第85話 教えてアキ先生
魔王城にて、シキについての考察を繰り広げた魔王と勇者アキ。
滅亡の未来をもたらすのは、今は亡き世界の死に行く者達が残した怨念ではないか。亡者達の生者に対する無差別の嫉妬心ではないか。
何故、シキの力を悪用する者のいないデッカイドーにて滅びの未来が見えるのか。
何故、シキの力を利用して戦争をしたとして、最後の勝者でさえも生き残らなかったのか。
何故、争いがあったとして、争いの外側にいる全ての命が消え去ってしまったのか。
おぞましい可能性を知った時、アキは特に焦った様子もなくアイスを口に含んだ。
「意外と落ち着いてるんだな。」
「まぁ、大体そうなのかなと思っていましたし。」
魔王もアキの返答に特に驚く様子もない。
「何か気付いてる風だったもんな。」
「ええ。それに、理由が分からない問題よりも理由にあたりがついている問題のほうがずっと対処しやすいです。」
「まぁ、そうかもな。」
アキは平然とした様子でアイスを続けて食べる。
「シキ自体に『生命の破滅』の願いが残っているとして、今は休眠状態なのは恐らくは世界を滅ぼしてエネルギーを一時的に大量に消耗したからなのでしょう。『思念エネルギー』は高密度高容量のエネルギーとはいえ、無限ではありません。記録の中にも世界の滅亡を一度防いだ後は一時的な休眠期間があったともありました。」
「……『一時的』なのか。」
「ええ。思念エネルギーは視認できなくてもあちこちに満ち溢れています。辺境の地では確かに回復は遅れるでしょうが、いずれは再起動すると思います。」
アキは魔王の目を見る。
「回復の目処が立たないと、シキは思念エネルギーの供給の為に自発的に動き出すと思います。複数世界に跨がって生み出されたシキは、他世界と繋がる力も持っているので。もしもあの世界にシキを放置していたら、一向に回復の進まない生命のない世界から、別の思念エネルギーに満ち溢れた世界に移動して更に早く回復していたでしょう。そういう意味では多すぎず少なすぎず程よく思念エネルギーが供給されるこの世界に運び込んだあなたの判断は、応急処置としては最善だったと私は思います。」
「……そう言って貰えると救われるよ。」
魔王はシキをこの世界に持ち込んだ事に対して、少なからず罪悪感を感じている。
元居た世界で今にも他の世界に飛び立ちそうな状態よりも、落ち着いた状態になるこの世界に移した事が正しいとは思っていたが、この世界を危険に最も近いところに置いた事には変わりない。
この世界の人間であるアキに、理路整然と判断を認められる事で少しだけ気が楽になった。
アキはアイスをぱくぱくと食べ進めながら、何かを考えるように視線を斜め上に向ける。
「『生命の破滅』の願いをシキから取り消せるか……恐らくはシキへの願いは思念エネルギーをそのままの形で命令として送り込んで実行しているのだと思うのですが、それを後から消せるものなのか……今のところ研究資料を見るに、一度刻まれた思念エネルギーを消すのは容易ではないようなので骨が折れますが……私の方でも色々と研究してみますよ。」
「そこら辺の話は俺にも分からんから、すまんが引き続き頼む。」
「適材適所。すまんとか思う必要ありませんから。もしかしたら、またあの世界に行きたい事もあるかも知れませんのでその時はお願いします。」
アキの心遣いに感謝しつつ、魔王はこくりと頷いた。
思念エネルギーの調査結果については聞き終えた。
その後、魔王は別の話を切り出す。
「ところで、実はもうひとつ相談があってだな。」
「別料金ですけど。」
「いや、報酬は勿論出すけど。」
「なんです?」
魔王はコタツを捲って声を掛ける。
「おーい。シキ。おやつだぞ。」
すると、のそのそとコタツから黒猫が這い出してくる。
「魔王。おやつをよこせ。」
出てきたシキをひょいと持ち上げ、魔王はコタツの上に座らせた。
そして、アキにそれを見せる。
「実はこんな事になってて。」
「なんだ魔王。おやつはどこにある。」
アキは目を見開いてぽかんと口を開いた。
カタンとスプーンを落として完全にフリーズする。
黒猫シキ。アキの願いから生まれた、願望機シキが生み出した黒猫。
その黒猫が言葉を話している。
「おお。小さい小娘。何を食べている? 我が輩にもよこせ。」
シキは目の前にいるアキに気がつく。
そして、当たり前のように話し掛けた。
アキは未だに固まっている。
やっぱり衝撃的だよなぁ、と魔王が思ってアキの様子を見ていた。
「あああああああああああああああああああッ!!!」
「うわっ!?」
突然のアキの雄叫びに魔王はビクッとした。ついでにシキもビクッとした。
アキの身体が前に乗り出し、しゅるっと細腕がシキに巻き付く。
シキは突然の事に驚き、逃げる暇も無くアキの腕に捕まった。
シキがシュッとアキの元に引き寄せられる。
抱き締めたシキに頬をシュバババババババ!とすり寄せながら、アキは声を上げる。
「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!!!!!」
「にゃあああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」
シキが悲鳴を上げる。
スリスリスリスリと凄まじい勢いで顔を擦りつけるアキ。
シキがジタバタと暴れて必死に抵抗するが、アキの腕力に敵わずに逃れる事はできない。
「お、おち、落ち着け! 落ち着け!」
「はっ!?」
魔王が声を掛けて、ようやくアキは我に返った。
じゅるりと涎をすすり、アキはおほんと咳払いをしてシキから手を離す。
シキは慌ててバタバタとコタツの上に逃げて、魔王の膝の上に乗って身を隠した。
「す、すみません。取り乱しました。」
「お、おう。」
「なんですかこれ! 可愛すぎるんですけど!」
アキはキレ気味に魔王に詰め寄った。
喋る黒猫が余程気に入ったらしい。
「いや、なんか最近喋るようになって……。」
「くぅ~~~! ますます私の使い魔にしたい……!」
「いや、持ってかれたら困るんだけど……。」
魔王は困惑しつつ、アキに本題を切り出した。
「実はこんな感じでシキが言葉を話し、ある程度の知性を見せるようになった。まだちょっと賢い猫くらいなんだが、意思疎通ができるようだ。だから、教育したら願望機シキについて有益な情報を得られないかなと。こいつ自身が願望機シキと同一の存在なのか、生み出されただけの存在なのかは分からないが、もしかしたら……くらいの薄い期待なんだが。」
突然人間の言葉を話し、意思疎通が可能になった黒猫シキ。
元々はアキの願望から生まれたものだが、この黒猫シキ自体が願望機シキなのか、願望機から生み出された別存在なのか、不明点が多い。
しかし、万が一願望機シキに芽生えた意思の一欠片であるのなら、願望機シキと意思疎通を図る事ができるかも知れない。
得体の知れない超常の存在だと思っていたシキと、意思疎通ができるのであれば、何かしらの破滅の解決の糸口が見えるかも知れない。
そういった意図で、可能性のひとつとして、もしかしたら程度の期待で魔王は話を切り出した。
喋る黒猫シキに興奮気味だったアキも、その話を聞いた途端に冷静な表情に戻り、ふむと納得したようにスプーンを拾い直した。
「…………その教育係を私に頼みたいと?」
「ああ。シキに関する研究について一番理解できてるのはお前だろ? 情報を引き出せる程度の知性をつけるならお前が適任かなと。」
アキは少しだけ頬を緩ませ、おほんと咳払いした。
「ま、まぁ、そうかも知れませんけど?」
満更でもなさそうに、アキはアイスを一口食べる。
そして、スプーンをびしっと魔王に向けて、得意気な顔で言う。
「別に受けてもいいですよ? その位の頼みであればお代も結構です。」
「ああ。助かる。別にカッチリと勉強を教えて欲しい訳じゃない。都合の良いときにあれこれ教えてやってくれればいい。」
「やるからにはしっかりやりますよ。何なら今から始めましょうか?」
アキはぐいと身を乗り出して、満面の笑顔でシキに呼びかける。
「シキ~。おいで~。」
魔王の膝に丸まり、コタツを盾に身を隠すシキはぶるぶると震えた。
「嫌なのである! 小さい小娘怖いのである!」
シキは断固拒否した。
魔王は真顔になる。アキの笑顔は若干引き攣った。
「だ、大丈夫ですよ~! 良いこと教えてあげますよ~!」
「……。」
無視するシキ。
先程のアキの興奮スキンシップで完全に心が離れたらしい。
アキが若干泣きそうな顔になっている。
教育係を頼んで早々、挫折しそうな状況を見て、魔王が苦笑いした。
シキを掴んで持ち上げて、魔王が語りかける。
「な、なぁ、シキ。もう大丈夫だから。アキは良いこと教えてくれるぞ。ほら、いってみろ。」
「魔王は我が輩を売るのか……?」
「う、売るって……。」
潤んだ目でふるふると震えているシキを見て、魔王の方にも罪悪感が湧き上がる。
シキの向こう側には潤んだ目でふるふると震えているアキもいるので、そっちにも気の毒な気分になってくる。
「お、おやつやるから。な?」
「そ、そうですよ~。わ、私、シキの為にいっぱい美味しいおやつ持ってきますよ~。」
食べ物で釣れば、シキはちらりとアキの方を見た。
割と食べ物で釣ればちょろい事は魔王も知っていた。
どうやらあれ程の恐怖体験をした後でも、心があっさり揺れ動くくらいにこの黒猫はちょろいらしい。
シキはするりと魔王の手から抜けて、コタツの上を歩いてアキの方に向かう。
「…………小さい小娘。」
「私はアキです。」
「アキ。おやつくれるのか?」
アキは懐に手を入れる。すると、するっと小さな小包が出てきた。
小包にアキががさっと手を入れて引き抜くと、小魚が手に握られている。
(こいついつも猫のおやつ持ってるのか……。)
アキは手に乗せた小魚を差し出す。
始めて見た小魚にすんすんと鼻を寄せてから、シキはぱくっと齧り付いた。
カリカリカリと咀嚼すると、尻尾をゆらゆらと揺らし始める。
「うまい!」
シキは背筋を伸ばして喜びの声を上げた。
どうやら新しいおやつはお気に召したようである。
アキは恐る恐るシキに尋ねる。
「え、えっと。これでさっきの事、許してくれますか……?」
「おやつに免じて許してやろう。」
「ありがとうございます!」
わなわなと震えて手をワキワキしているアキ。
飛びつきたい欲望を抑えているようだ。
(おお。かろうじて理性が残っている。)
その様子を魔王はハラハラしながら見ている。
「え、えっと、シキ。私とお勉強してくれたら、もっと色んなおやつをあげますよ?」
「色んなおやつ……?」
「そう! いっぱいおやつをあげますよ!」
「いっぱいおやつ!」
シキは尻尾をゆらゆらと揺らす。
「よかろう。お勉強してやるのである。」
「ありがとうございます!」
アキは今にも飛び掛かりそうな右手を、左手で押さえ込んでいる。
(右手の本能を左手の理性が抑え込んでる……。)
本能と理性のせめぎ合いと戦いながら、アキはシキとのお勉強の権利を勝ち取った。
一時は早々に頓挫したかと思われた計画が、何とか持ち直した事に安堵しつつも、魔王は少しだけ気になった。
(先生と生徒の立場が逆じゃないか……?)
上から目線のシキ、完全にへりくだっているアキ。
猫が好きすぎるアキは、果たしてシキの先生としてうまくやっていけるのか?
「きょ、今日は一旦友好関係を気付く為に、お遊びしましょう! お勉強は一旦お休みです!」
「うむ。よかろう。」
アキは懐からすっと毛糸で出来たボールを取り出す。
それをシキに向かって転がせば、シキはボールをはじき返した。
ボールを弾きあいきゃっきゃと遊ぶシキとアキを見ながら魔王は思った。
(大丈夫かなぁ……?)
魔王はそこまで期待しないで様子を見ることにした。
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