第112話 世界を救う会議
王城の一室にて、六人の勇者達と英雄王は集まっていた。
勇者と英雄王以外は一切の立ち入りを禁じられた会議という名目で、他には誰もおらず、扉も鍵が掛けられていた。
更に勇者"魔導書"アキによって設けられた結界は中の音を一切漏らさず、外部からの侵入、魔法的な緩衝も全て防いでおり、中の様子を窺う手段は皆無である。
その会議室で円卓を囲んで座る勇者達と英雄王はじっと黙って待っていた。
会議室の空中に穴が空く。人間台に開いた穴からは、ゾロゾロと人が歩いて出てきた。
先頭に立つのは魔王。
続いて猫耳メイドのトーカ、仮面を被った紳士"魔道化"テラ、占い師のビュワが姿を現す。更にその後に続いて、ウェーブがかった長髪の女神オリフシが姿を現した。
オリフシがゲートを出たところで、魔王が指をパチンと鳴らすとゲートはすっと閉じて消えた。
その様子を見ていたアキが腕を組みつつむぅと口をへの字に曲げる。
「それ、私の結界も突破できちゃうんですね。なんか癪です。」
「いや、突破できなきゃ此処に来られないだろ。」
アキの結界もお構いなしの魔王のゲート移動にムッとするアキにツッコミを入れつつ、現れた魔王達は円卓の空いた席にそれぞれが座った。
"殺戮の勇者"ゲシが「あっ。」と声を漏らす。何事かと周囲の視線が集まるのだが、ゲシは「失礼。」と頭を下げて苦笑いした。
丁度その後、その場に居る何人かがびくっと肩を弾ませる。
反応しなかった何人かの内、"
「どうしたんだ?」
「なんでもないです。ね?」
アキが周囲を見渡し、同意を求めるように首を傾ければ、ハル以外の全員がこくこくと頷いた。
ハルはうーんと納得いかないように首を傾げつつも、誰も取り合うつもりはないようなので諦めて黙り込んだ。
円卓についた魔王フユショーグンは、周囲が静まり返っているのを見回して口を開く。
「お集まり頂き感謝する。魔王フユショーグンだ。まぁ、俺はこの場にいる全員と面識があるから自己紹介も今更なんだが。」
魔王は挨拶で喋りながら、「ああ。」と思い付いたように周りを見回す。
「多分この場で初対面な顔ぶれもいるだろうし、自己紹介から始めるか。」
顔見知りも多いのだが、何分人数が多いこともあり初対面の者達も多い。
魔王の提案を受けて、会議に集まった者達は各々自己紹介をする事になった。
「私はハルだ。"
会議という事で正装で来た"
身なりを整えている他、引き締まった装いである事も相まっていつになく凜々しく見える。パチパチパチとにこやかな女神オリフシが拍手をすれば、周りも釣られるように拍手した。
「……ナツだ。"
同じく正装に身を包む"
先のハルの挨拶で拍手が生じた事から、自然と拍手が起きる場になっていた。
以前より流暢に話してはいるものの、若干人の多さに緊張しているのかぎくしゃくしつつナツは座った。
「勇者"魔導書"アキ・メイプルリーフです。よろしくお願いします。」
正装で大人びた雰囲気はあるものの、いざ立ち上がると小ささが目立つ"魔導書"アキが挨拶をすれば、何故か「あら。」とオリフシが口に手を当てた。そのオリフシをちらりと見たトーカがあははと苦笑すれば、アキがむっとする。
「どうされました?」
「ご、ごめんなさい。何でもないわ。」
「私も何でもないです。すみません。」
むぅ、と納得いかなさそうなアキだったが、気を利かせたのか魔王が早めに拍手をすれば、周囲もあわせて拍手をして、アキはぺこりと頭を下げて椅子に座った。
「新人勇者のゲシです。よろしくお願いします。」
特に称号のようなものを名乗らないのは"殺戮の勇者"、"血染めの刃"と物騒な異名を取る新人勇者ゲシ。無難な挨拶に拍手が飛び交う。
「同じく新人勇者のうららです。こんな格好で失礼します。ちょっと首元に良くないものがありまして。よろしくお願い致します。」
続いて、"束縛の勇者"うららが自己紹介をする。正装にマフラーと少し違和感を感じる装いだが、首の下には外す事のできない呪いの道具"束縛の縄"がある為である。事情を知る者は特に触れずに、初対面の女神オリフシは只ならぬ気配を感じて深く聞かずに拍手した。
「我はトウジ。女神ヒトトセより"闘争の勇者"の称号を授かり、武闘者からは"
今までで一番の大男"闘争の勇者"トウジが立つ。圧を感じるが、こう見えても緊張しているのかいつもより勢いは抑えめである。それでもしっかり自身の異名は紹介していく。
「じゃあ……。」
「お前はいいだろ。みんな知ってるし。」
立ち上がろうとした"英雄王"ユキに、いち早く待ったを掛ける魔王。
実際この国の王であるユキを知らない者はこの場にはいない。
自分も自己紹介をしたかったのか、ユキはしゅんとして椅子に座り直した。
「魔王側近お世話係、トーカと申します。宜しくお願いします。」
魔王側近トーカが挨拶をする。にこやかに挨拶をすれば、拍手が飛び交う。
「皆様ご存知やも知れませんが。指名手配書でお馴染み、魔王軍幹部"魔道化"テラと申します。以後お見知りおきを。」
続いて仮面を被ったスーツの男が立ちお辞儀をする。
かつて王城に侵入して魔王の復活を告げたという経緯から、指名手配犯として広くその風貌を知られる"魔道化"ことテラ。
この場に居る者達はもう魔王を敵とは見ていない為、指名手配犯とはいえ今更敵とは見なさない。普通に全員が拍手する。
「占い師をやっているビュワと申します。魔王軍幹部、という肩書きではありますが、一部協力者という立ち位置と思って頂ければ。」
デッカイドーに広く知られる占い師"万里眼"ことビュワ。
黒い占い師の装いに、今日はローブを外して素顔を晒している。
横でテラが「今日は余所行きの感じですか?」と小声で茶化せば、ぎろりと睨んで黙らせる。
新人勇者達も知っている有名占い師の登場に、目を丸くしながら拍手をする。
「カムイ山の木こりの泉に住んでいます"泉の女神"のオリフシです。今日は大地の神々の代表としてきました。宜しくね。」
"泉の女神"オリフシが最後に自己紹介をすれば、彼女を知る者以外が驚き目を丸くした。
一通りその場にいる者達の自己紹介が終われば、魔王が席を立つ。
「自己紹介が済んだところで、早速本題に入ろう。」
今日の会議の主催は魔王である。
議題は勿論、世界の破滅の対策。
関係者全員を入れるには魔王城では狭すぎること、また秘匿性がある場所という条件を満たす場所として、王城の一室を借りる事になったのだ。
既にその場に居る全員が、世界が迎えようとしている危機、願望機シキの存在を知っている。
「いよいよ全ての準備が整った。破滅を防ぐ計画について説明をさせて貰う。」
魔王はパチンと指を鳴らせば、参加者の目の前にゲートが開き、パサリと紙が舞い落ちた。
全員が落とされた書類に目を通す。そこには計画の概要が記されていた。
「皆に既に話しているが、世界は破滅の危機を迎えている。この破滅をもたらすのは俺が見つけた願望機シキ。これはかつて他の世界を滅ぼした事もある、どんな願いも叶える事のできる装置だ。」
願望機シキ。
かつていくつもの世界を救うために生み出され、世界を救った後に結局は世界を滅ぼした危険物。
「破滅の未来は、此処に居る占い師ビュワの見たものだ。こいつは未来を視る特別な力を持っている。」
魔王が視線をやるのは占い師"万里眼"ビュワ。
すると、ビュワが座ったまま話し始めた。
「人々が願いを捧げている。空には黒い球体が浮かびあがる。そして、その先はパッタリと未来が途絶えてしまう。今私が見えている未来はそれです。その先の世界がまるで見えない……つまり、世界は滅亡します。」
ビュワが自身の視たものを説明する。
そこで、ハルが手を上げて尋ねる。
「その未来は今も変わらないのか?」
「はい。この計画が立って以降も変わりません。」
「じゃあ、この計画は成功しないのか?」
今、計画が立ち、実行しようとしている段階でも未来は変わらないという。
それであれば、計画を実行したところで未来が変わらないのではないか?
そんなハルの疑問にビュワは首を横に振った。
「いいえ。確かに、私の視た未来はほぼ確実に訪れます。的中率は限り無く100%に近いでしょう。」
会議室に緊張が走るが、「但し。」とビュワは付け加えた。
「あくまで私が視える未来は『この世界のもの』に限られるようです。」
ビュワは立っている魔王に視線を向けた。
「『この世界の外側にいるもの』であれば、私の視た未来を変える可能性があります。それは既に、そこに居る魔王が実証済みです。」
おお、と驚いたような期待するような視線が魔王に向く。
「今のままであれば、破滅の未来は間違いなく訪れる筈です。しかし、『この世界の外側にいるもの』が動けば、未来が変わる可能性がある。」
「それは例えば俺かも知れないし、此処に居る"転生者"と呼ばれる存在かもしれない。」
ビュワの言葉に魔王が付け加えれば、ナツと新人勇者三名がぴくりと反応した。
心当たりの無い言葉に、ハルとアキが怪訝な顔をして反応した勇者達を見回す。
「どういう事です?」
「そこは私が説明しましょう。」
手を挙げたのは女神オリフシである。
「ナツくん、ゲシくん、トウジくん、うららちゃん。この四人は、この世界に生まれる前に他の世界に生きていて、記憶を引き継いで生まれ変わった……"転生者"なの。私の先輩女神のヒトトセによって、この世界の運命を変えるために送り込まれた勇者なのよ。」
ハルとアキが目をぱちくりとさせた。
にわかには信じがたい話だが、女神が言うのであれば事実なのだろう。
あれこれ聞きたい事もあったのだが、今は聞いている場合でもない。話の腰を折っても悪いと思ったのか、二人は驚きつつも深くあれこれ聞かなかった。
それが事実であると受け入れた上で、アキは険しい表情で尋ねる。
「という事は、私やハルの動きは影響しないという事ですか?」
「そんな事はない。」
破滅の未来を変える事ができるのは『外の世界のもの』のみなのか。
そうであれば、『この世界のもの』であるハルとアキの動きは破滅の未来を変える事に役立たないのではないか。そんな問いを魔王は否定した。
「この計画には二人の力は必要不可欠だ。あくまで転生者や俺は最後の一押しをするに過ぎない。」
ハルはほっとした表情を見せる。アキも険しい表情に見えるままだったが、心なしか少しだけ緩くなったように見えた。
「そう。あくまで『外の世界のもの』は最後の一押しだ。シキを止める為には、この場に居る全員の力が必要になる。」
魔王は計画書にバンと手を置く。
「此処に概要は書いているが、何をするのか順を追って説明させて貰う。」
魔王はまず、人差し指を立てて話し始める。
「まず、第一段階として、今は休眠状態にあるシキを目覚めさせる。」
「え。世界を滅ぼすものなンすよね? 目覚めさせちまって大丈夫なンすか?」
手を挙げて質問するのはゲシ。
世界を滅ぼすシキを目覚めさせて良い者なのか、当然の疑問である。
魔王もその質問は当然だろうという様子で、すぐに答えた。
「休眠状態にあるシキはあらゆる干渉を受け付けない。まずは、目覚めさせて、干渉できる状態にまで持っていく。」
「なるほど……。」
「当然、指摘して貰ったようにリスキーな選択肢ではあるがな。」
まずはシキを目覚めさせて、干渉できる状態にする。
そこから対策を講じるというのが第一段階。
魔王はアキに視線を移した。
「シキの詳細についてはアキがこの場で一番詳しい。アキはシキについて調査、研究をしてくれた。第一段階のシキの起動はアキが主導で行う。」
アキは魔王と視線を交わした後に資料に目を落とした。
「シキの起動には膨大な思念エネルギーがいるんだろう? その確保については、トーカとオリフシ様の力を借りる。」
トーカが手を挙げて、にやりと笑う。
「実は既に下準備は済んでます。世界中の人にちょっとした種を蒔きました。あとはいつでも人々に祈らせる事ができます。これで思念エネルギーっていうの、集まるんですよね?」
既にトーカは動いている。世界中の人間に仕込みを終えており、人間の思念エネルギーをいつでも集められる状態にある。
続いて、女神オリフシもにこりと笑った。
「大地の神々にも既にお願いしています。神々からの願いもいつでも集められるわ。
多数いる大地の神々にも協力してもらうようにオリフシも既に取り次いでいる。
「全世界の人間と神々、その全ての思念エネルギーがあれば、シキの起動には十分じゃないか?」
魔王はアキに問い掛ける。
アキはにっと笑って魔王を見上げる。
「十分すぎます。一応私も少ないエネルギーで起動できる方法はずっと研究していたんです。シキの起動については私が取り仕切りましょう。」
自信満々にアキが言う。
アキの才能を十分に見せられてきた魔王は、最初から期待していたものの改めて安心して任せられると思った。
第一段階、シキの起動はアキが取り仕切り、トーカとオリフシが思念エネルギーを集める役割を担う。
「これは予測だが、ビュワの見た光景はこの第一段階だ。人々から願いの力を集める……これが祈る人々。そして、宙に浮かび上がる黒い球体……これは起動したシキだ。つまり、ここまではビュワの視た未来通りに進行する筈だ。」
ビュワが成る程と納得したように唇に手を当てた。
ビュワの視た未来では、何故人々が祈りを捧げているのかまるで分からなかった。
その理由が今の計画を聞いて理解できた。
人々の祈りを誘導するのはトーカである。トーカであれば"誰にも悟られることなく"人間を誘導する事ができる。
未来視の中で原因が分からないのも当然だ。計画がビュワの目に移らないところで広がっているのだから。
「次に第二段階。起動したシキは願いを叶えられる状態になる。ここで余計な願いが来てもややこしい事になるし、何よりビュワが未来視で視たような黒い球体が空に浮かび上がったら人々はパニックになるだろう。」
魔王は視線をナツに向ける。
「そこで、ナツ。お前に"シキの隠蔽"を頼みたい。」
ナツは表情を動かさずに魔王に視線を向けた。
「お前の"虚飾"でシキを隠して欲しい。計画を遂行する俺達以外に認識できないように。」
ナツが見つけた才能"虚飾"。
黒い霧のような魔力が覆い隠せば、それを見せなくする事や違うものに見せかける事もできる力。
認識できるようになったシキの存在を、その力で隠蔽して欲しい。それが魔王からナツに向けての頼みであった。
そこで手を挙げたのはビュワであった。
「私の視た黒い球体はとても大きなものでした。それを覆い隠す事ができるのですか?」
ビュワの視た黒い球体は、とても大きなものであった。
ナツ一人の力で、それ全てを隠蔽する事は可能なのだろうか。
その疑問にナツは少し表情を曇らせた。
「……力は大分制御出来るようになったが……そこまで大きなものを隠せるのかは自信がない。」
ナツは力を習得して間もない。それでもかなり早いペースで使いこなせるようになったようだが、それにも限度がある。
素直に不安を口にしたナツの肩を、隣のアキがぽんと叩いた。
「そんな臆病になっててどうするんですか。大丈夫ですよ。私が保証します。」
ナツの"虚飾"という異能を解き明かし、その習得に多大な助力をしたアキが言う。
ナツが不安げにアキを見下ろせば、アキは優しく微笑みナツを見上げた。
「大丈夫。ナツならできます。……まぁ、できなかったら私が手伝ってあげますよ。一緒に特訓したから、制御の仕方もフォローできますし、魔力が足りない場合も補助できます。」
「アキ……。」
アキの励ましを受けて、ナツの不安げな表情が決意に固まっていく。
ナツは魔王の方に再び視線を戻し、今度は力強く言う。
「何とかする。」
「……頼む。」
ナツに押し付けるには重荷だったかと心配した魔王も、その決意に満ちた目を見て託す事に決める。
そこで更に他の小さな手が上がった。
「万が一、ナツさんが隠しきれないなら、多少であれば私の力でフォローしますよ。」
手を挙げたのはうららであった。
「私の"束縛の縄"であれば、多少であれば周囲の意識を逸らす事、可視性を縛る事をできるかと思います。まぁ、あまり大規模すぎると私も持たないんですが。」
うららの持つ"束縛の縄"は、物理概念問わずあらゆるものを"縛る"。
どうやらシキの可視性や、周囲の人間の意識が向くことも"縛る"ことができるらしい。魔王も以前に聞いていた能力である。
うららはナツを見て、くすりと笑った。
「だからそう気負わなくても大丈夫ですよ。」
「……すまない。だが、俺で何とかできるよう尽力する。」
魔王はそのやり取りを見て、ふっと笑った。
実は、ナツに"虚飾"の習得を頼んでいたものの、計画までに間に合わない、十分な力が無いことは魔王も想定していた。
その場合に、多少キツくはなるが別プランも用意していたのだが、そこはあえて言わなかった。ナツの覚悟と支え合う者のやる気を削がないように。
第二段階、シキの隠蔽はナツが、そのフォローをアキとうららが行う事になった。
「ナツにここで仕事を頼みたいのは、隠蔽に向いているからだけでなく、ナツが"転生者"であるという部分も大きい。未来を変えるなら、恐らくはここが決め手になる。」
ビュワの視た未来では、黒い球体が出現したところで未来は途切れていた。
黒い球体の出現までは第一段階で再現される上で、そこから先に未来を変えうるナツの手を加える。
「シキの起動と同時に何かが起こるのであれば、そこで"転生者"の干渉を加える。これで未来が変わるのではないか、というのが俺の予想だ。」
「シキが起動した直後に願いを受け取って事件が起こる可能性も十二分にあります。"シキの隠蔽"で破滅の未来が覆される可能性も全然あると思います。」
シキに詳しいアキが補足する。
ビュワの視た未来は変わらない。なので、ビュワの視た未来までは再現し、そこから先に未来を変えうる者の手を加える。
「そこから先はビュワには未来を見続けて欲しい。ここからは未知の領域だ。常に未来の情報を共有して、破滅の未来を回避していきたい。」
ビュワは魔王の言葉を受けて、小さくこくりと頷いた。
どことなく不安げにも見える表情を、隣で僅かに顔を傾けたテラが見ていた。
ビュワの視線がテラに向く。そして、目が合うとさっとビュワは視線を戻した。
「……分かった。」
「ビュワの傍には護衛としてテラと、情報の共有役としてトーカと俺が付く。」
「畏まりました。」
「はーい。」
テラとトーカが返事をする。魔王がテラの方を見る。
「それと、テラ。既に配備していると思うが、万が一一般人に被害が出ないように魔王軍を配備してくれ。」
「はい。既にハイベルンの残党対策に各地に配備済みです。」
ハイベルン。既にテラに倒されたという三厄災と呼ばれたアンデッド。
ハイベルンは各地にアンデッドを残したという。
そのアンデッドが計画の邪魔にならないように、テラは魔王軍の魔物達を各地に配備し警備に当たらせている。
これはこの計画中も継続する。計画に邪魔が入らないようにより一層の注意が必要になる。
英雄王ユキもそこで手を挙げた。
「こちらも邪魔にならない程度に兵力は警備に割くつもりだ。僕も何とか目を光らせるよう調整する。」
「すまんな。助かる。」
「なに。むしろ大した力になれなくて済まない。」
魔王がユキに礼を言えば、はははと笑ってユキが謝る。
かつての戦友が互いにはははと笑い合ってから、魔王はおほんと咳払いした。
「ここからが第三段階だ。可視化、干渉できるようになったとはいえ、シキは不安定な存在だ。これに形を与える。」
魔王が視線を送るのはハル。
「ハル。お前の巫女の力、"名付け"でシキに神としての形を与えてくれ。これが第三段階"シキの実体化"だ。」
ハルは巫女の末裔である。
巫女は"名付け"と呼ばれる術を持っている。
形のない自然や災害に名前を与える事で神とし、意思疎通可能な形を与える術である。
これでシキに神としての形を与える事で、実体化したシキを対処可能な存在に変える。
「意思疎通ができるようになれば、もしかしたら破滅の未来を回避するよう説得もできるかも知れない。万が一、交渉ができなくとも、実体さえあれば対処できるかも知れない。」
魔王はハルに尋ねる。
「既に俺は答えを聞いているが、改めて聞こう。ハル、できるな?」
「任せろ。」
ハルはにっと笑って魔王に視線を送り返した。
ハルは巫女としての修行を重ねて、何かを掴んだ。
既に自信を持ってできると言い張り、更にその根拠も魔王に語っている。
「ハルが交渉できれば、もうその時点で破滅の危機は去るだろう。但し、シキという存在は未だ不透明な部分も多い。交渉できるような、話が通じる存在ではない可能性も考慮しなければならない。」
魔王の懸念にハルは少しムッとした。
どうやら交渉して説得する自信もあったらしい。魔王は苦笑いして「まぁまぁ。」とハルを宥めつつ、最悪の可能性を考慮した。
「最悪の場合。できればここまでは来たくないが、第四段階も予め考慮しておく。」
魔王は参加者を見回した。
「第四段階……これが最終段階。"シキの討伐"だ。」
シキの討伐。詳しく語らずとも全員が理解した。
「そこからはこの場に居る全員による総力戦だ。神となったシキを倒す。ただそれだけだ。」
想像に違わぬ実にシンプルな説明だった。
参加者全員が静まり返る。中にはごくりと息を呑む者もいた。
全員が言葉を探っているように沈黙した。
そんな中で、空気を読まずに……むしろ空気を読んだのか、うららが手を挙げた。
「あらゆる願いを叶える存在を、そんな事ができる神様になった存在を、私達で本当に倒せるんですか?」
当然あった不安。そもそも本当にシキを倒せるのか?
その問いに魔王はすぐに答えた。
「分からない。」
「え?」
「だが、やるしかない。」
倒せるか分からない。しかし、やらなければならない。
できるかできないかではない。やらなければ滅びるのみなのだ。
それは見通しの悪い賭けだった。
それでも、賭けに乗るしかないと全員が理解した。
「野暮な質問でしたね。申し訳ありません。」
うららがふっと自嘲の笑みを浮かべる。
その表情には一切不安の色はなかった。
それを見て、魔王はうららがあえてその意識を共有するために和を乱したフリをしたのではないかと思った。
無言で感謝の視線を送れば、うららは構いませんよと無言でひらひらと手を振った。
魔王の視線がゲシとトウジに向く。
「ここのキーマンになるのは、お前達だと思っている。」
視線を向けられたゲシとトウジはきょとんとした。
「"殺戮の勇者"ゲシ。"闘争の勇者"トウジ。こと戦いに於いてはお前達が長けているのではないかと俺は思っている。」
トウジが腕を組んで、鼻を鳴らす。
「ま、まぁな! 闘いについては我に任せるがいい!」
どことなく嬉しそうな反応であった。
一方、ゲシはというと、魔王の顔を見上げてじっと黙りこくる。
魔王もゲシの方を見下ろす。
「…………頼めるか?」
「…………まァ……はい。」
ゲシは頷くことなく言葉だけで肯定した。
魔王はその返事を聞いて、ふっと笑う。ゲシの方は、ははっ、と苦笑した。
そんな微妙な反応のゲシの背中をバンと叩き、トウジがふははと笑う。
「自信を持てゲシ! 我等ならばできる!」
「痛ってェ! うっせェよ単細胞! お前ェと違って単純じゃねェんだよ!」
「ははは! いつもの調子に戻ったな!」
そんなやり取りをする二人を見て、魔王はふぅと息を吐いた。
「以上が、計画の概要だ。」
じゃれ合っていたゲシとトウジも手と口を止めて魔王を見る。
魔王は机に手を置き身を乗り出した。
「俺が見つけてしまった災厄のせいで、この世界に迷惑を掛ける事になった。本当に申し訳無い。」
魔王は頭を深々と下げる。
「これは全世界に関わる問題なんだ。ここで、何としても止めないといけないと思っている。」
魔王は頭を上げずに言葉を続ける。
「虫の良い話だとは思っている。しかし、どうかお前達の力を貸して欲しい。」
頭を下げたままの魔王。
その後ろにつかつかと歩み寄る足音。
魔王は背中をパンと叩かれて、「ぐあっ!」と悲鳴をあげてそこでようやく頭を上げた。
ばっと魔王が振り返れば、そこにいるのはハルであった。
「全部終わったら、打ち上げをしよう。とびっきり美味しいものを用意してくれるよな?」
参加者全員から笑いが零れる。
魔王は誰一人として嫌な顔をしていない面々を見回し、最後ににっと明るく笑うハルを見た。
「……ああ。今までで最高のもてなしをしよう。」
「俄然やる気が出てくるな!」
ハルは拳をぎゅっと握った。
「よし! じゃあ、みんなで気合いを入れよう! 世界を救うぞ! えいえい、おー! で!」
ハルの子供っぽい提案を受けて、魔王は苦笑した。
しかし、参加者を見回せば、全員が既に拳を握って構えている。
どうやら全員やる気らしい。
それを見て、ハルは音頭を取った。
「世界を救うぞ!!! えい! えい!」
おー!!!
その場にいる全員の声が揃った。
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