第98話 殺戮者の視点
街中を歩く赤髪の男は、時折人とすれ違う度に怪訝な顔をしていた。
通りすがる度にちらりと人を目で追い、何か不思議そうに首を傾げる。
その傍らには小柄なマフラーを巻いた少女が歩く。
少女は男の奇妙な反応と視線の移動に気付いていたようで、斜め上に男を見上げて不思議そうに尋ねた。
「ゲシ。さっきから何なんですか。何か気になる事でも?」
「ん? あァ……いや、なンでもねェよ。」
赤髪の男はゲシ。新しく勇者に任命された男である。
傍らを歩く少女もまた、勇者に任命された者、名をうららと言った。
二人は勇者の一仕事を終えて街に帰還したところであった。
「さっきから誰かしらに視線を送って不思議そうな顔をしてますけど。てっきりナンパする相手でも探してると思ったら、男の人も見てますし。もしかして、そっちもいけるんですか?」
「馬鹿言ってンじゃねェよ。……どっか落ち着ける所見つけたら話してやるよ。」
ゲシは歩調を早める。何やらこの場では話しづらいという空気を察して、うららは特にそれ以上深入りする事なく後に続いた。
時折すれ違う人間を僅かに避けるようにゲシは歩を進めていき、適当な飲食店の中に入っていった。
人目の着かない席に通ると、周囲をきょろきょろと見回してから、ふぅと息を吐く。
一緒に入店したうららは、そこで改めてゲシに尋ねた。
「何かありました?」
「何か街中がおかしな事になってる。」
ゲシがそう言えばうららは怪訝な顔をした。
「どういう事ですか? それは、さっき視線を送っていた人達と何か関係が?」
「ありゃ人じゃねェよ。"人間じゃない何か"だ。」
ますます分からないといった顔になって、うららが入店後に早速出された水に口をつけた。
ゲシも今の説明では理解できないと分かっているようで、店員が離れている事を確認してから続けて説明する。
「俺ァ、人の殺し方が見えンだがよ。最近ちらほら、"殺し方の見えない人間"ってェのがいるンだよ。」
「そんな物騒な事考えながら街中歩いてるんですか。ドン引きです。」
「見ようとして見てンじゃねェって。勝手に見えちまうンだよ。」
ゲシは女神ヒトトセに"殺戮の勇者"として選ばれた転生者である。
前世から人の殺し方を見抜く特殊な才能を持っている。
そんなゲシの話を聞いて、うららは興味無さそうに言う。
「単純にあなたじゃ殺せない相手ってだけじゃないですか?」
「ンなモンいねェよ。生きてるモンなら何だって殺し方を見つけられるのが俺の才能だ。」
「随分な自信ですね。例えば私とかも
うららが挑発的に笑えば、ゲシは特に取り乱す様子もない。
じっとうららを見つめ返す目を見て冗談で言っている訳ではないと分かったうららは、茶化すのをやめて真面目に話を聞くことにした。
「とにかく、あなたの目から見て異常な人間がいたって事ですか?」
「あァ。まるで命の源がそこにないような……どっかに心臓を置いてきたような人間が街中を歩いてンだよ。気味悪ィだろ?」
「…………私にはあなたの言っているものが見えていないのでピンと来ないのですが。」
うららはゲシの言うものが何なのか分からない為良く分からない。
命の源がないと言われても、どこかに心臓を置いてきたと言われても、何がどうおかしいのかは分からない。それは特別なものが見えるゲシにしか分からない感覚なのだろう。
しかし、理解を示せないなりに、うららは気になる事があった。
「何か"あの件"に関わってたりしますかね?」
ゲシはぴくりと眉を動かす。
あの件、その一言で直近で思い付くのはひとつ。
魔王から聞いたこの世界に迫っている危機。
その危機がどういった形で訪れるかは分からないものの、今までになかった異変が起こると関与も疑いたくなる。
「……どうなんだ? あれと関係あるとは思えねェけど。」
「それでもこの時期に異変が起きると気にもなりますよね。」
ゲシはうーむと悩ましげに頭を抱える。
「一応調べた方がいいのかねェ。あんまし良い気分がするものじゃねェんだが。」
「それか、あの人に一応報告しておくとか。」
「いやァ、でもあの件と関係なかったらあの人の管轄外なんじゃねェの?」
ゲシは謎の人間達にあまり良い気がしていないらしい。
本人も言葉が出てこないようだが、とにかく良くないものであるという事は直感しているのだろう。
触らぬ神に祟りなし。ゲシとうららの前世の世界の言葉である。
嫌な予感がするのであれば、下手に触れずに魔王に共有するだけに留めた方が良いのではないか。
二つの選択肢をあげて、ゲシとうららは考える。
「…………まァ、一応話しとくか。」
「それがいいんじゃないですかね。何だかんだ色々と分かってそうな人でしたし。」
結局、魔王に相談してみる事にする。
街中で見掛ける、どこかに命の源を置いてきてしまったような不思議な人間。
不吉なものを感じながらも、二人は下手に自分達から触れない事を選んだ。
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