第41話 コタツ酒は酔いが回る




 魔王城からシキが逃げ出した一件。

 その時家事をしていた魔王側近トーカは結構へこんでいた。

 

「あれは俺の管理不足でもあるから……。」


 トーカは割と悪戯好きのヘラヘラとした性格なので、このへこみようは異常にも見えて魔王も焦った。

 実際、その励ましは嘘でも何でもなく、魔王の予想が甘かったという側面もある。

 シキがコタツから抜け出して、その上寒空の下に飛び出していくというのは本来であれば有り得ない事だった。


(思ったよりも雪女退治の影響が大きかったか……。)


 雪女はデッカイドーの気温にまで影響する大妖怪であった。

 それを魔王のフォローもあって勇者達が退治した為、気候の変化は懸念されていたが、既にここまで影響が出るのは流石に予想外だったのだ。

 

「いえ……私の注意不足です……。申し訳ありません……。」

「いや、無事見つかったから良しとしよう。何事もなくて良かったじゃないか。」

「ハル様にも、勇者様にも魔王軍にもご迷惑をお掛けして……。」


 魔王もそのへこみようには困ってはいるが気持ちは分からなくもなかった。

 魔王軍を総動員し、更には勇者、他にも魔王のツテを頼っての大捜査線だった。結構な範囲に迷惑をかけたのは事実である。

 更に、の重みを考えると、流石のトーカでも責任を感じるのだろう。


 どうやって励ましたものかと魔王が頭を悩ませていると、救いの神は思わぬところから現れた。


 ガチャッと開く魔王城の扉。


「魔王~。来たぞ~。」


 しれっとノック無しで入ってきた、近所に遊びにきたくらいのノリで入ってきたのは勇者ハルである。

 普段なら「またこいつか。」と呆れるところなのだが、ハルこそが先日のシキ失踪事件の最大の功労者である。

 しかも、この場の空気を変えるのに丁度いい来客に、魔王はしめたと思った。


「ん? どうしたんだ?」


 ハルは入って早々にへこんだトーカに気付いたようだ。

 特に入ってどうぞと言われなくても手慣れた様子で雪を落として魔王城に上がってくる。

 ハルに声を掛けられたトーカは、しょぼくれた顔から泣きそうな顔へと変わる。


「ハル様……先日は申し訳ありませんでした! お手数をお掛けしてしまい……。」

「いや、平気だよ。大した手間じゃなかったし。それで落ち込んでたのか?」

「いえ、でも……。」

「焼き芋に焼肉とトーカには色々と御馳走になってるし。そのお返しのひとつって事で。」


 魔王は「俺にはそういうのないのか」と思ったのだが、空気を読んで黙っていた。

 ハルの朗らかな態度に幾分か励まされたらしく、トーカの表情は少しだけ緩くなった。

 そこですかさず魔王は追い討ちを掛ける。


「そうだ。折角だし今日はハルへの礼も兼ねて御馳走にするか。」

「おっ、いいのか!」

「当然だ。シキ探しの功労者だからな。」

「やった!」


 早速魔王は通話の魔石を使い、普段より奮発して料理の注文をかける。

 連絡先は普段ゲートを介してやり取りして出前を頼む馴染みの料理店である。

 そして、一通りの注文を終えると更にゲートで秘蔵の酒瓶を取り出した。

 トーカがちらりとその様子を窺う。それに対して魔王はニッと笑って瓶を置く。


「今日くらいは多めに見ろ。」


 普段は酒は控えるように言われている魔王であるが、この機会にとトーカを納得させようとする。

 お礼のパーティーにかこつけて、自分の好きな酒を呑みたいだけのおっさん……という体でトーカにも気分転換をさせようとする演技であった。


 そんな表に出さない気遣いも、心を覗けるトーカにはお見通しなのだが……。

 

「……分かりました。私もご相伴にあずかります。」


 好意を無下にする程拗ねてもいないので、有り難くその好意を受ける事にした。







 魔王のゲートを通して料理を取り寄せ、コタツに所狭しと料理が並ぶ。


「ハルは飲むか?」

「私は未成年だ。酒以外で頼む。」

「え? そうなのか? じゃあ、何にする? お茶にするか、ジュースとか甘いのにするか?」

「甘いのがいい。」


 ハルが酒を辞退する。未成年というのが初耳だった魔王は驚きつつ、差し出そうとした瓶を引っ込めた。トーカと自分の分の酒を注ぎ、ハルにはジュースを出してやる。

 既に並んだ料理にウキウキしているハルを見て、あまり長い前口上も要らないと、魔王は手早くグラスを掲げた。

 

「それじゃあ、乾杯。」

「かんぱい!」


 こうして、ハルへの感謝を込めての会食と、トーカを慰める為の飲み会が始まった。









 ハルは真っ赤な顔で机をバンと叩いて声を荒げた。


「おい、まおおおおお! わたしゃとたたかええええええ!!!」

「なんでジュースしか飲んでないお前が酔ってるんだ……。」


 場酔いというやつである。

 その傍らで、しくしくと泣くトーカが大きな声をあげる。


「わたし駄目にゃ子らああああああああ!!!」


 こっちはこっちで滅茶苦茶酔っていた。

 魔王だけが酔いが回らず、べろべろに酔って泣き上戸になっているトーカと、雰囲気で酔っているハルの暴走に付き合わされていた。


「うっ、うううう……シキを逃がしちゃってぇ……今までお仕事でミスしたことにゃかったのにぃ……。」

「トーカ!!! 気にしゅるな!!! 誰にだって失敗はありゅ!!! わたしゃも勘違いして家のテーブルを泉に捨てちゃったことがありゅ!!!」


 ハルはすごいでかい声でめそめそしているトーカを励ましたかと思ったら……。


「お父さんに怒られたああああああ!!! 女神様がいじめるうううううう!!!」


 急に泣き出した。

 魔王は不安になってハルに注いだペットボトルを確認した。


(ジュースだよなこれ……?)


 りんご100%ジュースである。

 何かよく分からない事を口走って、おんおんと泣くハルを見て、トーカもぼろぼろと涙を零した。


「私は駄目な子だあああああああああ!!!」

「私も駄目な子だあああああああああ!!!」


 おんおんと泣く二人の女子を見て、魔王は思った。


(これ、酒入れたの失敗だったかな。)


 トーカは普段悪酔いしないタイプだったので、気分転換程度に酒を勧めたのだが、思ったよりベロベロに酔って酷い事になっている。

 魔王はちびりと酒を口につけつつ、うるさい女子二人をどうしたものかと考えていた。

 とりあえず、これ以上酒を呑ませるのは危険だと感じた魔王は、トーカに話を切り出す。


「コタツで身体を温めると血行が良くなるから酔いが回りやすくなるらしいぞ。」

「それが何か?」


 急にスンッと泣き止むトーカ。急に落ち着いて魔王はビビった。


「い、いや。酔いやすいから程々にしよう、な? 大分酔ってないか?」

「酔ってねぇですよ!!! まだまだいけますよ私は!!!」


 酔ってないは酔っ払いの常套句である。

 

「私は酒を飲んでないから酔ってないぞ!!!」

「そうだろうな。」


 魔王は適当にハルをあしらってトーカを宥める。


「もう落ち着け。一旦横になろう、な?」

「何する気ですか私に!!!」

「何もしないわ。」

「意気地無し!!!」

「なんで?」


 もう無茶苦茶である。

 いい加減面倒臭くなってきた魔王は、パチンと指を鳴らして天井に穴を開けた。

 穴はそのまま魔王城の外に繋がる穴である。穴が空いた途端、外の冷たい冷気が一気に魔王城に流れ込む。


「寒っ!!!」

「寒い!!!」


 その冷気にトーカとハルはぶるりと震え上がった。

 部屋の熱気とコタツの熱さ、酒で回った酔いとその場に流れる空気の酔いを、一瞬で冷ます寒気のおしおき。


「さ、寒っ……寒い! ま、魔王様! 何するんですか! 早くゲート閉じて!」

「お、お前の仕業か魔王! い、いきなり何するんだ!」

「す、すこ、少しは頭が冷えたか……?」

「お前も寒いのかよ。」


 ぱちんと指を弾いてゲートを閉じる。部屋に流れ込む冷気は一旦落ち着いた。

 コタツに深く潜って三人でしばらく身体を温め直す。


「酔いは覚めたか?」

「…………は、はい。申し訳ありません。」

「私は最初から酔ってない。」

「うん。そうだね。」


 寒さですっかり目が覚めたトーカはしょんぼりと再び落ち込んでしまう。

 元々悪酔いするくらいに責任を感じていたのだろう。そして、その悪酔いでまた醜態を見せた事の負い目を今は感じているのだろう。

 魔王はそんな心中を察しながら改めて言う。


「何度でも言うぞ。お前に責任はない。雪女の一件の影響を考慮できていなかった俺の責任だ。」

「でも……。」


 何かを言いかけてトーカは口を噤む。

 それはハルがこの場にいては言えない禁忌である。

 故に心の声を魔王に届ける。


「それでも、上司の俺の責任だ。お前が気負う事じゃない。」


 魔王はキッパリと言い切った。


「お前には随分と助けられてるし、頼りにしている。」

「魔王様……。」


 二人が何の話をしているのかは、同席していたハルにはサッパリだったのだが、大体空気は分かったのでうんうんと頷いて話に入る。


「何が何やら分からないけど、トーカもいつまでもウジウジするな。困ったら私が解決してやるから。」

「ハル様……。」

「なんてったって私は勇者だからな。人を助けるのが私の仕事だ。」


 魔王は「その相手に魔王とその配下も含むのか?」と思いはしたが、野暮なツッコミだと思って黙っておく。

 どうやら魔王の説得よりも、そちらのハルの言葉の方がトーカには響いたようで、落ち込んだ表情は柔らかい笑顔に変わった。


「ごめんなさい。せっかくのハル様へのお返しのパーティーなのに湿っぽくしてしまって。」

「十分騒いだから気にするな。」


 確かに二人揃ってアホほど騒いではいた。

 酔っ払った様を思い返して、トーカはかっと赤くなる。


「……それもお恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ありません。」

「いや、面白かったぞ。私はこうやって誰かとご飯を食べながらわいわいする事がなかったからな。」


 ハルは明るく笑って「あっ」と何かを思い出したようにポケットを漁る。


「そういえば今日はこれを渡しに来たんだった。」


 ハルがポケットから取り出したのは一つの箱だった。

 それをトーカの前に置く。


「この前、ばれんたいんでー? っていうのの話を聞かせて貰っただろう? それすっかり忘れてて、後からで悪いけど。この前の焼き芋とかお肉とかにな。」


 ハルはトーカから以前から聞かされていたバレンタインデーの存在をすっかり忘れていた。

 思い出したきっかけは、同じくすっかり忘れていたアキから後から聞かされたためである。アキとしては、自分だけ忘れてたのは癪なので、如何にも忘れていそうな奴に連絡して「自分だけじゃない」という安心感を得たいという理由だったのだが。

 トーカもトーカで、ハルから何かを貰える事を期待してのバレンタインデー情報の流布を行っていたのだが、当日なんやかんやあってハルが来ていない事を忘れていた。思わぬサプライズにドキッとする。


「これ、開けてみてもいいですか?」

「ああ。」


 トーカが受け取った箱を開くと、そこには綺麗な赤い宝石のネックレスがあった。

 如何にも高そうなネックレスを見て、トーカも魔王も驚きを隠せない。


「な、なんだこれ。高かったんじゃないのか?」

「いや、恥ずかしながら手作りなんだ。」

「手作り!?」


 とても手作りには見えない、ジュエリーショップにでも売ってそうなネックレス。手作りと聞いて魔王はぎょっとした。


「私はお金がないからプレゼントも買えなくてな。ダンジョンに宝石と金属を採掘しにいって、それを自分で削りだしたり精錬したり、手で無理矢理加工して作ったんだ。鎖部分を編むのがうまくいかなくて、ちょっと不細工かもしれないけど。」

「そこから手作りなの!?」


 想像の斜め上の手作りに魔王はぎょっとした。

 原料の仕入れから加工まで全て自分でやったという。

 信じがたい発言ながら、今までのハルを見ていると嘘ではないと魔王は思ってしまう。


「……お前、こういう職人としても金稼げるんじゃないか?」

「いや、プロに失礼だぞ。私程度の腕でお金取れる訳ないだろう。」


 ハルは魔王をじろりと睨みつつ、やれやれと首を振った。


(いや、どう見たって売り物にしか見えないんだけど……。俺の目が節穴なだけ?)


 その煌びやかなネックレスを見て魔王は困惑し、間違っているのは俺の方なのかと不安になっていた。

 

「手作りで少し不格好かも知れないけど……私のできる精一杯をやったつもりだ。貰ってくれると嬉しいんだが……。」


 受け取ったトーカは……。


「うおおおおおおおおおおおん!!!」


 また泣いた。


「あ、あれ? 気に入らなかったか?」

「違いますうううううう! 嬉しいんですううううう!」


 どうやら嬉しくて感激して泣いたらしい。

 その様子を見て、ハルは「あはは」と笑った。


「トーカは悲しくても嬉しくても泣くんだな。」

「一生大事にしますううううう! うおおおおおおおん!」


 そんなやり取りを傍らから見ながら、魔王は思った。


(俺にはないんだな……バレンタインデーの贈り物……。)


 思いつつも「俺にはないの?」と自分から催促する度胸は魔王にはなく、そもそも言い出せない空気であった。

 トーカはハルの贈り物を受け取って、元気を取り戻した。

 ハルへの感謝のパーティーであり、トーカを励ます意味合いを込めてのパーティーは目的を果たして大成功だったのだが、何故か魔王だけダメージを受ける結果に終わった。

 一人酒をぐいと飲んで、魔王はほろりと涙を零す。


「今日は酔いたい気分だなぁ……。」


 実はハルからバレンタインデーに贈り物を貰っている事に魔王はまだ気付いていない。



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