第101話 死の行軍
デッカイドーの僻地にある危険地帯のひとつ、"
ゴーストやアンデッド等が出没する雪の積もった墓場の跡地。
そこにあちこち骨が剥き出しになった、
這い蹲るアンデッドを見下すのは、墓石に腰掛けて足を組む仮面を被った紳士。
アンデッドの名はハイベルン。デッカイドーの"三厄災"の一つとされる死者を率いる"死の王"である。
対するは魔王軍幹部"魔道化"テラ。
「ぐぎ……ぎ……!」
「ようやく静かになってくれましたね。貴方は昔からうるさくてかなわない。死人は死人らしく黙っていて欲しいものです。"死人に口なし"ってね。」
"魔道化"テラはやれやれと首を振り、墓石の上から這い蹲るハイベルンの頭を蹴り飛ばす。すると、髑髏のマスクを着けた頭はボールのように外れてポーンと飛んでいく。
「ぎゃっ!」と悲鳴を上げて転がっていった頭は、他の墓石にぶつかって止まる。
「おのれ……! おのれ……! あのムシケラとの連戦でなければ……!」
「それで私に勝てるとでも?」
「おのれインヴェルノ……!」
かつて魔王と呼ばれた魔物。
世界の語り部たる根源を司る力を持ち、多くの魔物を統べた王。
原初の魔王インヴェルノ。
その名を聞いたテラはクククと笑って首を傾げた。
「はてさて。私は"魔道化"テラですよ。そんな古い名前知りません。」
頭を失った胴体が這い蹲りながら転がった頭の方へと這っていく。
身体が来るのを待つ頭は、忌々しげにぐぬぬとマスクの中で声を零した。
「……貴様ほどの男が……何故あのような人間の傘下に……ッ!」
身体が頭の元に辿り着き、頭を拾うと無理矢理首にねじ込む。ゴキゴキねちゃねちゃと嫌な音を立てて、ハイベルンは外れた頭を接着した。
そして、バッと大袈裟に腕を振り上げ、テラに向かって大きく叫ぶ。
「余とシノギを削っていたあの頃を忘れたかッ!!! あの頃のギラギラとした貴様は何処へ行ったのだッ!!! 貴様は誰かの下につくような男ではなかった筈だッ!!!」
「言うほどそんな男じゃなかったと思いますが。」
「…………そうだっけ?」
ハイベルンは「ん?」と顎に手を当て首を傾げた。
そして、ぽんと手のひらに拳を打つ。
「そうだったかもしれないッ!!!」
「頭腐ってるんですか?」
「腐ってるッ!!! だって、アンデッドだもんッ!!!」
「脳味噌まで腐ってるとは……だからそんなに馬鹿なんですね。」
「それはちょっと言いすぎじゃない? でも、余は気にしない!!! だって余は死の王! モットーは、
はぁ、とテラは深く溜め息をついた。
「……相変わらず面倒臭いですねぇ。とっとと死ねばいいのに。」
テラは魔王からハイベルンの処理を命じられた。
そして、こうして氷冷墓所を訪れ、ハイベルンと戦闘したのだが、いくら倒しても倒しても起き上がってくる。
文字通り"不死"。どれだけ壊しても蘇る。
そして、いちいちうるさいのでテラはいい加減ウンザリしていた。
「余は不死者なり!!! 決して死なない!!!」
そんなテラの悪態に、大声でハイベルンは答える。
「……貴様の"過去"に干渉する能力は、他の世界に"過去"を持つ余を滅するには至らないからな。」
ハイベルンがぼそりと呟けば、テラはぴくりと顔を動かす。
仮面で表情は窺わせないが、明らかに今までの戯れ事を聞いた時とは違う反応だった。
「貴様が干渉できる"過去"は、あくまでこの世界での過去のみ。この世界で生まれた存在なら、この世界としか関わりのない存在なら、存在自体をなかった事にさえできる貴様の能力も、"外敵"である余を消し去る事はできない。」
「…………お前、何処まで知っている?」
テラの声のトーンが若干下がる。
テラの能力の秘密を知る者はごく僅か。その制約や詳細までは上司である魔王すら知らない。
その秘密をあっさりと口にしたハイベルン。
テラは墓石からばっと飛び降り、ハイベルンに歩み寄る。
ハイベルンは首を傾げて戯けて見せながら、テラから距離を取るように
「はてさて、何処まで知っていると思う? 貴様の能力の秘密までかな? 貴様が仕える新たな魔王の来歴までかな? 新たな魔王が抱える災厄についてまでかな? いずれこの世界に訪れる死の未来までかな? さぁ、ここで問題です! 余は何処まで知っているでしょーーーかっ!? …………って、それをインヴェルノは聞いてるんやないかーーーーい!!!」
コツンと拳に剥き出した骨を、髑髏のマスクに打ち付けて、ハイベルンはHAHAHAと笑う。
「笑えないですねぇ。」
テラの声のトーンが更に下がる。ゆっくりとハイベルンに歩み寄る。
ハイベルンは
「その言葉が余にとっては一番辛いッ!!! 何故なら余はエンターテイナー!!! 世界に笑顔を届ける者!!!」
「悪ふざけはそこまでにして貰おうか。」
テラがすっと手を振れば、ドン!とハイベルンの腹に大穴が空く。
もたれ掛かる木ごと胴体を抉り取られたハイベルンは、ズズンと倒れる枯れ木と一緒に地面にバタリと倒れた。
しかし、それでも尚堪えた様子もなくHAHAHAと笑う。
「ようやく昔の圧が戻ってきたなぁインヴェルノ!!! そうだ!!! それでこそ貴様は美しい!!! 道化など貴様には似合わぬよ!!!」
「お喋りはもういい。お前は何を知っている? 何が狙いだ?」
ずるりとテラの背後で、髑髏が地面から這い出す。
カタカタと歯を鳴らし、髑髏が喋る。
「狙い!!! 決まっている!!! 余の狙いはずっとずっとずっとずっと、この地に降り立った時から決まっているだろう!!!」
振り返らずにテラが腕を一振りすれば、髑髏が粉々に砕け散る。
しかし、次から次へと地面から這い出す髑髏が、ハイベルンの声を響かせる。
「この世界の全ての生命に死を!!! この世界に死体の腐らぬ永遠の冬を!!! 余は此処に!!! 永遠に時間の凍り付いた死の国を築くのだ!!!」
身体が千切れた死体も再び起き上がる。テラが虫でも払うように手を振るだけで髑髏も死体も消し飛ぶが、ハイベルンの声が途切れる事はない。
「余が何を知っているか!!! 愚問!!! 愚考!!! 愚論!!! 余は全てを知っている!!! 何のために我が死の軍勢をこの世界にばらまいたのか!!! 余の目が届かぬ所などない!!!」
テラの足元からズボッと腕が這い出す。テラは足をブンと振り抜き、腐った腕を吹き飛ばすと、地面を蹴って墓石に飛び乗った。
氷冷墓所の地面から次から次へと死体が、髑髏が這いだしてくる。その全てがハイベルンの声で喋っている。無数に重なったハイベルンの声がどんどん大きくなっていく。
「全て!!! 全てが計画通り!!! 巫女の血筋を絶やし!!! 神々と大地を切り離した事も!!! 神々を失望させ!!! この地の四季を消し去った事も!!! 預言者の言葉を煙に巻き!!! 世界の危機を悟らせなかった事も!!!」
「何……?」
氷冷墓所の地面が揺れる。地面が盛り上がり、巨大な髑髏……無数の髑髏の集合体がひとつの髑髏を象った顔が這い上がる。
「全ては計画通りだったのに!!! 計画外だったのは!!! 巫女の血筋は途絶えておらず!!! 隠していた預言は暴かれ!!! 冬をもたらす雪女スオウは浄化され!!! 寒蠱守は人間に靡き!!! 憎き勇者どもに我が軍勢の大半が消し飛ばされ!!! この世界に再び春が訪れようとしている!!! 」
髑髏の集まった巨大な骸骨が立ち上がり、ゴツンと自分で自分の額を叩く。
「……って、意外と計画外の事起きとるやないかーーーーーーい!!!」
そして、骸骨はそのまま額を叩いた骨の拳を、テラ目掛けて振り下ろす。
しかし、ひゅっとテラが腕を振れば、たちまち巨大な髑髏の集合体は朽ちて崩れた。
「そんなもので私をどうにかできるとでも?」
「だが、貴様であっても余を滅ぼす事はできない。」
テラの足元で子供のサイズの髑髏がカタカタと笑った。
「そして、新しき魔王の抱えた災厄を手に入れれば……この世界は余の思うがままよ!!!」
墓石から飛び降りて、バキッとテラが髑髏を踏み砕く。
そのテラから離れた位置で、最初に壊した筈の髑髏マスクのアンデッドがむくりと起き上がった。
「二度と春は訪れない。世界は死と怨念に包まれる。死と終末を恐れる必要などない。これは貴様等、生きとし生けるものへの救いである。終末が怖いのならば、一度終わってしまえばいい。終わりを経験した世界こそ、終わりを恐れる必要のない、永遠に終わりの訪れない、真なる平穏の世界なり。」
「言いたい事はそれだけか?」
「いいや。もう一つだけ言いたい事がある。」
ハイベルンは髑髏の歯をカタカタと鳴らして不気味に笑う。
「"魔道化"テラ。……いいや、魔王インヴェルノ。貴様、余の配下となれ。」
「…………は?」
思わぬ誘いにテラが呆けた声を上げる。
しかし、今まで戯けた声を上げていたハイベルンは真面目な声で続けた。
「余は貴様を理解している。貴様の本質は
テラは振り上げようとした手を止めた。
ハイベルンはそんなテラに手を差し伸べる。
「余が貴様により楽しい光景を見せてやろう! この世界に地獄を再現してやる! 生者の阿鼻叫喚が響き、怨嗟の声が共鳴する悪夢のような最高のショーを見せてやる!」
テラは暫く沈黙した。
仮面に隠された表情は窺い知れないが、少なくとも無下に振り払うような気配はない。
やがて、ククク、と仮面の下から笑い声が漏れる。
「その汚い手に触るのは御免ですが……面白そうな話なのは確かですねぇ。」
手には触れないものの、墓石に腰を掛けて、顎に手を当てクククとテラは笑い声を上げ続けている。
「詳しく、お聞かせ願えますか? あなたの計画を。」
テラの言葉を聞いた、ハイベルンの髑髏の仮面がカタカタと笑った。
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