第92話 ナツ悩む
勇者ナツは悩んでいた。
手を前に出す。そして、少し「むん。」と力を入れると、手のひらから噴き出す黒い煙のようなオーラ。
ついこの間、道場破りの相手をしていた際に突如として身体から湧き出した謎の黒いオーラ。
冷やしたら引っ込んだそのオーラだが、その後色々と試している内にある程度自由に出し入れできるようになった。感覚で出し方を覚えてしまったらしい。
出し入れできるようになったのは良しとして、ナツは不安だった。
(これ、身体に悪いものじゃないよな……?)
一応、道場破りのヒザシという男の助言に従い、医者にかかってみた。
普通に「何それは。」とドン引きされて、専門外だと突っぱねられてしまった。
今のところ身体に異常は感じない。
しかし、見るからに不気味な黒いオーラ、何か悪影響が出るのではないか。
というより、身体から得体の知れないものが出てたら普通に怖い。
ナツは身体から黒いオーラを出す人間なんてこの世界で見た事がない。
その上で、ナツは黒いオーラについて一つの仮設を立てた。
ナツは勇者であると共に、他の世界で生きた前世の記憶を持つ転生者である。
女神ヒトトセによって"虚飾の勇者"という称号を与えられて、このデッカイドーに生を受けた。
この黒いオーラは転生者の特徴なのではないか?
そう考えたナツは、同じ転生者達に相談する事にした。
ナツと同じ転生者三人。
赤髪赤マフラーの青年"殺戮の勇者"ゲシ。
スキンヘッドの筋肉質"闘争の勇者"トウジ。
マフラーを巻いた小柄な少女"束縛の勇者"うらら。
ゲシと連絡を取って相談に乗って欲しいという旨を伝えたところ、三人は快く了承して、料理店にて食事がてら会うことになった。
手のひらに黒いオーラを噴き出させて、ナツは転生者達に見せる。
同じ転生者であれば心当たりがあるかも知れない。
ナツのオーラを見た三人の反応は……。
「な、何だソレ……?」
「きゅ、急に変なもの出してどうしたんですか……?」
「何がしたいんだ……?」
普通にドン引かれた。
ナツは少しショックを受けて、手のひらのオーラを付きだした。
「……実は、先日急に身体からコレが噴き出してきて。何とか出し入れは制御できるようになったんだが。何なのか分からないんだ。」
「えっ、怖っ。何か分からないモンが身体から出てンのかよ……?」
「それ、身体に悪いものじゃないですよね……?」
「それを我らにどうして欲しいんだ……?」
ナツと同じような感想が出て、更にどうしろとと困惑された。
「いや……転生者特有の能力なのかなと思って。心当たりないかなと。」
三人は顔を見合わせる。
まず口を開いたのはゲシであった。
「いや……特有の能力も何も、俺ら転生特典以外は前世と変わらねェ才能しか持ってねェだろ? 俺ァ、"世界の書"以外に、こっちの世界に来て変な力に目覚めたりしてねェけど……?」
ゲシの視線がうららに向けば、うららも困った顔をする。
「私も別に"束縛の縄"以外には何も特別な力を得てませんけど。」
うららがトウジに視線を送る。
「右に同じ。この肉体も自ら鍛え上げたものだ。」
どうやら三人とも心当たりがないらしい。その上でゲシがナツに尋ねる。
「それ、お前ェが貰った転生特典か何かじゃねェの?」
「……いや。俺は特典は要らないと言った。」
「えぇ……じゃあ何だよソレ……。」
ゲシの提示した心当たりも該当しないらしい。
ますます得体の知れないものになってきて、ナツも更に怖くなってくる。
次にうららが身を乗り出して、ナツの手のひらの上に手を置いた。
突然の行動にナツは慌てて手を引いた。
「あっ、おい!」
「……触れた感覚はないですね。身体にも異常はなし、と。」
ナツの黒いオーラに手を触れたうららは、手をぐっぱーしながら確かめる。
「身体に影響あるものだったらどうするんだ……。」
「多少痛いくらいなら私にはご褒美です。何も無くて残念……。」
「やめてくれ。何かあったら俺は……。」
「冗談ですよ。別に気にしないで下さい。前に色々と意地悪した負い目もあるので。多少なりとも力にならせて下さい。」
うららが言う負い目というのは、過去に預言者一族との対立の際の事だろう。
騒動に巻き込むまいとうららは少しきつめにナツを突き放した。
その時のお詫びも兼ねて、今回相談に応じ、今も積極的に黒いオーラの検証をしてくれようとしたのだろう。
一応、うららのお陰で今のところは他人の身体に害のあるものではないという事は分かった。
その様子を確認した後、トウジは口を開く。
「由来は分からないが、もし転生に関わる影響であるなら、シズに……預言者に相談してみるのはどうだ?」
「預言者様に……?」
トウジの提案にナツは不思議なような顔をした。
どうしてそこで預言者が出てくるのだろうか。
「転生関連なら女神ヒトトセなら何か知ってるだろう。神の声が聞こえるシズがもしかしたら何か聞いたりしているかもしれんぞ。全ての預言が表に出た訳ではなく、預言者一族が管理していたようだからな。」
「なるほど……。」
意外と理にかなっている提案であった。
そもそも接触できるかは分からないという問題はあるが。
そのトウジの提案を聞いたゲシも、何か閃いたように「おっ。」と声を上げる。
「そうだ。女神ヒトトセに話通したいなら、オリフシ様に聞きに行くってェのもありか。」
「オリフシ様?」
「カムイ山の木こりの泉ってェとこに住んでる神様だ。ヒトトセとは知り合いらしい。何なら地図でも書こうか?」
「……あっ。」
ゲシから出た思わぬ情報。
ナツはオリフシという名前に聞き覚えがあったが、ふと思いだした。
以前に魔王城でハルが確か話していた知り合いの女神というやつだ。
その時点で信憑性が一気に上がる。
ヒトトセの知り合い、ヒトトセの繋ぎ役としてでなくても、女神であれば何かしらの知恵を貸してくれるかも知れない。
(いきなり女神様に押し掛けるのは不安だが……ハルが知り合いだというなら紹介して貰えないか頼んでみるか?)
ハルという架け橋もある事もあり、ナツは更に安心する。
そこから更に、うららも何か閃いたようにぽんと手を打った。
「それ、もしかして魔法に関する何かだったりしません?」
「魔法?」
「元の世界にはなかったけれど、この世界にあるものと言ったら魔法でしょう? 元の世界では実は魔法の才能があって、こちらに来てそれが芽生えた、という線はないですかね?」
「……おお。」
ナツは感心したように声を漏らした。
この世界には魔法がある。ナツ達がいた前世の世界にそんなものはなかった。
女神ヒトトセは何らかの才能を見出して、ナツを"虚飾の勇者"という称号を与えて選んだらしい。
それがもし、この世界の魔法に関わる才能であったら、突如として発現する事にも頷ける。
「魔法に関する知恵を借りたいなら、それこそアキちゃんに頼ればいいんじゃないですかね。彼女魔法使いとしては相当凄いんでしょう?」
うららが提案したのは、ナツとも近しい名前であった。
同じ勇者であり、"魔導書"という異名を持つ凄腕の魔法使いアキ。
この黒いオーラが魔法由来のものであるならば、アキに相談する事で正体を掴む糸口が掴めるのではないか?
転生者三人に相談をして解決できるかと思っていたが、全く心当たりが無い……となった時にはナツも焦ったのだが、各々の提案で解決の糸口がいくつも見つかった。
「……分かった。今教えて貰った人達に相談してみる。有り難う。相談に乗ってくれて。ここのお代は俺が持つから。」
頭を下げるナツを見て、ゲシは感心したように言う。
「お前ェ大分自然に話せるようになったなァ。特訓の成果あったか?」
前にナツは自然に話せるように、感情を表に出せるようにと相談をしていた。
その為に特訓をしたりもしていたが、今は割と自然に話せている。
「いや……今、得体の知れないものが身体から出てきて一杯一杯で何も考えてなかった。」
「そういう自然体でいいンじゃねェの?」
「自然体かぁ……。」
何かまずいものが出ているのではという不安から、一杯一杯でコミュニケーションに意識を回していなかった。そっちの方が不思議と楽に話せた。
そのきっかけを作った急に身体から出始めた謎の黒いオーラ。
果たして感謝すべきなのか、未だ恐れるべきなのか。
それは吉兆かはたまた凶兆か。
「お待たせしました。」
料理が丁度運ばれてくる。
手のひらからオーラを引っ込めて、ナツは今は同じ境遇の仲間と食事を楽しむ事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます