第88話 死者の目覚め




 デッカイドーの僻地にある危険地帯のひとつ、"氷冷墓所ひょうれいぼしょ"。

 ゴーストやアンデッド等が出没する雪の積もった墓場の跡地である。

 過去に大きな争いがあり多くの戦死者が出た地域と言われる事もあれば、死者がゴーストとなるために住処すみかの近くに死者を弔うことを嫌った人々が使った雑に扱われる墓所であると言われる事もある、成り立つに諸説あるエリアである。


 墓石の並ぶ墓場は手入れなど行き届く筈もなくあちこちがボロボロになり、周囲には枯れた木々の森林が広がりありとあらゆる生命の気配を感じさせない。

 枯れた森林も含めて、"氷冷墓所"と呼ばれるエリアが危険地帯と言われ、許可がなければ立ち入れないのは何もゴーストやアンデッドの出没地帯だからという訳ではない。


 このエリアにはとある言い伝えがある。


 枯れた森林のどこかには、一つの大きな屋敷がある。

 その屋敷にはかつて死霊術しりょうじゅつと呼ばれる死霊を操る魔法を研究している魔法使いがいたという。

 "氷冷墓所"がゴーストやアンデッドの巣窟となったのは、この魔法使いの研究の弊害であり、此処に近付く生者はすべて魔法使いの実験台にされてしまうという。

 今でもこの地には、死霊術にて永遠の命を手に入れた魔法使いが住まい、未だに生者の行方不明者が後を絶たない――――という言い伝え。


 


 その言い伝えは一部事実であった。




 死霊術を学んだ魔法使いは実在した。

 幼くして命を落とした息子をこの世に蘇らせる為に、死者を呼び戻す研究を繰り返してきた哀れな魔法使い。

 彼は死者を呼び戻す研究の中で、死者の国とこの世界を繋ぐ術を編み出した。

 しかし、彼の願いは叶わなかった。

 死者の国と繋がる門から現れたのは、強大にして邪悪なアンデッドだった。


 それは死者の国に住まう貴族であり、死体も霊魂も従え統べる"死の王"。

 "死の王"は、門を繋いだ魔法使いをすぐに殺してしまった。

 そして、この世界に降り立った"死の王"は、多くの死者と霊魂に満ち溢れ、死者に優しい冷たい世界を気に入った。


 "死の王"はこの世界を自身の領地にすべく君臨した。


 "死の王"の名はハイベルン。

 デッカイドーに君臨する魔物達の王、魔王をして脅威と言わしめた、"三厄災"が一角。




 雪が降り積もった荒れ地にて、土を掻き分け雪を掻き分け腕が伸びる。

 "死の王"が目覚める。


「マジで死ぬかと思った……。」


 紳士服に身を包み、黒いマントを背負う、黒いシルクハットを被った、所々に白骨を剥き出す、腐敗した身体のアンデッド。

 地面から這いだした奇妙な格好のアンデッドは、目覚めの第一声の後に、べちゃっと腐った額を叩いて大声を上げた。


「……って、余は元々死んどるやないかーーーーーい!!!」


 周囲は静まり返っていた。




 スッと、アンデッドは手を下ろして、スタスタと歩き始めた。


「勇者……何と強大な人間か……まさか、この余が後れを取るとは……!」


 アンデッドは墓場の中心をずいずいと歩いて行く。


「余を此処まで手こずらせたのは……"魔王"インヴェルノ……"雪女"スオウ……"暴食の王"寒蠱守……"炎の申し子"フォル……"白の勇者"ユキ……"眠り姫"ノースのみ……。」


 アンデッドはべちゃっと腐った額を叩いて大声を上げた。


「……って、結構おるやないかーーーーーい!!!」


 周囲は静まり返っていた。




 スッと、アンデッドは手を下ろして、スタスタと歩き始めた。


 そして、墓場の中心に立ち、アンデッドは両腕を広げて胸を反らせる。


「しかしっ!!! 如何なる強敵もっ!!! 余を完全に滅する事は叶わなかったっ!!!」


 ズボッ!と墓場から腕が伸び、アンデッド達が這いだしてくる。


「余はハイベルン~~~♪ 死を統べる王~~~♪ 冥界では爵位持ちの貴族止まりなので王はちょっと言い過ぎたけど~~~♪」


 墓石からふわりふわりとゴースト達が溢れ出してくる。


「この世界では一番偉い死者~~~♪ なので多めに見て欲しい~~~♪」


 高らかにアンデッドが歌唱する。

 這いだしたアンデッドや、湧き出したゴースト達は、ゆらゆらと緩慢な動きで歌唱するアンデッドの周りで踊る。


「手拍子カモンッ!!!」


 這いだしたアンデッド達が腐った手のひらをべちゃっと打つ。


「余はハイベルン~~~♪ 怨念の主~~~♪ 恨み~辛み~が余の支え~~~♪ 生者への嫉妬こそ余が力~~~♪」


 ゴースト達が歌唱するアンデッドの周りをぐるぐると飛び交う。


「人としてどうなの? 性根が腐ってる? いや、元々腐ってる! だって、余はアンデッド~~~♪ 腐った死体~~~♪」


 墓場から這いだしたスケルトンが、髑髏どくろの仮面を投げつける。

 それをべちゃっと手のひらで受け止め、歌うアンデッドは顔に付けた。

 髑髏のマスクを着けた、シルクハットと黒マントのアンデッド紳士は更に盛り上がって歌を歌う。


「ああ~~~♪ 偉大なハイベルン~~~♪ デッカイドーの王になる男~~~♪ 崇めよ~~~♪ 崇め~~~よ~~~♪」


 



 周囲は静まり返っていた。


 コツン、と髑髏のマスクに拳を当ててアンデッドが大声を上げた。


「……って、余がスベってるみたいやないかーーーーーい!!!」


 やはり、周囲は静まり返っていた。




 スッと手を下ろして、アンデッドはふぅと息を吐く。


「仕方あるまい。ここは極寒の大地、デッカイドー。雪で寒いし氷で滑るし。余の渾身のコメディも失敗したように見えるのも致し方なし。そもそも、死者共は声帯もやられてるし。誰もコール&レスポンスとか知らないし。一人ではしゃいでて何だこいつってなるのも仕方ないし。別にめげないし挫けないし。だって余は死の王! モットーは、不死しなず不屈くっせず不恥はじしらず!!!」


 胸に手を当て、高らかにアンデッドは叫ぶ。


「余こそが"死の王"ハイベルン!!! 偉大なる黄泉の王!!! 余は此処に蘇った!!!」 




 アンデッドの名はハイベルン。

 "死の王"の名で恐れられる、"三厄災"と呼ばれる魔物の一体。


「相変わらずうるさい奴デスネ。」


 そんな歌って戯けるアンデッドの王の前に、虫の群れが集まってくる。

 虫の群れはざわざわと集まり、ぎょろりとした目玉と牙を作り出した。 


 虫の集合体を見たハイベルンは、おお!と大袈裟に両腕を広げて、虫に歩み寄る。


「これはこれは! 忌々しい糞虫クソムシ! 生きておったか! 残念だ!」

「お前も生きていたんデスね腐れ馬鹿。残念デス。」

「いいや! 余は死んでいる! 何故なら余はアンデッドだから! そして、実際に腐っているので腐っているは余に対しては悪口にはならないッ! ざまぁッ!」

「塵となって消滅してくれれば良かったデス。」


 虫の集合体もまた、"三厄災"と呼ばれる魔物の一角、"暴食の王"こと寒蠱守ふゆこもり

 寒蠱守はブブブと羽音を立てながら、ぎょろりとハイベルンを睨み付けた。 


 "三厄災"。デッカイドーで恐れられる三体の魔物。

 寒さをもたらす怨霊"雪女"ことスオウ。

 あらゆるものを食い尽くす"暴食の王"寒蠱守。

 死者を率いる"死の王"ハイベルン。

 寒さをもたらすスオウは、寒さを苦手とする寒蠱守に勝り。

 死体を食い荒らす寒蠱守は、死体の王ハイベルンに勝り。

 ゴーストすらも従えるハイベルンは、怨霊であるスオウに勝る。

 三竦みでバランスを取っていた魔物が今此処に対峙する。


 雪女スオウは既に勇者達に討ち滅ぼされ、この場にいる二体もまた勇者達に破れた筈だった。


 額にコンと手を当てて、ハイベルンは高らかに笑う。


「余は不死の王! 決して滅びない! まぁ、勇者にいきなり爆撃されてマジで昇天するかと焦ったが、何とか魂を繋ぎ止め、死体を寄せ集めて復活したのだ!」

「ゴキブリのようにしぶとい奴デス。」


 ハイベルンは勇者に敗れた。

 しかし、何とか存在は保った。

 時間は要したものの、今此処に復活したのである。

 ハイベルンは復活の経緯を話しながら、わなわなとその身を震わせた。


「そう、勇者! 忌々しき勇者! 余の死の軍勢を一瞬で消し飛ばし、余の魂も蒸発させかけたあの忌々しき勇者!」


 勇者により、ハイベルンは大量に作り上げていた死者の軍勢を失った。

 そして自身も危うく消されかけ、その恨みにわなわなと震える。


寒蠱守ふゆこもり……この糞虫クソムシを制するための駒……雪女スオウも奴らに消されたという! 糞虫を凍えさせることもできず、更には気温も上がって我が軍勢には過ごしづらい世界に近付いた! 忌々しい! 忌々しすぎる!」

「ワタクシの前で拙い計画を口にするとは良い度胸デス。今此処でその残念な死の軍勢を食い荒らしてあげマショウカ?」


 寒蠱守がギシリと並んだ牙を開く。

 その挑発に、ハイベルンは「フハハハハハ!」と高らかに笑いながらチッチと指を振った。 


「貴様も弱っているのだろう糞虫クソムシ? 忌々しき勇者共にやられて。今の貴様に余の軍勢を食い尽くす事ができるのか? いや、できまい。」


 寒蠱守はチッと舌打ちのような音を鳴らした。

 寒蠱守もまた勇者達と戦い、大打撃を受けている。

 生き延びたものの戦力は大きく削がれており、ハイベルンの見立て通り、相性が良いとはいえこの場でハイベルンを食い尽くす事はできなかった。


(馬鹿の癖に頭は回る。相変わらず面倒臭い奴デス。)


 寒蠱守がわざわざ蘇ったハイベルンの前に現れた理由はひとつ。

 この戯けた馬鹿なアンデッド、こう見えてもキレ者である。

 本能の赴くままに食い尽くす寒蠱守、妄執に囚われた怨霊の雪女と違い、強い目的意識を持って人類と敵対している。

 寒蠱守はこの危険な魔物の動きを、回復状況を確かめる為に様子を見に来たのである。


 ハイベルンは今はまだ完全に本体の力も、従える死者の軍勢も回復はしていない。

 それが確認できただけで、寒蠱守の目的は果たされていた。


 しかし、そこから寒蠱守も思いも寄らぬ話がハイベルンから切り出された。


「おい、糞虫。貴様、余に協力する気はないか?」

「……ハァ?」

「余と共闘して、忌々しき勇者共を討ち倒すつもりはないか?」


 思わぬ共闘の提案に、寒蠱守は目を丸くした。

 ハイベルンにとって、寒蠱守は天敵であり仇敵である。

 そんな相手に共闘を提案しているのである。


「何が狙いデス?」

「狙いなどない。勇者、忌々しいが中々に厄介な相手だ。余だけでも別に全然勝てるし、全然怖いと思ってないし、全然怖くないんだけども。でも、余と貴様が共闘したら勝率は更に上がる……じゃなくて、もっと楽に勝てる!」

「ビビってるんデス?」

「ち、ちげーし! ビ、ビビってねーし!」

「震えてマスヨ?」

「さ、寒いだけだし!」

「アンデッドは寒さを感じないのデハ?」


 ハイベルンはわなわなと震えていた。


「貴様にとっても悪い話ではない筈だ! 貴様も勇者に手痛い一撃を食らわされたのであろう!? 互いにとって奴らは邪魔者である筈! それに、もしも手を貸すのであれば、余は貴様に褒美を取らせよう!」

「褒美?」

「このデッカイドーを蹂躙し、屍の山を築いた際には! 貴様等にも少しは死肉を食らわせてやろう!」


 手を差し出すハイベルン。

 寒蠱守はじろりとその手を見下ろし、ハァと溜め息をつく。


「まるでそそらない褒美デスネ。ワタクシ好き好んで死肉を食らう訳ではないデス。」 

「糞虫の分際で、余の提案を断ると!? 貴様も勇者共に復讐したくはないのか!?」

「興味ないデス。」


 寒蠱守はただ生きる為に食らうだけ。

 復讐などには興味はない。

 むしろ、そういった人間の醜い感情は寒蠱守の忌み嫌うものである。


 ハイベルンは、寒蠱守の嫌う、人間の醜い恨み妬みを象徴する怨霊そのものである。

 共闘などまず有り得ないと寒蠱守は考える。


「復讐でも何でも好きにやるといいデス。勝手に勇者に挑んで次こそ消し飛ぶがいいデス。但し、ワタクシの生活を脅かすような事があれば、その時は食い尽くしてやるデス。馬鹿な騒ぎは起こすな、今日はその警告に来ただけデス。」


 寒蠱守はそう告げると、無数の虫になって霧散する。

 ハイベルンなどといつまでも付き合うつもりはない。

 蘇って悪巧みをするのであれば、対立するという警告に来たのだ。

 その用事を済ませた寒蠱守はとっとと帰る事にした。




 取り残されたアンデッドは、どすっと墓石に腰を下ろす。


「…………ふむ。」


 顎に手を当て、ハイベルンは考える。


「妙な事だ。生に醜く執着するムシケラが、自身を脅かす勇者にとは。」


 髑髏の仮面の下から、クククと笑い声が漏れる。


「……勇者が脅威にならない自信でもあるのかな? それとも、勇者を脅威に思えない理由でもあるのかな?」


 ハイベルンは腕を広げて、胸を反らして、まるで周囲の空気を全身で味わうように身体を大きく広げる。


「忌々しき陽気……心地良い怨念……勇者共が攻め入ってくる少し前から感じていた、二つの違和感が更に大きくなっている……。」


 髑髏の仮面の奥、空洞になっていた眼孔に、ずちゃりと眼球が現れる。

 すぅっと大きく息を吸い、ハイベルンはにたりと笑った。

 



「…………成る程、そういう事か。」




 ハイベルンは不敵に笑う。

 その目には黒い怨念に取り憑かれた、一軒の小屋が強く強く焼き付いていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る