第78話 ・・・・・・・




 魔王城にて二人の女がコタツを挟んで対峙する。


 一人はネコ耳カチューシャをつけたメイド服の女。

 もう一人は黒いジャージを着た黒髪の女。


「………………。」

「………………。」


 二人はただ集中して手元を見ていた。

 その手元にあるのはカニ。

 赤い殻から身を剥き、身をほじくり出し、悪戦苦闘しながらカニと向かい合っている。


 メイド服の女は魔王の側近トーカ。

 黒いジャージの女は魔王軍幹部の占い師ビュワ。

 二人が何故無言でカニと戦っているのか?




 時間はほんの僅か前に遡る。


 突然、魔王城に袋をぶら下げてビュワが訪れた。

 魔王城にいたのはトーカ。今日は勇者アキと共に調査の為に出かけるという魔王の留守を預かっていた。


「どうしたんですかビュワさん。」

「魔王様は?」

「今日は出かけてます。」

「そっか。参ったな。」

「何かありました?」

「上客からコレ貰って。」


 ビュワが袋を広げて見せると、そこには大量のカニが詰まっていた。

 デッカイドーの海で穫れるカニ。広く知られる高級食材である。

 思わぬものを見て、トーカは目を輝かせた。


「カニじゃないですか!」

「私の家だと調理とかできないし、魔王城で食べさせて貰おうと思って持ってきたんだけど……。」

「いいですね! 入って入って!」

「え? 魔王様いないんでしょ?」


 トーカはにやりと悪い笑みを浮かべた。


「二人で食べたら多く食べられるじゃないですか。」

「二人占めするつもり……?」

「そういうのお嫌いですか?」


 ビュワはにやりと悪い笑みを浮かべた。


「お好きだけど。」


 魔王軍女子二人による、秘密のカニパーティーはこうして始まった。







 今回用意されたのは七輪での焼きガニである。

 七輪でカニを焼いていき、焼き上がったところで双方がそれを取り、剥いて食べていく。

 用意した調味料はポン酢。カニ酢を用意したかったが、物がないのとレシピもぱっと調べられなかったので諦めた。


 カニを剥き、身をほじくり返す。

 その間、トーカとビュワは無言であった。


「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」


 とにかく無言であった。

 ビュワはカニ足を一本剥き終えると、早速ポン酢を付けて頂く。


「………………うま。」


 あれこれと味については語らずに、次のカニに手を伸ばす。

 一方のトーカは、何本かの足を剥いて身を溜めている。


「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」


 やはり無言である。

 ある程度カニの身が溜まったら、トーカも食べ始める。


「…………ん~。」


 久しく食べるカニに頬を緩ませる。

 続いて、先に取り出し剥いた甲羅に乗せていたカニ味噌に身をつけて一口。


「…………。」


 無言で噛み締める。溜めていた身をパクパクと食べ進めると、また新しく七輪に乗せて焼き上がりを待つ。


「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」


 再び無言が続く。


 トーカとビュワは普段多く話す訳ではない。

 捻くれ者同士通じ合うものがあるので、仲が悪いという訳ではないが、積極的に世間話をするような間柄ではないのである。

 人とのコミュニケーションに飢えているという訳でもなく、別に話さなくても気分を害する事もないので、ただただカニ剥きに、食べるのに、焼き上がるのに集中している。


「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」


 無言でカニを焼く。剥く。食べる。そのローテーション。

 ついでに、せっかくだからと開けた日本酒を呷る。


「……はぁ~。」

「……ふぅ~。」


 ぐっと一杯、息を吐く。そして、再びカニと対峙する。


「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」


 再びの沈黙。


「…………最近どうです?」

「え?」


 沈黙を破ったのはトーカであった。

 カニを掘り返しながら、視線もくれずに最近の話を振る。

 対するビュワも顔を上げること無く、カニと格闘しながら返事をした。


「ん~。まぁ、相変わらずクソ野郎どもの話聞くばっかのつまんねぇ仕事だけど。」

「でも、こういう差し入れたまに貰えるんでしょ?」

「たまにしか来ないよこんなのは。」

「何か良い物貰ったらまた持ってきて下さいよ。」

「まぁ、めんどいものもらったら持ってくるわ。」


 そんな会話を交わす間も双方カニから視線は外さない。


「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」

「………………。」


 そして、再び黙った。

 コタツ布団がもぞもぞと動く。にゅっと顔を出したのは黒猫シキ。何やら夢中で何かを食べている二人に気付いて出てきたようだ。


「おい、トーカ。何を食べている。」

「………………。」

「我が輩にもよこせ。」

「…………は?」


 聞き慣れない声に気付いたビュワが黒猫の方を見る。

 シキも自分の方を見た真っ黒な女の方を見上げた。


「なんだ黒いの。貴様も何か食べているのか。我が輩にもよこせ。」

「…………トーカ。何か喋ってるんだけど。これ幻聴じゃないよね?」

「ああ。何か喋るようになったんですよ。」

「え? そんな軽く言う話? 大丈夫なのこれ?」


 ビュワが普通に困惑する。

 世界を滅ぼす願望機シキ。それが生み出した黒猫シキ。

 そんな黒猫が急に喋り出した。普通に考えれば異常事態である。


「おい黒いの。聞いているのか。」

「お前も黒いだろ。ビュワ様と呼べ。」

「ビュワサマ。我が輩にもよこせ。」

「猫ってカニ食えるんだっけ?」

「おやつでいいんじゃないですか。」


 トーカは部屋の隅に置いていた箱に手を伸ばして、中から一欠片のおやつを取りだした。それをぽいと雑にシキに放り投げると、シキはすぐにそれに飛びついた。


「……いや、さらっと流したけど、大丈夫なのこれ?」

「大丈夫じゃないですか? 視えてる未来は別に変わってないんですよね?」

「……まぁ、確かに。じゃあ、大丈夫か。」

「大丈夫大丈夫。」


 そして、二人はカニとの格闘に戻る。

 カニを前にしたら、ちょっとした問題など気にならない。

 それよりもカニなのである。


「ただいま~。あっ! 何食ってんだお前ら!」

「あっ。」

「あっ。」


 魔王城の扉が開き、姿を現したのは出かけていた筈の魔王と、一緒に出かけていたという勇者アキであった。

 魔王に内緒でカニを二人占めしようとしていたビュワとトーカは、山積みになった殻を挟んで顔を見合わせた。


「…………魔王様もどうです?」

「……殆ど殻しかないんだが。」


 気付けばカニは殆ど残っていなかった。




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