第109話 預言者と魔王




 魔王城には珍しい、初めての来客が来ていた。

 大柄なスキンヘッドの男に連れられてやってきたのは、白い長髪と華奢な体の小柄な体で、どこかびくびくと怯えた様子を見せる如何にも気弱そうな小動物のような少女。


「シ、シズと申しましゅ……ますっ! よ、預言者をやらせて貰ってますっ! よ、よろしくお願いしますっ!」


 神の言葉を授かる預言者と呼ばれる存在。それが彼女、シズであった。








 きっかけは昨日に遡る。

 預言者シズはとある預言を受けて、それを直接英雄王に報告した。

 それはとても重要な預言であり、英雄王以外に報告するのは憚られる内容であったからである。

 恐らくこの預言が漏れれば、デッカイドー全土はパニックに陥るだろう。

 彼女が受けた預言……正確には天の神との初めての対話で得た情報は、これから起こる大きな災いとその解決法のヒントであった。


 "英雄王"ユキ。かつて勇者として様々な偉業を成し遂げ、王の座についた男。

 多数の祝福、加護、異能といった人並み外れた特殊な力を持ち合わせる、現存する人類で最強最高とまで言われる怪物……もとい英雄である。

 シズが彼に直接伝えたいことがあると申し立て、謁見がかなったのだが、預言の内容を話したところでユキは思いもよらぬ回答を返した。


「それ、僕じゃない人に話して貰ってもいいかな? 紹介するから。」


 何やら他の誰かに話して欲しいと言われた。たらい回しというやつである。

 他の人にこんな事を話しても良いのかとシズが尋ねれば、ユキははははと大らかに笑って答えた。


「大丈夫大丈夫! 信頼できる人だから! なんなら頭悪い僕に話した方が色々と危ないと思うよ?」


 不安だらけな回答であった。


「そうだな。あいつに連絡をとって……あと、あっちまで送り届ける人員も探さなきゃな。色々と調整かけるから待って貰えるかな?」


 あっちまで送り届ける、という言葉を聞いてシズは小首を傾げた。

 城の外にいる人なのだろうか?

 本当にその部外者にこの話をしてしまって大丈夫なのだろうか?

 そんな不安を抱く一方で、城の外にお出かけできる事には少し期待をしていたりもするシズ。

 果たしてシズは何処に連れて行かれるのであろうか。そして、誰と話す事になるのだろか。


 こうして、英雄王の手配により、英雄王曰く「信頼できる人」とシズは不安半分期待半分を抱きながら会いに行くことになった。





 シズの付き添いとして選ばれたのは、新しい勇者に選ばれた男、トウジであった。

 何やらその信頼できる人とコンタクトを取れるのは、勇者達に限られているらしい。勇者の中で丁度予定が空いており、シズとも面識がある者という条件に当てはまったのが彼であった。トウジはかつてシズと関わりがあった。


 名目上は預言者の散歩という体裁で、王都の外にまで出向く事になっているのは秘密である。




 厚着して出かけた先は思わぬ僻地であった。

 雪の積もった山を進み、道中魔物とも出くわしながら、トウジに守られ抱えられ、シズがやってきたのは小さな小屋であった。

 

 そして、冒頭に戻る。


 そこは魔王城。魔物の王と呼ばれ、人類の敵とされている魔王と呼ばれる存在が住まう城。


(城……?)


 シズは最初に疑問に思った。

 この小屋を城と呼ぶのは大分無理があるのではないか?

 しかし、同行してきたトウジが何も疑問を示さないのでそういうものなのだろうかと若干不安げながら納得する。


(信頼できる"人"……?)


 英雄王ユキは会って貰うのは"信頼できる人"と言った。

 魔物の王を人と呼んで良いのだろうか?

 しかし、同行してきたトウジが何も疑問を示さないのでそういうものなのだろうと無理矢理納得した。


 そして、扉が開いて現れた色白のおっさんを見て、シズは思った。


(魔王……?)


 申し訳程度に角をつけてはいるが、どう見ても普通のおっさんである。

 魔物といっていいものなのか。王様にはとても見えないのだが。

 しかし、同行してきたトウジが以下略。


 それはそれとして、英雄王の言っていた意味がシズにも分かった。


(英雄王様は魔王と繋がっていた……? それがバレたら不味いから、この外出は秘密だったんでしょうか……?)


 敵とされている魔王と英雄王が実は繋がっていた。

 それが知られたら世間にはかなり大きな混乱が訪れるであろう。

 本来であれば魔王と英雄王に繋がりがあるという事実に取り乱す所なのだろうが……。


(まぁ、あの人変な人だからなぁ……。)


 英雄王ユキは変な人なので、そういう事やってそうとシズは勝手に納得した。

 一般市民にも大分変な人だと知れ渡っているのだが、王城に住まい、最近ではよく面談しているシズは余計にそう思う。

 それはそれとして、悪い人ではないし、信用できる人だとは思うので、世間一般に流れている魔王の悪評の方が事実と異なるのだろうとシズは思った。


「初めまして。魔王フユショーグンと申します。」


 色白のおっさんもとい魔王フユショーグンは普通に挨拶をしてきた。

 やっぱり王様のような威厳は感じられない。普通の礼儀正しいおっさんにしか見えない。


「狭くて申し訳ないのですが、どうぞ上がって下さい。」


 小屋の中を見れば、見た目通りに狭かった。

 実は偽りの姿で中に入ったら広大な城が広がっていた……なんて事はない。

 やっぱりこれを城と呼んで良いのか疑問に思いながらも「お邪魔します……。」と頭を下げてすすっと踏み入れば、見た事のない不思議な背の低いテーブルがあった。

 不思議なテーブルは布が垂れ下がっている。テーブルクロスなのかと思いきや、木でできた机の上面は剥き出しになっている。


(なんだろうコレ……?)


 不思議そうにテーブルを見つめながらシズが城に踏み入れば、不思議と足元が暖かかった。


(わっ……! あったかい……! 魔法……?)


 恐る恐る抜き足差し足で暖かい床を歩くシズ。

 テーブルには女の人が既に座っていた。

 メイドの格好をして、獣の耳を生やした女性

 何やらお茶を淹れているようである。


(魔王さんの召使い……なのかな? 獣人さん……?)


 そんな事を考えながらまじまじと見てしまうと、獣人?のメイドはシズの顔を見上げてにこりと笑った。思わずシズも頭を下げ返す。


「まぁ、ゆっくりしてくれ。」


 魔王が先に背の低いテーブルに足を入れる。

 どうやらテーブルクロスのようなものを捲って中に足を入れるらしい。

 シズが同じ事をすればいいのかあたふたと困っていると、トウジが先にコタツに入って手招きする。


「これはコタツという。こうやって足を入れればいい。」

「は、はい。」


 促されるままにシズは空いている位置に入り込む。

 クロスを捲って足を入れれば、その時点で気付く。


「わっ……あったかい……。」


 コタツと呼ばれたテーブルの中はぽかぽかと驚く程に暖かかった。

 魔王城の中も、床もどれも暖かいのだが、群を抜いてコタツの中は暖かい。

 外の寒さとの差も相まって、その暖かさはとても心地良いものであった。

 そのままとろけそうになったのだが、人の家であることと、重要な話をしに来た事もあって、シズはハッとして気を持ち直した。


「はい、どうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」


 獣人?メイドがお茶を差し出す。シズはぺこりと頭を下げた。

 お茶を配り終えたところで、同じくコタツに入った魔王が息をついて話し始めた。


「さて、先程も名乗ったが、魔王フユショーグンだ。宜しく頼む。」

「は、はい。預言者やってます、シズです。よ、よろしくお願いします。」

「魔王側近のトーカで~す。」

「我は"闘争の勇者"トウジだ。」

「いや、お前の自己紹介はいらないから。もう面識あるだろ。」


 自己紹介を終えた所で、魔王は早速話を切り出す。


「ユキから先に聞いている。いや、聞いていると言っても預言者が重要な預言を授かったとしか聞いてないんだが。」


 本当にたらい回しだったらしい。

 シズはあははと苦笑いしつつ、魔王に最初から話し始める。

 まずは、これが如何に緊急性の高い、重要な話であるかの説明から。


「じ、実は……世界に未曾有の危機が訪れようとしているんです。世界が滅んでしまうような、未曾有の危機が……!」

「うん……知ってる。」

 

 魔王が普通に言う。


「えっ。」

「知ってますよ。」


 魔王側近トーカも言う。


「えっ。」

「知っている。」


 更にトウジまでも言う。


 この場に居る全員が既に世界の危機について知っているらしい。

 勿体ぶって言ったシズの顔がかぁっと赤くなる。

 気の毒に思った魔王が頭を掻きながら苦笑した。


「え~っと……まずは、こっちの持っている情報を共有した方がいいか?」


 預言者は恐らく世界の命運のキーになる。

 世界の危機についても知ってしまっているようなので、魔王は話してしまっていいかと考えた。ユキが魔王の元に導いたのも、ユキが同じ考えを持っているからだろう。


 魔王は話す。

 世界に破滅が迫っていること。

 その原因は魔王の見つけた願望機シキというものにあること。

 シキは今コタツに封印していること。

 これがいずれ目覚めて世界を滅ぼす未来が見えていること。


 大体の話をざっくりとした。


 途中で次第に青ざめていくシズ。どうやら、預言では詳細までは聞かされていなかったらしい。

 そして、ある程度話し終えた時、シズはわなわなと震えながら口を開いた。


「そ、そんな恐ろしいものが入ってるコタツに私を入れたんですか……?」


 あ、と魔王は口を開いた。

 

「ま、まぁ、別に危険はないから。」

「で、でも怖くないですか……?」

「うん、まぁ、でも今まで実害とか出てないから。」


 慌てて大丈夫という事は説明しておく。


(うん、まぁそうなるよな……。)


 シズの反応がまともな反応なのである。

 一度ツッコまれた事もあったが、普通こんなところに足を入れたくないだろう。

 シズはどうやら足を出したいようだったが、大丈夫と言われた手前、引っ込めるのもいたたまれないといった様子だ。


(普通だなぁ……。)


 魔王はむしろ安心した。

 預言者というくらいだから浮き世離れした人物が現れるのかと若干緊張していたが、どうやら普通の女の子らしい。なんなら勇者達よりリアクションがまともで安心する。


 それはさておき、魔王達が把握している情報はシズに伝えた。

 これで内容が重複して、同じ説明を繰り返す手間は省けるだろう。


「で、では……今伺った既に把握している情報以外で、預言にあった重要そうな事をお伝えしますね。」


 シズは改めて、預言の内容を話し始めた。


「今回ソロウ様……天の神様より賜った預言は、勇者の役割についてです。」

「勇者の役割?」


 魔王は聞き返す。その思い当たる節がないという反応に、シズはひとまず安心したようだった。


「は、はい。勇者は世界を救う者。一口に世界を救うと言っても、各々違う役割があると。」


 魔王は以前に一度抱いた疑問を思い返す。

 ハルに巫女としての役割があるように、アキに魔法使いとしての役割があるように、他の勇者達にも何か役割があるのではないか。

 今、シズが言った事はまさにその答えなのである。


 魔王は口を挟まずに聴き入っていた。シズはその様子を見て、続けて話す。




「"巫女"は人々と神々を繋ぎ、災いとすら言葉を交わし。」

「"識者"は災いを識り、世界を救う解を導き。」

「"隠者"は災いを覆い隠し、世界に安寧をもたらし。」

「"殺戮者"は命を解き明かし、悪しきものに死を与え。」

「"闘争者"は心を揺らし、闘う意志を呼び起こし。」

「"封印者"は運命を縛り、未来を切り開く。」




 続け様にシズが紡いだ、意味深な言葉の羅列。

 それを言い終えた後に、シズは申し訳なさそうに目を伏せた。


「……曖昧な言葉でごめんなさい。これが精一杯だったんです。神様が言うには、具体的な言葉だと駄目なんだそうです。この預言を聞いた者達が、自分で考える事に意味があると。」


 そして、顔を上げて付け加える。


「それと、最後に……『世界は勇者だけでは救えない』、と。」


 世界は勇者だけでは救えない。

 勇者以外の力も必要不可欠であるという事か。


 シズが紡いだ曖昧な言葉。

 ずっと前なら理解できなかったであろう言葉も、今の魔王が聞けば曖昧ながら見えてくるものもある。


「……ちょっと覚えきれなかったんで、もう一度いいですかね?」

「魔王様……記憶力がおじいちゃん……。」


 おっさんに今のを全部暗記するのはきつかった。

 トーカの哀れむ様な言葉に、シズはぷっと噴き出すように笑ってから、慌てて口を塞いで「すみません!」と頭を下げてから、やっぱり苦笑した。


「……紙に書いた方がいいですか?」

「……お手数ですが。」


 魔王はゲートを開いて紙とペンを取り出し、申し訳なさそうにシズに差し出す。

 シズはそれを受け取ると、せっせと紙に文字を書き出していった。

 それを待ちつつ、トーカが魔王の方を見る。


「お茶請け出します?」

「お、ああ、そうだな。」


 魔王はゲートを開いて、次は用意していたお茶菓子を用意した。

 預言者という高貴な人だと思っていたので、ちょっと高めのフルーツタルトである。

 魔王はそれをシズの方に差し出した。


「これどうぞ。」

「え? え、あ、そんな……悪いです……。」

「遠慮せずに。」

「あ、えっと……じゃあ、ありがとうございます。」


 紙に文字を書く手を止めて、シズは皿を受け取る。

 そんなシズに、トーカが言う。


「せっかくですし、書き出すのは後でいいんじゃないですか? 先に食べて寛いで貰って。」

「え? で、でも。」

「遠くからご足労頂いたんですし、寛いでいって下さい。ね、魔王様?」

「ああ。そうだな。」


 シズは恐縮しながら、受け取った皿に添えられたフォークに手を伸ばす。

 そしてフォークを手に取り、始めて見るフルーツタルトをじっと見つめた。

 タルトというものも初めて見れば、ここまで色とりどりのフルーツも始めて見る。

 シズはそれをとても綺麗だと思い、恐る恐るフォークを入れる。


 そして、一かけをフォークに刺し、ゆっくりと口に運ぶと……。


「…………ふわぁ。」


 頬を緩ませとろける様な声を出した。

 一目見て美味しいのだろうと分かるリアクションであった。

 未だかつて無い美味に、しばらくシズは硬直する。

 あまりにも硬直しすぎていて、ちょっと不安になってきた魔王とトーカが顔を覗き込む。


「だ、大丈夫ですか?」

「…………はっ! ご、ごめんなさい!」


 トーカの声でシズは我に返った。


「お、美味しすぎて……こんなの初めて食べました……!」

「それはよかった。」


 シズはその後も幸せそうにタルトを頬ばる。


(暖かい部屋……暖かい床……暖かいコタツ……美味しいお菓子……ここは天国……?)


 天国ではなく魔王城である。


 あまりにも美味しそうに幸せそうに食べるので、それを見ていたトーカとトウジがごくりとつばを飲む。


「……魔王様。もう1個あったりします?」

「いや……預言者様が来るって言うから、来賓用にと特別に用意したものだし……。」

「我は来賓なのだが?」

「お前は別に……。」


 トーカとトウジがくっと歯を食いしばる。

 そして、ちびちびとタルトを味わっているシズを見る。


「あの……よければ一口いただけますかね?」

「おいトーカ……!」

「あっ……わ、私だけで独り占めしたら悪いので……。」

「で、ではお言葉に甘えて……。」


 シズの気遣いで結局ひとつのタルトを全員で味見する事になった。

 

 その後、シズは預言の言葉を書き出した後も、しばらく魔王城で幸せな時間を過ごした。



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