第89話 転生者コタツ談義
魔王城に客が訪れる。
「どうも~。先日はお世話になりましたァ。これ、つまらないものですが。」
「おお。悪いな。まぁ、上がってくれ。」
女神ヒトトセにより勇者として転生させられた転生者にして、最近正式に勇者に任命された三人組。
"殺戮の勇者"ゲシ、"闘争の勇者"トウジ、"束縛の勇者"うらら。
三人は先日の勇者面接のお礼という事で手土産片手に魔王城を訪れた。
魔王の方も丁度この三人に話があったので、三人のお礼に来たいという申し出を快く迎え入れたのである。
三人を魔王城に上げれば、三人組はコタツに入って一息つく。
「はァ~~~、あったけェ~~~。」
「ああ~~~、生き返りますねぇ~~~。」
ゲシとうららが気の抜けた声を上げる。
魔王は襖に向かい、三人に問い掛ける。
「緑茶、紅茶、コーヒー……大体の飲み物は出せるが、何がいい?」
「あっ、自分は緑茶でお願いします。」
「私も緑茶で。熱々のやつお願いします。」
「我も緑茶で。」
三人とも同じ緑茶を希望する。
何やかんや同じものだと用意する魔王の方も楽なので、自身の飲み物も緑茶に決める。お茶を淹れて三人に配り、魔王もコタツに入った。
ずず、とお茶を啜る三人。
三人揃ってふぅと気の抜けた息を吐く。
「いやァ、先日はどうも。お陰様で俺らも勇者って事になりました。一応本日はお礼をと。」
「というのが建前で、コタツで温まりたいというのが本音なのですが。」
「お前ェ本音は最後まで隠せや。」
「建前でもそう言えるだけマシだから別に気にしなくて良いぞ。」
魔王は慣れた様子でうららとゲシの掛け合いを見ている。
実際、彼ら以上に通い慣れた勇者達がいるので、建前でも別の理由を持ってきている彼らが幾分かマシに見えるのである。
「今日来て貰ったついでに、お前達に話しておきたいことがある。」
先の勇者は慎重に実力を確かめ値踏みしたが、面接や今まで起こったあれこれを見てきて、魔王はもう勇者の役目について話してしまう事に決めた。
つい先日に魔王城を訪れた思わぬ来客の言葉から、事態が思いの外切迫していると知ったこと、そして勇者"魔導書"アキの協力によって一気に問題の核心に迫ったことが大きい。
もうあれこれと慎重になる段階ではないと判断し、魔王は新たな三人の勇者に魔王城に隠された願望機と世界の破滅についての話をした。
一通りの話を聞いた新勇者の反応は……。
「……マジであったンすね。誤植じゃなかったかァ。……ってかンなやべェモンならそう書いとけやあの女神……!」
以前に魔王城に"願望機"があると知って尋ねてきたゲシが、懐から取り出した"世界の書"を眺めながら呟いた。
前は誤植と勘違いして諦めてとっとと帰ったものの、改めてそれが真実だと知った事で、結局女神への不満が大きくなったらしい。
「まぁ、面接時点でそんな話なんだろうなとは思ってましたけど。まさか、このコタツの中にそんなものが入ってるとは思いませんでしたが。」
うららは面接時点で大まかにリスクを伴った願いを叶える存在を察してはいた。
若干引き気味にコタツを捲って中を覗き込んでいる。
「世界の命運が我らにかかっているという訳か……。」
トウジは腕を組んで、にやりと楽しげに笑った。
何やら自身の使命が分かった事で気分が上がっているらしい。
元々願いを叶える事には興味がなく、勇者としての功名心が強かった彼からしたら、世界の命運を背負う事に興奮があるのだろう。
話を聞き終えた三人は、言うほど取り乱す様子もなく、思いの外冷静に話を受け止めていた。
「今はまだ対策をあれこれ検討している段階だが、その内お前達の力を借りたい場面が訪れるかも知れない。それと、できれば対策を検討する段階で何か思い付く事があれば知恵も貸して欲しい。」
魔王が何に力を貸して欲しいか、それを告げれば早速意図を理解したゲシが"世界の書"をコタツの上にドンと置く。
そして、パラパラとページを捲ると、悩ましげに眉根を寄せた。
「まァ、想像は付いてたが……コイツにゃ直接的な解決策は載ってないっすわ。」
ゲシが女神ヒトトセから授かった転生の特典"世界の書"。
この世界のあらゆる情報が記載された世界の設定書には、願望機シキが引き起こす破滅やその対策法についての記載はなかった。
その傍らでくいくいとうららは指を動かす。
「……前にも言いましたが、やっぱり私の"束縛の縄"でも無理ですね。存在が大きすぎる以前に、存在を知覚できません。直接的にお力にはなれないかと。」
うららが女神ヒトトセから授かった転生の特典"束縛の縄"。
物質、概念問わずありとあらゆるものを縛り付ける呪いの道具は、願望機シキに干渉する事ができないらしい。
「……只ならぬ存在だという事だけは分かるが……常に変化していて、その本質を見抜く事まではかなわないな。」
トウジが女神ヒトトセから授かった転生の特典"真実の眼"。
ありとあらゆるものの真実を見抜き、その力を見定める目には、願望機シキはそう映ったらしい。
想像はしていたが、かなり便利な筈の真勇者三人の持つ能力は、直接的にシキをどうこうできる類いのものではなかったらしい。
「まァ、他の観点で調べたい事があれば言って下さいや。それと、荒事に関してもお任せを。」
「むしろ荒事の方が得意といいますか。」
「右に同じく。」
「まぁ、その時が来たらまた相談させてくれ。とりあえず今日は事情だけ話しておきたかっただけだ。」
今後向き合うための課題の共有を終えて、魔王と新勇者三名はほっと一息つく。
「ところで、今日は前とは随分と格好が違うんだな。」
以前、新勇者達が来た時は全員が大分クセのある服装だった。
ゲシは全身真っ赤な服。
うららはボロ布に首に縄を巻き。
トウジは上半身裸の筋肉剥き出し。
今日は全員が割と常識的な服装で此処を訪れている。
「いやァ。仕事を探す必要もなくなったンで。目立つ格好で売り込む必要がなくなったンスよ。」
「あれって売り込みの為に着てたのか?」
「"血染めの刃"ってェ異名で呼ばれてまして。それが分かりやすいようにと赤い服着てたンすわ。」
「苦労してたんだなぁ。」
ゲシの話を聞いて、魔王が感心したように言う。
「私は趣味だったんですけどね。惨めな格好して蔑みの目で見られるのが気持ちよかったので。」
「我はサイズの合う服が見つからなくて仕方なく着ていなかった。」
「お、おう。」
他の二人は別にそういう話ではなかったらしい。
聞いて損した気分になりつつ、魔王は尋ねる。
「そういえば、煎餅とかみかんとかあるがいるか?」
「くださ~い。」
「お前ェちったァ遠慮しろ。」
「別に遠慮しなくてもいい。」
魔王はゲートを開いて、煎餅とみかんを取り出す。
その様子を見て、ゲシは感心したようにはぁ~と声を漏らした。
「便利な能力っすねェ。それで色んな世界を渡り歩けるンすか?」
「ああ。」
「コタツにみかん、煎餅、暖房器具なんかもそれで取り寄せてるンすか?」
「そうだな。まぁ、電気製品はこの世界用に発電施設を建ててるんだが。」
「はァ~。じゃあ、俺らでこの世界にコタツを用意するのはキツそうっすかねェ。」
「シキの封印も兼ねて用意した設備だからなぁ。割に合わないコストはかかると思うぞ。」
残念そうにはぁと溜め息をつくゲシ。コタツに限らず、電気を使える様になれば便利そうだと思ったが、インフラの整っていないこの世界では厳しいらしい。
魔王が煎餅とみかんをコタツに置けば、うららは真っ先にミカンに手を伸ばす。
「コタツにみかん……定番ですねぇ。」
「お前達がいたのは日本なのか?」
「そうですよ。もしかして、お兄さんも同郷なんです?」
「まぁな。ただ、お前達の日本と同じ世界なのかは分からんが。」
みかんを剥きながら、うららが尋ねる。
「日本ってそんなに幾つもあるものなんですか?」
「並行世界とでも言うんだろうか。似たようで少しだけ違う同じ名前の世界は幾つもある。だから、お前達の言う日本と、俺の知る日本が同じとは限らない。」
「へぇ。」
うららはみかんを一口食べて、視線を斜め上に向けて何かを考えてから、魔王の方を見て更に尋ねる。
「コタツで食べる食べ物と言えば?」
「え?」
「はい、お兄さん。」
うららが魔王を指差す。
突然の質問に、魔王は少し考えてから答えた。
「……やっぱみかんか?」
「そこら辺の定番は一緒なんですねぇ。」
どうやら異なる世界だと言ったから、どの程度認識の違う世界なのかを確かめたかったらしい。
うららのいた日本でも、コタツと言ったらみかんというのは同じなようだ。
そんな話にゲシも乗ってくる。
「俺ァ、やっぱり鍋かねェ。単に冬によく食うからってだけだが。」
「あぁ。そのあたりも一緒だな。」
魔王、ゲシ、うららの視線がトウジに向く。
お前はどうだ?という視線に流石にトウジも気付いて、腕を組んで考えた後に口を開いた。
「我はモチかな。」
「あ~。」
三人揃って納得したように頷く。
ここも全員共通しているらしい。
そこで、うららが手を打ってから指を立てた。
「モチと言えば?」
ゲシが手を上げる。
「磯辺巻き。」
うららが手を上げる。
「お汁粉。」
トウジが手を上げる。
「雑煮。」
「雑煮と来たか。」
魔王がおおと目を見開いた。
どうやらそこらのモチの食べ方についても新勇者達と魔王の知るものは同じらしい。
そんな魔王の表情を見て、うららはふむと顎に手を当てた。
「割と私達のいた日本って同じだったりしません?」
「うーん。まぁ、このくらいの食文化なら被るからなぁ。」
魔王はいくつかの世界を渡り歩き、ほぼ同じようにも見える似通った世界を見た事がある。このくらいなら被る事は多々あるので、これだけで同じ世界とは言い切れないのだ。
(そもそも、俺は元居た世界の座標を覚えてないからなぁ……。)
魔王は元居た世界の座標を覚えていない。
どんな世界であったのかも今や曖昧である。
そんな事を考えていると、少し郷愁に駆られ、魔王は僅かに表情を曇らせた。
「お餅の話をしていたら久し振りに食べたくなっちゃいましたねぇ。」
そんな魔王の心の内を知ってか知らずか、うららが暢気に言う。
「何なら今度用意しようか。七輪もあるし。」
「あら。いいですねぇ。」
「おぉ、自分もいいっすかねェ? また手土産持ってくるンで。」
「我も。」
「ああ。いいぞ。」
同じ世界から来た者達なのか、それははっきりと分からない。
しかし、似通った世界の思い出を語らう相手として、魔王は割と新勇者三人を悪くないと思った。
その後も彼らの前世、日本の話に花を咲かせて、穏やかな時間が魔王城に流れた。
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