第35話 ハル改造計画




 魔王に恩返しをしたいというハル。

 その相談に乗ることになったのは女神オリフシ。


 オリフシは手作りお菓子でも贈ったらと提案したものの、ハルの天井知らずの意識の高さにより一旦料理をする線は見送りとなったのだった。


 ハルにお菓子を出してやり、それを摘まみながらハルの相談事について考えることにする。


「魔王さんに何か好きなものとかあるの?」

「分かりません。」

「魔王さんが困ってる事とかある?」

「分かりません。」

「魔王さんの趣味とか……。」

「分かりません。」


 オリフシは頭を抱えた。


(何も知らないじゃんこの子……。)


 恩返ししたいとか度々ご飯御馳走になってるとか言っていたのに、ハルは魔王の事を何も知らないのである。こうなってくるともう相手に合わせた用意をするという事もできない。


 オリフシは考える。

 ハルの持ち前の武器は何か。


(この子、自信がないだけで料理は抜群に上手いのよねぇ。普通に料理関連で贈り物できれば喜ばれる筈なのだけれど。)


 しかし、その自信を持たせる事がオリフシににはできなかった。

 自信を持たせる手段があるのであれば話は変わるが一旦は保留とする。

 続いて、オリフシはハルの顔を見た。


(この子可愛いのよね。普段おめかししないのが勿体ないくらいに。お洒落させてデートさせたら大体の殿方はときめくんじゃないかしら。)


 しかし、そこまで考えて女神は首を振る。


(駄目よ駄目。ハルちゃんにデートとか無理でしょ。というか私が見たくないわ。そんじょそこらの男にこの子の女の子な部分見せたくないわ。)


 ハルは基本的に常識がない。多分デートしたら何かやらかすだろうとオリフシは確信していた。

 それと同時にハルに対して既に妙な庇護欲や親心のようなものを抱いており、そういう奉仕の仕方はさせたくないという気持ちがある。


 そこまで考えてオリフシは一つの考えに思い至る。


(……ハルちゃんにお洒落させてみたいわね。)


 完全に私欲であった。

 オリフシはデッカイドーカムイ山きこりの泉担当の女神であり、女神界隈では"美化"の女神として通っている。

 ありとあらゆるものを美しくするアーティストでありコーディネーター。

 磨けば光る原石を見て放っておけないのは職人の性であった。。


「ハルちゃん、お洒落をしましょう。」

「え? そ、それが魔王への恩返しに何の関係が?」

「殿方は可愛い女の子を見るだけで嬉しいものよ。」

「そ、そうなんですか? でも、私は可愛くないし……。」


 自身を卑下するハル。勿論、女神の見立てではそんな事はない。

 しかし、自信がなく、理想が高すぎるというハルの性格を理解したオリフシは、下手に褒めても効果がない事を理解した上で切り口を変える。


「ハルちゃん、私を誰だと思っているの?」

「女神様ですよね?」

「うん。女神よ。それも"美化"の女神。何かを美しくする事に掛けて、私の右に出る者はいないわ。」

「そ、そうなんですか?」

「この私に掛かればハルちゃんだってキラキラになれるの。それとも、ハルちゃんは女神を疑っているのかしら?」

「そ、そんな事ないです……。」


 ハル自身を褒めるのではなく、女神を疑うのか? という方向で話を前に進める。

 ハルは自身には厳しいが、周りには甘い事は確認済み。恐らくオリフシが女神である事を差し引いても、相手を否定する事はすすんでしないだろうというオリフシの読みである。

 ハルはそこまで言われた上で、もじもじしながらオリフシを上目遣いで見る。


「お、お洒落って可愛い格好をしろって事ですよね……?」

「そうよ。」

「わ、私はそんな事した事ないから恥ずかしいです……。それに、この前お化粧しただけで村の人からは誰だお前って言われたし……。」


 ハルがこの前髪やメイクを整えてやった時は、どうやら村の人にハルだと認知されずに本人の心が折れたらしい。


(そもそも本当に『誰だお前』なんて塩対応されたのかしら?)


 以前のメイクはオリフシからしても会心の出来であった。それを冷めた対応で返されるとは思えない。

 実際は見違えるようにメイクアップしたものだから、脳の処理が追い付かなかっただけなのではないか?

 オリフシはそんな予想を立てつつ、ハルに言う。


「物は試しよ。前よりも思いっきり力を入れて磨かせて頂戴。誰にだって初めてはあるのよ。ハルちゃんは可愛くなりたくないの?」


 オリフシはハルの意思を問う。

 結局のところ、こういうのは本人がやりたいかやりたくないかでしかない。

 その問いに対して、ハルは頬を赤らめながら答えた。


「……できる事ならなりたいですけど。」


 昔から狩りや農業、家の手伝い等に奔走し、勇者として見出されてからも剣士として、荒々しい世界で生きてきたハル。

 ハルにもそういうお洒落などに対する憧れがない訳ではない。

 オリフシは以前のメイクの後のハルのご機嫌な様子から、その本心を見抜いていた。


「ならやりましょう! ほら、こっちにいらっしゃい!」

「え、えっと……はい……。」


 ハルの手を引いて、家の奥に案内する。

 女神オリフシによる、ハル改造計画がスタートした。





 ボサボサの髪を整えてやる。カットはしなくとも、とかし整えてやるだけで綺麗な髪は様になる。

 そして、メイクも施していく。ハルは素でも十分美形である。余計な手は加えずナチュラルに、素材を活かして程々に飾り立てる。

 最後に服を着せてやる。色々と着せたい気持ちはあるが、普段の無骨な戦士スタイルからイメージを一転させて、ここはふわふわなワンピースで柔らかいイメージを持たせてやる。


「こ、これを着るんですか!?」

「絶対似合うと思うのよ!」

「で、でもこんなの……。」

「いいから! 試しに着てみなさい! 此処だけの秘密だから!」


 服を押し付けるとハルは戸惑いつつも受け取る。

 彼女は嫌がっているのではない。自分から踏み出す勇気がないだけなのである。

 そこでオリフシは強引に押し付ける。ハルは本心では嫌がっていない為、戸惑いながらもはね除けないのだ。 


 こうして、ハルの改造が完了する間際、オリフシは泉に何かが落ちた事を察知した。


(あら、珍しい。)


 木こりの泉は何かを投げ入れれば、女神が現れる不思議な泉。

 女神の質問に正直に答えれば、女神はよりよいものを与えるという「正直者は報われる」という教えを授ける為の逸話の泉。

 この泉は本物であり、オリフシは泉の女神として、泉に物を落とした者に応対する。

 しかし、この泉のあるカムイ山には魔物が溢れ、なかなか入る事はできない筈である。滅多に訪れない来訪者に少し驚きつつ、オリフシは応対する事にした。


「ハルちゃん。お客様が来たみたいだから応対してくるわ。それまでに着替えておいてね。」

「えぇ……。」

「女神に無理矢理身ぐるみ剥がされたくないでしょ?」

「は、はい!」


 若干脅しのようにも聞こえる指示を出し、オリフシは急ぎ泉に浮上した。





「あなたが落としたのはこの金のコインですか? それとも銀のコインですか?」

「自分は女神様にお会いしたく、この場を訪れました。」


 意外な返事がきてオリフシは面食らう。

 赤髪、赤いマフラー、赤い服の全身真っ赤な長身の青年。

 目つきが悪い青年は、その柄の悪そうな目つきに似合わず、礼儀正しく頭を下げた。


(女神に会いたいだなんて……一体どういう風の吹き回し?)


 オリフシが困惑していると赤い青年は続けて話す。


「自分は女神ヒトトセ様に、勇者の任を授かった者。名をゲシと申します。」

「あら、ヒトトセ先輩の?」


 ヒトトセとは、オリフシの女神の先輩である。

 かつて女神学校でお世話になってり、コタツとは何かというのを教えてくれたのもこのヒトトセである。

 ヒトトセは女神の中でも死後の救済という役割を一部担っており、複数の世界に魂の振り分けを行うという仕事を行っていた。


 しかし、ここでオリフシは引っ掛かる。


(勇者の任を授かった……? あれ、でも勇者って三人よね?)


 デッカイドーで勇者の称号を授かったのは三人。

 "剣姫"ハル、"拳王"ナツ、"魔導書"アキの三人のみである。ゲシという名前に心当たりはない。

 しかし、ゲシが嘘を吐いているのか? というとオリフシはそうは考えない。


(ヒトトセ先輩、適当だから何かしらミスってる可能性はあるのよねぇ。たとえば、勇者にするつもりで送り込んだけど、預言者にメッセージ伝え忘れてたとか。)


 ヒトトセは適当で仕事の粗が目立つ女神なのである。

 オリフシも女神学校時代にヒトトセのその適当すぎる性格から振り回された経験がある為、心当たりは腐るほどある。

 このゲシという自称勇者は、ヒトトセには勇者に選ばれたものの、英雄王には選ばれなかった……ちょっと気の毒な人かも知れない。


(可哀想ねぇ……。でも、ここら辺のトラブルを放置しておくと、いずれはハルちゃんとも衝突しちゃうかも。私が何とかした方がいいのかしら?)


 オリフシはそんな事を考えながらひとつの名案に行き着いた。


(……勇者と手違い勇者の仲を取り持つ体で、ハルちゃんに自信を付ける事はできないかしら?)


 ハルは自信がない。

 己の容姿に、料理の腕に、その他諸々色んな事に。

 それも理想が高すぎるが故の弊害なのだが、これは今後生きていく上で修正しないといけない部分であるとオリフシは思う。


 その為に必要なのは、ハルと親しくなった女神や、近しいもの達によるお情け評価などではなく、第三者視点による客観的な評価だ。


 今ここに現れた手違い勇者。

 彼を利用して、ハルに客観的意見を聞かせて、自信を持たせる事はできないか?


 女神はにこりと笑った。


「今ちょうど、他の勇者も来てるところなのよ。会っていく?」

「え?」


 ハルとゲシを会わせてみよう。女神は打算たっぷりの笑みを浮かべた。

 対するゲシはというと、顔色が悪くなっていく。

 そして、深々と頭を下げて口を開いた。


「申し訳ありません……! 自分どもは女神ヒトトセに勇者に選ばれたものの、この世界では正式な勇者には選ばれておりません……! 今女神様の元にいる勇者とは面識もなく……!」

「……あぁ! ごめんなさい! 別に疑った訳ではないのよ!」


 どうやら、偽物の勇者と疑われたと勘違いしたらしい。

 ゲシ本人も、ヒトトセに選ばれただけで、この世界の正式な勇者ではない自覚があるようだ。

 荒々しそうな見た目に反して謙虚な青年らしい。

 オリフシは申し訳なくなりつつ、苦笑しながら説明する。


「色々知っているでしょうし、まずは自己紹介から。私はオリフシ。あなたの知るヒトトセと同じ女神です。ヒトトセ先輩が転生を管理しているのは知っているから、ヒトトセの名前が出た時点であなたが嘘を吐いたとは思っていないわ。」


 ゲシの表情が少し緩んだ。

 その上で、ゲシは悪くないということを補足する。


「ただ、ほら。ヒトトセ先輩ってちょっと……ね……なんか……あの……そう、ズレてるのよ。」


 ヒトトセ先輩がやらかしたであろう大ミス。

 そこを説明しようとして言葉に詰まる。


「だから、多分……なんかこう……ね……手違いがあったと、うん、思うのよね。」


 そして、凄く苦しい説明になってしまう。

 ゲシの顔色がまた悪くなるのが分かった。

 

(あっ、不信感与えちゃったわ!)


 そりゃそうだろうとオリフシは思った。

 前世に救われなかった者を救う為の転生に手違いがありました、とか説明されたら普通はキレる。我慢してるだけゲシは大人な方だろう。

 慌ててオリフシは話を変える。


「あっ、だからね! ほら、変な行き違いがあって勇者同士で争うのも良くないから、顔合わせした方がいいんじゃないかなって!」

「あ、ありがとうございます……。」

「すごく良い子だから! 女神、きっと仲良くなれると思うの!」

「あ、えぇ、はい。」


 ゲシは困惑気味に返事をしている。


(どうしましょう……これ断られたりしちゃう?)


 そんな不安をオリフシが抱いていると、ゲシは顔を上げた。

 

「是非宜しくお願い致します。」

「良かったわ。それじゃあ、上がって上がって。」


 どうやら、勇者と会うことに納得はしてくれたようである。

 自身の計画が頓挫しない事が分かりオリフシはほっとした。

 パンと手を打ち泉を割ってゲシを家へと招き入れる。


 家に戻ると、どうやらハルはまだ着替え終わっていないらしい。

 まだ手間取っているのだろうか、とオリフシが様子を見に行こうとしたその時であった。


「女神様……流石にこれは恥ずかしいです……。」


 丁度ハルが出てくる。

 オリフシはその恥じらう姿を見て口元を抑えた。


(見立て通りだわ……!)


 オリフシの見立て通りの可愛らしさがそこにはあった。

 オリフシはすぐさま後ろのゲシの表情を伺う。

 ぽかんと見惚れるような顔をしている。やはり女神の眼力は間違いではないのだ。


「キャー! やっぱり女神の見立て通りね! ハルちゃん似合ってる!」

「ちょ、ちょっと! 女神様、その人誰ですか! 此処だけの秘密って言ったから着たのに!」


 見慣れない人物に気付いたハルは顔を赤くして猛抗議する。

 その慌てふためく様も可愛いと思いつつ、オリフシはにっこり笑って紹介する。


「こちら、ゲシさん。私の女神の先輩に選ばれた勇者さんなのよ。」

「よ、よろ、よろし、よろしく……ゲ、ゲシです……。」


 手違い勇者ゲシはガチガチに緊張している。

 

(あら、意外とウブなのねぇ。)


 ゲシの様子も微笑ましく眺めつつ、ハルの方も紹介する。


「あちら、ハルちゃん。英雄王ユキに選ばれた勇者さん。」

「え、勇者!?」


 勇者と聞いたゲシは驚きの声を上げる。

 

(まぁ、あんな可愛い子が荒事もする勇者とは思わないわよねぇ。)


 そんな反応をしてしまうのもよく分かる。

 ゲシの心が透けて見えるような素直な反応を楽しみつつ、「ほら自己紹介」とオリフシはハルに目配せした。

 ハルは不服そうに口をへの字に曲げたものの、促されるままに口を開く。


「ハ、ハルです……よろしく。」


 恥ずかしいからなのか声がうわずっていつもよりもか細い高い声を出すハル。

 そんなハルをニヤニヤと見つめながら、隣のゲシの肩をぽんと叩いてオリフシは聞く。

 

「どう? ゲシさん。ハルちゃん可愛いでしょ?」

「か、可愛いです……。」


 顔を赤くしながらゲシは言う。

 その言葉を聞かせた上で、オリフシはハルに視線で合図した。


(ほらね? 可愛いって言われたでしょ?)

(女神様ぁ……!)


 視線で会話を交わす。まさか知らない人に、普段はしないような格好を見せる事になるとは思っていなかったハル。不意討ちのような仕打ちによる怒りと、恥ずかしさから顔は真っ赤である。


「まぁまぁ、とりあえずゲシさんもお掛けになって。」


 座るように促せば、ゲシはちょこちょこと素早く動いてコタツに収まる。

 お客様用にお茶とお菓子を……と思ったところで、オリフシは更に閃いた。


(…………ハルちゃんの料理に自信を付けさせるのにも使えないかしら?)


 オリフシは即座にハルに擦り寄り耳元に口を寄せる。

 そして、ひそひそ声で囁いた。


「…………ハルちゃんのお料理を、ゲシさんにも出して差し上げたら?」


 ハルは料理に自信がない。高すぎる理想に追い付いていないと思い込んでいる。

 そこで、今見知ったばかりの男からの評価を聞いて、美味しいと言わせればハルも少しは自信を持てるのではないかという作戦である。

 オリフシの提案を受けたハルは大声を上げる。


「む、無理ですって!」

「まぁまぁ。大丈夫よハルちゃん。材料はあるでしょ?」

「そ、そうじゃなくて……! 材料の問題じゃなくて私なんかの料理を知らない人に振る舞うなんて……!」


 ハルは断固拒否しようとする。

 そこで退路を塞ぐために、オリフシはゲシに問い掛ける。


「ゲシさん、ハルちゃんのお料理を食べてみたくないですか?」

「是非ッ!!!」


 即答であった。

 そりゃあこんな可愛い子の手料理を食べられると聞いたら、多くの男は靡くだろう。それにしても食いつきがいいが。

 流石に相手が望むのであれば、ハルも断りづらいだろう。

 更にオリフシは耳打ちする。


「……親しい私の評価が信じられないなら、知らないこの人に聞いてみましょうよ。ハルちゃんのお料理が本当に美味しいかどうか。」


 そう言うと、ハルは溜め息をついて諦めた様に肩をすくめた。


「……分かりました。下拵えの残りはあるのですぐ用意します。」


 そう言ってハルはキッチンへと向かった。

 オリフシはその姿を見送ってから、自身もコタツに入り込む。

 そして、ヒソヒソ声でゲシに話しかけた。


「……正直な話、ハルちゃんの事どう思います?」

「……可愛いです。」

「……でしょう? ……困った事に中々周りは分かってくれないのよ。」

「……見る目のない奴が多いんですね。」

「……でしょう! ……ゲシくんは分かってくれて嬉しいわぁ。」


 ゲシの同意を得られてご満悦のオリフシ。

 ハルの可愛さが分からない周囲の人間の話をしたら、顔をしかめた辺りからも本心が窺える。

 そんな彼に更に耳打ちする。


「……あの子の料理ビビるわよきっと。」

「……ビビる?」

「……フフフ……正直な感想をお願いね? あの子自信がないから、第三者の意見を聞きたいの。」

「……は、はぁ……。」


 今ひとつピンと来ていない様子のゲシだが、後に言っている意味を理解する事であろう。


「……どうぞ。お口に合えばいいのですが。」


 ハルが皿を持ってくる。

 その見た目を見てまずはゲシはぎょっとしていた。


「まずは白身魚だけ、その後はソースを付けて、そして好みで野菜のムースと一緒に。さ、試してみて。」

「は、はい。いただきます。」


 ハルの受け売りであったが、オリフシは得意気に解説して食べさせる。




 言われた通りに口に運んだゲシは凍り付いた。




 ゲシは頭を抱える。


(ビビったでしょ?)


 オリフシはニヤニヤしながら横から顔を覗かせる。


「どう? どうだった? どうどう?」


 ウキウキのオリフシに、ゲシは噛み締めるように答える。


「…………すごく、美味しいです。」


 その後もスイスイと進んでいくゲシの手。

 料理に夢中になっている間に、ハルに「ほらね」と目配せするオリフシ。 

 やがてあっさりと一皿を食べ終えたゲシに、ハルは恐る恐る聞いてみた。


「お口に、合いましたか?」

「最高に美味しかったです。」


 ニッコリと笑ってゲシが言うと、ハルはようやく安心したように胸を撫で下ろす。


「良かった……。」


 その笑顔を見て、思わずオリフシもニッコリしてしまった。

 

(ちゃんと伝わったみたいね。)


 そして、傍らのゲシを見て、真っ赤な顔にオリフシは気付く。


「あれ? ゲシくん、顔真っ赤よ? 服装と髪の毛と相まって全身まっ赤っかよ?」

「え? あッ、あーッ! コタツでのぼせちゃいまして!」


 慌てて取り繕うゲシ。


(見え見えの嘘を。)


 オリフシは鼻で笑った。


「ちょっとッ、熱さでクラクラしてきたんでッ! そろそろ失礼しますッ! ご馳走様でしたッ! お邪魔しましたッ!」

「あれ? 女神に話があったんじゃなかったっけ?」

「また後日お伺いしますッ!」


 女神と何か話したいと言っていた事も投げ出しての逃亡。

 その素早い撤退を見送り、オリフシはフッと笑った。


(落ちたわね。)


 勝手に勝ち誇っているが、傍らでハルはカンカンである。


「女神様ッ! なんでッ……!」

「まぁまぁ、良かったじゃないハルちゃん。可愛いし料理も最高だって。」


 これで第三者の目から見ても、ハルが可愛い事も料理が上手い事も証明できた。

 オリフシはハルの手を取り優しく微笑む。


「もっと自信を持ちなさいな。あなたは私が見込んだ子なんだから。」


 女神の微笑みにハルの真っ赤な顔から熱が引いていく。

 オリフシの此処までの言動が、自信がない自分を励ます為の行いなのだとハルにも理解できた。

 それが分かると騙された事に怒るに怒れなくなり、ハルは口を尖らせながらコタツにどたっと滑り込んだ。


「女神様は嘘つきです……。嘘つきは駄目って言ったのに。」

「女神は嘘は吐きません。きちんと『此処だけの話』でしたよ。『此処』にゲシくんを引き込んじゃいましたけど。」

「ずるい……。」


 ハルはじろりとオリフシを睨む。

 そんなふてくされた様も愛らしいと思いながら、オリフシは聞く。


「魔王さんへの贈り物、お料理に挑戦してみる気はある?」

「…………。」


 ハルは先程のゲシというよく知らない人に料理を振る舞った事を思い返す。

 こちらに向けてくれた満面の笑顔と、美味しいという言葉。

 が貰えるだけで何故か嬉しくて、を見たことがないとふと思いだした。

 貰うばかりで何かをあげた事はなかった。だから、ハルはを見たことがないのだ。

 ハルはが見てみたいと思った。


「……やります。やりたいです。」

「良く言った! それならとっておきのレシピを教えてあげる!」


 こうして、ハルの恩返しの内容は決まった。 




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