外伝第15話 一方その頃、女神宅




 カムイ山の奥にある木こりの泉。

 ハルが尋ねても留守だったと言った、泉の奥底に沈む女神オリフシの家の中では、もう一つの戦いが人知れず始まっていた。

 今日は魔法で若干広くなった女神宅に、多数の女神が集まっている。

 女神達は拡大されたおめかししたハルの写真を見ながら、レコーダーに録音されたハルの歌に耳を傾け、お茶を楽しんでいた。


「それにしても本当に可愛いわねぇ、この子。」

「あぁ~、心が洗われるわぁ~。」


 女神達は各々が写真や歌声の感想を語り合っている。

 どれもハルの容姿や歌声を褒めるような感想ばかりだ。


「いつ以来であろうか。この歌を聞くことができたのは。」


 昔を懐かしむように語る女神もいる。

 女神達は皆、デッカイドーの大地に住まう大地の化身達である。

 古くからこの地に住まう者もいれば、オリフシのように役割を与えられてデッカイドーにやってきたものも居る。

 そんな女神達の中心で、女神オリフシは女神達に語りかける。


「この世界に於いて大地の神々と人々の間に隔たりができたのはどれくらい前の事でしょうか。今や人々は大地にも神々が居た事も、人々が繋がっていたことも忘れられて久しいでしょう。」


 女神達はうんうんと感慨深そうに頷くものもいれば、不満げに俯くものもいる。それぞれオリフシの言葉に思うところがあるのだろう。


「先輩方の中には、人間に対する感心を無くした方も、人間に対して怒りに近い感情を抱く方もいらっしゃるのではないでしょうか。人々への愛情を忘れられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。」


 女神達は否定も肯定もしない。

 かつては巫女を通して、神々と人々は繋がっていた。

 人々は常に神に感謝を伝え、大地の神々は感謝に応えるように人々に恵みを授けていた。

 それも今や昔のこと。架け橋となる巫女一族の本筋が途絶えた頃から、人々は次第に大地の神々への感謝を忘れ、神々も人々に恵みをもたらす事はなくなっていた。

 今では年寄りくらいしか大地の神々への感謝は語らず、既にそういった神が居たことも忘れられ、預言者一族と繋がる天の神の存在しか知らない者も多い。


 オリフシはそうなってからデッカイドーに来た新米の女神であった。

 しかし、そういった忘れられた神々が居る事を先輩女神のヒトトセから聞いた。

 そんな忘れられた神々に、オリフシはとある話を持ち掛けた為に今日の会合は開かれたのだ。


「今、デッカイドーは存亡の危機に置かれています。先輩方には気付いる方もいらっしゃるのではないですか。」


 誰一人としてどういう事か聞き返さない辺り、女神達はこの世界に潜り込んだ"異物"の存在には気付いているのだろう。

 説明する手間が省けたと、オリフシはそのまま話を続けた。


「我々と縁を切った人間を助ける義理はないと思うお気持ちも分かります。しかし、この子とこの歌声を聞いて何か思うところはないでしょうか。」

 

 そこで初めて女神の一柱が声を上げた。


「人間に感心のないものもいるだろうが、私は助けるのもやぶさかでは無いとは思っている。しかし、女神にもルールがあるのだ。"女神は自らの判断で人間に干渉してはならない"。私達の上に居る神からの支持がなければ、私達は動けないんだよ。」


 女神は定められたルールに則って人間と接しなければならない。

 世界を改変するような大きな力を持つが故に、女神達を管理する者達により定められた絶対のルール。

 人間が好きだから、そんな理由で身勝手に女神は動けないのだ。


 しかし、オリフシは告げる。


「確かに、女神のルールではそうなるでしょう。でも、もしも……"特例"があるとしたら?」

「……なに?」


 言葉を挟んだ女神が怪訝な顔をする。

 その言葉を聞いた他の女神の中で、古参のような女神が何かに気付いたようにハッとする。


「待て。まさか、先程の歌は……!」


 古参女神の一言で、比較的古くからいる女神達もざわめき始める。

 多くの女神は既に気付いており、比較的若い女神は戸惑っていた。

 オリフシはこくりと頷いて古参女神の言葉に応える。


「気付かれましたか? そう。女神は自己判断では動けない。でも、"神と通じる者から動くように干渉を受けた場合はその限りではない"。」


 人々は神々に様々な願いを捧げてきた。

 正当な手順を踏んで捧げられた祈りに、神々は応えてきた。

 それだけは、上層の神々の意思を介さぬ、人々によって神々が動ける数少ない機会。

 "神と通じる者"、様々な方法で神とやり取りをしてきた人間のこと。

 彼ら彼女らが神に助けを求めた時、神々はその助けに応じて動く事ができるのだ。


「彼女が、本家の血筋が途絶えた巫女一族の分家筋にあたる、この世界に唯一残っただとしたら……彼女の祈りの歌を受けて、私達が動く事も許されるのではないでしょうか。」


 若い女神達もざわめき始める。

 写真に写る美しい娘。レコーダーから聞こえる美しい歌声。それがかつて大地の神々と交信していた巫女一族の末裔。

 その事実はまさに今、その歌声に魅了されていた女神達にとって衝撃的なものであった。


「馬鹿な……! 分家筋が残っていたと……? だ、だが私は知っている! この娘は、天の神によって勇者に選ばれた者の筈だ! 確か称号は"剣姫けんき"! 一流の剣士だという話だ! 巫女の筈が……。」

「そこがすごくややこしい事になっていまして……。天の神側の不手際というか不足というか……まぁ、話を聞いている限りちょっとした事故がありまして。」


 オリフシは困った顔で言葉を選びながら語り始める。


「天の神が告げたのはでした。までは伝えてこなかったのです。」

「実は、この娘の役割は"巫女"であり、私達と交信する事であったと? だが、それでなんで"剣姫けんき"などという称号がつくんだ!?」

「その、実際にデタラメに剣士として強いんですよ。そこら辺は巫女一族の分家筋のややこしいところで、誤解の生じた原因でして……。」


 オリフシは苦笑いした。


「巫女としての血を薄めないようにしてきた本家筋と違って、分家筋はどんどん優れた才能を持つ者と結ばれていったみたいでして……剣士、格闘家、料理人、鍛冶師、ありとあらゆる優れた血を取り込んでいった結果、血は薄まっていったんですけど……とんでもないハイブリッドが生まれてしまったらしく……。」

「……本当は勇者としての役割は"巫女"だったけど、剣士として強すぎて"剣士"だと誤解されたと?」

「……はい。一応巫女の歌自体は語り継いでるらしいですが、本人に巫女の自覚はないんです……。」


 オリフシがヒトトセから聞き出した、勇者"剣姫けんき"ハルの真実。

 ハルの本当の役割は、大地の神々と会話をし、彼女達から恵みを授かる"巫女"である。

 本人が他の分野に於いてもハイスペック過ぎたが為に、本人が巫女としての役割を引き継いでいなかったが為に、ハルは一流の剣士"剣姫けんき"として誤解を受けていたのである。

 何とも冗談じみた話であったが、大地の女神達は特に否定すること無く、顔を見合わせて何か合点がいったような雰囲気さえ漂わせて居た。

 オリフシは冗談のような話をした後に、真面目な顔で語りかける。


「彼女は自分の役割を理解していない。それでも、私が彼女の歌に、彼女自身に心を動かされたのは事実です。私は彼女を助けたいと思ってしまいました。巫女にそう思わされたのであれば、女神である私も動く事ができる。だからこうして、皆さんをお呼びしたのです。」


 オリフシは深々と頭を下げる。


「どうか、力をお貸し下さい。この世界を守る為に。」


 世界の危機を前にして、オリフシは女神達に助力を乞う。

 ヒトトセから聞いた"世界を救う方法"には、女神達の助力も不可欠である。

 オリフシからの要請に、女神達は顔を見合わせる。

 

「頭をあげなされ、オリフシ殿。」


 声を上げたのは古参の女神であった。


「懐かしい歌であった。どれ程昔だったかの。もう二度と聞くことはないと諦めておった。まさか、また聞けるとは思いもしなかった。」


 過去の巫女を知る女神は、胸に手を当てしみじみと語る。


「巫女の歌は神々の胸を満たす幸福に満ちておる。あの歌そのものが神々への感謝と信仰のこもったものなのだ。また聞く事が出来て幸せだわいの。お前達もそうは思わんか?」


 女神達は顔を見合わせ頷いている。助力に応じようという空気が既に流れていた。

 古参女神はオリフシの肩にぽんと手を乗せる。オリフシは顔を上げ、古参女神の顔を見上げた。ふっと笑う古参女神。オリフシの頬も自然に緩む。

 古参女神はオリフシの目を真っ直ぐに見て、柔らかい笑みを浮かべて言う。


「解決した暁には、ハルちゃんにフリフリの衣装を着せてライブを開催するのだ。」

「え?」

「解決した暁には、ハルちゃんにフリフリの衣装を着せてライブを開催するのだ。」


 古参女神は二回言った。

 同調しかけていた女神達は古参女神を二度見した。

 

「協力してやろう。だが、解決した暁には、ハルちゃんにフリフリの衣装を着せてライブを開催するのだ。」

「あ、それはもう分かりました。けど、何故……?」


 三回目まで言った古参女神は、にやりと笑ってがしっとオリフシの肩を掴む。


「女神は可愛い女の子が大好きなのだ。可愛い衣装を着ていると尚良しだ。そこで更に歌を歌ってライブなんてして貰ったらこれ以上嬉しい事はないであろう? お前達もそういうの好きであろう?」


 私欲全開であった。その上、「お前らもそうだろ?」みたいな同調圧力で古参女神が集まった女神達に振る。

 オリフシは思った。


(これ大好きとは言いづらいんじゃ……?)


 いきなり私欲全開で、まとまり掛けていた話を変な方向に持っていった古参女神。これちょっとまずいんじゃ……とオリフシが思ったその時。

 女神達は揃って声を上げた。


「「「大好き!!!」」」


 女神はみんな可愛い女の子が大好きなのである。

 

「この歌直接聞きたいわねぇ~!」

「可愛い女の子見るだけでご飯三杯くらいはいける!」

「フリフリの衣装を着て恥じらって欲しい!」

「ペンライトまだ家にあったかしら?」

「まさか、また巫女のライブを見られる事になるなんて……!」


 想像以上にノリノリであった。既にライブが開催されるかのようなノリで話している。

 しかも、昔も巫女にライブ開催させていたらしい。

 色々と衝撃的な事実や他の女神の趣向を知る事になり、オリフシはぽかんとしている。古参女神はぽんぽんとオリフシの肩を叩いてにっこりと笑った。


「オリフシ殿。条件は以上だ。この条件であれば、お前達も協力するだろう?」

「「「するする!!!」」」


 全員が声を揃えて手を挙げた。

 オリフシは困惑した。すごく軽いノリで協力が得られそうになっている。

 しかし、まるでハルを売るかのような条件である。

 娘のように愛おしく大切に思っているハルを、そんな交渉の道具にしてもいいのだろうか? オリフシの中にそんな疑問が過ぎり……。


「で、条件は呑めるかの?」

「OKです!」


 即答した。


(ごめんハルちゃん……! 私も見てみたいの……!)


 こっちも私欲だった。

 オリフシははぁはぁしながらグッと両拳を握る


「私は"美化"を司る女神! この私が、腕によりをかけて最高のアイドル衣装をこしらえて、最高のステージを作る事をお約束しましょう!」

「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」


 女神達は雄叫びをあげて拳を振り上げた。

 ハルの与り知らぬところで、女神達の野望が動き出す。

 それと同時に、やはりハルの与り知らぬところで、デッカイドーの大地に住まう女神達が仲間になった。



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