」

「うっせェ。」

「景気づけに飲みにでもいきます? 失恋だけじゃなくで気分も落ち込んでるでしょ?」


 うららの言葉を受けて、ゲシはうららの方を見下ろす。

 うららはゲシを見上げて微笑んでいた。


「……ハァ。お前ェのそういう他人をお見通しみてェな態度が気に入らねェンだよなァ。」

「で、行くんですか? 行かないんですか?」

「あァ、行くよ。」


 煩わしそうに投げやりに答えたら、先に歩いているトウジに向かってゲシは呼びかけた。


 結局この後、打ち上げと称してアキも交えて四人の勇者で食事会をすることになるのだが、それはまた別のお話。




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