第46話 虚飾の勇者




 魔王城にてコタツを挟んで二人の男が対峙する。

 魔王フユショーグン、そして勇者"拳王けんおう"ことナツ。


「今日は悪いな。わざわざ呼び付けて。」

「…………構わない。」


 ナツは魔王に呼び出されて魔王城を訪れていたのであった。


「今日はお前に色々と聞きたい事があってな。時間はあるか?」

「……………………特にこの後用事はないな。」

「そうか。まぁ、茶でも飲みながらゆっくり話そう。」

「……ああ。」


 早速、ナツは手前に置かれた茶を啜る。

 コタツの真ん中には煎餅が置かれている。

 前世でもそこまで頻繁には食べなかったそれを懐かしみながら、ナツは魔王の話に耳を傾ける。


「お前、前に転生がどうとか話してたよな。」


 湯飲みを傾けていた手が止まる。

 思わぬ話の切り出しに、ナツは少し驚いた。


(てっきり、その話はタブーなのかと思ったが……まさか今日切り出してくるとは。何か心境の変化でもあったのか? やはり魔王もまた転生者なのか?)


 過去に転生や前世の話をしたら言葉を濁された為、ナツは魔王にとってその話はタブーなのかと思っていた。それ以降はすすんで話をしたりはしなかったのだが、同じ境遇を共有する事は元よりナツも望んでいた事だった。

 湯飲みを置き、落ち着いてナツは話し始めた。


「……ああ。」

「もう一度詳しく、お前の身の上を聞かせて貰えるか?」


 急に身の上話を要求されたナツ。


(何か俺の身の上話に興味でもあるのか? 何か探りでも入れているのか? いや、しかし魔王とはいえ悪人ではないように見えるし、妙な企みをしているとは思えない。特に何かを伏せずに、素直に全て話してしまって良いものか? まぁ、俺の身の上話を聞いたところで何ができる訳でもないし、細かい個人情報伏せとけば大丈夫だろうか。)


 長々と考えるナツに、魔王が不安そうに尋ねる。


「あ、あの……聞いたらまずい事でもあったか?」


 ナツはしまった、と思った。


(長々と考えすぎて不安がらせてしまったか。いや、此処まで気を遣ってくれるような人間が、悪い事を考えている筈がない。別に話しても大丈夫だろう。)


 ナツは首を横に振った後に、魔王の目を見て頷いた。


「……話そう。」

「あ、ああ。ありがとう。」


 魔王はひくりと頬を引き攣らせた。


(こいつ沈黙が長すぎて何考えてるのか本当に分からん……! あまりにも黙るからキレたのかと思った……!)


 互いに思った事を口に出さずにあれこれと考える中、ナツは静かに語り始めた。


「……俺にはこの世界に生まれるより前に、日本という別世界で生きていた記憶がある。」

「日本……。」

「……知っている筈だ。コタツや煎餅、これらは日本の文化の筈だ。」


 魔王は口元に手を当てる。


(本当にこいつ別世界の記憶があるのか? 確かにこれらは日本から仕入れたものだ。その単語が出てきた時点で信憑性は高いか? まぁ、なのかまでは断定できないが。時間軸で言うと割と近代なのか?)


 魔王も日本は知っている。

 しかし、多次元に干渉できる魔王の知る日本は、多数の種類がある。

 時代だけでなく、無数に分かれた並行世界等々……一口に世界や国の名前をあげたところで、多数の候補が浮かび上がる。

 とはいえ、当てずっぽうで言い当てられるものでもないので、魔王の中でナツの信憑性はあがった。


「ああ。俺もお前と同じものかは分からないが、日本出身だ。」

「……やはりか。俺と貴方は"仲間"らしい。」

「……ああっ! "仲間"ってそういうことか!」


 てっきり以前は中二病の仲間だと思われていると勘違いしていた魔王だったが、ここで正解を導き出せた。

 今までの何を考えているのか分からない人間だという評価も若干は緩まり、魔王は少し肩の力を抜いた。


「まぁ、日本と言っても時間軸も世界線も違うかも知れないから、共通の話題で盛り上がるとかはできんかもしれんが。」

「……成る程。」


 ナツは「ふむ」と何か納得したように目を見開いた。


(前世の話がタブーというより、同郷とは限らないからあまり話を広げられないと思われていたのか。時間軸と世界線……事情の違う複数の日本があるのか。確かにこれだけで仲間だと言って距離を詰めるのは早計すぎたか。)


 距離の詰め方を誤ったと反省しつつ、ナツは話の続きを始める。


「……俺は日本で一度死んだ。死後に俺は女神と出会った。女神はヒトトセと言った。ヒトトセは俺に"虚飾の勇者"という称号を授けて、このデッカイドーに転生させたのだ。」


 一息に転生までの経緯を話しきった魔王はごくりと息を呑んだ。


(駄目だ。ここからが分からん。死後の世界ってのは分かるが、女神ってなんだ? 俺、生まれてこの方見たことないんだけど。それと"きょしょくの勇者"ってなんだ? きょしょく……虚飾? なんで?)


 魔王は死後の世界を知っている。

 多次元に干渉する事ができる魔王の能力"七次元門セブンスゲート"。その干渉範囲は死後の世界にまで繋がっている。実際、何度か踏み入った事もある……のだが、魔王は女神という存在に会ったことはない。

 そして、"虚飾の勇者"なるものもまるで聞いた事がなかったので、とにかく分からない事だらけで魔王は困惑していた。


(勇者っていうのはユキの奴が選んだんじゃないのか? ……いや、あれこれ考えても仕方がないか。一個ずつ聞いていこう。)


 魔王は以前の会話から何一つとして汲み取れなかった事を反省している。

 口数が少なく意味の分からない事を並べ立てているナツでも、丁寧に話していけば何かが分かるはず。

 何より魔王の目論見の大きなキーマンとなり得る男について、魔王は知らないといけないと覚悟を決めていた。


「まず、一つずつ聞かせて欲しい。女神というのは何だ。」


 その質問を受けたナツは「む。」と少し困惑した。


(何だと言われると答えづらいな。女神は女神としか言い様がない。俺を転生させてくれた神……としか分からない。他に何をしているのかも分からない。言われてみればあれは本当に女神だったのか? 女神にしては所々言動の怪しい部分はあった。威厳を感じないというか、どこか適当なように見えたというか……まさか、魔王はそれが女神であるかどうか疑っているのか?)


 ナツは魔王の質問を深読みしていた。

 更に、彼の応対をした女神のヒトトセが色々と信用ならない言動をしていた為に、ややこしい方向に勘違いをしていっている。

 考え込むナツを見て、魔王は苦笑しながら言う。


「え、えっと……別に俺はお前の女神というのを否定したい訳じゃなくて。」


 ナツはしまった、と思った。


(どうやら俺が宗教観を否定されて怒っていると勘違いされたらしい……。違う、違うんだ。だが、こういう事を言ってくれるということは、別に深い意味があって尋ねてきている訳じゃないのか? 余計な事を言わずに分かる範囲で答えた方がいいのか? そうだ。俺は余計な事を言って失敗する事が多い。前世から学んだ事じゃないか。よし、ここは素直に分かる範囲で答えよう。)


 考えをまとめてナツは沈黙を破った。


「……すまない。考え事をしていた。女神……とは言ったものの、俺も良くは分かっていない。ただ、女神ヒトトセと名乗った女性が、俺を転生させてくれたという事だけが確かなことだ。」


 魔王はナツの回答を聞いてほっと胸を撫で下ろす。


(いちいち黙るから心臓に悪いんだよ……! しかし、女神という女がいて、ナツをこの世界に飛ばした……という事しか分からないのか。まぁ、此処は掘り下げても何も分からないし保留か。)


 魔王にとってナツの沈黙は心臓に悪いのである。

 いつも真顔で凍り付くように沈黙するので何か地雷でも踏んだのかと毎度ドキドキさせられるのだ。

 実際は口に出す言葉以上に思考を巡らす癖故に、言葉の出だしが少ないだけではあるのだが、その心中を察することはできない。

 魔王は一旦女神の話を保留して、もう一つの疑問を尋ねる。


「"虚飾の勇者"……というのはどういう意味なんだ?」


 これにはナツもすぐに答えた。


「……すまない。俺にも分からない。勝手にそう呼ばれただけだから。」

「そ、そうなのか。」


 ナツは女神ヒトトセから"虚飾の勇者"と呼ばれたが、本人も今ひとつその理由は分かっていない。何かしら前世で持ち合わせていた"前世では活かせなかった才能"というものに関わっているらしいのだが、詳細は分からないままナツは勇者を続けてきている。

 ナツの回答を受けて、魔王は「うーむ。」と唸り声をあげた。


「お前は前世では日本にいたが、女神なる存在に選ばれて"虚飾の勇者"としてこの世界に転生した。ここまでは合ってるか?」

「……ああ。」

「何故、転生させられたのかは分かるか?」


 ナツが勇者として転生させられた理由、これは魔王にとっては一番重要な話である。

 問われたナツは即答した。


「……世界を救うため。そうとだけ言われた。」

「またアバウトだな……。"虚飾の勇者"って話にせよ、結構適当な女神なんだな。」

「……言われてみればそうだな。」


 ナツが同意する。

 

「世界を救うために、勇者として魔王を倒すのが俺の役割だと思っていた。しかし、魔王が倒すべき存在なのか、俺には分からなくなっている。ヒトトセ様が言っていた『世界を救う』とは一体何を意味しているのか。俺は何かをしなくてもいいのか。それが分からなくて、俺も最近不安を感じている。この前、俺と共に転生させられた者が悪事を働いていた。俺と共に世界を救う訳ではないのか……と勇者の存在意義を疑いさえした。しかし、後々話を聞くとやはりあいつも勇者なのではないかという」

「ちょ、ちょっと待って。」


 急に凄い勢いで話し始めたナツに魔王は一旦待ったをかけた。


(なにこいつ。凄い勢いで喋り始めたんだけど。0か100しかないのかこいつ。)


 普段ろくに喋らないくせに喋り出すと滅茶苦茶流暢に喋りまくる。

 黙ってても怖いけど此処まで喋られても怖いのである。

 全部聞いていたら訳が分からなくなりそうな勢いだったので、魔王は気になった部分だけピックアップする。


「ヒトトセって女神は『世界を救え』としか言ってなかったんだな?」

「……ああ。具体的な内容は聞かされていない。」


 魔王が知りたかったのは主にその部分だ。

 その後、突如として始まった自分語りの中で気になったワードを魔王は尋ねる。


「うん。その後『俺と共に転生させられた者』って言ってたけど、そいつは一体?」

「……転生させられたのは俺を含めて全部で四人。あの男と出会った時に、転生直前に顔を合わせた時とは姿が変わっている事に初めて気付いた。あの時の気配を元に、あの中の一人だと判断した。あの男は」

「はい、ストップ。」

「……なんだ?」


 ひとつ詳細を尋ねると次から次へと新しいワードが出てくる上に、何か余計な自分語りが入ってくる。喋りの調子が乗ってきたのか、ナツのまくし立てるような喋りに圧倒されつつ、魔王は一旦ストップをかけた。


「『四人』って言ったよな? お前と、"あの男"以外にも転生させられた勇者がいるのか?」

「ああ。勇者は全部で四人。"虚飾の勇者"の俺、"闘争の勇者"、"殺戮の勇者"、"束縛の勇者"だ。"闘争の勇者"と"殺戮の勇者"は男で、"束縛の勇者"は女だったが、転生後の姿が変わっていた事を考えると性別というのもあまりアテにならないかもしれない。しかし、奴らの抱えていた独特の気配は、転生直前はごくごく普通の一般人であった俺であっても異質だと気付く程のものだった。恐らくあの男は気配から察するに"闘争の勇者"。鍛え上げられた肉体を持った大男だった。俺は特に何も望まなかったのだが、"闘争の勇者"は強者との会合を求めてあらゆるものの実力を見抜く"真実の目"というものを女神から授かっていた。俺以外の勇者は皆、元々持ち合わせていた才能の他にギフトを授かっており、"殺戮の勇者"は」

「はい、ストップ。」

「……なんだ?」


 勇者が四人いるという話を聞けて、その後そのまま先に話に出ていた"闘争の勇者"なるものの話も聞けたので、魔王は話を止めた。

 このままだと一息で全ての勇者の説明が始まりそうだったので、ここでひとまず整理する。


「四人の勇者は"虚飾の勇者"、"殺戮の勇者"、"闘争の勇者"、"束縛の勇者"であってるな?」

「ああ。」

「随分と物騒な称号が揃ってるな。」

「……言われてみれば確かにそうだな。」


 魔王の述べた感想を聞いたナツは「ふむ。」と顎に手を当て考える。


(確かに、言われてみれば……俺が"虚飾"というのも分からないが、他の勇者も"殺戮"、"闘争"、"束縛"……どれもとても勇者、世間的に言う正義の英雄ヒーローのイメージとは酷く掛け離れた称号だな。殺戮者や闘争者は時や場所によっては英雄とされる事はあるかも知れないが、この世界にそういった才能を讃えられる空気は感じない。俺は、俺達は本当にこの世界にとっての勇者なのだろうか? あの暫定"闘争の勇者"の行動も一見すると正義の行いには見えない。しかし、預言者様の言葉を聞くとあの男は)


 魔王は苦笑いした。


「え、えっと。別にお前が悪い奴とは思ってないからな?」


 ナツはしまった、と思った。


(彼の指摘は至極真っ当なものだった。しかし、俺が俺自身に疑問を抱き始めてしまったが為に、俺が気分を害したと誤解させてしまったらしい。……それともこれは彼なりの励ましなのだろうか。やはり俺には彼が悪い人間には思えない。)


 自身の感情制御の甘さを戒めつつ、ナツは口を開いた。


「…………すまない。考え事をしていた。先の指摘について考えていた。」


 魔王はナツの返事を聞いて、ほっと息をついた。


(滅茶苦茶喋ったかと思ったら急に黙るじゃん……! 会話の緩急えぐすぎるだろ……!)


 もうそろそろそういうものだと思っていちいちドキドキしなくていいかな、と魔王は思い始めていた。


「えっと、一旦勇者の称号にしては物騒だなって話はおいておこう。女神いわく一応は世界を救うために送り込まれたんだろ? なら、別に悪いものじゃないだろう。」

「……確かに。」

「じゃあ、他の勇者についてだ。そうは言ってもお前は"闘争の勇者"と思しき男にしか合ってないんだろう?」

「……ああ。」

「それであれば、一旦今は"闘争の勇者"についてだけ教えてくれればいい。お前は会えば分かるのかもしれないが、俺には分からないから他の勇者の説明を聞いても今はその情報を活かし切れない。」


 ナツは一つ聞けば百返してくる。不要な説明を省くように予め指定するのがいいだろう、と魔王は情報を制限した。

 ナツは魔王の言い分に納得したのか「ふむ。」と頷いた。

 ここでナツに主導権を渡さずに、魔王は先程聞いた情報を聞き直す形で話を進める。


「"闘争の勇者"は『鍛え上げられた肉体を持った大男』って事で合ってるか?」

「ああ。それと、頭はハゲていた。」


 まずは特徴を聞き出す。

 これさえ分かれば仮に遭遇した時に、それだと分かるだろう。


「それと、あらゆるものを見通す"真実の目"を持っているんだっけか?」

「ああ。何を見通すのかまでは聞いていないが、強者を見極める目としてギフトを選んでいたから、そういうものだろう。」


 このギフトというものが何なのか分からないが、何か特別な能力だとしたら中々に厄介だと魔王は考えた。

 "真実の目"、それがその名の通りにあらゆる真実を見抜くのであれば、魔王の抱えた事情なども見抜かれてしまうかもしれない。

 "闘争の勇者"を要注意人物とするか否かを判断する為、魔王はナツに更に尋ねた。


「"闘争の勇者"と何かあったのか?」


 先程からナツが"闘争の勇者"を悪い奴であるかのように語っている辺り、何かトラブルがあったのではないか、という事は推察できた。

 そこから"闘争の勇者"の人間性を判断する事ができれば、要注意人物であるか判断できるかもしれない。

 ナツは目を閉じ、暫く何かを考えた後に、ずっとお茶を一口啜った。


(あっ、喉湿らせたな。長くなるぞこれ。)


 魔王は直感した。


「事の経緯は王都に滞在している時の事だった。王城からの依頼を受けて、王都に滞在していた俺の元に城の使いがやってきた。宿に深夜にやってきた使いは俺に緊急の依頼があると言ってきた。王城にて抱えている預言者様が失踪したとの事だった。その姿が確認できたのが湯浴みの後、自室に籠もるまでの事だったという。城の中を探し回ったものの姿は見つからなかったらしい。失踪に気付いてすぐに、王都に勇者が滞在しているという事で緊急で俺の元に依頼に来たんだ。失踪後から時間が経っていない今探した方が発見できる可能性は上がる、当然の理屈だ。俺は至急、失踪した預言者様の捜索任務に当たることになった。」

「ちょっと一旦タンマ。お茶飲んで落ち着こうか。」


 頭がはちゃめちゃになる前に魔王は一旦整理する。


「王都で預言者の失踪事件があったんだな? そして、その捜索にお前が当たったと。」


 ナツはお茶を口に含みながら、こくりと一回頷いた。

 お茶を飲み終わるのを確認して、魔王は手を差し伸べる。


「じゃ、続けてどうぞ。」

「俺はまず預言者様の部屋の付近の痕跡を探す事にした。僅かに廊下の絨毯に凹みがあり、それが小さな足跡である事に俺は気付いた。預言者様は15歳の少女、恐らくは足跡は預言者様のものであろうと俺は判断した。他にも預言者様のものと思われる髪の毛などもあり、俺はそれを追跡していった。追跡の結果辿り着いたのは城の裏庭。裏庭には預言者様のものと思われる小さな足跡と、大きな足跡がある事を見つけた。大きな足跡は外部から飛び込んできて着地したように、外側から内側に向いており、もう一つ、外側に向いた深い足跡がある事に俺は気付いたんだ。これは恐らく城の外から跳躍して裏庭に侵入し、地面を強く蹴り跳躍して外に出たのだろうと俺は推理した。外から侵入した何者かが預言者様を攫ったのではないか、と俺はその時点で予想を立てたのだ。普通に歩行したものと見られる足跡から、何者かのおおよその体重を推察した俺は、外に跳躍した際の足跡の凹み具合から跳躍の力を大まかに計算し、何者かプラス預言者様の体重でどの程度跳躍できたのかを探り、同じ程度の距離を跳躍して実際に城の外に飛び出してみた。すると、少し位置はずれていたが確かに着地したような足跡があり、俺は続けて同じ要領で足跡を追い続けていったのだ。そうして俺は預言者様を攫った何者かに追い付くことができた。そいつこそが」

「"闘争の勇者"だったんだな?」

「その通り。」


 魔王はここで先読みする体で話を打ち切った。

 ナツの推理パートは割と魔王にはどうでもよくて、"闘争の勇者"が何をしたのかを知りたかったのである。

 つまり、"闘争の勇者"は預言者を誘拐し、ナツはそれを追跡して対峙した……というのがここまでのあらすじである。

 これだけ聞くと"闘争の勇者"は悪人のように思えるが……。


「俺は"闘争の勇者"と交戦した。確かに強かったが、恐らく奴の土俵ではない格闘戦に持ち込めたのが功を奏した。俺は先制の一撃を入れる事ができた。しかし、そこで預言者様が俺達の間に割って入った。争うな、と。"闘争の勇者"を庇い立てしたのだ。恐らくは預言者様には分かっていたのだろう。勇者が欠けてはいけないという事が。その時はそう思って、俺は預言者様を取り返すという当初の目的を優先し、"闘争の勇者"を見逃す事にした。しかし、後から預言者様が突然」

「えっと、つまりお前は"闘争の勇者"と争って、預言者は取り戻したんだよな?」

「……ああ。」

「そして、預言者は"闘争の勇者"を庇ったと。」


 "預言者"、デッカイドーにて長いこと重要な役職として引き継がれている、天の神の声を聞くことができると言われている能力者。

 どうやら今デッカイドーで勇者と呼ばれる者達の任命は預言者の聞いた神託によるもののようで、様々な国の方針に影響する者である……という事だけ魔王は知っていた。


(預言者……指名したのはハル、ナツ、アキの三人だけだったと聞いているが、そいつは他の転生者なる奴らも知っているのか? そもそも、その"闘争の勇者"とやらが預言者を攫った理由は? もしかして、預言者はナツの言う転生者やヒトトセという女神周りのキーになっているのか?)


 預言者が何かを知っている。

 預言者との接触も考えた方がいいか、と魔王は考える。


 それと同時に、ナツと"闘争の勇者"なるものの接触を知り、ひとつの可能性に行き着く。


(もしや、ここ最近の未来の変化はこの二人の転生者の接触によるものなのか?)


 未来を視る事ができる魔王配下の占い師ビュワ。

 彼女がここ最近、未来が変わった事を報告した。

 未来が変わった原因として、ビュワは魔王同様に『この世界のものではない何か』による影響があったのではと仮説を立てた。

 まさしく『この世界のものではない何か』に当たる、転生者なる存在のナツと"闘争の勇者"。この両者の接触が何か未来を変えるきっかけになっているのではないか。

 魔王はナツに尋ねる。


「その"闘争の勇者"との接触で、何か変わったと思った事はないか?」


 その問いに、ナツは少しだけお茶を口に含んでから答えた。


「……先程の話の続きになるが、預言者様を連れ戻したら奇妙な事を言い出した。『城は私の意思で抜け出した。だから彼の事を誘拐犯として取り扱わないで欲しい』、と。何故庇い立てするのか聞いたが、それが事実だからとしか答えてくれなかった。それ以降、預言者様は人が変わってしまった。詳しくは俺もまだ聞かされていないが、どうやら預言者一族の中で何やら揉めたようだ。」

「揉めた?」

「ああ。今までは大人しく従順だった預言者様が、急に反抗的になったとか。」


 神の言葉を届ける預言者が、急に反抗的になった。

 それも"闘争の勇者"の接触後から。

 この世界において重要な存在である預言者が『この世界のものではない何か』の影響を受けて変わったのは、まさにビュワの仮説に関わってきそうな重大な出来事である。


「……その"闘争の勇者"って奴に何かされたのか?」

「分からない。俺は"闘争"がどういった能力なのか知らない。ただ、貴方に言われた通り、奴に何かをされた可能性を考慮していなかった。その名の通りに"闘争"心を煽る能力がないとは言い切れない。あの時は預言者様の申し出を聞き入れ、あの男を逃がしてしまったが、あの判断は間違っていたのかもしれない。けれど、僅かに交わした会話の中で、あの男がそこまでの悪人ではないように俺には思えた。俺の見る目がないだけかもしれないが。そして、預言者様が何やら英雄王を通して無理を通しきったらしく、俺の元に限定的ながら預言者様の護衛の任務の話が来ていて、今は追加の詳細情報が降りてくるのを待っている状況だったりもする。」

「ちょっと待った。預言者の護衛任務?」


 結局、"闘争の勇者"が何をしたのかまでは分からなかったものの、ナツがこれから預言者と接触する機会を得たことは分かった。

 これはチャンスだと魔王は考える。


(ナツを通じて預言者と接触できるか? "闘争の勇者"との関係性にも探りを入れられるかもしれない。ナツから得た情報はかなり手応えがあるぞ。)


 そして、魔王はようやく張り詰めた空気を緩めて、肩の力を抜いた。

 ナツの話が常に長すぎるし早すぎるので、常に肩と耳に力が入っていて魔王は完全に疲れ果てていた。


「ナツ。少し相談事がある。」


 魔王の計画はひとつ前に進んだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る