第84話 巫女と神々
かつてデッカイドーの大地には多くの神々が存在した。
大地の神々と人との間に立ち、架け橋となった存在は巫女と呼ばれた。
巫女にはいくつかの役割があった。
ひとつは大地の神々と対話し、人々と共存する為の交渉をおこなうこと。
大地の神々は人々の信仰や供物により存在を保つことができた。
人々は大地の神々に大地の恵みを賜る事で生きる事ができた。
神と人は互いに支え合って生きていたのだ。
ひとつは災厄をもたらす悪神達を鎮めること。
デッカイドーには様々な災厄があった。
巫女はその災厄に名を与えて、悪神として言葉を交わした。
形を持たぬ災厄に、巫女は神として名を与える事で、対話のできる存在とした。
ひとつは人々のに神の存在を伝えること。
巫女は大地の神々の威光を歌い、人々にその存在を知らしめた。
巫女の歌は神々を癒やすだけではなく、人々に神の存在を信じさせる奇跡を秘めていた。
巫女は神々にも人々にも愛された。
禍つ神でさえも、巫女の歌には耳を傾け、人々との共存を認める程であった。
世界をよりよい方向へと導く、運命を司る天の神の言葉を聞く預言者。
大地の恵みをもたらし、大地の怒りを静める大地の神々の架け橋である巫女。
二人の神々と繋がる存在が、古くより世界の命運を左右してきた。
預言者はその力を継承する事で次代へと役割を託していき、巫女は歌を子供に語り継ぐことで次代へと役割を託した。
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預言者一族の禁書庫にて、預言者シズは巫女に関する歴史を記した書物を探し出し読んでいた。
預言者一族が隠していた本が多く所蔵されている書庫は、今は王の調査隊が入り一時的に閉鎖されていたものの、当代の預言者という事で英雄王直々の許可の元でシズは立ち入る事を認められた。
護衛に付いてきたのは勇者ハル。シズが彼女を指名し、ハルを伴い禁書庫へと踏み入ったのだ。
「ハルが巫女の末裔である」という話を聞いたシズからの提案だった。
ハルは女神オリフシから、自身が巫女であるという事を聞かされた。
しかし、母からも父からもそんな話は聞いたことがなく、巫女というものが何なのかもそもそも知らなかったのである。
そこで、シズは巫女と関係の深かった預言者一族の禁書庫であれば、巫女の歴史を記した書物が見つかるのではないかと提案した。
ハルは是非とも巫女が何なのかを知りたいと答えて、シズは預言者としての役割を引き継ぐに当たっての勉強という名目で、英雄王からハルを護衛につけての禁書庫調査を認められたのである。
表向きの建前はそれとして、実はハルと再びお出かけしたいというのがシズの本音だったりするのは秘密である。
「巫女は歌を子供に語り継ぐ……ハルは心当たりはありますか?」
「……うん。ある。母からずっと歌を聴かされてきた。ちゃんと覚えてる。」
シズがハルの方を振り返れば、後ろから一緒に本を覗き込んでいる。
思いの外近かった顔にシズはぼっと顔を赤くした。
「ハ、ハハハハハル……! か、顔が近っ……!」
「ん? ああ、悪い。」
「わ、悪いなんて事はないんですけどっ……!」
ハルはすっと後退した。シズはくっと後悔した。
「……ちゃんとお母さんは私に残してくれてたんだ。」
ハルは胸に手を当て目を閉じる。
幼い頃にいなくなった母。彼女からただ一つ残された歌。
それが巫女の証であり、母から託されたものであった。
ハルは目頭が熱くなる。そして、思わず口元が緩んだ。
「シズ、ありがとう。此処につれてきてくれて。」
「よ、喜んで貰えたようなら何よりです!」
ハルは考える。
巫女として何か出来ることはないか。
その手掛かりが、この本にはあるかもしれない。
「なぁ、シズ。この本を借りることはできないか?」
「え? えっと……持ち出しはちょっと……。」
一応今はこの禁書庫は国の管理となっている。
まだあれこれと引き継ぎや手続きが終わっていないので、正直勝手にあれこれ持ち出すのはまずいのである。
シズは言い淀むと、ハルはしゅんとした顔になった。
「ダメか……。」
「だ、大丈夫ですっ! 私が何とかしますのでっ!」
その可哀想な顔を見て、シズは思わず声をあげた。
「いや、でもまずいんだろう? シズに迷惑をかけるのは……。」
「全然迷惑じゃありませんっ! 全然いけますっ! 力尽くで認めさせますのでっ! 闘わなければ勝ち取れないんですっ!」
シズはトウジからの教えを思い出す。
今こそ戦う時であると、自身を奮い立たせる。
巫女の本を閉じ、ハルに差し出し、シズは引き攣った笑みを浮かべた。
「どうぞっ!」
「い、いいのか?」
「どうぞどうぞっ!」
「じゃ、じゃあ有り難く借りるぞ! ありがとう!」
シズの圧に負けて遠慮しかけていたハルは本を受け取った。
ハルは本をぎゅっと抱く。
この本に、巫女として何ができるかの答えが書かれていると信じて。
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