第52話 魔王とコタツと猫
魔王城のコタツにて、魔王は一人熱い茶を啜り寛いでいる。
今日は仕事の予定も来客の予定もなく、部下達は別件で出払っているので完全に一人の時間であった。
明日からはまた人と会わなければならず、抱えている課題と向き合わねばならないため、今日だけは色々な悩みを忘れて息抜きする事にした。
「ふぅ……。」
お茶を一口啜り息を吐く。そして、コタツの上に置いた濡れ煎餅に手を伸ばす。
いつもは普通の煎餅だが、今日は気を抜きたいので顎を使わずにふにゃっとかみ切れるものにした。
なにも考えずにコタツに籠もり、気の向くままにお茶請けとお茶を口にする。
なにもない幸せというものが此処にはあった。
「にゃあ。」
完全に気を抜いていた魔王は、その鳴き声にびくりとした。
いつの間にやら魔王の傍らに座っていたのは、いつもならコタツの中で丸くなっている黒猫、シキ。
若干困った顔をした魔王だったが、なぜか魔王をじっと見上げているシキと睨めっこした後に、シキに向かって話しかけた。
「どうした?」
「にゃあ。」
魔王も別に会話ができるとは思っていない。ペットに話しかけるくらいのつもりで、無意味と分かりつつも声を掛けた。
シキは返事のように鳴き返してくるが、何を言っているのか分かる訳もない。動物との対話ができるトーカがいれば、今の返事の意味も分かるのだろうが、今はなにも分からない。
シキはまだ魔王を見上げている。何か言いたげな顔でじっと見つめている。
「…………。」
魔王も黙って見つめ返していたが、ふと何かを思い付いたように目の前に小さなゲートを開いた。
小さなゲートに手を突っ込んで引っ張り出すのはひとつの箱。以前にアキがシキと遊ぶために持ってきた玩具やおやつの入った箱である。
結局、アキが来た時には遊ぶ事はかなわずに箱を置いていったのだが、魔王はそれを一応取っておいたのだ。
箱の中から適当に、釣り竿に人形がぶら下がった玩具を取り出し、シキの前に垂らしてみる。
黙って魔王を見ていたシキは、ぴくっと身体を動かして、ぶら下がった人形を見つめた。
魔王が適当にゆらゆらと釣り竿を揺すると、シキはしばらくピンと背筋を伸ばして座ったまま、顔を動かし人形を目で追っていた。
そして突然、ジャッ!と頭を下げて、尻を突き上げる。
獲物を見定めるように人形を低い体勢から目で追って、しばらくしてからバッ!と人形に飛びついた。
(おぉ、反応した。)
魔王は釣り竿をぐいぐいと引くと、シキは身体を左右に揺すりながら、パンチを繰り出して来る。しばらく釣り竿を動かしてシキを右に左に駆け回らせた後、魔王は釣り竿を引っ込めた。
引っ込んだ釣り竿を名残惜しそうに見送ってから、シキは再び背筋を伸ばして座り直す。
「にゃあ。」
「さっきからどうした?」
「にゃあ。」
何やら語りかけてくるシキを横目に、魔王はお茶を啜る。
お茶を口に含んでから、魔王はふと思い立って猫の玩具箱からおやつを取り出して手のひらに載せた。
「ほら。」
シキは最初すんすんと警戒した様子でにおいを嗅ぎ、恐る恐る口に含む。一欠片をカリカリと咀嚼すると、そこからはもう怪しむ様子もなく載せられた分を一気にぱくぱくと平らげた。
「なんだお前も何か食いたかったのか。」
いくらかおやつを出し、地面に置く。すると、シキは続けてぱくぱくとそれを食べ始めた。食べるのに夢中になっているシキを置いておいて、魔王はコタツに頬杖を突き、濡れ煎餅に手を伸ばす。
「こう見ると本当に普通の猫みたいになったな。」
魔王がしみじみと言うと、膝の辺りでもぞもぞとした感覚がした。
何事かと足元を見ると、胡座をかいた足の上にシキが乗り上げて丸まっていた。
どうやらおやつを食べ終えて、魔王の足に乗りに来たらしい。
魔王が丸まった黒い背中に手を添えて、すっと撫でてやると、シキは気持ちよさげにすーっと息を吐く。
何度か手を滑らせて優しく撫でてやると、シキは寝息を立てて眠ってしまった。
その様子を見て、魔王はふぅと息を吐く。
「…………このまま普通の猫になってくれたらいいんだけどな。」
柔らかい毛並みを撫でながら、魔王はぽつりと呟いた。
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