第36話 アキの恩返し




 アキは魔王城を訪れていた。


「この間はありがとうございました。」

「別にいいって。実際に助けたのはハルとナツだしな。」


 この間、雪女を巡る騒動で、ピンチだったアキの元に魔王はハルとナツを送り込んだ。結果、命を救われた事もあり、アキはそのお礼に訪れていたのである。


「以前のように何かお礼の品を用意しよう……とも思ったのですが、今回は流石に物でお返しできるような恩ではないなと思い、直接お礼に伺ったという訳です。」

「気にするな。それと、この前貰ったの美味かったぞ。あれでも全然嬉しいからな。」

「お口にあったようで何よりです。また持ってきますが、それはそれとして。」


 アキはコタツに乗り出して言う。


「借りっぱなしは嫌いなんです。恩返しさせて下さい。」

「恩返しと言われても……。」

「何でもいいんです。私にして欲しい事とかありますか? 出来る限り借りは返せるようにします。」


 魔王としてはあの一件は大して助けになったというつもりもない。

 むしろ、雪女を訳こそあれど放置していたからこそアキは危険な目にあった訳で負い目もなくはないのである。

 しかし、魔王もアキの強情さはそれなりには知っている。

 変に断っても聞かないだろうと思い、魔王は素直にこの恩返しとやらを考える事にした。


「うーん。じゃあ、一つ仕事を頼んでもいいか? 別に危ない事じゃない。」

「なんですか?」

「コタツのメンテナンス。魔法得意なんだよな?」

「得意ですけど……めんてなんす?」

「魔王城の設備を維持する為に魔法を弄ったり魔力を注入して貰う、って感じの作業をできないか?」


 それを聞いたアキは「む。」と口をへの字に曲げた。


「魔王、私を舐めてますか?」

「してないけど……何か気分を損ねたか?」

「魔王城の重要施設を敵である勇者に見せるの大丈夫なんですか?」

「言われてみればそうだが。」


 逆に魔王は「敵である魔王の設備の維持に協力していいのか?」とも思ったが、余計な反論はしない事にする。


「まぁ、信用してるよ。お前が恩返しと称して騙し討ちするような卑怯者ではないと。」

「そんな事を私がする訳ないでしょう。ただ、一般論として油断しすぎですという忠告です。」

「はいはい。肝に銘じておくよ。」

「『はい』は一回。」

「お母さんかお前は。それで、受けてくれるのか?」

「その位ならお安い御用です。」


 魔王はほっと一息つく。

 

「助かるよ。維持費も割と馬鹿にならないからな。いつもは知り合いの魔女に頼んでメンテして貰ってるんだが費用が浮く。」


 魔王はパチンと指を鳴らす。すると、魔王城の空間に人が通れるゲートが現れる。


「相変わらず訳の分からない魔法ですね。」

「魔法とはちょっと違うからな。冷えるから上着着てこい。」


 魔王はコタツから出て、上着を羽織ってゲートに入る。

 アキも言われた通りに、魔王城まで着てきた上着を羽織って後に続いた。

 ゲートを潜るとそこは辺り一面の雪景色であり、その中にドンと構える大きな箱があった。

 魔王城よりも大きな鉄の箱。その前で魔王が何やら手を動かすと鉄の箱の扉が開いた。どうやらこれは建物のようだ。


「こっちだ。」


 魔王が鉄の箱に入っていく。アキも促されるままに鉄の箱の中に入った。

 中は明かりに照らされており、何やら不思議な鉄の塊があちこちでゴウゴウと音を立てている。

 見たこともない不思議な世界に、アキはぽかんとしながら周囲を見渡した。


「これは一体……?」

「この世界に設けた発電施設……要は魔王城のコタツや暖房器具、その他諸々のエネルギー……『動かす力』を作って送っている施設だ。」


 アキは施設を見渡すが、何がどう魔法と絡んでいるのかまるで分からない。

 魔王はいつでもアキの知らないものを見せてくる。

 それが悔しくもあり嬉しくもある。

 魔王は施設の中を進んでいく。アキも周囲を見渡しながら後に続いた。

 やがて、奥の人間くらいのサイズの箱の前につくと、魔王はガチャガチャと箱を弄って箱を開いた。


 中には魔法陣や、常時発動する魔法が複雑に絡み合いながら走っている。


「コレなんだが……魔法はさっぱりでな。ココに魔力を注入するといいと聞いたんだが……。」

「見せて下さい。」


 魔王が指差した箇所と合わせて、魔法陣や魔法を覗き見るアキ。

 ふむと顎に手を当てて、ある程度見ると魔王の方を見る。


「仕組みは分かりました。ただ、この魔法を組んだ魔女っていうのはちゃんとした人ですか?」

「ん? いや、知り合いのツテで依頼を出したから普通の魔女だと思うが。」

「これ、その魔女の腕が悪いのか、多分騙されてますよ。」

「え?」


 アキは箱を覗き込みながら指を差す。


「貯め込んだ魔力を常時供給しながら、常に一定の炎を起こす仕組みという事は分かりました。でも、ここ。魔力を貯蔵する魔法陣に余計な魔法を埋め込んでいて貯蔵量がかなり少なくされてます。多分一度の貯蔵限界が少ないから、結構高頻度で注入依頼出さなきゃいけなくなってますよ。」

「マジで?」

「多分今は一ヵ月おきに注入してますよね? これ、三ヶ月に一回の注入で済みますよ。注入は魔力の注入量でお金払ってます?」

「いや……どうだろう。多分そうだけど、確かに一回毎に手間賃は上乗せされてたかも。」


 魔王は記憶を辿って不安になってくる。


「あー、じゃあそれ騙されてますね。あと、ここ見て下さい。熱量を生み出す魔法陣ですけど、大分面倒臭い刻まれ方してます。これ、ここを取っ払っちゃっても同じ効果が見込めます。今のはただただ魔力の消費量が増えてるだけです。」

「え? え? どゆこと?」

「つまり、ここの無駄な魔法陣を修正するだけで先程の貯蔵量の習性抜きでも倍近く長持ちします。貯蔵量も直せば一回の注入で六ヶ月分は稼働しますよ。」

「マジで?」

「ええ。複雑にしない方が管理も事故の危険性も減りますしね。調子悪くなる事とかありません?」

「あー、確かにあるかも。ちょいちょい調子悪くてみて貰ってるわ。」


 アキは怪訝な顔で更に尋ねる。


「その度にお代払ってません?」

「……払ってる。」

「騙されてますよ、それ。悪徳魔法使いにありがちな話です。わざと非効率的な魔法を提供して、その維持費として多めにお金を巻き上げるの。」

「えー……ちょっとショックなんだが……。」

「今日私に頼んで良かったじゃないですか。問題なければ修正しますよ。」

「いいのか?」


 アキはハァ、と溜め息をつく。


「そうやってすぐに鵜呑みにするから騙されるんですよ。専門の魔法使いを雇ったり、魔法の監査を入れた方がいいですよ。」

「は、はぁ……。」


 いつになく頼りになる感じのアキに、魔王はおどおどしている。

 どうしようと困っていると、アキは呆れたようにフッと笑った。


「今日はお礼に来た訳ですから。当然しっかり修正しますよ。お代も結構、詐欺紛いの手抜きもしませんから。」

「た、助かる……。頼めるか?」

「はい。ちょっとだけ待って下さいね。」


 アキが箱の中に手を入れて、ぱぱっと指を動かす。そして、僅か数秒で手を引っこ抜いた。


「終わりです。魔力の注入もできました。次の注入は先程言った通り六ヶ月後でいいと思いますよ。」

「もう終わり!? いつもの魔女は一時間くらい作業してたぞ!?」

「腕が悪いか時間を掛けて作業代取ろうとしてたんじゃないですか? それか、私の腕が良すぎるかですね。」


 得意気にアキは言う。ふふんと自慢する子供の様に見えるが、今日ばかりは本当に頼りになる優秀な魔法使いである。

 その様子と先程の言葉を思いだして、魔王はふと思い付く。

 そして特に考えもしないまま、思い付いた事を口に出した。


「うちの専任の魔法使いになる気はないか?」


 言ってから魔王は「あっ。」と口を塞ぐ。

 想像よりも優秀かつ頼りになる魔法使いが目の前にいて、魔法の専門家を雇った方がいいという助言を受けた。その魔法使いに常に手を貸して貰えれば……そんな考えから声を掛けた魔王。

 だが、アキは魔王と敵対する立場の勇者である。協力などする筈がない。

 先にアキは敵対している事に釘を刺していた。勇者を舐めているのかと。

 当然この誘いも怒られるだろう……分かりきっている失言に対する「あっ。」というやらかしに気付いた声。


 アキは口をへの字に曲げている。眉間にしわを寄せている。

 そら怒るよな、と魔王は甘んじてお叱りを受けようとしたのだが……。


「私と敵対している自覚がない事はもういいです。そんなに気を遣わなくても、いちいちぷりぷり怒りませんよ。」

「え?」

「但し、そろそろハッキリしておいて欲しいんです。」


 アキは不機嫌そうな顔を崩し、真面目な顔で魔王を見上げて問い掛けた。


「貴方は本当に私の、私達の、勇者の敵対者なんですか?」


 散々飯やらお菓子を御馳走してやったり、魔王城で散々休ませてやったり、しまいには絶体絶命のピンチを助けてやったりする。

 戦おうとした事はまるでなく、ちょっとした小競り合いの喧嘩のような事はしたが、敵として対峙した事は一度もない。


 魔王も「今更聞くのか……。」と茶化す雰囲気ではなかった。 

 真面目にアキは尋ねてきている。

 

「散々世話になっておいて、今更何言ってるんだ……と言いたい気持ちはまぁ分かります。貴方にちらつかされた魅力的な品の数々に大分甘やかされてしまいましたから。」

「自覚はあったのか。」

「ハルはどうだか知りませんけどね。」


 アキとしては今のは冗談で、空気を和らげる為に言ったらしい。言った後にふふ、と軽く笑う。


「長らく魔王はこの地に災いをもたらす存在だと教えられてきました。それを信じて、勇者に任命された義務として、魔王を倒すと誓って活動してきました。英雄王は私も尊敬しています。あの御方が嘘を吐くとは私も思っていません。」


 アキが杖を握る力が強まる。


「それでも、私には貴方が悪い人には思えないのです。」


 いつになく真面目なアキの表情に、魔王も顔を強ばらせた。

 心なしか杖を握るアキの手は震えているように見える。

 ハルやナツが何を考えているのかは分からないが、少なくともアキは気付いていたのだろう。その上で今まであえて踏み込まなかったのは、先に言った「英雄王を尊敬している」「あの御方が嘘を吐くとは思えない」という前置きがそのまま答えだった。

 今まで信じていたものと、自分の目で見たもののどちらが正しいのか。

 今まで自分が信じてやまなかったものがひっくり返ってしまったら。

 人生の価値観が全てひっくり返りかねない質問が、アキにとっては恐ろしいのだ。


「正直に答えて下さい。貴方は悪者なんですか? 貴方は何が目的なのですか? 貴方は私の敵なのですか? それに答えてくれたのなら、貴方の相談事、考えてもいいです。」


 魔王は震えるアキの手を見て、その心中を大方察した。 

 正直に答える事が誠意なのだろう。

 しかし、全てをそのまま答える事はできない。

 恐らくその答えは、アキを傷付ける事になる。

 魔王はあえて、に真実を打ち明ける事にした。


「俺は悪者だ。」


 アキがびくりと肩を弾ませる。


「俺の目的は話せない。今は話す時ではない。」


 そして、最後の一言には、深く溜め息を吐いて、諦めたように口を開いた。


「……だが、俺はお前達の敵ではない。」


 出来るだけ言いたくなかった正直な一言。

 しかし、それを伏せる理由だけは既になくなったと魔王は判断する。

 勇者達が雪女を撃破した時点で、の目的は果たされていた。

 魔王は悪者である。目的は明かせない。しかし、勇者達の、人類の敵対者ではない。

 事実をいくつかは隠しているが、全て嘘偽りのない真実である。


 それを聞いたアキは、正確にはを聞いたアキは、少しだけ安心したように表情を緩めた後、じとっとした目で魔王を睨む。


「……なんなんですか、それ。意味が分からないです。」

「全部事実だ。今はこれ以上の説明はできない。」

……という事は、いずれは話してくれるんですね?」

「約束する。」


 納得するだろうか、と魔王は不安に思ったが、アキは溜め息をついて首を横に振った。


「分かりましたよ。それでいいです。」

「悪いな。」

「専任の件は、お断りします。」

「えっ。……いやまぁ、そうか。」


 勇者と魔王の立場上、やはり無理かと思った魔王。

 そんな魔王をからかうようにアキはニッと悪戯っぽく笑う。


「私を専任契約で雇うと高いですよ。ま、魔法の相談なら一回につきアイスひとつで手を打ちましょう。」

「………………意外と安いな。」

「今何か言いました?」

「あ、ああ。それで頼むと言ったんだ。」


 アキはくるりと身を翻して、杖を振りかざしながら出口に向けて歩き出す。


「じゃあ、早速アイスをいただきに魔王城に帰りましょう。」

「ちょっと待て。今日の作業は恩返しの筈じゃ……。」

「予定外の仕事もしたからその分です。」

「……お前も結構ちゃっかりしてるのな。」


 アキの嬉しそうなスキップは、この後に待つアイスに対する喜びか、はたまた魔王から聞きたかった言葉が聞けたことに対する喜びか。

 その子供のような後ろ姿を見て、魔王はやれやれと苦笑した。



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