第102話 猫は丸くなる
コタツを挟んで座る勇者ハルに、魔王はお茶を差し出した。
「相談事ってなんだ?」
ハルはお茶を受け取り早速啜る。
今日、ハルは魔王から再び相談があるという連絡を受けて魔王城を訪れていた。
魔王はゲートから適当なお菓子の盛り合わせを取り出し、コタツの上に出しつつ早速相談を切り出した。
「実はだな、あの女神様に取り次いで貰いたい話があるんだが……。」
「女神様に?」
ハルと交流があるという女神オリフシ。
魔王も一度会ったことがあり、以前には世界の破滅の解決のために力を貸してくれるという話をしていた。
ハルは最近、巫女の末裔としてオリフシの元で巫女としての勉強をしているらしく、話を付けやすいと思った魔王はハルに声を掛けたのである。
お菓子をもくもくと頬張るハルに、魔王は先に伝えたい事を話し始める。
「実はだな、女神様の言っていた神々に協力を求めたい事があるんだが……。」
「それなら女神様に魔王に会って貰えるよう頼んでみるか? 直接話した方が早いだろ?」
「え? いいのか?」
「気難しい
魔王としても直接話してすりあわせができるのであればそれに越した事はない。
思ったよりもあっさりと話ができそうな結果になったため、魔王は拍子抜けした。
ハルはお茶をずずと啜ってふぅと息をつく。
「わざわざ呼び付けないで通話で直接言ってくれても良かったのに。」
「いや、頼み事をするから直接顔を合わせて、もてなした上で頼んだ方がいいのかなと。」
「そんな事しなくてもやれる事はやるぞ。まぁ、お菓子は嬉しいから私は別に構わないけど。」
続けてもくもくとお菓子を頬ばり、ハルは満足げに頬を緩ませた。
今日も私服姿でお洒落をしてきてはいるが、食べっぷりは以前までのハルである。
その様子を見て、少しだけ和む魔王。
「まぁ、今日の用事はそれくらいだから。後はゆっくりしていけ。」
「そうか。ところで、女神様に何の用事なんだ?」
「いや、話すと長くなるんだが……。」
「じゃあ、いいや。」
「いいのか……。」
興味なさそうなハルに魔王は呆れつつ、ハルにシキの仕組みや思念エネルギー云々の話を一からするのも大変そうなので、実は安心していた。
最近シキに関する動きが多かったので疲れていた魔王は、こういうのんびりした時間を有り難く思っていた。
ぼんやりしていれば、コタツからのそのそと黒猫が這い出してくる。
ハルの気配と咀嚼音を聞きつけたのか、黒猫シキが顔を出した。
「ハル!」
「お、シキ。良い子にしてたか?」
「していたぞ! アキとのお勉強もちゃんと頑張っておる!」
「そうか。えらいな。」
傍らに擦り寄ってきたシキの頭をハルは軽く撫でた。
シキはここ最近アキから色々と教育を受けており、前よりも語彙力や会話のパターンも増えている。ハルからのしつけを受けてからは前のように舐めた態度を取ることも減っているので着実に成長しているのが分かる。
そんなシキを撫でていたハルが「ん?」と怪訝な顔をした。
「シキ、太ったか?」
その言葉を聞いた魔王も「ん?」と不思議そうな顔をする。
思わぬ言葉を受けたシキはムッとして、ぴんと背筋を伸ばした。
「太ってないのである! ハル! それはデリカシーがないと思うぞ!」
「……いや、太ってる。」
「気のせいである!」
シキはぷんぷんと怒って、コタツの上に飛び乗ろうとする。
上半身を机に載せて、下半身をじたばたとして、何度もずりずりとコタツ布団から滑り落ちる。しばらくじたばたした後に、ふぅふぅと息を荒げてから、コタツにのぼるのを諦めてすっとその場に座り込んだ。
「やっぱ、太ってるじゃん。コタツ登れなくなってるじゃん。」
「コタツに登るのはお行儀が悪いからである!」
「いや、登ろうとしてたじゃん。」
魔王も今のやり取りを見ていて気付く。
顔を横から覗かせて、シキの姿を眺めてみれば、確かに前より大分ぷっくりとしている。
「あ、本当だ。太ってる。」
「太ってないのである!」
シキはぷんすかと怒るが、魔王とハルは聞く耳持たずである。
互いに顔を見合わせて話し始める。
「おい、魔王。あんまりおやつあげすぎちゃ駄目って言っただろ。」
「いやいやいや。俺そんなにあげてないぞ。トーカもお前に言われたからあげてない筈だ。」
「でも、太ってるぞ。」
「……うん。確かにそうだが……。」
「太ってないのである!」
シキがじたばたとコタツに登ろうとしている。
そんなシキに魔王は話し掛ける。
「おいシキ。お前勝手におやつ盗み食いしてないか?」
「してないのである!」
「じゃあ、誰かから貰ったりしてないか?」
シキはじたばたとコタツに登ろうとする足を止める。
視線を斜め上にすっと泳がせて、舌をぺろっと出して首を傾げる。
「……貰ってないのである。」
「今の顔と間はなんだ?」
「……なんでもないのである。」
シキは明らかに嘘を吐いていた。
どうやらシキは誰かからおやつを貰っているらしい。
魔王がシキをじろりと睨んで問い詰める。
「誰から貰ってる?」
「…………?」
「そのわざとらしいとぼけ面やめろ。」
とぼけた顔をして、シキは首を再び傾げた。
どうやらしらを切るつもりらしい。
ハルもシキの顔を覗き込んで尋ねる。
「嘘を吐くのは悪い子だぞ。」
「我が輩は嘘は吐いていないのである。黙秘権を行使しているだけである。」
「黙秘権……?」
今度はハルが首を傾げた。
「誰にでも言いたくない事はあるのだ。黙秘権とは、言いたくない事を黙っていてもいい権利の事である。」
「へぇ、そうなのか。」
ハルは感心したように声を漏らした。
猫に知恵を与えられているハルを見て、魔王は真顔になった。
(ハルより賢くなってる……。)
賢くなっている、というところで気付く。
恐らくこういった知恵などは教育係のアキの入れ知恵であろう。
よくよく考えたら、シキにおやつをあげすぎない、という注意事項を伝えていない事を思い出す。
たとえそれを伝えていたとしても、シキを溺愛しているアキの事を思いだし、魔王はシキに問い掛けた。
「アキか?」
「………………にゃあ?」
シキはとぼけて鳴いて見せた。
どうやら賢くはなっているが、嘘やとぼけるのは下手らしい。
シキが太るくらいにおやつを与えていたのはアキである。
今の会話を聞いていてハルも流石に犯人に気付いて、はぁと呆れて溜め息をついた。
「そういえば猫にデレデレしてたなぁ、あいつ。」
「今度来たとき注意しとくわ。」
「ま、待つのである! アキから貰えなかったら我が輩は誰からおやつを貰えばいいのだ!」
焦って犯人を白状するシキ。やっぱりか、とじろりと魔王とハルが睨めば、シキは悔しげにぐぬぬと頬をつり上げた。
魔王はうーむと悩ましげに腕を組む。
「賢くなってるのは良いんだが、変な悪知恵は付けさせないようにしないとなぁ。」
「だな。」
ハルは頷き同意して、コタツのわきにいるシキを両手で捕まえる。
だるんと垂れるぷよぷよな猫と視線を合わせて、ハルは話し掛ける。
「シキ。痩せないと身体に毒だぞ。散歩して運動しよう。」
「今日は寒いから遠慮しておくのである。」
「シキ。」
じっとハルに見つめられると、シキはバツが悪そうに視線を逸らす。
しかし、視線を逸らせど逸らせどハルに視線を合わせられて、やがて耐えかねたのか声をあげる。
「分かったのである!」
「よし。良い子だ。」
ハルがシキを降ろして頭をぽんぽんと撫でると、コタツから出て立ち上がる。
「ちょっとシキ連れて散歩行ってくる。」
「え。いいのか?」
「ああ。運動させないと身体に良くないからな。」
「なんか悪いな……。」
魔王が申し訳無さそうに頭を掻く。
思えばシキはいつでもコタツに籠もりきりだった。運動不足にもなるだろう。
「いや、魔王も散歩した方がいいぞ。」
「ああ。今度からは運動させるよう気をつける。」
「いや、そうじゃなくて。」
ハルは魔王をじろりと見下ろし、呆れたような顔で言う。
「魔王もちょっと弛んでるぞ。」
「…………。」
魔王はすっと自身の腹に触れる。
あまり気にしていなかったが……否、気にしていないふりをしていたが、確かにちょっと柔らかいような気がする……否、確実に以前より柔らかい。
「…………歳を取るとどうしてもね?」
「歳とか関係無く運動した方がいいぞ。」
「…………はい。」
魔王はへこんだ。
そんな魔王を見て、シキがくすくすと笑った。
「精神的にへこむ前に、お腹をへこませた方がいいぞ魔王。」
「お前に言われたくないわデブ猫……!」
「シキは上手い事言うなぁ。」
「お前まで……!」
はははと笑うハル。シキに言われたら言い返していたものの、ハルに言われたらぐうの音も出ない。
そして、ハルの駄目だしは割と魔王に効いていた。
(…………ちゃんと運動しよう。)
魔王は腹をさすりつつ、強く思った。
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