第26話 ある晴れの日の魔王城




 珍しく少しだけ暖かい陽気の晴れの日を迎えたデッカイドー。

 魔王城を訪ねてきたハルは魔王城の外に人が立っているのを見つけた。


「あれ? トーカ?」


 魔王の側近だという猫耳(カチューシャ)のメイド、トーカがマフラーと手袋を纏い、魔王城の前で何やらせっせと手を動かしていた。


「あら、ハル様じゃないですか。魔王様はいませんよ。」

「え~? コメとやらを頂こうと思ったんだが。」

「あはは。晴れの日だからいよいよ魔王様を倒しに来たと思ったのに。」

「あっ。」


 ハルはそもそも魔王城には勇者として魔王を倒しに来ていた事を思いだした。

 

「忘れてたんですか?」

「お、覚えてたぞ。ただ、別にコメを頂いてからでもいいかと思っただけだ。魔王退治は急ぎでもないし。」

「まぁ、そう仰るならそういう事でもいいですけど。」

「トーカは魔王城の前で何をしているんだ?」

 

 魔王城の前には何やら木の枝などが組み上げられて積み重ねられている。

 トーカはというと、その組み木の傍らで雪玉を転がしていた。

 ぱっと見何をしているのか分からない。


「魔王城の掃除と換気……は割と手っ取り早く終わったので、珍しくぽかぽか陽気という事もあったので外で色々しようかなと。留守番を申しつけられているのであまり離れる訳にもいかないので、魔王城付近でできる事で暇潰しをしているところですね。」

「へぇ~。」


 組み上げられた木の傍にしゃがみこみ、覗き込むハル。


「これなんだ?」

「それは後で焚き火でもしようかと思いまして。」

「焚き火?」

「急に焼き芋が食べたいな~と。丁度燃やしたかったものありましたし、良い機会かなと。」

「ヤキイモ? 芋を焼くのか?」

「あぁ、そういえば。デッカイドーにはサツマイモないんでしたっけ。」

「サツマイモ?」

「甘いお芋ですよ。数はあるので一緒に如何です?」

「頂こう。」


 いつもの様に即答するハルを、あははと笑いつつ、トーカは更に転がした雪玉を傍らに置いた大きめの雪玉の上に置いた。


「そっちの雪玉は?」

「これは食べ物じゃないですよ。雪だるまです。」

「ユキダルマ?」

「雪で作ったダルマ……お人形、ですかね。」

「なんでそんなものを?」

「可愛くないですか? ……まぁ、かまくら作ろうと気合い入れて雪玉作ってたら『あ、これ無理だ。』と思って急遽プランを変更しただけなんですけど。」

「かまくら……ぷらん……???」

「あ~……ごめんなさい。まぁ、暇潰しです暇潰し。」


 聞き慣れない言葉に混乱しているハルを見て、苦笑しつつトーカは適当に拾った石を、二段目の雪玉にはめこんで顔を作る。


「よし、完成。」

「よく分からないがそういう遊びがあるんだな。」

「そうですね。私の地元じゃあんまり雪が降らないから、雪遊びなんてした事がなかったんですよ。」

「雪が降らないところに住んでいたのか?」

「ええ。ここに移り住んできた頃には子供じゃなかったので、すっかり遊ぶ機会を失ってたんですよね~。暇潰しに良い経験ができました。」

「トーカは歳はいくつ」

「そろそろ焼き芋でも始めましょうか。」


 トーカはメイド服のエプロンのポケットから一つのバッグのようなものを取り出す。

 半円系の白い無地のバッグらしきものは高く掲げられた。


「てってれてってってってって~♪ 異次元ポシェット~♪」

「なんだそれ?」


 トーカは"異次元ポシェット"なるバッグらしきものに手を突っ込む。そこから手を引き抜くと、その手には赤紫色の何かが握られていた。それを雑にぽいと雪の上に放り捨てて、再び"異次元ポシェット"に手を入れて同じものを取り出し、放り捨てる。

 最終的にはぽいぽいと赤紫色の何かを十個近く取り出した。


「そんなに大きなバッグには見えないのに、随分とたくさん入るんだな。」

「この不思議道具は異次元に繋がっているのです。いくらでもものが入る不思議なポシェットなんです。」

「へぇ~。トーカも魔王みたいに色んなものを知っているんだな。」


 続けて、トーカは異次元ポシェットからものを取り出していく。

 変な棒、細々とした模様が描かれた紙、細長い箱等々……ぽいぽいとものを放っていく。ある程度ものを取り出したところで、ポシェットをしまい、落としていったものを手に取った。

 変な棒をトーカが弄ると、小さな火がぽっと灯る。


「魔法か?」

「うーん……魔法みたいなものですね。私も仕組み分からないので。」


 その火を紙に移すと、火は大きくなった。そして、それを組み木に放り込む。

 

「ちょっと火を見てて下さいね。」


 そう言うと、トーカは魔王城の裏の方に走っていってしまった。

 ハルは言われた通りに火を見ていると、少ししてからトーカが大量の紙の山を持ってくる。


「なんだそれ?」

「処分したい書類ですよ。燃料には丁度いいでしょう。」


 紙の束を火の側に置き、少しずつ放り込んでいく。

 しばらく火の世話をしていると、火は徐々に大きくなっていった。

 その傍らでトーカは紫色の何かを手に持ちハルに見せる。


「これがサツマイモです。これをこうやってアルミホイルで巻いて……。」


 トーカはあわせて細長い箱から銀色の紙?をするすると引き出す。そして、それでサツマイモをぐるぐると巻くと、そのまま火の中に放り込んだ。


「え、それ大丈夫なのか?」

「うーん、うろ覚えですけど多分これで良い筈です。」


 同じようにどんどんサツマイモを火の中に放り込んでいく。

 その間にも少しずつ処分したい書類というものを火にくべていく。


「ハル様、寒くないですか? 寒ければ魔王城で温まっててもいいですよ。」

「いや、焚き火があるから大丈夫。」

「暖房器具の温かさもいいですけど、たまにはこういう火に当たるのもオツですよねぇ。」


 焚き火を眺めながらしばらくの沈黙が続く。

 火を眺めているだけで退屈や息苦しさはなかったのだが、ふとトーカが声を漏らす。


「ふふふふ、ふふふふ、ふふふふふーん、焚き火だ焚き火だふふふふふーん♪」


 トーカの鼻歌を聞いていたハルが、釣られるように口を開いた。




 ゆぅら、ゆるりら、ゆぅり、ゆら。

 ふぅら、ふるりら、ふるり、ふぅら。




 トーカの鼻歌が止まる。

 何気なくハルの口から零された、聞いた事のない音色。鼻歌ではない、聞いたことのない歌詞。

 その歌は何か?と思うよりも先に、澄み切った美しい声色にトーカは固まってしまった。

 しばらく驚いた表情で固まってしまったトーカが、じっとハルの顔を見ている。

 その視線に気付いたのか、ハルはびくっとして肩を弾ませた。


「な、なにか?」

「………………い、いえ!」


 ハルの言葉で自身が完全に放心していた事に気付くトーカ。

 胸がドキドキしている。身体が妙に温かい。涙までは零れていないが、涙腺が僅かに緩んでいるような感覚がある。

 自身の身に起きた異変を整理していく中で、ようやくその疑問は口から零れた。


「…………今の歌は?」

「え? あ、ああ。ぼーっとしていて。私、歌ってた?」

「え、ええ。すごく……その……綺麗な……。」

「ごめん、気分が良くなったり、ふと気を抜くと口ずさんでしまって。」

「あ、謝るような事じゃないですよ! その歌何なんですか?」


 ハルは少し照れ臭そうに口に手を当てた。


「……まだ小さい頃に、お母さんから教えて貰った歌。」

「……そうなんですか。」


 トーカは他人の心が読める。

 そこまで聞いて、ハルが母親の事を思いだした時点で、彼女の母親が既に他界している事は分かってしまった。

 

「お母さん程うまくは歌えないけど。」

「そんな事ないですよ。ハル様は歌までお上手なんですね。」

「……褒められたこと無いから照れる。」


 焼き芋ができるまでまだ少し時間がある。

 トーカはポシェットから一つの道具を取り出した。


「もう一度、お聴かせ願えませんか? ハル様の歌。」

「……照れ臭いんだが。」

「焼き芋の代金ということで。」

「……それはずるいだろ。まぁ、いいけど。」


 ハルはむすっとしながらも、再び歌い始める。

 それに合わせて、トーカは手に持ったレコーダーのスイッチを入れる。


 改めて歌を聴いてトーカは思う。

 何という美しい歌声か。いつもの粗暴な勇者からは想像も付かない澄み切った声。

 トーカはいくつかの世界を渡り歩いたが、ここまで美しい歌声を聴いたことはなかった。

 鼓膜を、身体を、心を、魂を、全て震わせるような幸せの音。

 焚き火の炎の熱さとは別に、この身全てを温めてくれるような優しい音。

 胸の高鳴りは早まり、先程まではこらえられた涙が零れるのを感じる。

 目を閉じ歌うハルの姿は、いつにも増して美しく見える。まるで天使か、女神のように。整った顔立ちだと思ったが、ここまで美しかったかと思う程に、目に見える景色さえも違って見えた。

 

 景色が違って……それが勘違いだという事に気付いたのは少し遅れてからの事。


 実際に景色は違っていた。炎の周りの雪が溶けていて気付かなかった。

 より広い範囲に雪解けが広がっている。雪の溶けた大地から、次第に草が伸び花が咲き始めている。

 気付くと魔王城の屋根の上には無数の小鳥、大きな鳥、果ては魔物の巨鳥までもが並んでとまっており、普段であれば弱肉強食である筈の鳥類たちは争う事なく静かにハルを見下ろしている。

 鳥類だけでなく、周囲に様々な動物達が、魔物達が集まっている事にも遅れて気付く。

 あらゆる生物が、ハルの歌に聴き入っている。


 何が起こっているのか。不思議に思いつつも疑問にも思えない。ただ、その歌声に心が奪われる。




 そんなハルの歌唱が終わる。

 同時に集まっていた生物たちは争う事なくぞろぞろと退散していった。


「…………なんで泣いてるんだ?」

「……いえ……その……感動して……。」

「そんな大袈裟な……。からかわないでくれ。」


 ハルは照れ臭そうにむすっと拗ねる。

 からかってるわけではないのだが、トーカのいつもなら流暢に回る口が動かない。


 トーカの目には照れているハルがいつもの数倍は可愛く美人に見えている。

 実際はそのくらい素材はいいのだが、いつものはちゃめちゃ食いしん坊を知っているから普段の方が若干フィルターが掛かっているのだが。


(あっ……ダメかも……私、変になりそう……。)


 今の歌声を録音したレコーダーをぎゅっと握りしめて、トーカは頬をぽっと染めた。そして、それを大事にポシェットの"大事なものポケット"にしまうと、あははと誤魔化すように笑った。


「そ、そろそろ焼けたんじゃないですかね!」


 トーカはそう言いつつ、焚き火を見る。


(あれっ。これどうやって芋取り出せばいいんだろう。)


 思い付きで焼き芋を始めたので作法をよく分かっていなかったトーカが、焼き上がった芋の取り出し方を今更疑問に思う。


(火を消してから? でもこれ水ぶっかけていいのかな? 水かけたら芋がダメになっちゃう? でもアルミホイル被ってるから大丈夫かな?)


 ※焚き火や焼き芋をする際には、十分に調べてから行いましょう。良い子は真似しないで下さい。

 

 トーカが焼き芋を取りあぐねていると、それにハルは気付いたのか、おもむろに剣を抜く。


「トーカ、下がっててくれ。」


 言われた通りにトーカが下がる。

 ハルはそのまま抜いた剣を構え、フッと一息吐いたと同時にキンッ、と再び鞘に収めた。

 トーカの目には剣を出して再び閉まったようにしか見えない。

 しかし、次の瞬間、轟々と燃えていた焚き火はフッと蝋燭の火のように消えてしまった。


「え? えっ!?」

「これでヤキイモが取り出せるだろう?」

「えっ!? 今、剣で火を消したんですか!?」

「消したというか斬ったというか。」

「き、斬った? 火を?」


 信じがたい神業を見せられ、トーカは呆然としてしまう。

 少しきょとんとした後に、水を掛けずとも火が消えたので芋が取り出せると気付き、すぐさまアルミホイルに包まれた手を伸ばす。


「熱っ!」

「あっ、大丈夫か。」


 焼けてすぐのアルミホイルは当たり前だが熱くなっている。

 咄嗟に触ったトーカが熱いと反応したのを見て、ハルは思わず前に出た。


「だ、大丈夫です。火傷はしてませんので。」

「無理するな。私が取るから。」

「え? いや、まだ熱いから危ないです……。」


 トーカの制止も聞かずに、ハルはがしっとアルミホイルを掴む。まだ熱いに違いないそれを、ハルは顔色一つ変えずに掴み上げた。


「あ、熱くないんですか?」

「ん? まぁ、熱いのとか平気だから。これ全部拾えばいいんだよな。」

「あっ、えっ、は、はい。」


 ひょいひょいと全ての芋を拾って抱きかかえると、ハルはにっとトーカに笑いかけた。


「そういえば、焚き火消しちゃったな。寒いし中で食べよう。」

「は、はい……。」


 やんちゃな少年のようにも見える明るい笑顔。

 トーカはその笑顔に思わずどきりとした。


 一旦魔王城の中に入り、コタツに潜り込む二人。

 ハルは持ち込んだ芋を何度か触っていたが、しばらくしてから「うん。」と頷く。


「そろそろ触れるんじゃないかな。トーカ、どうだ?」

「えっ。えっと……。」


 つんと指で触ってみると、程よく冷めている事が分かる。

 トーカが触れるくらいの熱さになるのを確かめてくれていたらしい。


「それじゃあ、頂こう。」

「はい……。えっと……これは周りのアルミホイルを剥いてですね。」


 トーカが実際に実演して見せて、ハルがそれを真似する。

 アルミホイルを剥けば、湯気をたてて香ばしい香りが漂った。


「この周りの皮を剥いて……中の黄色い部分を食べるんです。」


 トーカが皮を剥くのを、ハルも真似て剥いていく。


「いただきます。」


 ようやく現れた中身に、二人揃って齧り付く。

 トーカはそれと同時に少し苦い顔をした。


(なんかボソボソしてて……あんまり甘くないし……これもしかして失敗した?)


 適当な知識で始めた焼き芋だったが、どうやら上手くいかなかったらしい。

 せっかくハルに御馳走しようとしたのに、失敗してしまった。結構な時間待たせた上に、熱いものを持って貰ったりと世話を掛けたのに。


「あの……すみません。ちょっと失敗してしまったみたいで……美味しくない、ですよね……。」

「…………。」


 ハルは無言でもそもそと芋を頬張り、ごくりと飲み込むとトーカに向かって笑いかけた。


「美味しいよ。」

「えっ?」


 ハルは続けて芋を口に運ぶ。特に嫌がる様子も見せずにぱくぱくと食べる様は、とても同情で美味しいと言っているようには見えない。


「私はこの魔王城に来てから、今まで知らなかった色んな体験をさせてもらった。今日もまた知らなかった事を知れた。それが失敗だったなんて思った事はないよ。」


 ハルはにかっと笑った。


「ありがとうトーカ。」


 とくんと波打つトーカの鼓動。顔が更に紅潮する。

 心を覗くことができるトーカだからこそ分かる、嘘偽りないハルの本心。

 彼女の言葉はいつでも本心から出てくる真っ直ぐな言葉。

 トーカからしたら以前まではお馬鹿なのだと思っていた真っ直ぐさが、あの歌を聞いた後から何故だから素敵に見えてしまい……。


(…………あぁ、私もうダメだ。)


 トーカの中で何かが弾けた。


「これ、もっと貰っていいか?」

「ど、どうぞどうぞ! お好きなだけ!」


 ハルが嬉しそうに焼き芋を頬張る姿を、トーカは幸せそうに眺めている。


 ある晴れの日の魔王城での、平和で穏やかな日常の一幕。




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