外伝第8話 あの人はいつかやると思ってました 




 とある街の酒場にて、何の共通点も無さそうな三人の人物が席を囲んでいた。


 一人は赤髪赤マフラーの前身真っ赤な装いの長身の青年。

 一人は上半身裸の筋骨隆々のスキンヘッドの大男。

 一人は首に縄を巻いてボロ布を纏った桃色の髪の見窄らしい格好の少女。


  何の共通点もなさそうな三人にはとある共通点がある。

 各地で奇妙な力を振るって暴れ回る謎多き怪人達、人々からは"イレギュラー"と呼ばれる傭兵集団として活動しているという共通点。

 もう一つは、彼らには前世の記憶があり、女神ヒトトセにより力を与えられた"転生者"であるという共通点である。


 真っ赤な男は"殺戮の勇者"、ゲシ。

 筋肉男は"闘争の勇者"、トウジ。

 ボロボロ少女は"束縛の勇者"、うらら。


 女神ヒトトセはこのデッカイドーの地で活躍するに足る勇者として四人の人物を選び、この世界に転生させたのだ。


 今日は偶然ではなく、トウジの呼び出しでイレギュラー達は集まっていた。


「なンだァ? てめェが俺らを呼び出すなンざァ珍しいじゃねェか? 勿論、てめェの頼みで来てンだから、此処の代金はお前ェ持ちだよなァ?」


 背もたれにもたれ掛かりながらにやりと笑うゲシに、トウジはこくりと頷いた。


「うむ。俺が奢ろう。」

「……なんだ、いやに素直じゃねェか。いつになく初っぱなから大人しいしよォ。なんかあったのか?」


 普段は出だしから大声を張り上げたり、奢りだの他人に気を利かせた行動を取らない大雑把ガサツパワー系男、トウジが妙に大人しいのでゲシは心配そうに尋ねた。

 "殺戮の勇者"などという物騒な称号を持ち柄の悪い風に振る舞っているが、割と常識人で気遣いするタイプなのである。


「今日は貴様等に最後の挨拶にきたのだ。」

「最後だァ……?」

「穏やかじゃないですね。」


 何やかんや真剣に話を聞く体勢に入るゲシとうらら。一応同じ境遇故の仲間意識はあるらしい。

 トウジはふぅ、と溜め息をついて、顔を伏せてぽつりと呟いた。


「俺、近々指名手配されると思う。」

「はァ!?」

「いよいよやらかしたんですね。」

「いよいよ!?」


 トウジの衝撃的な告白と、うららのお前ならやると思ってたよというリアクションにゲシが一人でツッコミに回る。


「な、何やらかしたんだよお前ェ!? お前ェ、無茶苦茶っぽいフリして割と常識はある方だったろォ!?」

「預言者を誘拐した。」

「何やってンだァお前ェ!?」


 ゲシが身を乗り出して聞く。

 一方のうららはドン引きした様子でじっとりとトウジを睨んでいた。


「預言者って……女児じゃないですか。嘘、貴女ロリコン? ……もしかして、私の事もそういう目で見て……。」

「お前ェは能力で若作りしてるだけで歳行って」

「発言を"縛"ります。歳の話はレディーには禁句。次言ったら首を"縛"りますよ。」

「わ、悪ィ、冗談だから! ごめんて! この首を締め付けるのやめろって!」


 ゲホゲホと咳き込みながらゲシが必死に謝罪すれば、うららは"束縛"を解く。


「とまぁ、冗談は置いといて。」

「冗談じゃなくマジで締まってたンだが……まァ、いいか。」


 ゲシとうららはトウジを見る。


「ンで、ンな馬鹿な事したンだよッ!」

「いや……勇者任命の経緯を聞こうとちょっとだけ接触しようとしたんだが……なんやかんやあって時間掛かって騒ぎになってしまった……。」

「『なんやかんや』ってなンだよッ!!!」

「なんやかんやはなんやかんやだッ!!!」


 トウジの迫力に押されて、ぐっとゲシが口を噤む。

 別にゲシの問い詰めは間違っていないのだが、何か問い詰めてる方がおかしいような雰囲気に押されてゲシは乗り出していた身を椅子に戻した。


「お前ェよォ……まァだ勇者云々に拘ってたのかよォ? 馬鹿な真似する前になンで俺らに相談しねェンだ?」

「ゲシってなんやかんや優しいですよね。」

「『なんやかんや』ってなンだよ。普通に優しいだろが。」

「なんやかんやはなんやかんやです。」

「なんやかんやって言葉でもう俺の頭がおかしくなりそうだよ。いや、トウジの告白で既に頭痛くなってンだがよォ……。」


 ゲシは頭を抱える。

 

「すまん。貴様等は勇者云々に興味がないと思って俺一人で動いた。」

「……その『俺らも悪いンじゃね?』って思わせるような言い方やめろ。」

「すまん。そんなつもりじゃなかった。今日は貴様等迷惑を掛けまいと最後の挨拶に来たのだ。」


 トウジはガタッと立ち上がり、深く頭を下げる。


「すまんッ! 貴様等は俺とは無関係だッ! 仮に何かを聞かれても、無関係だと、アイツが勝手にやった事だと主張してくれッ!」


 トウジは指名手配をされて追われる身になるかもしれないので、その迷惑がゲシとうららに掛かるかも知れない。もし、そうなった時は構わず縁を切ってくれ。

 トウジの言わんとしている事を聞いたゲシが複雑そうな表情でポリポリとこめかみを掻く。


「あのなァ……。」

「分かりました。マスコミにインタビューされたら『あの人はいつかやると思ってました』って答えておきます。」

「うらら、お前ェちょっと薄情すぎねェ?」

「冗談ですよ。」

「冗談に聞こえねェンだよお前ェが言うと。」


 ハァ、と溜め息をついてゲシはトウジをギロリと睨んだ。

 そして、懐から一冊の本、"世界の書"を取り出しパラパラと捲る。


「この馬鹿がよォ。余計な事に巻き込まれるより、後味悪ィ方がよっぽど御免だぜェ。本当に俺等に申し訳ねェと思ったなら、黙って消えて欲しかったぜェ。」

「すまん……。」

「謝らなくていい。」


 パラパラと捲った"世界の書"をあるページで止めて、ゲシはふむと頷いた。


「とりあえず、まだ指名手配はされてねェみてェだな。」

「ほ、本当か?」

「今のところは、だ。まァ、誤植やら抜けがなけりゃの話だが。」


 "世界の書"は女神ヒトトセからゲシが授かったもの。

 この世界のありとあらゆる情報が書かれた世界の設定書のようなものである。

 それはリアルタイムで最新の情報が更新されており、指名手配犯の一覧の中にはトウジの名前は書かれていなかった。つまり、現時点では指名手配までは話が進んでいないという事である。

 続けて、ゲシはパラパラと本を捲る。


「とりあえず、人目のつかねェ隠れ家を探してやる。俺からも色々探りを入れてみっから、ほとぼり冷めるまでは隠れとけェ。」

「すまん……本当にすまん……。」

「謝るなって。あと、通話の魔石は捨ててけ。逆探知の技術ってモンもあるらしい。足がつく。」

「あ、ああ。」

「お、あった。今から教える隠れ家を念のため一定周期で転々としろ。いいな?」

「わ、分かった。」


 ゲシのてきぱきとした指示を見ながら、うららは「はぁ~。」と感心したような息を漏らす。


「手慣れてますねぇ。前科持ちですか?」

「違ェよ馬鹿。」

「冗談ですよ。しかし、本当に、ゲシってなんやかんや優しいですよね。」

「もうツッコまねェからな。」

「あら、寂しい。」


 ゲシはいくつかの人目の着かないポイントを書き出しトウジに渡す。


「おらよ。こっちで状況調べて、ヤバそうだったら出来る範囲で何かするよ。」

「すまない……本当にすまない……。」

「メソメソすんなってェの。それと、勇者云々は俺も調べようとしてたから、そっちも分かったら教えてやる。」

「何から何まで本当にすまない……この恩は忘れない……。」


 うららはグッと拳を握って、トウジの耳元で囁いた。


「私も万が一トウジが逮捕される事があったら、誘拐被害者の一人の振りして『意外と良い人だった』って証言してあげますから安心して下さい。情状酌量目指しましょう。」

「うぅ……。」

「やめてやれってェの。」

「冗談ですよ。」

「冗談にしても悪趣味だっつゥの。」


 うららはくすくすと笑って、首に巻き付いた縄を撫でる。


「まぁ、同じ"転生者"のよしみです。私もにしますよ。」

「お前ェは余計な事すンなよ。」

「しませんよ。はね。」


 また何やら企んでいるようなうららの顔を見て、心底うんざりしながらゲシは本をしまって席を立つ。

 

「もう飲むって気分じゃねェし失礼するぜェ。面倒事はとっとと片付けるに限る。」


 ゲシは一人酒場を後にする。

 やれやれと溜め息をつきつつも、同じ境遇の者を見捨てては置けない自分に腹を立てつつ行動に移る。


「なんやかんや面倒見ちまうのがウンザリするぜェ……。」

「ゲシもなんやかんやでなんやかんやって言ってるじゃないですかぁ。」

「……お前ェは何で付いてきてンだよ。」


 ゲシはいつの間にか傍らを歩いているうららを見下ろす。

 逆にゲシを見上げて、うららはくすりと楽しそうに笑った。


「尋問、情報収集、後処理……諸々私が居る方が便利とは思いません?」

「……まァ、否定はできねェか。だが、荒事はナシだぜェ?」

「当然です。私はドMで『人の嫌がる事をしない』がモットーですから。他人に荒々しい事はしませんよ。他人に荒々しい事はされたいですがね。」

「あと、お前ェ首の縄外せェ。首に縄結んだ見た目は子供の女を脇に連れてちゃ俺が誤解されンだろうよォ。」

「これは呪われた装備なので外す事は不可能です。あと、『見た目は』は一言余計です。私は見も心も立派な少女です。そして、この手の羞恥プレイも好みです。」

「お前ェ『人の嫌がる事をしない』って話はどこ行った。俺が嫌がってンだろうが。」

「……本当は好きなくせに♪」

「ンな訳ねェだろロリババア。」

「殺すぞ。」

「こっちの台詞だァ。」


 うららはくいくいと指を動かし、周囲の意識が此方に向くことを"縛"りながら、ゲシとぐだぐだと駄弁りながら道を行く。 

 "イレギュラー"と呼ばれる奇異な目で見られる怪人達は、なんやかんやで仲が良い



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る