第99話 それぞれの役割




 魔王城ではコタツを囲む三人の人間。

 魔王城の城主、魔王。魔王の側近、トーカ。

 そして、勇者ハルである。


 ハルは魔王城に呼び付けられていた。

 理由はつい先日に、魔王に頼まれた伝言を伝える為である。

 彼女に魔王は寒蠱守ふゆこもりという魔物が巫女に向けて残した言葉を伝えた。


 怨念に、名前を。形があれば、それは壊せる。


 "死の王"と呼ばれる魔物によって瀕死の重傷を負わされ、魔王に世界を救う糸口として巫女への伝言と危険視すべき存在を伝えた寒蠱守。

 彼から聞いた話を魔王はハルに全て伝えた。

 巫女、ハルにとっては寝耳に水といった心当たりのない話であった筈だが、ハルは意外な程すんなりとその話を聞き入れた。


「そうか。あいつ、そんな事を言っていたのか。」


 魔王はハルのあの魔物を知ったような口振りを意外に思い尋ねる。


「あいつのことを知っているのか。」

「ああ。」


 ハルは一言だけ返事をした。どうやって知っているのか、多くを語らなかった。

 確かに勇者達は一度、寒蠱守とも戦っている。

 しかし、ハルの目は倒すべき敵を見るようなものではなく、どこか悲しげな、寂しげなものであった。まるで何かを知っていて、今の魔王の伝言を受け入れたような。

 魔王がトーカをこの場に同席させたのは、寒蠱守という魔物の想いを直接ハルに伝える為であった。突然、魔物からの伝言と言っても受け入れがたいだろう。しかし。直接心の架け橋になれるトーカであれば、そこに悪意や嘘が無い事を伝えられる。

 話を円滑に進める為にトーカに同席させたのだが、それは杞憂に終わったようだった。

 魔王がトーカの目を見れば、トーカは無言でこくりと頷く。テレパシーはなくとも、自分の力は不要であるという意図がアイコンタクトで伝わってきた。


 ハルは目の前に出されたお茶をぐいと飲み干す。

 ふぅ、と息を吐けば、寂しげな目は鋭く力強い眼に変わった。

 今まで見てきたとぼけた食いしん坊の顔はそこにはない。


 魔王はハルに問い掛ける。


「今の伝言に何か心当たりはあるか?」


 ハルは間を置かず話し始めた。


「私も少し巫女について調べたんだ。昔の巫女には"名付け"という仕事があったらしい。」

「"名付け"?」

「ああ。自然や災害に名前を与える事で、神として、対話のできる存在にする儀式らしい。"名前"と言われて思い浮かぶのはそれだ。」


 普段は何も分からないといったとぼけた様子のハルが珍しく、自身が調べた事、自身の考えを口にする。その変わり様に魔王は驚く。

 お洒落に気を遣ったりと見た目や習慣が変わっただけでなく、どんどん勇者として、巫女として成長している。それを魔王は改めて実感した。


 ハルは持って来た鞄から一冊の本を取り出し、コタツの上に置く。


「シズ、預言者様から借りた巫女について書かれた本だ。一応私なりに読んでみたけど、ちゃんと理解できた自信はない。魔王も一度読んでみてくれないか?」


 預言者から借りた本。確かに預言者一族の蔵書であれば、関係が深かったであろう古い巫女の記録も出てくるかも知れない。ハルが入手した貴重な書物を魔王は有り難く受け取る事にした。


「その本を読む前に。私なりの考えを言ってもいいか? 後で本を読んだ時に、それが間違っていないかどうか確認をして欲しいんだ。」


 ハルが意外な事に自分から考えを述べようとする。

 自分で何かを考えるという事をあまりしないタイプだと思っていたハルからの言葉に、魔王は「言ってみてくれ。」と言葉を促す。


「巫女の"名付け"。それでシキに神としての形を与える事で、対話する事はできないだろうか?」


 ハルの言葉を聞いた魔王がハッとした。

 名付け。自然や災害に神としての形を与えて対話できる存在にする儀式。

 これでシキを神として、対話できる存在に作り替える。

 

 魔王はシキが世界を滅ぼす原因として、かつて滅びた世界の人間の、生者を羨む嫉妬の念が全ての生命を道連れにしようとしているのではないかと予想していた。

 寒蠱守という魔物は、魔王が持ち込んだものを「怨念」と呼んでいた。

 そして、寒蠱守の伝言「怨念に、名前を。形があれば、それは壊せる。」。

 巫女の"名付け"という儀式を知らなければ訳の分からない話だったが、それを知り、ハルの言葉を聞いた時点で気付く。


 ヒントどころではない。寒蠱守はそのまま一つの打開策を提示していたのだ。


 ハルの巫女としての力を用いて、シキの中に残された怨念に名前を与えて神としての形を作る。

 そうすれば、それは倒す事のできる存在になるのではないか?


 魔王がわなわなと震える。

 今まで曖昧だった、可能性を論じていた中で、初めて明確なビジョンが見えてきた。


「……その"名付け"を、お前はできるのか?」


 ハルに魔王が問い掛ける。


「まだ、できない。でも、今、女神様と巫女としての訓練をしている。」


 ハルは力強い視線を魔王に向けた。


できるようになる。」


 迷いのない、自信に満ち溢れた、決意を秘めた強い言葉だった。

 魔王もトーカもその言葉を聞いただけで信じてしまう。

 この娘は巫女であり勇者なのだ。


「……分かった。この本は預からせてくれ。俺の方でもその仮設が正しいか検討してみる。巫女としての役割はお前に任せる。」

「ああ。任せろ。」


 魔王は本を預かった。

 ハルの提案した仮説は、まだ確実とは言えない。

 そもそも、シキの怨念に名付けという事ができるのか?

 名付けてそれを神に昇華させたとして、そもそも倒す事ができるのか?

 

 そして、まだ不安要素は隠れている。

 "暴食の王"寒蠱守を倒し、寒蠱守が警告した存在"死の王"ハイベルン。

 死者を支配し、怨念を統べる厄災は、シキの怨念に目を付けているという。

 配下のテラに対処を命じたものの、それだけで処理できるのか。

 もしも、シキの怨念をこの魔物に奪われたら?


 それらの不安要素を考えるのが、魔王の役割である。





 そこまで考えて、魔王はひとつ考えた。


(ハルには巫女としてシキと向き合おうとしてくれている。アキは魔法使いとして知恵を貸してくれている。……それぞれに適した役割がある……役割?)


 シキのもたらす破滅の未来に対して。

 ハルには巫女としての役割があった。

 アキには魔法使いとしての役割があった。

 彼女達は勇者だ。天の神から、預言者を通して選ばれた勇者だ。

 ハルとアキ以外にもナツが、新たな勇者三人もいる。


(……勇者には、役割がある?)


 天の神と呼ばれる存在が、何故勇者を使命するのか。

 何をもって勇者を選んでいるのか。

 ハル、アキがシキに対して重要な役割を持つと分かって初めて、彼女達が破滅を防ぐ為に必要不可欠な存在なのではないかという事に気付く。


 勇者達それぞれの役割は何か。

 

 今まで考えてもいなかった疑問が魔王の中に浮かび上がった。



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