第44話 終わりの始まり
魔王城のコタツを囲む四人。
魔王の計画の中枢にいる三人の幹部が魔王城に集っていた。
「早速話を聞かせて貰おうか、ビュワ。」
魔王が珍しく深刻な顔で語りかけるのは黒髪黒ジャージの前身真っ黒女、ビュワ。
その正体は魔物ではなく人間であり、"万里眼"と呼ばれるデッカイドー全土でも名の知れた一流の占い師である。
その占い師としての実力の真相は、ありとあらゆるものを見通し未来すらも覗ける特異な能力。
今日の集まりはビュワの連絡から始まった。
魔王、側近のトーカ、"魔道化"テラはビュワの召集に応じて魔王城を訪れたのだ。
「簡潔に言うと未来が変わった。」
「未来が変わったって……破滅の未来が覆った、って事ですか!?」
トーカが食い気味に尋ねると、ビュワは首を横に振る。
「そこまで嬉しい話じゃない。ただ、破滅の内容が変わったというだけ。」
ひくりと頬を引き攣らせて、トーカは乗り出した身を引き戻す。
他のメンバーもビュワの話の邪魔をせずに聞き入る事にした。
「今まで見えていた未来は何も見えない真っ暗闇だった。まるで突然世界が終わるかのような……でも、その破滅の内容に具体的な映像が見えた。」
ビュワは一枚の紙を取り出す。
複数の棒人間、家、山や木などの上空に浮かび上がる巨大な球体。
そんな絵が紙には描かれていた。
魔王は尋ねる。
「これが見えたのか?」
ビュワはこくりと頷く。
「絵下手ですね。子供の落書きみたい。」
「ほっとけクソが。」
茶々を入れるトーカをぎろりと睨むビュワ。
しかし、ふーむ、と仮面の顎を撫でてテラが首を傾げる。
「実際下手過ぎてどういう光景なのか分からないので説明して貰えます?」
「くっ……!」
何故か絵心のなさを真面目に駄目だしされて顔をしかめつつ、ビュワは地面にいる棒人間達を指差した。
「これが人間。人間は何かに祈りを捧げるみたいにして空を見ている。」
「変なポーズだと思ったらこれ祈ってたのか。」
いよいよ魔王にまで変だと言われてギギギと歯ぎしりしながら、ビュワは説明を続ける。
「何故か人間は一同に揃って祈りを捧げていた。これは空にこの黒い球体が現れるよりも前の事だった。」
「そっちが先なのか?」
魔王が怪訝な顔で尋ねる。
黒い球体が尋常ならざるものである事はビュワの下手くそな絵を見ても分かる。
黒い球体を見て、この世の終わりを見た人々が、絶望して神に祈っている図……かと魔王は何となく思っていたのだが、どうやら順序が逆らしい。
「大勢が祈り始めて、そこから空に球体が現れた。」
「どうして祈っているかは分かるのか?」
「……それがサッパリ視えなくて。何かのきっかけがあるとは思うけど、私の視られる範囲ではただ大勢が一斉に祈り始めたとしか。」
ビュワの能力は未来でさえも視る事ができる。
遠く離れた場所の未来でさえも視る事ができるが、何もかもお見通し……という訳でもない。
あくまで膨大な未来の情報を視るのはビュワという個人であり、処理できる情報には限りがある。恐らくビュワの目線では分からないところに『大勢が一斉に祈り始める』原因があるのだろう。
「大勢が祈り始めると、空にこの黒い球体が浮かび上がってきた。それが何処から湧いてきたのかは分からないけれど……この黒い球体が出現してから世界が無茶苦茶になって粉々になった。」
「無茶苦茶になって粉々になった?」
「ごめん。本当にそうとしか言い様がない。」
ビュワがそう言うと、トーカもまた頭を抱える。
「魔王様、それ本当です。無茶苦茶になって粉々になったとしか言い様がありません。」
トーカは他人の心を見透かす事ができる。
ビュワの心の中にある『破滅の情景』を共有したトーカは、ビュワの言っている事を肯定した。
二人が言う『無茶苦茶になって粉々になった』という言葉を今ひとつ理解できなかったものの、魔王はふむと何かに納得したように頷いた。
「まだ不明点が多いとは言え、未来が変わったのは確かなんだな?」
「ええ。」
「そのきっかけは分かるか?」
ビュワは魔王に問われて少し困った様な顔をする。
「……これは仮説でしかないけれど、構わない?」
「ああ。」
ビュワは自信なさげに持論を語る。
「私が視た未来が書き換わる経験はこれが初めてじゃない。その条件はハッキリと分かっていないけれど……その一例は……。」
ビュワの視線が魔王に向く。
過去にビュワが経験した、数少ない未来が書き換わるケース。
それを元にビュワは推察する。
「あなたとアレ。私が見た瞬間に未来を書き換えた存在は二つ。アレはともかく、あなたに世界をどうこうできる超常の力はないと考えると……。」
「間違っちゃないけど、なんか複雑な言われ方だな。」
「共通点は『この世界のものではない』ってところかと思うの。」
ビュワの言葉に魔王はふむと声を漏らした。
ビュワの言った通り、魔王はこのデッカイドーの人間ではない。外側の世界からやってきた存在である。
「つまり、お前の能力はあくまで『この世界のもの』にしか働かず、世界の外側から来た俺の干渉によって未来は変わったという事か?」
「あくまで可能性の話だけどね。あなたみたいな『外の世界』から来た存在なんてそうそういないし、いたとしてもこの世界に大きな影響を与えられる程の力はないでしょうし。」
魔王はうーむと悩ましげに唸る。
「もしかして、俺が何かやっちゃった?」
「あなたの行動が影響するなら、とっくに未来は変わっていたでしょう。」
「じゃあ、どういうことだ?」
「あなた以外の『外の世界』のものが影響しているんじゃないか、ってこと。」
「……?」
ピンと来ない様子の魔王に、深く溜め息をついてビュワが説明する。
「『外の世界』から来た存在なんてそうそういない……とは言ったけど、全くいないという確証はないでしょ。もしかしたら、私達の知らないところで、『外の世界』……あるいは私の能力に引っ掛からない存在が動いている可能性があるとは思わない?」
魔王はふむと顎をさする。
魔王はあらゆる次元を行き来する、世界を繋ぐ事のできる能力を持っている。
しかし、その能力が魔王だけのものかというと、ありとあらゆる世界を広く見るとレアではあるものの皆無という訳ではない。
確かにビュワの言い分がないとは言い切れないと魔王は納得した。
「予め言ったけどこれは仮説。私の能力をすり抜ける存在が他にもあるかも知れない。ただ、私が認知できないっていう点ではどちらにせよこれ以上探りを入れることはできないと思う。」
「ああ。可能性のひとつとして覚えておこう。」
この世界の行く末を見るビュワの能力。
その未来を変える事ができるのは、ビュワの能力による認知の範囲外にある力。
たとえば魔王のような……そういった力がいずれ訪れる未来を変える可能性があるというのは覚えておいて損はないだろう。
「私の報告はこれくらい。」
「ありがとう。それじゃあ一応、他の事も確認しておくか。」
魔王はそう言うと、コタツ布団をぺらりと捲った。
「シキ。出てこい。」
すると、コタツの中からのそのそと黒猫が這い出てくる。
その様子を見て、ビュワとテラがぎょっとした。
「えっ。呼んだら出てくるようになったんですか。」
「ああ。この前の脱走劇の後から。まぁ、気分で出てこない事もあるみたいだが。」
そう言いつつ、魔王はゲートを作り、手を突っ込むと、中から猫のおやつを取り出した。それをコタツの上に置くと、ぴょんとコタツに飛び乗りシキはそれに齧り付く。
「エサとか食べるんだ……。」
「これ、大丈夫なんですか……?」
ビュワとテラが恐る恐るその様子を見ている。
魔王はうーむと唸って、おやつを早々に食べ終わったシキに追加のおやつを放った。
「まぁ、今のところはな。前の脱走劇以降、外に出ようとする様子はないし、手懐けられるなら手懐けておきたいなと。」
魔王はシキの背中に手を当てて撫でる。特に嫌がる様子もなく、おやつに夢中のシキはその手に身を委ねていた。
「トーカ。話せるか試してくれるか?」
「ああ。そういう事ですか。」
トーカはコタツの上に顎をのせ、シキと目線を合わせる。
「にゃああああ。」
トーカが猫の鳴き真似をしてみると、シキはぴくりと反応して、トーカの方を見た。
「にゃああああああ。」
「ンナアア。」
トーカの鳴き真似に対して、返事をするようにシキが鳴き返した。
その返事を聞いたトーカはぎょっとする。
トーカの反応を見た他の三人はどきっと肩を弾ませた。
「会話できたのか!?」
「……『こんにちは』って声を掛けたら、『なんだ』って。」
明らかに動揺する三人。
「つ、続けて話してみてくれ!」
「は、はい! にゃあああああああ。」
「ナアアアアアア。」
トーカとシキが鳴き声を掛け合う。
「『私はトーカと言います』と言ったら、『我が輩はシキである』って。」
「そ、それ本当に話せてるんですか? 試しに……そうだな、お手とかできます?」
「それは犬だろ。」
テラがそわそわしながらトーカに言うと、トーカは再び「にゃあああああ」と鳴いた。すると、魔王のツッコミ通りとはならず、しっかりとシキは差し出したトーカの手のひらにその手を置いた。
「おおおおおお! すごい! 会話できてるじゃないですか!」
テラが興奮したように声を上げる。
トーカだけの思い込みではなく、指定したお手という所作をきちんとシキは行った。会話が通じている事を他の三人もしっかり理解できた。
興奮気味に魔王がトーカに言う。
「な、何か……もっと重要な事とか聞き出せないか?」
「重要な事ってなんですか。」
「えっと……そうだな……あんまり直接的な事を聞いて期限損ねるのも不味そうだし、趣味とか好きなものとか……。」
「お見合いかよ。」
ビュワがツッコミを入れる。
トーカはとりあえず言われた通りに「にゃにゃにゃにゃ」とシキに語りかけてみる。シキは「ンナアアアア」と答える。トーカは更に「にゃにゃ?」と尋ねれば、シキは「ンナアアアアア」と返事をした。
トーカは翻訳結果を伝える。
「……『我が輩はぬくい小娘が好きである。』」
「ぬくい小娘ってなんだ……?」
「それ聞いたら『ぬくい小娘はぬくい小娘である。』って。」
「語彙力が猫……!」
がくっと肩を落とす魔王だったが、しかしその顔は残念がるというよりも、興奮した笑みが浮かんでいた。
「いや、でも意思疎通もできるし、自我が確認できたのは大きな変化だぞ。」
「それが良いか悪いかは別として、ね。」
シキと話せて興奮気味の魔王、トーカ、テラを余所に、ビュワだけが冷静に黒猫を眺めながら呟いた。
しかし、魔王は「いや」とビュワの言葉を否定する。
「良い兆候だと思うぞ。意思を持ってもあくまで無害なもののようだし。」
「うーん。まぁ、未来が前よりも鮮明になったからそうなのかも知れないけれど。」
そんな魔王とビュワの会話を余所に「にゃにゃにゃ」とシキと会話を試みているトーカ。
「一応、もう勝手に魔王城を出ないように話したら『ぬくい小娘と約束したから出ない』って。」
「……『ぬくい小娘』ってもしかしてハルのことか?」
以前に逃げ出したシキを連れ帰ってきた事や、ハルにやたらと懐いている様子を思い返して魔王がひとつの答えに至る。
「アイツ、動物に好かれやすいとか言ってたな。」
「もしかして、ハル様きっかけで変化してるんですかね?」
「でも、それならアイツは別世界の人間とかじゃないし、ビュワの未来視に最初から影響出てそうなもんだが……。」
「実はハル様も別世界の人間とか?」
「それはないかなぁ。そういう話あるなら真っ先に話してそう……。」
会話の中で魔王は「ん?」と疑問の声をあげた。
ハルは『別世界の人間』ではない……が、どこかでそんな話を聞いたような覚えがあった。しかし、どうにも思い出せない。
「魔王様? 何か苦しそうな顔してますけど大丈夫ですか?」
テラが魔王に尋ねれば、魔王は「うーん」と唸り出す。
「ちょっと待て。出てきそうで出てこない……。」
「う○こか?」
「ビュワさん、やめなさい。」
「まじでやめてくれ。すごい重要な事を思い出せそうだから。」
いつになく真剣に考えている魔王。
流石に周りも茶化すのをやめて、じっと記憶を引き出すのを待つ。
やがて考え込んだ末に魔王が辿り着いたのは、とある男の言っていた妄言だった。
「あ。」
『…………コタツ、鍋、電気カーペット……全て、"この世界"にはないものだ。』
『だが、俺は知っている。そう、俺の"前世"で見た記憶がある。』
『…………だから思った。貴方も、"俺の前世の世界"から"転生"させられた、"転生者"なんじゃないか、と。』
口数が少なく何を考えているのか分からない、その上奇妙な妄想に取り憑かれたヤバイ奴……だと魔王が勝手に思っていた男。
あの奇妙な設定(と勝手に魔王は思ってた)話と、ビュワの立てた仮説がぴったりと繋がった。
「あああああああああ!!!」
「な、何か分かったんですか?」
魔王は思わず叫び声を上げる。
魔王の目論みのキーとなる存在は、思ったよりも傍に、思ったよりも前から現れていたのだ。
物語が動き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます