第42話 預言者シズの家出(前編)
デッカイドーには貴族の他に代々引き継がれる特別な一族がいる。
今では血筋は途絶えてしまったという、かつてはデッカイドーの大地に住まう神々と交流し、人々との架け橋となっていた巫女一族。
そして、その対となっている、天に住まう神々の言葉を授かり、人々を導く役割を担っている預言者一族。
二つの一族は天地の神々と交流し平和な大地を作る大きな役割を果たしていたが、巫女一族の本家筋が断絶した事により、大地の神々との交流は失われてしまい、デッカイドーは凍り付いた大地となってしまったと言い伝えられている。
二つの一族の内、預言者の一族の末裔は今でも英雄王ユキの元につき、天の神々の声を地上に届ける役割を果たしている。
預言者は時代に一人しか現れない。
預言者が子をなし、子供がある程度まで成長すると預言者としての力は失われ、同時に子供に預言者の力が受け継がれる。
今預言者の力を引き継いでいるのが15歳の少女シズである。
現在、魔王の復活に伴い、神の言葉を聞き届け、勇者任命のきっかけになったのが彼女である。
腰まで伸ばした白い髪は、預言者の掟として決められた長さ。
食事や娯楽も制限されて、身体は健康ながら細く弱々しい。
幼い頃から自由のない彼女に与えられた数少ない自由が、彼女に与えられた数々の本であった。
預言者シズは、本に出てくる物語に憧れる。
いつか自分も自由になって、外の世界に出て行き、様々なものを直接見てみたい。
そんな憧れを抱きながら、シズは味気ない日常を生きてきた。
ある日の事、シズは城に与えられた自室の中で窓を開いて空を眺めていた。
その窓から、ふわふわと何かが飛んできた。
飛んできたのは紙。不思議な形に折られた紙が、ふわふわと飛んできたのだ。
シズは紙を拾って開いてみた。
それは手紙であった。
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預言者シズ殿。
あなたに話がある。是非お会いしたい。
もしも会って頂けるのであれば、明日の夜10時に城の裏庭にてお迎えにあがる。
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シズに会いたいという手紙であった
その手紙を読んだシズの興奮は計り知れないものであった。
まるで本に出てくるようなお誘いの手紙。
城から出ることができない囚われの身の姫を救い出す王子様を想像して、シズは胸を高鳴らせる。
鬱屈とした預言者としての軟禁に近い生活にも嫌気が差していた年頃のシズに、この手紙の誘いは魅力的なものであり、浮き世離れした人生を送る彼女の世間知らずさは、その手紙に疑いを抱かせる事はなかった。
シズは翌日、預言者としての日課を終えた後、部屋に籠もって機を待った。
城の警備の循環経路は大分前から頭に入れている。実はシズは長く城からの脱走計画を立てていたのだ。突発的な行動ではなく、その予定が今日に早まっただけにすぎない。いずれは彼女は城から逃げだそうとしていたのだ。
シズの持つ服は、預言者としての派手な法衣と、ラフな部屋着のみである。部屋着は外を出歩くには少し薄手で防寒に不安があるものの、ずるずると引き摺りじゃらじゃらとした装飾のある法衣に比べれば、目立たずこっそり城を抜け出すには丁度いい。
シズは毛布にくるまって、身を潜めながら、警備の巡回の穴をついて自室を抜け出した。
城の警備はそこそこに厳重である。
それも、かつて英雄王に魔王の復活を告げた"魔道化"テラの一件のせいである。
城にまで潜入した魔王配下がいたお陰で、過去は緩かった警備も多少厳しくなっている。時折、部屋を抜け出し城を歩き回っていたシズからしたら良い迷惑であった。
それでも警備をかいくぐり、シズは裏庭に辿り着く。時計を見れば時間はまだ10時にはならない。息を潜めてシズは待つ事にした。
シズは此処に来る人物の事を思い浮かべる。
囚われの姫である自分を助け出してくれる、運命の王子様。
きっと線の細い美形の王子様なのだろう。
手紙を飛ばして届けるという洒落た連絡の仕方もロマンチック。
きっと素敵な殿方なのだろう。
妄想にふけり、笑みを零すシズ。
気付けば、時計は10時を示していた。
スタン、と裏庭に音が鳴る。
びくりとしてシズは身構えた。
コツコツコツ、と足音が聞こえる。
誰かが歩いているらしい。
これは見張りか? しかし、警備の巡回はこの時間帯は裏庭には来ない筈だ。
であれば、これは手紙の送り主か?
そろり、そろり、とシズは裏庭を見渡す。
そこには見慣れぬ人がいた。
筋肉ムキムキ、スキンヘッドの大男。
その瞬間に、シズの中で描いた線の細いイケメン王子の偶像がパリンと音を立てて砕けた。
あれは王子ではない。
どちらかというと盗賊である。
くらりとしたシズの方に、大男の視線が向いた。目と目が合った事に気付く。その瞬間に、大男はにぃっと笑った。
「来たなッ!!! 預言者ッ!!!」
ズンズンズン、と大男が歩いてくる。遠目に見るより大分大きい。
近くで見れば彫像のような立派な筋肉であった。
「此処では都合が悪いッ!!! 一緒に来て貰うぞッ!!!」
がしっとシズの身体が大男に抱えられた。
どうやら大男はシズを連れていくつもりらしい。
これでは囚われのお姫様の救出ではない。盗賊による誘拐事件だ。
大男はシズを脇に抱える。そして、ダン!と勢いよく地面を蹴った。
大男とシズは空を飛んでいる。
大男は跳び上がったのだ。たったひとつのジャンプで、城の塀を易々と越えて、大男は預言者を攫って城を脱出する。
抱えられながらシズは思う。
(
シズは線の細いイケメンでなくても、筋肉ムキムキマッチョマンも割といけるタイプだった。
大男に抱えられて、シズが連れてこられたのは王都から離れた森の中にあるひとつの小屋であった。
小屋の中の椅子に座らされたシズの前に、大男はドカッと座った。
「我は、デッカイドーの怪人"イレギュラー"が一人ッ! 女神ヒトトセより"闘争の勇者"の称号を授かりし者ッ! 未だデッカイドーにて一敗ッ! 武闘者共はッ! 我を恐れッ! "
シズは思った。
(うっさ……。)
大男、トウジはやたらとうるさかった。
うるさすぎて今ひとつ自己紹介が入ってこなかった。
「え、えっと……お、お名前は"トウジ"であってますか?」
「是ッ!!!」
「ぜ……ぜ?」
「そうだッ!!!」
「?」
トウジの言葉が今ひとつ分からず、シズの頭に?が浮かぶ。
訳が分かっていない様子のシズを見て、トウジは少し考えた後に、再び口を開いた。
「俺はトウジという。今日この場に連れてこさせて貰ったのは頼みがあっての事だ。」
「あっ……ふ、普通にしゃ、喋れるんですね……。」
「さっきのはキャラ付けだ。分かりづらいなら普通に喋る。」
(この人キャラとか言ってる……。)
ツッコミどころだらけだったのだが、シズは何やら頼みがあるというトウジの話を聞くことにした。
「貴様は預言者として勇者を指名した。そうだな?」
「わ、私が指名した訳じゃ……。」
「何? そうなのか?」
シズはもじもじしながら答える。
「わ、私はあくまでか、神様のお言葉を聞いただけで……わ、私が選んだ訳じゃ、な、ないです。」
シズは預言者である。天の神の声を聞くことができる。
あくまで勇者任命の際も、聞こえた声をそのまま英雄王に伝えただけであり、彼女自身が指名した訳ではない。実際、彼女も名前をあげた三名の事を今まで知っていた訳ではない。ただ名前だけを聞かされたのである。
トウジはむぅ、と渋い顔をした。
「ならば貴様は神と会話はできるのか?」
「い、いえ。い、一方的に声を授けられるだけで……こ、こちらから何かを伝えるとかは……。」
「むぅ……そうなのか……。」
トウジは悩ましげな顔をしている。
どうやら、勇者絡みの用件だったらしい。
シズが勇者を指名した、と思っていたという事は、その指名に異議があるのだろうか。
シズが指名した訳ではないと分かった後は、神と会話する事を期待していた辺り、勇者の指名に異議を申し立てしようとしたのだろうか。
「何故、貴様に声を授けた神はあいつらを勇者に選んだのだ?」
「な、なぜかは知りません……わ、私は名前をお告げされただけだから……。」
トウジはますます苦しそうな顔になった。
つるっぱげのせいで苦しそうにしわを寄せた顔が梅干しみたいな事になっている。
ここまでくると流石にトウジの目的も分かってきたシズが恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……も、もももしかして……ゆ、勇者になりたかった人ですか……?」
「なりたかった人ではないッ!!! 我こそが真の勇者なのだッ!!!」
「ひ、ひんっ! きゅ、急に怒鳴らないで……!」
「あっ、す、すまん! 脅かすつもりはなかった!」
びくびくとするシズに、思わずトウジは頭を下げた。
シズは長らく人との交流がなかったので、他人との会話が苦手なのである。
ただでさえ見た目が厳ついトウジが、大声で出すとびっくりしてしまうのだ。
トウジも少しムキになったが、怯えるシズを見て落ち着いたらしい。
一度深呼吸して、不満げながら話し始めた。
「俺は元々、女神ヒトトセに選ばれ勇者としてこの世界に転生したのだ。しかし、勇者に選ばれたのは俺ではなかった。だから俺は真の勇者が俺である事を証明しなければならない。」
トウジの話を聞いたシズは思った。
(そういう設定かぁ……。読んだ事あるな、そういうの。)
さっきキャラ付けとか聞いていたので、そういう人だと思われていた。
「ど、どうして……そ、そこまで勇者である事に拘るんですか?」
シズはトウジの設定に興味を持って尋ねてみる。
「……前世から俺は闘争の才能に秀でていた。しかし、俺のいた世界には争いはなく、争いを起こす者は疎まれる世界だった。その世界に居場所のなかった俺に、ヒトトセが与えたのがこのデッカイドーでの新たな生なのだ。勇者という、闘争の才能が評価に繋がる、たったひとつの居場所。それを奪われてたまるものか……!」
「へぇ~。」
そういう設定なのかぁ、と思いながらシズは聞く。
この自分を勇者だと思い込んでいるマッチョマンは、本来自分がなるべきであった勇者になる事が目的だったのだ。
預言者であるシズを誘拐したのは、勇者の選出に異を唱えるため。
しかし、シズは勇者を任命した訳でもなく、勇者を任命した神に意見しようにもこちらからは何も言えない。
つまり、シズが攫われた意味が全くなくなってしまったのである。
「……しかし、折角来て貰ったのだが、貴様に何かできる訳でもなさそうだな。手間を掛けさせてすまんな。」
「い、いえ……。も、もう、返しちゃうんですか……?」
シズは攫われたとはいえ、それを嫌だとは思っていなかった。
怒鳴られたら怖いのでビクッとしてしまうが、目の前の男はそういうところは気を遣ってくれるし、体つきもよく厳ついものの顔立ちは悪くない。
何より、退屈していた城内から連れ出されたこと自体はシズにとっては楽しい出来事であった。
トウジはうーむと考えた後に答える。
「そうだな。すぐに返してやろう。」
その返答を寂しく思うシズ。
次の瞬間、シズ本人ですら思いもしなかった言葉が出てきた。
「あ、あのっ! ト、トトトウジさんが、ゆゆゆ勇者だって、よよよ預言してもいいですよ……?」
「……何?」
シズは自分でも何を言っているのだろう、と思いながら、呼吸を整えつつ喋り出す。
「わ、私が預言すれば、そ、それは神様の言葉になるんです。だ、だから、わた、私がトウジさんも、ゆ、勇者の一人だって、王様に言えば……。」
「そんな事ができるのか!」
「は、はい。た、多分信じてもらえます。」
預言のでっちあげ。シズは自分でとんでもない事を言っている事を理解しながらも、どこかわくわくしていた。
神様を利用している悪い行為だと自覚はしていながら、今まで預言者として品行方正に勤めてきていた反動なのか、シズは内心その悪さにある種の憧れを抱いていたのだ。反抗期というやつである。
「で、でも、ひ、ひとつ条件が、あ、あります。」
「なんだ?」
シズは後ろめたさから目を伏せながら、トウジにその交換条件を突きつける。
「わ、私を、ど、どどどどこかに、あ、遊びに連れてってくだしゃい!」
この日、デッカイドーの預言者は非行に走った。
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