第79話 コタツが恋しくて
デッカイドーにて"イレギュラー"という呼び名で恐れられる三人の怪人。
女神ヒトトセに勇者として選ばれた、異なる世界の前世を持つ転生者達。
便利屋として生計を立てていたものの、この度正式に勇者に任命された彼ら。
普段彼らはいくつか用意された拠点や宿を点々と移りながら根無し草の暮らしをしている。
その中の一拠点に立ち寄った"殺戮の勇者"ゲシは、奇妙な光景に首を傾げた。
「…………?」
机に布団が被せられている。
その布団を被った机の前で、椅子に腰掛けるのは一人の少女。
可愛らしい女児服を着て、首に桃色のマフラーを巻いた小柄な少女。
一瞬ゲシは「誰?」と思ったが、すぐに同じ転生者"束縛の勇者"うららであるとワンテンポ遅れて気付く。いつものボロ布の服ではなく、更に首に巻いた縄はマフラーで隠し、更に髪も珍しく整えて小綺麗になっている為に普通にそこらにいる女の子かと見間違えるところだった。
うららは椅子に腰掛け足を組み、顎に手を当て、どこぞの彫刻のように何かを考えている。
「何やってンだお前ェ?」
「…………?」
うららは入口を振り返って怪訝な顔をした。
赤い髪、普通の防寒着、首には赤いマフラーを巻いた長身の青年。
うららはワンテンポ遅れて"殺戮の勇者"ゲシだと気付いた。
いつもなら服まで真っ赤な全身真っ赤な真っ赤男だったのだが、今日は珍しく普通の服を着ている。
「赤い服やめたんですか?」
「あァ。もう見た目の売り込みとかいらねェなと思って。」
「赤いマフラーもやめればいいのに。」
「こっちの世界のお袋に編んで貰ったモンだからよォ。流石に外せねェというか。」
「あなたにもそういう情があるんですねぇ。」
「いや、俺を何だと思ってンだよ。」
ゲシは色々と聞きたい事があったが、とりあえず冷えるので拠点のドアを閉める事にする。そして、うららに向かい合うように布団を被せたテーブルの向かい側に座り、まずはうららの服について尋ねる事にした。
「そういうお前ェもあのボロ布やめたのな。」
「まぁ、勇者がアレじゃ格好付かないでしょう。あの惨めな格好も好きだったのですが、アキちゃんに買って貰ったので。」
「アキ……ってェと"魔導書"だっけか? なんだ、もう仲良くやってンのか?」
「この前、偶然会いまして。式典用の礼服とか一緒に探して貰いました。此方の世界の礼儀作法とかも諸々聞けたのでラッキーです。」
「はァ。いいなァ。俺もナツに話聞いたけど、あンま参考にならなかったンでよ。良かったら後で俺にも教えてくれや。」
「いいですよ。っていうか、そういうの"世界の書"に書いてないんですか?」
「文章ヘタクソ過ぎて分かンねェんだよ。実演して貰った方が分かりやすい。」
「なんやかんや不便ですねぇそれ。」
そんな会話を交わしてから、改めてゲシは一番気になっているところを尋ねる。
「ところで、なんでテーブルに布団被せてンだ?」
「いえ。実はコタツを作ろうと思いまして。」
「コタツ?」
一瞬何の話かと思って考えるものの、すぐに直近の勇者面接の事を思い出す。
面接会場の魔王城で入ったコタツを思い返し、ゲシは改めて布団を被せたテーブルを見た。
「これ、コタツのつもりか?」
「いえ。試行錯誤の途中なんですけど。」
「なんで急にコタツ作ろうとしてンだよ?」
「先日の勇者面接で入ってから、何か妙に恋しくなりまして。」
「……まァ、この世界じゃ確かに恋しくはなるかァ。」
デッカイドーは極寒の大地である。
暖房器具こそあるものの、魔王城にあるような電気製品のような便利なものはない。その中でも、一番温もりやすいコタツは一度味わうとどうしても忘れられないものであった。
「この世界じゃなくても割と恋しくなったりしません?」
「あァ。出すのはめんどいけど、出したら離れられなくなるよなァ。」
「そこで、こっちでも作れないものかなと。」
「それで……コレと。」
普通に高いテーブルに布団を被せただけのそれを見てゲシは苦笑いした。
「これでコタツは無理あンだろ。」
「だから悩んでいたんですよ。どうやったらコタツになるのかと。」
テーブルに布団を被せただけでは当然コタツにはならない。
ゲシが言うまでもなく、うららも分かっている。
しかし、いざ「コタツはどうやったら作れるのか」と聞かれるとゲシも上手く答えられない。
「ああいうのは電気とか通じてねェと無理じゃねェか?」
「いや。電気で動くコタツなんて最初から作れると思ってませんよ。ただ、それっぽいものを作れないかなと。試しに布団を被せたら空気が籠もって温かくならないかなと思ったんですが、これじゃない感がすごくて。」
「……まぁ、電気コタツのヒーターに代わるモンが必要だよなァ。」
うーん、と頭を悩ませるうらら。
割とどうてもいい事だよな、と思いながらゲシはその悩む様子を眺めていた。
「焼いた石でも入れてみますか?」
「俺そんなところに足入れたくねェよ?」
無茶苦茶な事を言い出すうららに冷静にツッコむゲシ。
「もっと色々とあンだろ。この世界には魔法とかもあンだぜ?」
「炎魔法で焚き火を焚くとか?」
「コタツじゃなくて火炙りだろそれ。」
「ふむ……。」
「それも悪くないかも、って顔してんじゃねェ。」
うららはドMである。
その趣味趣向で拠点のテーブルを拷問器具に改造されては堪ったものではない。
「大体、直接火を焚いたら布団もテーブルも、何なら小屋ごと燃えるだろ。」
「そもそも私魔法使えませんし。」
「じゃあダメじゃねェか。」
ゲシは呆れて溜め息をついた。
「別にわざわざ拠点に作らなくても、魔王サンのところ尋ねりゃ良いだろ。ご迷惑にならない程度によォ。手土産でも持っていきゃ嫌な顔はされねェだろ。」
「真面目か。」
「真面目で悪ィかよ。」
「うーん……別にそれでも良いんですけどねぇ。こう、コタツは気兼ねなく、誰にも遠慮せずに入りたいじゃないですか。」
「……まァな。分からんでもねェけども。無理なモンは無理だろ。」
うららはうーんと唸ってから、指を立てて提案する。
「そこら辺で獣を狩ってきて、テーブルの下に放り込むとか?」
「嫌だよそんな血生臭ェコタツ。」
「狭いところが好きな変態を連れてきて、テーブルの下に籠もって熱を蓄えて貰うとか?」
「よくそんな気持ち悪ィアイディア思い浮かぶな。」
「トウジに入って貰うとか。」
「暑苦しそうだな……。」
ろくなアイディアが出てこない。
「もう布団にくるまってりゃよくねェか?」
面倒臭くなってゲシが適当に言う。
「それもそうですね。」
「それでいいのかよ。今までの下りは何だったンだよ。」
テーブルに被せた布団を引きはがし、うららはくるりとくるまった。
「コタツもいいけどお布団もいいですよねぇ。一度入ると出られない。」
「分かるけどよ。この数分間めちゃくちゃ無駄だったじゃねェか。」
「別にその位いいじゃないですか。私なんて小一時間無駄にしたんですから。」
「嘘だろ……? お前ェ、そんな悩んでたの……?」
「下らない事で長時間考えちゃう事ってありません?」
「……ないかな?」
「やめて下さい。本気で返されると無駄にした時間を後悔してしまいます。」
「後悔しとけよそこは。」
椅子の上で膝を抱えて布団にくるまりながら、うららははぁと溜め息をつく。
「はぁ。寒さにも慣れたと思ったのに、すっかり温かさが恋しいですね。それもこれもコタツのせいです。」
「俺ァ、良く顔合わせる同僚が寒そうな格好しなくなって、前より大分マシになったけどなァ。」
「それ、私の事ですか?」
「お前ェもそうだし、トウジも最近服着てンだよ。」
この場にいないもう一人の"イレギュラー"、"闘争の勇者"ことトウジ。
スキンヘッドに筋肉質な身体を持つ、いつでも上半身裸だった大男である。
そのゲシの思わぬ報告を受けて、うららは目を丸くした。
「本当ですかそれ。あの筋肉ハゲ達磨が?」
「すげェ悪口出たな。おォ、本当だよ。ナツに『服は着た方がいい』って言われてな。」
「そういうものだと思って私達もわざわざツッコんでなかったんですけど、トウジはそういう指摘通じるタイプだったんですね。まぁ、確かにアレは見てるだけで寒かったので助かります。」
服を着ただけで凄い言われようであった。
「寒い寒くないの話をしてたらまた寒くなってきました。あぁ、コタツが恋しい……この温い布団から出られない……。」
「おいおい。マジでずっと蓑虫になってるつもりかよ?」
布団にくるまったまま動かないうららを見て、ゲシは呆れて溜め息をついた。
「勿体ねェなァ。せっかく新しい服着てンのに。」
「うっ……。それを言われると中々心苦しいものが……。」
アキに買って貰った服。それが布団にくるまれてまるで見えなくなっている。
せっかくの服を隠すという事に多少罪悪感を感じるうらら。
渋々と布団を解いて、ぶるりと震えて椅子に座り直す。
「ああ……一度温かさを知るとこの寒さがより一層つらい……。コタツが恋しい……。」
「寒さで自分を苛めるのが好きだったンじゃねェの?」
「寒さ責めも大分前に飽きたので。」
「どういうこっちゃ。」
少しは被虐趣味が薄れたのかと期待したゲシが、自身の考えの浅さに呆れて溜め息をつきつつ、うららの方をちらりと見る。
「馬子にも衣装たぁ良く言ったモンだなァ。」
「それは私が可愛いと褒めてます?」
「綺麗に着飾っても中身が伴わねェって言ってンだよ。」
「綺麗だなんてそんな……。」
「そういうノリで今日は来るンだな。」
うららは首元の桃色のマフラーに手を当てて、ゲシの赤いマフラーに目を向けて、くすりと笑みを浮かべる。
何かを企んでいるような、怪しい笑みであった。
「ゲシとおそろいですね。」
「全ッ然、ときめかねェ。」
「はぁ。つまらない人ですね。」
まるで興味なしと言った様子のゲシを見て、うららが溜め息をつく。
そして、ぶるりと身を震わせた。
「あー、寒い。コタツが恋しい。」
「そんなにコタツが恋しいなら、今度魔王サンとこ行くか? 勇者に任命されたってェ挨拶に行ってもいいだろ。」
「それ、名案です。」
「トウジにも声掛けるかァ。」
コタツの話ばかり聞いていて、ゲシの方までコタツが恋しくなってきたのは彼の中だけの秘密である。
一度入ると癖になる、コタツの魅力にすっかり彼らは魅入られているのである。
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