第103話 魔王軍緊急会議
魔王城に魔王軍幹部が召集される。
魔王、側近トーカ、占い師ビュワ、魔道化テラ。
四人はコタツを囲んで珍しく真面目な表情で集まっていた。
「珍しいですね。定例会以外で幹部を召集するなんて。」
「今日はテラから重要な話がある。そして、ここが重要な転換点となるので急遽集まって貰った。」
魔王が事情を説明すれば、トーカとビュワの視線がテラへと向く。
表情の窺い知れない怪しい男は、魔王の説明を聞いた後におほんと咳払いをして話し始めた。
「私からの報告事項は三つです。事後報告を一つ、新情報を一つ、緊急性の高い報告が一つです。」
テラは指を一本立てた。
「まず、私が先日から対処に当たっていた"三厄災"、ハイベルンの対処が完了しました。完全に滅ぼしましたので今後危険性はないでしょう。」
最初の報告は"三厄災"と呼ばれる魔物の一体、"死の王"ハイベルンの討伐報告である。
元々危険な魔物であったが、つい最近その危険性が魔王達の計画に悪影響を与える可能性が出てきた為に、魔王からテラに討伐を命じていた。
その言葉を聞いた他三人の表情は様々であった。
おお、と感心したような表情を見せた魔王。
うーん、とよく分かっていない様子のトーカ。
じろりと訝しげに見ているビュワ。
それぞれ違う事を考えているようだ。
「良くやってくれた。」
魔王が労いの言葉を掛ければ、テラはぺこりと頭を下げる。
「本当に倒せたんですか? 前も倒せたと思ったら生きていたんでしょう?」
懐疑的な言葉を発したのはトーカ。
実際、以前に勇者に討伐を頼んだ際には討伐できたものと思われたが、ハイベルンは生きていた。「きちんと倒し切れたのか?」という疑問は当然と言える。
「肉片の一欠片も残さずに消し去りました。焼き払いすり潰し溶かし徹底的にやりましたよ。完全に消し去った事を私の能力でも確認しました。」
徹底的に倒したという事を主張するテラ。
そこまで言われるとトーカもそれ以上疑う事なく「なるほど」と頷いて、納得した様子を見せた。
「ビュワさんは私に何か言いたいことでも?」
「別に。」
訝しげな顔をしているビュワにテラは話を振ったが、素っ気なく流された。
テラはあははと苦笑いして、それ以上しつこく話を聞くことはしなかった。
気を取り直して、テラは二本目の指を立てる。
「次に。ハイベルンから聞き出した情報です。魔王様が立てていた"仮説"……シキの中にある怨念という話、事実みたいです。」
魔王の仮説、シキの中の怨念とは、世界に滅亡をもたらすのは滅びた世界の人間達が生者を嫉んで残した最期の願いではないかというものである。
自分達だけが死ぬのは納得いかないと、他の生命の道連れを願い、シキのあった世界は滅びたのではないかという仮説である。
様々な情報からの仮説だったが、ハイベルンからその裏付けが取れたとテラは語った。
「ハイベルンは"死の王"と呼ばれるだけあって、死者や幽霊、怨念といったものに対する造詣が深いです。奴もシキの中の怨念を感じ取っていたのだから、まずその存在は間違いないと言えるでしょう。」
ふむふむ、と納得した様子のトーカ。
うーむ、と何やら引っ掛かっている様子の魔王。
相変わらず訝しげにテラを睨み付けているビュワ。
やはり三人の反応は様々で、その中で魔王が口を開いた。
「……ハイベルンはシキの存在をどうやって知ったのだろうか?」
「シキの存在というより、そこに内包された怨念の存在を感じ取っていたようです。危惧していた通りそれを奪い取る事も計画していたようでしたが、まぁ今となっては取らぬ狸の皮算用といったところでしたね。」
既にハイベルンはテラが処分した。
シキの中にある怨念を手に入れようとする動きは脅威ではあったが、今ではもうかなわない野望である。
気にはなったものの、テラの説明を受けて魔王は「まぁ、そうか。」と納得したように呟いた。
「……ビュワさん、何か怒ってます?」
「別に。」
変わらずずっと不愉快そうな顔をしているビュワは素っ気なく答える。
テラはやはり苦笑いして、これ以上つつかず三本目の指を立てた。
「それでは最後のひとつ。緊急性の高い話です。どうやらハイベルンは世界征服などという幼稚な目標があったようで。自身の配下となるアンデッド達をデッカイドー各地に送り込んでいたようです。」
「何……?」
最後に出てきた初耳の話に、魔王は眉根を寄せる。
「どうやら重要な拠点に同時に攻撃を仕掛ける腹づもりだったらしく……その計画を得意気に話してくれましたよ。」
「重要な拠点というのは?」
「それが……実は聞き出す前に倒してしまいまして。」
「は?」
テラはあははと気まずそうに笑った頭を掻いた。
「その計画をちらつかせて私の油断を誘う作戦だったようで……詳細を聞き出そうと詰め寄ったら反撃してきたんですよ。思わず反射的に返り討ちにしてしまいまして……しつこくしつこく襲い掛かってくるので聞き出す前に倒してしまったんですよねぇ。」
「……じゃあ、何処にどれだけのアンデッドを送り込んだか分からないという事か?」
「そういう訳です。」
テラは仮面の上から額に手を当てて、悩ましげな素振りを見せた。
「ハイベルンの支配下にあったアンデッドの軍勢。まだ待機命令が残っているのか、今はまだ目立った異変は起こっていないように見えますが……何かのきっかけで暴走する可能性もあります。これは早急に対処しなければならないかと。」
「…………確かに、そうだなぁ。面倒な最後っ屁を残していきやがって。」
魔王が忌々しげに呟く。
ハイベルンの残した厄介事。
世界の破滅に関わるようなものではないが、知っていて放置できない危険である事には変わらない。
「いやぁ、申し訳ありません。私が情報を聞き出せていれば良かったのですが。」
「気にするな。お前が無事なだけ良かった。」
魔王はテラを叱責する事なく、腕を組んで考えるような素振りを取る。
そして、何か思い付いたようにビュワの方に視線を向けた。
「ビュワ。お前は何か視えないか?」
ビュワは未来を視る事ができる。
ハイベルンの遺したアンデッドが災いをもたらすのであれば、ビュワの視る未来の中にその光景が映る筈である。
魔王に話を振られたビュワは目を閉じて黙り込む。
しばらくしてからビュワは目と口を開いた。
「アンデッド被害は"破滅の未来"までの間の何処にも視えない。」
"破滅の未来"。ビュワが視た世界の終わりの光景である。
恐らくはシキによりもたらされる破滅であり、魔王達が世界の破滅を防ぐ為の参考としている情報である。
「破滅の未来までの間……シキが動き出すまで何も起きないのか?」
「前に話した時と変わらない。祈りを捧げる人々。空に浮かぶ大きな黒い球体。その光景の後にぷっつりと未来が途切れている。今日からその日に至るまで、アンデッドが事件を起こすような未来はない。」
ビュワの未来視は絶対である。
この世界に起こる未来を全て正確に視る事ができる。
"この世界の外側にいる存在"等のイレギュラーの介入により姿を変える事はあるらしいが、そう簡単に変わるものではないという。
つまり、ビュワの言う通り、このままであれば世界の破滅の時までハイベルンの遺したアンデッドの軍勢は何も事件を起こさないという事になる。
「……アンデッドが動き出す前に破滅が訪れるという事だろうか? ……少なくとも破滅の時までは事件は起こらない? ……そもそも、ハイベルンは何のためにアンデッドの軍勢を配備したんだ?」
魔王はぶつぶつと呟きながらあれこれと考える。
しかし、今ある情報では何も答えは出てこない。
「……何にせよ放置もしておけないな。テラ、魔王軍を動かしアンデッドを捜索、対処するよう動いて貰えるか? 手間取るようであればすぐに報告をあげてくれ。」
「承知致しました。相談したかったのはその点でした。人手が足りないので軍を動かしたかったのですが、魔王様のご命令なく動く訳にはいかず。迅速なご判断に感謝致します。」
テラが恭しく頭を垂れた。
「それ以外に何か報告事項はあるか? テラ以外でもいい。」
「私からの報告は以上です。」
「トーカ、特に報告事項はありません。」
「別に。」
「それであれば今日の会議はこれにて終了する。」
魔王軍の緊急会議が終わり、早速ビュワが立ち上がる。
その様子を見て、トーカが「あれ?」と声を上げた。
「ビュワさん? 今日はお茶していかないんですか?」
「仕事があるから。」
「そうなんですか。まぁ、急な会議でしたしね。」
「悪かったな。急に呼び付けてしまって。今、帰りのゲートを繋ぐ。」
魔王が魔王城の中に人間が通れるサイズのゲートを開く。
ビュワはそのゲートを潜ろうとして、立ち止まった。
後ろを振り返り、未だコタツに入って座るテラを見下ろす。
「どうされました?」
「別に。」
テラは素っ気ない返事にあははと苦笑し、ビュワは顔を前に戻してゲートを通って帰っていった。
ビュワを通してゲートが閉じる。ビュワが完全に去った後に、テラはうーんと唸って仮面の頬のあたりを掻いた。
「今日のビュワさんはいつにも増して不機嫌でしたねぇ。私、何か悪い事しちゃいましたかね?」
「いつもあんなもんじゃないか。」
「あれで忙しい占い師ですし、急に呼び付けられて機嫌が悪かっただけでしょう。」
テラは声のトーンを落としてぽつりと呟く。
「……ならいいんですが。」
そして、再び声のトーンを明るいいつもの調子に戻す。
「……今度改めてお詫びした方がいいですかねぇ。」
テラは困った様に苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます