第111話 魔神会談2
魔王城に来客が二人。
お馴染み勇者ハルと、ハルに連れられてきた青いウェーブの掛かった長髪の浮き世離れした雰囲気を纏う美女、女神オリフシである。
二人を迎えるのは魔王と側近トーカ。
四人がコタツを囲んで向かい合う。
最初は黙って向き合った四人だったが、ちらりとオリフシがトーカに視線を移して、ぽつりと呟く。
「成る程ね。」
オリフシはにこりと笑えば、トーカがあははと何かを誤魔化す様に笑った。
少しのアイコンタクトを交わしてから、オリフシは改めて魔王に視線を移した。
「ハルちゃんから相談事があると聞いていたのだけれど。」
オリフシが今日魔王城を訪れたのは、魔王から相談があるという事をハルから伝言を受けた為である。ハルからは相談事の内容を僅かも聞いていないので、オリフシは何も知らずに此処に来ている。
「お越し頂き感謝します。早速、その件について話します。」
魔王はオリフシに相談事を早速切り出す。
シキについてアキの協力を受けて調べた事、そこから立てたシキを止める為の計画、その為に必要な女神の協力、それを一通り話していく。
オリフシは話に黙って聞き入り、魔王の話が終わると、口元に手を当ててぽつりと呟いた。
「……成る程ねぇ。」
「何か引っ掛かる事はありますか?」
「……いいえ。大丈夫。」
オリフシは考えが纏まったようで顔を上げた。
「助力については他の神々に掛け合っておきます。計画実行の日時が決まったら早めに教えて下さい。」
「はい。」
魔王の頼みというのは、オリフシを通して多くの神々の助力を得るものである。
前から協力を約束されていたものの、改めて具体的にどんな助力がいるのかを話す事ができた。
計画の第一段階で、神々の力が必要になる。まずはその第一段階は実行できそうになり、魔王はほっと胸を撫で下ろした。
下手をしたら反対されるかも知れないとすら思っていたのだが、オリフシは特にその計画を却下する事はなかった。何かしらの正解を知っているオリフシからの反対がないという事は、方向性は間違っていないのだろう。
続いて、魔王はハルの方を見る。
「巫女の特訓とやらは上手くいっているのか? "名付け"だったか。」
「ああ。何とかする。」
ハルはオリフシの元で巫女としての特訓をしている。
その成果を問えば、ハルは迷いなく答える。
それは喜ばしい一方で、魔王は悩ましげに頭を掻いた。
「……それなら良いんだが、実はひとつ不安事項があってだな。」
「なんだ?」
新しく得た情報を魔王は伝える。
「実は、シキについて分かった事がある。前から試していた黒猫のシキから何か情報を得られないかという試みだ。」
黒猫のシキ。願望機シキから生み出された喋る黒猫。
次第に賢くなっていくこの黒猫にある程度の知識を与えれば、元々同一の存在であったであろう願望機シキについて何か分かるのではないか。
アキの教育を受けて知恵を付けた黒猫シキは、願望機シキに対してコミュニケーションを試みたのだ。
「仮説としては、シキが世界を滅ぼすのは人々の怨念なのではないかと考えていた。シキを用いた戦争で死んでいく人々が、生者を嫉んで道連れを願った。その結果、誰一人生き残らずに世界が滅びたのではないか。その、"全ての生者を滅ぼしたい"という願いが未だに生きているのではないか。」
「違ったのか?」
ハルが尋ねれば、魔王は首を捻った。
「違う、のかは分からなかった。ただ、黒猫のシキの話によれば、願望機シキの中には"いくつもの声"があるらしい。」
「いくつもの声?」
「かなり説明しづらいのだが……まるで自問自答しているかのように、シキの中で無数の声が何かを言い合っているんだそうだ。」
仮説が違っているのかすら分からない。
ただ、混沌としたものがそこにあったのだ。
「アキが言うには、恐らくは思念エネルギー……人々の意思が集まった存在だから、中で無数の自我が生まれているのではないか、という事だった。」
「……?」
「つまり、予想していた怨念のような分かりやすい悪意だけがあるんじゃなく、色々な意思が複雑に絡み合っているんだそうだ。仮説通りに生者への妬みが世界を滅ぼすのかも知れないし、それ以外の意思が滅ぼすのかも知れない。」
「どういう事なのかもっと分かりやすく言ってくれ。」
「原因がまるで見当もつかないという事だ。」
魔王は悩ましげに頭を抱えた。
「怨念のような分かりやすいものがあれば、対処の予測はもっと立てやすかったんだが……そういうものがまるで分からない。何がきっかけで破滅が訪れるのかが見えない。」
魔王はハルの方を見る。
「お前の"名付け"で、"無数の意思が混在したもの"をも神とする事はできるのか?」
ハルの巫女としての力"名付け"で、シキに神としての形を与えて、対話をする事が計画の一部であった。
しかし、シキには既に意思が存在し、しかもそれは無数の意思が混在した混沌としたものになっている。
そんなものを神とする事ができるのか、そんなものと対話する事ができるのか。
魔王の中で生じた不安というのはそこである。
そんな魔王の不安に対して、ハルは真っ直ぐに答えた。
「できる。」
自信に溢れた回答であった。
「根拠はあるのか?」
「ある。」
ハルはやはり自信満々で言う。
ハルの言葉には妙に納得感を与える力強さがある。
神々とも言葉を交わせる巫女の力という事なのだろうか。それだけでも魔王は信じてしまいそうになるが、ハルは更に言葉を続けた。
「
魔王がぴくりと眉を動かす。
「あいつは、昔に巫女に"名付け"をして貰って生まれた神だ。」
魔王も寒蠱守は知っている。
それは魔物としての寒蠱守。それが神であった事までは魔王は知らない。
「あいつは名も無い一匹の虫だった。その虫が、寒さに震える虫達を守る役割を"名付け"で与えられたと言っていた。虫にだって意思はあるだろう。意思あるものでも、役割を与えれば"名付け"で神になれる。」
オリフシの方を魔王が見る。
ハルの言葉の信憑性を確かめたい、という視線だった。
オリフシはこくりと頷いた。
「……私も一度接触した後に調べてみたわ。あれは確かに元神だった。虫害に対して"名付け"をした事で生まれた神よ。」
虫害から生まれた、一匹の虫から生まれた神。
魔王が見た寒蠱守は無数の虫の集まりであった。
それらは眷属であるとも言っていた。
一つの災害に神としての名を与えられ、無数の意思を持つ虫達を統べる存在になる。
「シキの何か一部分に"名付け"をするんじゃない。"世界を滅ぼそうとする災厄"に"名付け"をすればいい。」
まさしく、寒蠱守という例が的確だと言える。
無数の虫という意思もバラバラの存在さえも、一つの災害として神に祭りあげ、治めてしまう。巫女はそれが出来る存在なのだ。
実例まで根拠として示されたのなら魔王も納得せざるを得ない。
(まさか、あの魔物にここまでヒントを貰えるとは……。)
魔王と巫女に助言を残して消えた"三厄災"と呼ばれた虫の魔物。
その魔物のお陰で、裏で動くハイベルンという厄介者の存在を知り、"名付け"という解決策を知り、その有効性を寒蠱守の存在自体で示してくれた。
魔王の中の最後の不安事項は完全に消え去った。
「ありがとう、ハル。これで、決心がついた。」
既に準備は進めていた。
そう遠からず計画は動かせると思っていた。
遂にその時がやってきた。
「最後の準備に取りかかる。それが終われば……決戦の時だ。」
世界に待ち受ける滅亡の未来。
最後の戦いが遂に始まる。
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