第60話 勇者VS勇者




 預言者一族はデッカイドーにて太古より大きな権力を持っていた。 

 広大な土地を保持しており、その土地の中には世間一般には知られていないものもある。

 その内の一つが"禁書庫"と呼ばれる"神から授かったものの危険過ぎる為に秘匿されている預言"を保管する隠し施設である。

 預言者は代々デッカイドー王族に仕え、王族に神の言葉を届ける役割を果たしてきたが、基本的に預言の内容は預言者一族の代表を通して与えられる。預言者一族内で危険な言葉と判断されたものは此処に保管されるのである。


 白銀の土地の中で、認識阻害や環境調整の結界に囲われた広大な土地に構えられた城を思わせる巨大な施設は、書庫、監視塔等々の複数の設備に分かれており、中には預言者一族に代々仕える学者や魔法使い、警備兵の中でも選りすぐりの精鋭が揃えられている。


 "禁書庫"の中央に聳えるのは最重要施設"清書塔"。

 預言の精査や解読を行う施設であり、全ての預言の原本が保管されている……というのが表向きの説明である。

 そういう施設である一方で、その裏の姿は『お役目を全うできない預言者を隔離する』牢獄である。


 そんな極秘事項ですら、この世界の設定書"世界の書"には記載されている。


「あそこに預言者サマは囚われてるってェ訳だ。」


 "世界の書"の保持者、ゲシはパタンと"世界の書"を閉じて、その高く聳える塔を見上げた。

 施設を隠蔽する他に、侵入者を探知する役割を持つ結界を易々とすり抜けた、この世界では"イレギュラー"という呼び名で知られる便利屋達。

 その正体は女神ヒトトセに選ばれた転生者。

 "殺戮の勇者"ゲシ、"闘争の勇者"トウジ、"束縛の勇者"うらら。

 彼らは今、"清書塔"に囚われた預言者シズを救出するために預言者一族の禁書庫へと乗り込んで来ていた。


「結界や出入り口の警備は潜り抜けましたが、ここからが本番でしょうね。"世界の書"に書かれた警備状況を見るに、流石に私の"束縛"でも誤魔化し切れないでしょう。」


 うららの操る"束縛の縄"で、結界や警備の"認知"を縛って気付かれる事なく此処まで潜入した三人。しかし、此処からはそうも行かない。

 うららの"束縛"は物質概念問わずありとあらゆるものを縛り封じ込める万能な能力である一方で弱点も存在する。

 一つのものを縛るごとに自身に"痛み"という形でリスクが発生し、"痛み"は更に縛るものの大きさによって強力になっていくのである。

 "痛み"に快感を感じる被虐趣味のうららでなければ痛みに卒倒してしまうレベルのリスクなのだが、痛みに慣れたうららであっても流石に重くなると集中力が落ちてくる。

 今、うららは「自分達に対する認識」を"縛"っているが、「自分達に無関心な通行人」の認識を縛る程度であれば簡単な"縛"りになるが、「侵入者を許さない警備」の認識を"縛"るのはリスクが大きく、更に警備の目が増えるほどにリスクは増していく。全ての目を縛ろうにも、集中力を欠き縛りきれない場合も出てくるのである。


「元より事を構えるつもりで来ているのだ。此処まで気付かれずに来られただけで十分だ。ようやく我が出番が来たという訳だ。」


 今日は侵入という事もあり、声を抑えめのトウジが言う。

 今日ばかりは目立つ格好の三人組も、目立たない黒いローブに身を包んでいる。

 ゲシの"世界の書"で預言者シズの監禁場所を割り出し、うららの"束縛の縄"で此処までの警備の目をかいくぐった。出番がなかったトウジは"真実の眼"とその戦闘力でここからが仕事となる。

 こうして、イレギュラーの怪人達は"清書塔"へと侵入した。




 ゴスッと棒で警備の頭を殴ると、警備は「うっ!」と声を上げてバタリと倒れた。

 とんとんと片手に持った棒で肩を叩き、ゲシはふぅと息をつく。

 塔内は厳重な警備体制が敷かれており、数少ない扉の前で守りについている者もいる。どうしても通れない道にいる警備に対しては、ゲシが処理を行っていた。

 伸びて動かなくなっている警備をつんつんと指で突いて、うららはゲシに尋ねる。


「これ、死んでないですよね?」

「死んでねェし、この後も死なねェよ。死なないギリギリでぶん殴ったからな。」


 "殺戮の勇者"の称号を与えられた転生者、ゲシの持つ"殺戮"の才能は、人の殺し方を正確に見出す事のできるという才能である。

 どんなもので、どの程度の力で殴れば相手は死ぬのか等、そのラインを正確に見極める事ができるのである。今は「死なないギリギリで」殴り、警備の意識を飛ばしたのである。それを実現できる力加減の巧みさもまた、ゲシの才能のひとつである。

 その気になれば最小の労力で効率的に人を殺める才能も使いようなのだ。

 そんな中、先程まで意気揚々としていたトウジが消沈していた。


「……我の出番は?」


 ここまでほぼほぼゲシとうららの力だけで進んできたので、筋肉の置物と化していたトウジ。一番意気込んでいて、此処からは我の出番だと息巻いていたのにこの調子なので若干気まずくなっている。

 ゲシは棒でトウジの禿げ頭をぽんと叩いて言う。


「お前ェの出番は帰り道だよ。多分預言者サマ連れ出したら大騒ぎだ。多人数相手の戦争となりゃあ適任はお前ェだろ。適材適所って奴だよ。おら、とっとと行くぞ。」


 その後も、警備の目はうららの力で乗りきり、どうしても排除しなければならない相手はゲシが加減をして処理しつつ、"世界の書"のマップを頼りに順調に清書塔を攻略していく。

 途中、パラリと世界の書のページが勝手にめくれて、ゲシは舌打ちした。


「チッ。侵入にも気付かれたみてェだな。もうそろそろ預言者サマのところにも到着だ。腹ァくくれよ。」


 登ってきたのは塔の最上階。鉄扉で閉ざされた部屋の前で立ち止まり、ゲシは鉄扉に手を触れる。


「此処だ。鍵は魔法式だから術士を連れてこねェと開かねェ。ンな手間かけてられねェだろ。トウジ、力尽くで開けろ。」

「応ッ! 任されたッ!」


 鉄扉に手を掛け、特に力を入れた様子もなくトウジが引っ張れば、ガコン!とあっさり外れる鉄扉。魔法の鍵を開けずとも、馬鹿力で鉄扉ごと取り外す。

 鉄扉を傍らにゴンと置いて部屋に入れば、ベッドの上で膝を抱えて座っている預言者シズの姿があった。

 鉄扉が無理矢理外された事に気付き、シズが顔を上げる。泣き腫らした顔には未だに涙が浮かんでいる。

 三人の姿を見た瞬間に、シズの顔は再び崩れる。ベッドからすっと降り、そのまま三人の元に駆けてくる。何も言わずにシズが飛びついた先はトウジであった。

 小さな身体を少し驚いた様な顔で受け止めるトウジ。ぎゅっと抱きついてくる少女に、どうしていいものかと困惑しつつ後ろの二人に視線を送る。

 小声でゲシが囁く。


(怖い思いしてたんだろうよォ。慰めてやンな。)


 うららが口元に手を当てて、あらあらと楽しげな笑みを浮かべて、小声で囁く。


(随分と懐かれちゃってまぁ。大事にして上げなさいな。あなたみたいな筋肉達磨、好いてくれる人は二人といないでしょうから。)


 ゲシの助言と、うららの煽りに困っていいのか怒っていいのか、複雑な表情をしたトウジは抱きつくシズの頭にぽんと手を置いた。


「……じゃあ、此処から脱出するか。」

「もっと気の利いた事言えよォ、筋肉達磨ァ。」

「女心の分からない人ですねぇ。」

「くっ……! 貴様ら後で覚えておけよ……!」


 後ろでガヤを入れる二人を睨んで、トウジはひょいとシズを抱え上げた。


「既に気付かれてる。急いで脱出する。話はその後だ。」

「…………はい。」


 以前に城を抜け出した時と同じお姫様抱っこのような形で抱えられたシズは、ぐすっと鼻を啜りつつ涙を拭って返事をした。


「お姫様抱っことかするんですね。美女と野獣、みたいな?」

「茶化すのは一旦後にしようぜェ。とりあえず脱出だァ。」


 にやにや笑いながら茶化しつつ、ゲシとうららは先導する形で走り出した。トウジもぐぬぬと苛立ちつつも、後に続いて走り出す。


「侵入者だ!」

「シズ様を取り返せ!」


 既に向かいの道から警備兵達が向かってきている。


「よしッ! 我が出番がッ」

「おっと、お前ェはお姫サマをお守りしとけェ。」

「ここは私達に任せて下さい。」

「ちょッ……!」


 ダッと前に出るゲシとうらら。

 警備兵とのすれ違い様に、「よっ」と軽い調子で首元を叩くゲシ。

 うららがクイッと手首を翻すと、もう一人の警備兵は急に身体をグンと横に動かし、まるで投げ飛ばされたように壁に叩き付けられる。


「かっ……!」

「ぐはっ……!」


 あっさりと二人に片付けられる警備兵。そして、止まる事無く二人はそのまま走り抜けた。唖然としながらもトウジはその後を走る。


「お、おいッ! 貴様ら! 帰り道は我の出番だとッ……!」

「お姫サマを抱っこしてるんだからそっち守るの優先しろってェの。」

「宜しくお願いしますね、王子様。」

「貴様ら楽しんでるなッ!?」


 危険な状況にもかかわらず軽い調子の三人の会話に、次第にシズも落ち着きを取り戻していく。


(本当にこの人達は、勇者様なんだ……。)


 信じていなかった訳ではなかった。

 しかし、神の声が届けられ、実際に実力を目の当たりにして、そして泣いていた自分を助けに来てくれて、改めてシズはそう思った。 


 スマートに最小限の動きで警備兵達の意識だけを刈り取っていくゲシ。

 不思議な力で警備兵達を次々に薙ぎ倒していくうらら。


「おい、うらら少し力緩めろォ。もう少し強めたら死んでたぜェ今のは。」

「私は別に死んでも構わないと思ってます。」

「お前ェよォ。警備の皆サン方は悪くねェんだろうし加減してやンな?」

「はいはい。加減しますよ。"殺戮の勇者"のくせにうるさいですね。」


 清書塔からはあっさりと脱出できた。

 あとはこのまま敷地内から脱出すれば逃げ切れる。

 しかし、先頭を走っていたゲシとうららが足を止めた。


 ゲシが冷や汗を垂らし、引き攣った笑みを浮かべる。


「オイオイ、思わぬボスの登場だぜェ。こいつァ参った。」


 道を塞ぐように立ちはだかるのは見覚えのある男であった。

 

 細身ながらも服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体、何を考えているのかを悟らせない無表情、何処までも冷たい目……勇者"拳王けんおう"ナツが、腕を組んで立ちはだかった。


「何故貴様が此処に……ッ!?」

「……預言者のおさ殿から連絡が入った。一族の隠し施設に賊が侵入したと。」


 ナツは預言者一族のおさから依頼を受けて駆け付けたらしい。

 預言者シズの護衛として仕事していた為に、預言者一族からは一定の信頼を得ているのだろう。

 隠し施設に賊が侵入した……その言葉から、立ちはだかるナツは三人に取っての敵であることも分かった。


「勇者様だ! 勇者様がいらしてくれたぞ!」


 集まってきた警備兵達が歓喜の声を上げる。

 腕を組んでその様子を軽く見回した後に、ナツは落ち着いた様子で口を開く。


「……どうしてこんな真似を?」


 感情が感じられない冷めた目からは、不思議と失望の念が伝わってくる。

 

「あぁ~、まじィなこりゃ。話せば分かってくれるかね?」

「どうでしょうね。」


 ゲシが参った様子で頭を掻く。うららは変わらずうっすらと笑みを浮かべながらナツに視線を送り返していた。

 トウジはぎりりと歯を食いしばる。

 シズは預言者一族に監禁されていた。それを救出するのを邪魔しようとする勇者。

 今までのトウジは、勇者達に対して、自分を差し置き勇者を名乗っていた事に嫉妬のような怒りを抱いていた。

 しかし、今抱くのは失望であった。


「きさ」


 貴様ッ!!! と叫ぼうとしたトウジの口が噤まれる。

 くい、と指を動かして、トウジの発言を"縛"ったのはうららであった。

 うららはトン、と地面を軽く蹴り、ふわりと羽のように浮かび上がる。そしてトウジの頭の上に着地した。

 うららはトウジの耳に顔を寄せて、小声でぽつりと呟く。


(とりあえず黙りましょうか。)


 何故だと叫ぼうとするも、トウジは声を発することができない。

 しかし、何故だという意思は伝わったようで、うららは更に続けて話す。


(預言者様が幽閉されていた、って話は一旦伏せて下さい。その空っぽの頭では分からないと思いますけど、勇者様の前でそれを話すのはちょっぴり厄介な事になるんですよ。)


 どういうことだとトウジがブンブンと頭を振れば、うららは更に続けて話す。


(まぁ、とりあえず私が先陣を切りますので。あなたはシズちゃんを連れ出すのを優先して下さい。)

「お前ッ……! まさか……ッ!」


 トウジはそこでようやく声を出せるようになった。

 "縛"りの範囲を『預言者の幽閉を話す事』に絞り込んだため、それ以外の発言は解放された。

 トウジの頭の上でうららはくすくすと笑う。


「囮……だと思ったなら私を安く見積もりすぎですよ。勇者様と少しばかり遊んでくるだけです。」


 うららはぴょんとトウジの頭から飛び降りて、今度はゲシの傍らに立つ。

 そして、ぼそぼそと何かを喋ると、ゲシはぴくりと眉を動かしてうららを見下ろした。


「……お前ェ、本気で言ってンのか?」

「どう考えても私が適任だと思いますけど。」

「……そ、そりゃそうだが。だがよォ……!」

「心配ご無用。むしろ、私はわくわくしてるんです。うふ、うふふふふ……!」

「……あァ、そういう事かい。心配して損したよ。」


 ゲシははぁと溜め息をついて、トウジの方を振り返る。


「おいトウジ。うららが勇者サマのお相手をするってよ。その間に駆け抜けンぞ。」

「ゲ、ゲシ! 貴様……!」

「いいから言うこと聞けってェの。まずは預言者サマを連れ出すのが優先だァ。うららは大丈夫。分かってンだろ。」


 トウジは反論しそうになってグッと言い淀む。

 一対一の戦闘において、イレギュラー最強なのはうららである。

 圧倒的な個である勇者の対処には、この場ではうららが最も適しているのである。

 そして、シズを連れている以上、誰か一人はシズの守りに徹しなければならない。シズを守る足手まといが一人出てくると考えれば、ゲシの言う通りシズを連れ出す役割として逃げに徹するのが最適なのだろう。

 まず優先すべきはシズ。それを意識して、トウジは言葉を飲み込み、うららの傍に寄った。


「……死ぬなよ。アイツは強い。」

「死にませんよ。あなたも知っているでしょう。」


 くすくすと笑い、うららは両手を前にだらんと垂らす。そして、くいくいと指だけを動かすと、うららの腕は糸に吊られたように不自然に持ち上がった。

 カクン、カクン、と腕や足を不自然な方向に動かす。それはまるで吊られて操られるマリオネットのようであった。

 その不気味な挙動に周囲の警備兵達がざわめく。目の前のナツも驚いたように僅かに目を見開いた。


「私がナツさんに飛びつくのと同時に、走り抜けて下さい。」


 ゲシとトウジにそう告げて、うららはまるで空を飛ぶようにビュン!とナツに向かって突撃した。

 思わぬ速さの突撃を、ナツは咄嗟に受け止める。それと同時に、ぐにゃんとうららの手足がナツに絡みつく。

 そのタイミングで、ゲシとトウジはシズを連れて走り出す。


「なっ……!?」


 ナツが驚き目を見開く。咄嗟に二人を止めようと動くも、うららがナツの顔に覆い被さる。

 うららに絡まれてジタバタしているナツの横をすり抜けて、ゲシとトウジはそのまま出口に向かって走り続けた。


「そ、そんな……! う、うららさんが……!」

「大丈夫だッ!!!」


 トウジがうららの身を案じて声を上げるシズに一言叫ぶ。

 シズのせいでうららが囮になった、そんな自責の念を抱かせない為に。

 ぐっと唇を噛み締めて、トウジは先導し警備兵を沈めていくゲシの後に続いて走った。うららの強さを知り、彼女に信頼を置きながら、トウジもまた彼女の身を案じていた。それでもシズの為に押し黙る。


 僅かに後ろを振り返れば、ビュンビュンと不自然な挙動で、不自然の関節を折り曲げながら飛び回るうららと、ナツが激しく交戦を繰り広げていた。あの勇者を相手にして、十分に時間稼ぎに成功している。

 うららならあるいは……そう思いながら、トウジはもう振り返らない事にした。


 勇者ナツさえ切り抜ければ、後は敵なしであった。

 トウジとゲシは、禁書庫の敷地から脱出する。後から追い掛けてきていた警備兵達の声が次第に遠ざかっていく。


 転生勇者達は預言者シズの救出には成功した。

 しかし、その後しばらく経ってもうららが戻ってくる事はなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る