外伝第12話 お母さん仁義なき戦い




 女神達の暮らす世界エデン。

 無数の世界と繋がり、様々な世界に様々な役割を担う女神を送り出す場所。


 極寒の大地デッカイドーに繋がる門を潜り、一柱の女神がエデンに戻った。


 女神が目指すのは"転生局"。

 巨大なリュックを背負い、サングラスとマスクを装着した女神は周囲から奇異の視線を浴びながらも突き進む。


 "転生局"。様々な世界の魂を管理するエデンに備えられた魂の管理場所。

 魂を取り扱う重要な施設であり、厳重に警備、管理されている。

 選ばれしエリートのみが入れる女神の花形とも言える職場で、入れるのはごく一部の女神のみなのだ。


 当然、怪しい女神は入口の警備に止められる。


「待ちなさい。通行許可証はありますか。」


 怪しい女神は背中のリュックに手を伸ばす。


「こいつが通行許可証だ。」


 抜き出したのは一丁のアサルトライフル。

 想像だにしない武器を抜き出した怪しい女神に警備は呆気に取られた。

 流石にアサルトライフル抱えたガチのテロリストの対策は考えていない警備は青ざめて怯む。


「ば、馬鹿な事はやめなさい……! なんなんですかあなたは……!」


 怪しいテロリスト女神はグラサンとマスクで表情を伺わせずに低い声で要求を出す。


「ヒトトセに用がある。そこを通せ。さもなくば撃つぞ。」


 テロリスト女神の要求はヒトトセ。その名前を聞いて警備女神達は何かを察した。


(またあいつが何かしたのか……!)


 多分ヒトトセの方に非があるのだろうと警備の女神は察する。

 ヒトトセという女神は恐ろしい程のトラブルメーカーなのである。

 流石に相手の重武装を相手に一般警備員の女神では太刀打ちはできない。というか、そもそもエデンが襲撃を受けるという事自体全くの想定外なのである。

 警備の女神は手を上げる。


「ま、待て……! 落ち着け……! 一旦話し合おう……!」

「十秒以内に決めろ。貴様が落とすのは警備の誇りか……それとも命か……!」


 警備の女神はもう泣きそうになっていた。警備とは言え女神、女の子である。

 エデンにこんな洋画に出てくる無茶苦茶な兵隊みたいな女神がいるのは流石に想定外だし、こんなのから転生局を守るのは流石に業務外なのである。


「わ、分かった! ヒトトセを連れてくる! 連れてくるから撃たないで!」

「そう言って中に戻って通報する気だろう。私からの要求はただ一つ……『そこを通せ』だ。」







 警備の連絡によりアサルトライフルを抱えた謎の女神が侵入したとの報が知れ渡った。その他にも巨大なリュックを背負っておりそれ以上の重武装が予想されるとの事だった。

 転生局を狙った前代未聞、女神が誰も予想していなかったカチコミに、転生局内部の警備員達も戦々恐々としていた。


「オオオオオオオオオオッ!!!」


 ダダダダダダダダダ!と両手に抱えた二丁のアサルトライフルを乱射しながら、謎の女神は雄叫びを上げる。


「ヒトトセを出せェッ!!!」


 謎の女神の狙いはヒトトセ。転生局の優秀な局員であり、同時に転生局屈指の問題児。警備員達は制圧用のスタン銃を構えて涙目になっていた。

 転生局の優秀な局員を守るべきなのだろうが、どうせあの問題児が招いた厄介事だろうし、いっそのこと差し出してしまっても良いのではないかという割と鬼畜な発想に揺れ動いている。

 転生局の管理者は現在状況の確認中という事で、一旦は侵入者の制圧を狙い立ち回れという指示が降りてきているので、仕方なく交戦する意思だけ見せているという状況である。

 小声で警備女神達は会話を交わす。


(あんな重武装の相手を私らでどうしろっていうのさ……!)

(あんなの相手にするなら私警備の仕事なんて選んでないんだけど……!)

(とっととヒトトセ差し出せばいいのでは……?)


 既に制圧に消極的になっている警備女神。

 しかし、その中で勇ましく立ち向かおうとする者もいた。

 制圧用のスタン銃を構え、バッと謎の女神の前に飛び出していく。


「動くなばあばばばばばばばばばば!!!!」


 飛び出た瞬間アサルトライフルに撃ち抜かれて倒れた。


「私がお母さんだッ!!! 道を空けろッ!!!」


 意味不明な事を叫びながら容赦無く邪魔する者を蹴散らす謎の女神。


 一応、女神は死ぬ事はない。女神はあらゆる害意に対しても不死身である。

 更に謎の女神の撃つ銃弾はどうやら殺傷能力のない制圧用のゴム弾のようである。

 しかし、死なないとは言え当たれば痛い。あそこまで容赦無く撃たれるとなると他の日和っていた女神達にはもう飛び出す勇気はなかった。


(もうヒトトセ差し出そうよ……! どうせアレの持ち込んだ厄介事でしょ……!)

(でも、ヒトトセの手腕だけは貴重だし……!)

(お母さんって何だよ……! あいつ絶対ヤバイ奴だって……!)

(部長に連絡しよう……! あんなの手に負え……)

 

 ヒソヒソと話す警備女神達に黒く巨大な影が掛かる。

 ゼェゼェと息を切らした、サングラスとマスクの不審者女神が立っている。

 巨大なリュックを背負っている為に異様な威圧感を持ちながら、不審者女神は物陰に隠れている警備女神達に銃を向けた。


「ヒトトセは何処だ。」

「ひッ……!」

「お前達が落とすのは情報かッ!!! 命かッ!!!」

「わ、分かりました! 言うから撃たないで!」


 警備女神達は涙目になりながら、制圧用の銃を捨てて手を挙げた。

 その中から一人が口を開く。


「ヒ、ヒトトセの普段の勤務先は三階の第三転生管理室です……! 通常であればそこに引き籠もっている可能性が高いです……!」


 ぎろりとサングラスの中から目が睨み付けてくる。

 まるで今言った情報を値踏みするかのように、ぎょろりとした目が警備女神達を見つめている。


「……お前は正直者だな。褒美として安らかな眠りをくれてやろうッ!!!」

「えっ……。」


 スッとポケットから一つの瓶を取り出し、不審者女神は瓶の上の突起を押した。

 シュッと霧状のスプレーが警備女神達に吹き付けられる。すると、警備女神達はふらりとよろめき床に倒れ、気持ちよさそうにすやすやと寝息を立て始めた。

 不審者女神はスプレー瓶をポケットにしまい、更に進んでいく。





 二階。警備女神達が待機している。

 下からの報告が途絶えて警戒を高めているが、重武装やイカれた叫びを見ていない為にまだ士気は高い。


「エレベーターは封鎖済み。階段全てに警備は配置済み。絶対に制圧しろ。」


 警備隊を取り仕切る女神が号令を掛ける。

 下からドカドカという足音が聞こえてくると、警備女神達は身構えた。

 警備女神達は息を潜め、足音の主の様子を窺う。そんな彼女達の足元に、コロコロと小さな球体が転がってきた。

 それを見た警備隊は顔色を変えた。


「グ、グレネ……!」


 咄嗟に身を伏せる警備隊。

 バン!と弾けるのはグレネード。しかし、噴き出すのは爆風ではなく奇妙な霧。

 突然の爆発物の投入に肝を冷やした警備隊だったが、どうやら本物のグレネードではなかったらしい。胸を撫で下ろす警備隊だったが、その霧を吸った時点で異変に気付く。

 急激な眠気、遠のく意識、その霧が眠りに誘う制圧用のものである事を理解した時には遅すぎた。

 薄れ行く意識の中で、階段下からガスマスクを装着し、多数の兵器で武装した謎の女神が上がってくる。

 通信の途絶えた理由を今更二階の警備隊は理解した。





 三階転生管理室。

 女神ヒトトセは転生局の白衣に身を包み、多数の書類と睨めっこしながら魂の振り分けについて検討する為の資料を作成していた。

 階下の状況には一切気付いていない。局内は突然のガチテロリストの登場にパニックになっており、状況がまるで共有されていなかった。侵入者の狙いがヒトトセである事も伝わっておらず、各管理職のお偉いさんは既に裏口から避難している。他の職員もほぼ避難を終えている。誰がいないのか等気にしている余裕もないらしい。


 周囲の様子を気にする事のないマイペース。ヒトトセの悪いところが災いした。

 いつもの調子のヒトトセのいる管理室に、ノックの音が鳴る。

 

「今日は騒がしいなぁ……ったく。」


 ノックを無視して、書類作成を続けるヒトトセ。

 ノックの音は次第にうるさくなっていく。


「あー、もううるさいうるさい。無視してるんだから留守だと思えっての。」


 どんどんどんどん大きくなるノックの音。

 いよいよ耐えかねてヒトトセが声を上げようとしたその時。

 ドカン!と爆音と共に管理室のドアが蹴り破られた。


「ひゃあああああ!?」

「ヒトトセェ……!」


 思わず悲鳴を上げるヒトトセ。目の前に現れたのはガスマスクに重武装を纏った謎のワンマンアーミー。女神界においてもあまりにも非日常的すぎる出来事を身の前にして、ヒトトセは普通に命の危険を感じた。

 慌ててドタバタと部屋の奥に逃げようとすると、謎の侵入者はダダダダダダ!とアサルトライフルを天井に向けて発砲する。


「ひゃあああああ!!」

「動くなッ!!!」

「ひゃいッ!!!」


 謎の侵入者の怒鳴り声に、ヒトトセは半泣きで両手を挙げて全面降伏する。 

 ずかずかと歩み寄ってくる侵入者。

 びくびくしながらヒトトセは震え上がる。


「う、動いてないのでっ! 動いてないので許してっ!」

「ヒトトセェ……!」


 侵入者はぐいと顔を寄せて言う。


「デッカイドーの破滅に関する詳細を説明しろ。」

「い、言います! 言いま…………ん?」


 その質問を聞いて反射的に従いかけて、ヒトトセは落ち着いて飛ばされた質問の声に聞き覚えがある事に気付いた。

 ガスマスクや重武装に隠れていて気付かなかったが、見覚えのあるウェーブがかった水色の髪。そして、聞き覚えのある後輩の声。

 ヒトトセは目に涙を浮かべたまま、ひくひくと頬を動かし、侵入者に問い掛ける。


「……オリフシ?」


 その問いに、ガスマスクの不審者は一瞬固まる。

 しかし、すぐにヒトトセの胸倉を掴み迫る。


「デッカイドーの破滅に関する詳細を説明しろ。」

「オ、オリフシ……!? な、なんでこんな事を!? ちょっち待っ……。」


 パァン!とヒトトセがビンタを食らう。


「あ痛ァッ!!!」

「デッカイドーの破滅に関する詳細を説明しろ。」

「痛い! 後輩に殴られた! どうしてオリフシ!? あんなに穏やかで良い子なあなたが」


 パァン!とヒトトセがビンタを食らう。


「痛ァッ!!!」

「デッカイドーの破滅に関する詳細を説明しろ。」

「怖い! 後輩が怖いよぉ! ちょっち待っち! 落ち着いて! ステイ!」


 パァン!とヒトトセがビンタを食らう。


「痛ッ!!!」

「貴様が落とすのは情報か、それとも命か。」

「泉の女神の言い回しをそんな物騒に使うんじゃないよ! うち殺される!?」

「デッカイドーの破滅に関する詳細を説明しろ。」

「話すからぁ! もう叩かないでよぉ! それより先に事情を聞かせてよぉ!」


 ギャン泣きするヒトトセ。そこで一旦、ガスマスクの女神……オリフシはヒトトセの胸倉を掴んだ手を離した。


「なによ、なにさ、なんなのさぁ……! オリフシ一体どうしちゃったのぉ……あんなに良い子ちゃんだったのにぃ……!」

「私はお母さんだ。」

「何それ怖い。ねぇ、一旦落ち着こ? 事情を聞かせて? あの時大丈夫って説得できたと思ったじゃん? 急にどうしてこんな事するん?」


 ヒトトセが問い掛ければ、オリフシは暫く黙ったものの、やがてフゥと一息ついて話し出す。


「私もデッカイドーに護りたいものができたんです。黙って待っているなんて事できない。私があの子を護るんです。私がお母さんなのです。」

「うん、何か護りたい子が見つかったんね。そのお母さんっていうのがまるで分からないんだけどね。なんなのさ、その子。」


 ヒトトセが大まかに噛み砕いて問えば、オリフシは低い声でぽつりと答える。


「勇者"剣姫けんき"ハル……私の大事な娘……。」

「…………今、"ハル"って言った?」


 オリフシの回答に、ヒトトセは思わぬ反応を示す。

 オリフシはそこでスッと冷静になり、今の反応に怪訝な顔をした。


「どうして聞き返したんですか。」

「……"けんき"ってのはやっぱ心当たりないんだけども。"ハル"、あの子にあなたは感化されてこんな行動に乗り出したんだね?」

「それがどうしたんですか。」


 質問の意味が分かりかねて、オリフシは詰め寄る勢いを削がれていた。

 ハルに感化されてこんな行動に乗り出したから何だというのか。

 何やら考えているような難しい表情をしていたヒトトセは、ぶつぶつと何かを呟いた後に、にっと口元に笑みを浮かべた。


「本当なら、滅亡の詳細なんて話せないんだよ。」

「だったら、力尽くで……。」

「最後まで話を聞いてよ。」


 珍しく真面目な表情でヒトトセが諫める。


「女神……神と称される私達は、私達の意思で世界に干渉してはならない。決められたルールに従って、女神は世界で役割を果たす事しか許されていない。世界は自然のままに動かす事が女神の掟。それを覆す事は固く禁じられている。これは分かるよね?」

「それでも……!」

「でもね、一部はあるんだよ。」


 ヒトトセはびしっとオリフシを指差す。


「オリフシ。あなたという女神は、今回"ハル"の干渉を受けて、うちの元に殴り込んだ。それであってる?」

「そ、それは……!」


 オリフシは勢いで此処まで来たものの、自身がとんでもない問題行動をしている事はきちんと理解している。

 それは覚悟の上だったが、もしもその原因がハルであると思われてしまったら、彼女にまで責任の追及が行くのではないか?

 ヒトトセの質問に、咄嗟にそんな事を考えたオリフシは言い淀んだ。

 その内心を見抜いたように、ヒトトセは言う。


「大丈夫だよ。別にハルにどうこうするって訳じゃない。そこんところ正直に答えて。」


 オリフシは答えずにただ黙って頷いた。

 ヒトトセはその答えを見て、にっと笑った。


「合格だよ。」

「合……格……?」


 突然の合格宣言にオリフシは戸惑った。

 何が合格なのか。どうして合格なのか。何もかもが分からない。


「教えてあげる。これからデッカイドーに起こる滅亡の詳細。」

「ま、待って下さい! 全然意味が分かりません!」

「あれ? 聞きたかったんじゃなかったの?」

「それは聞きたいですけど! 順を追って話して下さい! 何が合格なんですか!? ハルの干渉が何だって言うんですか!? それで、滅亡って結局何なんですか!? それを止める手段は!?」

「分かった分かった。だから一旦落ち着いてって。」


 ヒトトセに宥められて、オリフシは一旦呼吸を整える。

 落ち着いたオリフシを見て、ヒトトセはうんうんと頷き笑った。


「よし。まず、『何が合格か?』って事ね。結論から言うと、今回のケースはさっき言った"例外"に該当するから、うちから滅亡の詳細を話してもいいよって事。」

「その"例外"っていうのは?」

「『神が世界の為に動ける条件』を満たしたって事。女神は世界への干渉を禁じられているけども、今回オリフシがデッカイドーの為に動く『口実』が出来た……って捉えるとしっくりくるかな。質問挟まずに一旦、うちに喋らせて?」


 ヒトトセが口に指を当てて「しーっ。」と黙るように促す。


「その『神が世界の為に動ける条件』を満たした理由が、"ハル"の干渉ってところにある訳よ。」

「ハルの干渉でどうして……。」

「それはハルが……―――――」


 ―――――ヒトトセの説明を聞いたオリフシは唖然としていた。


「そ、そんな事あの子何も言ってなかったんですけど!?」

「そんなんうちも知らんて。信じられないなら本人から聞いてよ。んじゃま、最後の滅亡の詳細について。」


 ヒトトセの説明したハルに隠された秘密を聞かされたオリフシは全く納得できなかった。しかし、そんな困惑をバッサリと切り捨て、ヒトトセはとっとと最後の話に移る。


「前も言ったとおり、デッカイドーを滅ぼすのは『人々の願い』だよ。もっと詳しく言うなら……。」


 ヒトトセが傍のテーブルからひょいと一枚のノートを取り上げて、オリフシにひょいと手渡した。


「ありとあらゆる願いを叶える事のできる装置……『願望機がんぼうき』だよ。」

「がん……ぼう……き?」


 受け取ったノートをオリフシは見る。タイトルには掠れた日本語で『研究』という文字だけが見えたが、文字が殆ど消えていた。

 ぱらぱらとノートを捲る。ざっと目を通して、それは日誌のようなものだとオリフシは理解した。


 読み進めていき、オリフシはヒトトセの言葉の意味を理解する。


 『人々の願い』の正体に、思わずオリフシは息を呑んだ。

 ヒトトセはその様子を見て、真面目な表情で言う。


「絶望するのはまだ早いよ。オリフシがこれからするべき事を伝える。ちょっぴり想定外ではあるけれど……オリフシにも出来る事がある。」


 女神をも巻き込み、物語は動き出す。




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