第91話 再会の支度
勇者アキはとある村を訪れていた。
寂れた村は狩猟を主な生業にしているようで、途中で獲物らしき獣を複数人で担いでいる村人達を見掛けた。
かなり村民の年齢は高く、若者はまるで見掛けない。
村民達は忙しく働き回っており、苦労している事を容易に想像させる。
典型的な若者離れした地方といった様相の村を見て、アキは何か納得したような表情を見せる。
アキが辿り着いたのはとある一軒のボロ小屋。
その扉をコンコンとノックすれば、ドタバタと騒がしい足音が聞こえ、少し遅れてバタンと扉が開いた。
現れたのは見慣れた顔。
ボサッと乱れた髪に、ぐだっとした服を着た気の抜けた格好の彼女を、アキはじろりと睨み付けた。
「ハル。身なりには気を使うようにって言いましたよね。」
そこは勇者"
「いや、違うんだ……普段あんな綺麗な服を着るのは申し訳なくて。ちゃんと人前に出るときは着てるぞ。本当だぞ。」
「言い訳はいいですから。」
アキはハルの家に招き入れられた。ハルに先導されて家の中を通る。
手狭で古びた家屋の中には、やはり古びた家具が並ぶ。その中でやたらと綺麗なテーブルがあるのがアキの目に付いた。
「なんでテーブルだけピカピカの新品なんですか?」
「なくしたから作った。」
「作った!? あとテーブルなくしたってどういう事ですか!?」
「今日はテーブルの話はいいんだよ。」
ハルはお構いなしにつかつかと奥の方の部屋に向かう。
アキはテーブルの方が気になって仕方が無かったのだが、ハルがあっさり受け流したのでもやもやしながら後に続く。
奥の扉を開けば、クローゼットと鏡台、ベッドが置かれた手狭な部屋があった。
「狭くて悪い。ベッドにでも座ってくれ。」
「ここがハルの部屋ですか。」
アキはハルに言われたようにベッドに座る。
ハルがクローゼットを開けば、そこには以前にアキが買った服を含めて、何着かの服が並んでいた。
今日はハルがアキにとある相談をして、アキの訪問に至った。
今度人に会うにあたり服を選びたいのだが、どんな服にすればいいのか分からない。そこで、どんなものを着ればいいのか聞きたいという相談である。
アキは丁度予定が空いていた事、以前からハルの生活環境も気になっていたので、ハルの家を訪問して、そこで相談に乗るという話になったのである。
ハルはクローゼットの中身をアキに見せて尋ねる。
「どれを着ていったらいいだろうか。」
アキはビシッと指を立てた。
「ハルにひとつ教えてあげます。服装というのは時と所と場合によって選ぶものです。」
「時と所と場合?」
「式典に出るときは礼服を着たでしょう? でも、友達と遊びにいくのにそんなの着てたら堅苦しいでしょう。いつ、どこで、どんな状況なのか。これを意識して服は選ぶんです。」
「なるほど。」
「それで、どんな人に会うんですか?」
アキが尋ねれば、ハルは答える。
「魔王だ。」
アキは「ん?」と首を傾げた。
「なんで魔王に会うのに服を選ぶんですか?」
「いや、アキが身なりには気をつけろって言うから。」
「そういう話じゃなくて。」
アキは困惑した様子でハルに言う。
「いや、あんな場所に行くんだから服装も何も、普段の冒険用の装備でいいじゃないですか。まさか、普通に私服で行くつもりだったんですか? 怪我しますよ?」
「いや。別に防具も武器もなくてもあそこくらいならいけるかなと。」
「えっ、いや……魔物と自然を舐めすぎでは?」
「実際、行ったし。」
「えっ。」
魔王の住まう魔王城。
雪の積もる山奥にあり、道中にはちらほら魔物も生息している。
故に麓に住む人間も、普通の冒険者も山に立ち入る事はほぼ無く、魔王城を発見できる者はいないくらいである。
ハルがそこに私服姿で行ったという話を聞いて、流石のアキも困惑した。
アキでも毎回きちんと装備を調えて向かっている。
いくらなんでも武装もなしであそこに辿り着く事は……。
(……ハルならやりそうですね。)
アキは知っている。
ハルは"
危険云々の話はハルの場合には通じない。
「いや、でも……普段から会ってる魔王相手にそんな気にしなくても。」
「今までは敵だと思ってたから礼儀は無用かと思っていたんだ。だが、実際は味方だと分かった以上、きちんと身だしなみには気をつけた方がいいかなと思って。一応あいつ魔物の王様だろう?」
魔物の王様。つまり偉い人。
アキももう気さくな普通のおっさんだと思っていたので忘れていた。
言われてみればその通りだとアキは思った。
「う、うーん……でもですね……。」
何か釈然としないものがある。
しかし、アキはその釈然としない部分をうまくハルには説明できなかった。
腕を組んで考える。
「…………なんの用事で会うんですか?」
「いや、何か猫の方のシキに会って欲しいって言われて。」
猫に会いに行くという用事。
ますますアキは分からなくなる。
とても大した用事には思えない。そんなに気合いを入れて身なりを整えて行く用事なのだろうか?
会いに行くのは、割と慣れ親しんだ普通のおっさん、一応魔物の王様である魔王。
場所は魔物の出る山の奥地、しょぼい小屋の魔王城。
用事は猫に会いに行くこと。
(……そんなに気合い入れて身だしなみ整える程ですかこれ?)
やはり何度考えてもそこまで気合いを入れる理由が見当たらない。
しかし、ハルに頼られてここまで来た以上、素っ気ない返事を返すのも申し訳無いという気持ちもある。
(……変にガッツリお洒落させていったら、魔王惚れちゃったりしないでしょうか。)
ハルは素材がいい。大体何を着せても着こなせるし、ある程度整えるだけで段違いに綺麗になる。
そんなものを見たら魔王が一目惚れしてしまうのではないか?
(……それも面白いかも。)
アキの中で悪戯心が芽生えた。
思い切り飾り立てたハルを送り込んだら魔王はどうなるのか?
枯れ果てたおっさんの反応を想像して、面白くなってきたのでアキは俄然やる気になる。
「……よし! 分かりました! 私に任せて下さい!」
「えっ。そこまで気合い入れなくても。」
ハルは急に気合いの入ったアキに困惑した。
ハルがアキに服の相談をしたのは、彼女が程よく助言をくれると思ったからである。
アキ以外に相談のできる女神オリフシは、気合いを入れすぎてしまう傾向にある。
魔王相手にそこまで気合いを入れなくてもいいと思ったので、アキを選んだのだが、今のテンションは女神オリフシにも匹敵する勢いである。
急に一歩引いたハルにアキは憤慨した。
「何言ってるんですか! 魔王を見返したくないんですか!」
「え? 見返す?」
急に思いも寄らぬワードが出てきて、ハルは頭に?を浮かべる。
「魔王はきっとハルを舐めてますよ! 女として見ていない筈です! 悔しくないんですか!」
「いや、別にそんな風に見て欲しくないし……。」
「ガサツなメスオーガと思われてて悔しくないんですか!?」
「それは言い過ぎだろ!」
流石にそれにはハルも抗議する。
「可愛いと言われたくないんですか!? 可愛いと言われて嬉しくないんですか!?」
「そ、それは……言われたら嬉しいけど! 別にあのおっさんに言われても!」
「おっさんすら落とせない人が他の人を落とせると思いますか!」
「ぐっ……!」
ぐっ……!という程的を射ている話でもないのだが、アキの迫真の勢いにハルが押され始める。
「今こそ、まさに戦うべき時です! ハルの本気を見せてやりましょう! 大丈夫! ハルならやれます!」
「え、えっと……えっと……ああ!」
ハルは力強く両拳を握りしめた。
完全に勢いと流れに押されていた。
「わ、私、女神様のところでひらひらの衣装を着ても恥ずかしくならない特訓をしたんだ! こ、ここで特訓の成果を見せてやる!」
ハルがやる気になってきた。
(なにその特訓。)
アキは困惑したが、ハルがやる気になっているので、ニコッと笑って拳を握った。
「そ、その意気です!」
こうして、打倒魔王のハルのコーディネートが始まった。
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