第39話 ハルの恩返し、実戦




 きこりの泉。カムイ山にある女神が住まうと言われる泉。

 その奥底にある女神の家で、エプロンをつけた勇者ハルと女神オリフシがキッチンに立つ。


「できた!」


 ハルは完成したチョコレートを見て、安堵の笑顔を浮かべた。

 今回、ハルとオリフシは、ハルがやりたいと言っていた魔王への恩返しのためにお菓子作りをしていた。

 オリフシが選んだのはチョコレート。

 敢えてお菓子の中からこれを選んだのには理由があった。


 ハルは理想が高すぎる。

 料理にしても非常に腕がいいのだが、本人の理想が高すぎてより高みを目指してしまう傾向にある。

 今でも十分過ぎる程に料理が上手いという事は、オリフシのあれこれで何とか納得させる事ができ、お菓子作りにまでこぎ着ける事ができたのだが意識の高さが改善した訳ではない。

 凝ったお菓子を提案したらまた高みを目指しすぎて面倒な事になるだろうというのがオリフシの予想であった。

 そこで、型に市販のチョコレートを流し込んで作る形式のお手軽なチョコレートを選んだのだ。

 これであればハルが凝りすぎてしまう余地はない。


(そう思っていたのだけれど……私が甘かったわ。)


 すっかりくたびれた顔のオリフシがしみじみと思う。

 オリフシの予想は大いに外れる事になった。

 

 ハルはまずチョコレートの型を作るところから始めた。

 指先で金属を折り紙のようにねじ曲げて理想の型作りを追究した。

 その時点で「嘘でしょ……。」と愕然とするオリフシだったがそれでもハルの拘りは終わらなかった。

 理想的なチョコレートを溶かす温度、冷やし方等々、レシピに書かれた内容以上に最適解を追究し続け、より完璧なチョコレートを目指す。

 そして、型に流し込んで完成かと思いきや、そこからチョコレートを巧みな包丁技術で彫刻し、チョコペンの先をより細く絞ってまるで芸術品であるかのようなチョコレートを作り上げていく。

 ハルは何度も挫けそうになった。励ますオリフシの方が挫けそうになるくらいだった。

 そうしたほぼ一日に渡る苦労の末に、ハルは理想とするチョコレートを完成させたのであった。


(でも良かった……これがチョコレートでなければ、どれだけの時間が掛かったことか。)


 オリフシが安心したのも束の間。


「次はラッピングだ!」


 流石のオリフシもこれには慌てる。


「ハルちゃん! チョコレートは溶けやすいから、ラッピングにはそこまで拘らなくていいと思うわ!」


 ラッピングも滅茶苦茶に凝る予感を感じ、オリフシは先に「時間を掛けられない」と釘を刺したのだ。


「そ、そうなんですか。じゃあ、簡単なラッピングで済ませます。」


 こうして、ようやくハルのプレゼントは完成したのであった。





 プレゼントの準備は完了した。


「本当に……この格好で行かないといけないんですか?」


 メイクもヘアコーディネートもバッチリ決めて、服も普段は着ないようなひらひらなものに着替えさせられ、香水なども付けた普段とは全く違う姿のハルが、スカートの裾を抑えながら照れ臭そうに尋ねる。


「これからハルちゃんはお礼の贈り物をしにいくのよ。バッチリお洒落していかないと失礼にあたるわ。」


 単純にオリフシが自分が改造したハルを見せつけたいだけだったのだが、適当な事を言って無理矢理納得させようとする。


「でも……足がスースーするし……寒くないですか……?」

「ハルちゃん。お洒落は我慢なの。たとえ寒くても、最高のファッションの為には堪え忍ぶのがお洒落というものなのよ。」

「そうなんですか……お洒落って辛いんですね……。」

「まぁ、女神が防寒魔法はかけてといてあげるから。頑張って。」


 雪降り積もるデッカイドーでは割と自殺行為の格好なのだが、オリフシの防寒魔法で何とかバッチリなお洒落を決めたまま出陣する事になるハル。

 傍目から見ても寒そうな格好のハルは、その手にチョコレートの包みを握り準備を整えた。


「それじゃあ、いってらっしゃい! ハルちゃん!」

「いってきます……!」


 オリフシの見送りと共に、ハルは勢いよく女神の家を飛び出していく。

 バタンと扉が閉じるのと同時に、オリフシはふぅと息をついてコタツの中に潜り込んだ。


「やっと、送り出せたわ……。思ったより時間が掛かったわね……。」


 時計を見れば、日付が既に変わっている。

 準備を始めてから日を跨いだらしい。流石の女神でも徹夜でお菓子作りを手伝っていたら疲れるのだ。


「ん?」


 女神は気付く。今日の日付が二月十四日である事を。

 

「あれ、今日ってバレンタインデー……。」


 今日はバレンタインデー。

 ハルに持たせたお菓子はチョコレート。

 バッチリお洒落をさせて向かわせた。


「…………あれ? これ何か勘違いされたりしないかしら。」


 バッチリお洒落した女の子が、バレンタインデーにチョコレートを持って、男の元に向かった……変な勘違いを生みそうな状況に今更気付く。


「…………まぁ、この世界にはない文化だし大丈夫か。」


 オリフシは身体的にも精神的にも疲れていたので考える事をやめた。

 オリフシは忘れていた。

 その文化がある世界から取り寄せたコタツを、魔王が保持している事を。

 勘違いを起こさせるパーツは既に揃っていた事にオリフシは気付いていない。




 疲れ果てたオリフシは一旦仮眠を取ろうとするが……。


 コタツに伏せた瞬間に、バン!と女神の家の扉が開いた。


「女神様!」

「わっ! びっくりした! ど、どうしたのハルちゃん!? 忘れ物でもした!?」

「渡してきました!」

「早くない!?」


 時計を見ても十分くらいしか経っていない。


「ダッシュで行ってきました!」

「魔王の家ってそんなに近いの!?」

「私、足は速いんです!」


 ハルは速攻でチョコレートを魔王に手渡し、速攻で走って帰ってきた。

 このせっかくの可愛い姿をしっかり見せたり、この格好で話してドキドキさせたり……そんな事をしていないだろうとすぐに分かる超速恩返しにオリフシは困惑した。


「……魔王さん、ハルちゃん見て何か言ってた?」

「えっと、恥ずかしくて渡してすぐ帰ってきたので分からないです。」

「……まぁ、そうでしょうね。早すぎるものね。」

「女神様のお陰で、魔王にお返しできました! ありがとうございます!」

「……そう、良かったわね。」


 徹夜の苦労が10分で終わった事で、オリフシは完全に意気消沈した。


(まぁ、ハルちゃんが嬉しそうならいいか……。)


 ハルもオリフシも気付いていない。

 ハルが恥ずかしさのあまりろくに話していない為、今日渡したプレゼントが以前の恩返しとは伝わっていないことに。

 ハルがあまりにも可愛らしく変身していた為に、見た目で魔王からハルだと認識されていなかったことに。

 ハルが恥ずかしさのあまり声が上擦っていた為、喋っても尚魔王からハルだと認識されていなかったことに。

 日付と贈り物の内容から、魔王が見ず知らずの女性からバレンタインデーの贈り物を貰ったのだと勘違いしていることに。 




 "魔王への借り"という胸のつっかえが取れたハルは、後日また魔王に飯をたかりにいく。

 そして、魔王は恩返しにきたナツとアキと違って特になにもなく飯をたかりにくるハルを見て「こいつは変わらないな」と思うのであった。



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