第27話 黒猫と遊ぼう




 魔王城に訪ねてきたのは勇者アキ。

 普段の魔法使いルックと杖の他に、背中に見慣れない大きな包みを背負っての訪問であった。


「魔王。この前お世話になったお礼にきました。」


 最初は「また勇者か」とうんざり気味に応対しようとしたが、何やら土産があると知って、魔王の態度は一転する。


「そうか。まぁ上がっていけ。」


 この前お世話になった、というのはアキとナツとの不仲問題についてだろう。

 魔王も色々と協力したのだが、アキは律儀にもそのお礼に来たという。

 魔王はその好意を素直に受け取り、アキを招き入れてお茶を振る舞う。


「律儀な事で感心するよ。ナツも土産を持ってきた事があったが……一番タダ飯かっ食らってるあいつにも見習って欲しいものだな。」

「ハルに期待するだけ無駄です。あの子はそういう所には気を回さないので。」


 以前までは「脳筋メスオーガ」等という酷すぎるあだ名で呼んでいたのに、いつの間にやら名前呼びになっている。

 魔王はナツとの間柄を取り持っただけのつもりだったが、どうやらハルとの関係も良くなっているようだ。

 喧嘩に巻き込まれるのも面倒だったし、魔王としては嬉しい誤算である。


 アキは背中に背負った包みを降ろし、それを解いていく。

 中には色々と詰まっており、一度のお礼にしてはかなりの量で魔王は少し驚いた。


「随分と持ってきたな。そこまでせんでも。」

「いえ。まず、この菓子折はトーカさんとビュワさんに渡して下さい。」

「ああ、あの二人にも持ってきてくれたのか。」


 ナツとの仲直りの品の選定に口を挟んだ魔王側近トーカと、最終的な助けになった占い師ビュワ。あの二人にもしっかり土産の品を持ってきたという。


「分かった。渡しておこう。」

「それと、これは貴方の分です。」


 先程渡された箱とは違う箱を渡される。


「おや? 菓子折とは違うのか?」

「ハルと……まぁ、彼女は役に立たなかったんですけど……あと、ナツに相談したんです。魔王の好みとか。」

「ほう。」

「お酒が好きとの事でしたので、お酒に合うものを用意しました。」

「おお。気が利くな。」

「当然です。相手に合わせた接待は貴族の嗜みですよ。まぁ、私の知らないグルメを多く知る貴方のお口に合うか自信ないですけど。」

「いや、意外とこの世界の食には疎くてな。有り難く頂こう。」


 魔王は箱を受け取り傍らに置く。

 気を利かせた贈り物というものは中々に嬉しいものだ。

 それとは別に、魔王はアキがさらりと話した「ナツに相談した」という言葉から、あの後も良好な関係を築けているのだと分かり安堵する。

 相談に乗った者としては、悩みが解決したと分かるのは嬉しいものである。


「それと、もう一つ……。」

「何? まだ何かあるのか?」


 アキは包みから更に一つ箱を取り出す。

 その箱は魔王に渡さずに、コタツの上でそのまま開いた。


「これは……。」

「これはシキにです。」


 箱には猫をじゃらす為の玩具や、猫のおやつ等々様々な猫の為のグッズが詰まっていた。

 シキ……魔王城のコタツの中で丸くなっている黒猫。

 アキは猫好きである。使い魔に猫が欲しかったくらいである。

 父が猫アレルギーであること、猫にデレデレしている姿を次期当主として見せるなと言われている事から断念したが、その抑圧が余計にアキの猫欲を駆り立てていた。

 アキは今日、黒猫シキと思いっきり遊ぶつもりでやってきたのである。


 魔王はというと、複雑な表情である。

 その表情に気付いたのか、アキは慌てて取り繕う。


「あっ……えっと、別にこっちが主目的ではないですよ? これはあくまでお礼のついでで……。」

「え? あ、いや。別にそういうのは構わないんだが……。」


 魔王は言葉を濁して、しばらく考える。

 そして、悩ましげに言葉を続けた。


「シキは……何というか、こう……気難しいからなぁ。それで釣れるかどうか……。」

「やってみないと分からないじゃないですか。」


 アキはコタツの中を覗き込み、猫なで声でそれを呼ぶ。


「シキ~。」


 返事はなければ、何かが出てくる事もない。

 ……かと思われたのだが。


「ニャー。」


 のそのそと黒猫はコタツから這い出てくる。魔王は予想外の事が起こり思わずぎょっとした。

 一方、アキは出てきたシキを見て頬をほころばせる。


「シキ~!」


 おもむろに持ってきたおもちゃ箱から、釣り竿のようなもののを取り出した。釣り糸の先にはネズミを象った人形がぶら下がっているおもちゃである。

 アキは立ち上がり、釣り糸を垂らして、シキの前でぶらぶらとおもちゃを揺らす。


「…………。」


 シキは真顔でおもちゃを見ている。そして、大して興味もなさそうにそっぽを向いた。

 

「あ、あれ?」


 シキは何かを探すようにきょろきょろと魔王城の中を見回しながら歩き回っている。魔王は困惑していた。


(何探してるんだこいつ……?)


 普段一切コタツから出てこない黒猫が、珍しくコタツから出てきて、おもちゃにも興味を持たず、何かを探し回っている。

 アキはおもちゃを恨めしげに睨んだ後に、箱に戻して次はカリカリした小魚を取り出した。


「シキ~!」


 小魚を手に乗せて、ずりずりと魔王城を這いずりながらシキに迫るアキ。

 シキはくるっとアキの方を振り返り、のそのそと歩み寄ってきた。手のひらにのせられたおやつにすんすんと鼻を寄せ……。


「…………。」


 スンッとそっぽを向いた。


「シキ!?」


 再びシキが何かを探し始める。アキは若干泣きそうである。

 

「シ、シキ~!」


 今度はおもちゃもおやつも持たずにハイハイしながらシキへと迫るアキ。そして、背後から触ろうと手を伸ばし……。




「シャアッ!」


 パァン!とシキの猫パンチを額に食らった。

 アキはさめざめと泣いた。


 魔王はというと、アキの心配はしていないのだが、別の部分でおかしな事が起きていて気が気ではなくなっている。


(なんでこいつ今日はコタツから出てきたんだ。それに、出てきたとしてアキの呼び掛けに答えないのは明らかに……。)


 そんな魔王の心中など知るはずもなく、アキは額に肉球模様を残したまま魔王の方を見上げる。


「まお~~~……シキがぁ~~~……!」

「ま、まぁ猫ってそういうものだから……。」


 シキはというと、アキにパンチを食らわせた後もきょろきょろと何かを探すように魔王城の中を歩き回っている。床に捜し物が見つからなかったのか、続いてシキはコタツの上に飛び乗った。

 すんすんとアキの持ってきたシキのためのおもちゃ箱をすんすんと匂いを嗅ぐように探るが、お気に召さなかったようでぷいっとそっぽを向いて再びコタツの上で何かを探し始めた。

 シキのためのおもちゃが全て無視されたことで余計にアキはへこんだ。


「シキに嫌われたぁ……!」

「ね、猫は自由なものだからな。嫌われた訳じゃないだろ。」

「そうなんですかぁ……?」

「……知らんけど。」

「うわあああああん!」


 アキは泣き崩れた。


(こいつ猫に関する事になると途端に幼くなるな。)


 アキは放っておいて、何かを探し回るシキに魔王は視線をやる。

 一体何を探しているのか。何故コタツから出てきたのか。


「何探してるんだお前……。」


 シキは魔王の方を見る。


「ナアアァァァ。」


 何やら答えたが当然分からない。


(トーカ呼んだ方がいいかな。)


 トーカはあらゆる生物の声を聞くことができる。

 その能力を主に頼って雇っているので、まさに今が頼り所である。通話の魔石を取り出して、魔王はトーカに通話を繋ごうとする。


 その時、魔王城の扉が開いた。


「魔王! コメはいつ食わせてくれるんだ!」


 最近魔王城にメシを食いに来ているだけの勇者ハルである。

 魔王ががくっと肩を落とす。


「……今取り込み中だからまた今度な。」

「今度っていつだ!」

「お前、いい加減通話の魔石使うの覚えてくれ。」

「そういえばあったなそんなの。……なんか今日機嫌悪いか? 素っ気なくないか?」

「だから取り込み中だって言ってるだろ。とりあえず今日は帰って……。」


 その時、シキが動いた。


「ナアアアアァァァァァ。」


 たたたと小走りになるシキ。シキの向かった先は魔王城の出口の方向である。


「まずい! ハル! そいつを逃がすな!」

「え?」


 シキは勢いよく出口に向かって走って行き……。


「ナアアアアァァァァ……。」

「おい、どうしたんだ。」


 ハルの足にすりすりと身体を擦りつけていた。


「…………?」


 魔王は困惑していた。

 何故かシキがハルの足に擦り寄っている。

 ハルはというと、魔王城の扉を閉じて、しゃがんで擦り寄ってくるシキの頭を撫でている。


「おー、よしよし。……おい、魔王。逃がすなって、シキを外に出すなって事か? これでいいか?」

「え? あ、ああ。ありがとう。」

「それより、今日は帰った方がいいか?」

「…………いや、すまん。やっぱり大丈夫だ。お茶でも出すから上がっていってくれ。」

「ではお言葉に甘えて。」


 ハルは魔王城に上がり込む。シキは常にハルの足に擦り寄りながら歩き、コタツに入ったハルの膝の上に自ら登っていった。

 ハルの膝の上で丸まり、彼女に身体を擦りつけて、甘えているように見える。


「なんだなんだ。よしよし。」

「……お前、猫の扱いが得意だったりするのか?」

「ん? いや、そういう訳じゃないが。何かと動物には好かれるみたいでな。」


 ハルに喉元を撫でられて、シキは喉をゴロゴロと鳴らしている。先程までの傍若無人っぷりは、何かを探しているせわしない様子はどこへやら、完全に寛いでいる。

 ハルはふとコタツの脇を見て、「わっ!」と声を上げる。


「なんだアキいたのか。なんで蹲ってるんだそんなところで。」


 どうやら泣き崩れていたアキがコタツの影に隠れていて気付いていなかったようである。アキは顔を上げて泣き腫らした顔でハルを見た。

 膝の上にシキを乗せているハルを見たアキは……。


「うわああああああああん!」

「うわっ! なんだどうした!」


 また泣いた。





 とりあえず、魔王はハルに今までの経緯を説明する。

 アキも若干落ち着いたようで、ずるずると鼻を啜りながらもコタツに入って座っていた。

 ハルは最初事の経緯を聞いて笑ったが、思ったよりアキがガチ泣きしていて若干遠慮した。


「ど、どうじてハルに……わだじにはパンヂじだのに……!」

「ちょ、ちょっと機嫌が悪かったんだろ……。ほら、今は大人しいから触れるぞ。」


 ハルが膝にシキを乗せたまま、ずるずると移動してアキに見せる。とろんとした表情で丸まったシキを見て、アキはそっと手を伸ばした。

 今度は触って撫でても怒らない。


「…………肉付きがいい方が好みなんでしょうか。」

「…………お前それちょっと失礼じゃないか?」

「…………言ってる私も傷付いてるので大目に見て下さい。」


 シキを共有して撫でているハルとアキ。

 その様子を傍らから眺めながら、魔王は考える。


(シキが探してたのはハルなのか……?)


 一応あの後トーカは呼んだのだが、今日はどうにも都合が合わないらしい。後日、シキの声を聞いてみる事になった。

 そもそもどうしてコタツから出てきたのか。何かきっかけがあったのだろうか。思い返してもまるで心当たりがない。

 そして、どうしてシキはハルを探していたのか。

 

("剣姫"ハル……ユキが勇者に選んだ者……何かあるのか?)


 今更ながら魔王は勇者について考える。

 そもそも何故この三人が選ばれたのか。

 選ばれた事には必ず意味がある筈である。


「魔王~。何かお菓子とかないか?」

(ただの大メシ食らいにしか見えないんだがなぁ……。)


 魔王はいつもの調子で食べ物を要求するハルを見ながら溜め息をついた。




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