第25話 超上位魔法コタツ玉
魔物の蔓延る危険地帯"カムイ山"。
その奥地に、"きこりの泉"と呼ばれる泉はあった。
傍らにある斧の刺さった木が目印のその泉にはとある逸話がある。
かつて木こりが泉に斧を落としてしまった。
すると、泉から女神様が現れた。
女神様は両手に斧を持って木こりに尋ねる。
「あなたが落としたのはこの金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?」
正直者の木こりは答える。
「私が落としたのは普通の斧です。そのような立派なものではございません。」
すると、女神様は微笑み言った。
「あなたは正直者ですね。正直者のあなたには、この金と銀の斧も差し上げましょう。」
正直者は報われる。そんな教訓を示す逸話として語られる泉は実在した。
魔物達をバッタバッタと薙ぎ倒して、カムイ山を踏破した彼女は、この世界で三人しかいない勇者の一人"
ハルは泉の前まで辿り着くと、大きな声で呼びかけた。
「女神様! 来ました!」
すると泉の中から美しい女神が浮かび上がってくる。
その女神こそ、逸話で語られる泉の女神そのもの、名をオリフシと言った。
オリフシはにっこりと笑って手を合わせた。
「まぁ、いらっしゃいハル!」
「昨日夢の中で呼ばれた気がして来ました!」
「急に夢枕に立っちゃってごめんねぇ? お話したい事と見せたいものがあったのよ。立ち話も何だし、何かご馳走するからあがっていく?」
「はい! ありがとうございます!」
昨日の夜にオリフシは女神の権能の一つを行使し、ハルに泉に来るように呼びかけたのである。夢枕に立っても、所詮夢かスルーされる事もあるのだが、ハルは素直に呼び掛けに応じたのだ。
オリフシがポンポンと手を叩くと、泉は割れて底に一軒の家が現れる。ハルは割れた泉の底に降りていき、招かれるままに女神の家に入った。
その瞬間、ハルはぱぁっと顔を明るくした。
「コタツ!!!」
女神の部屋にあったのは、魔王城にあったものと同じコタツ。コタツ布団は柄の違うものであったが、それ以外は完璧に同じものである。
ハルがオリフシの方を目をキラキラさせながら見上げると、オリフシはにっこりと笑い返した。
「実は女神の知り合いに聞いて回って、手に入れる事ができたのよ。この前ハルから聞いたコタツ。ささ、入って入って。」
「あ、ありがとうございます!」
この前、というのは、オリフシとハルが初めて出会った時のこと。
コタツ欲しさに木こりの泉を悪用しようとしたハルとなんやかんやあって二人は知り合った。
オリフシは色々と残念なハルを気に入ってしまい、彼女が欲しがっていたコタツについて女神の交友関係を色々と当たり探り当てたのである。
ハルは嬉々としてコタツに入る。
「あぁ~~~……本当にコタツだぁ……。」
「それ、なかなかいいものねぇ。この世界だとたまらない温かさだわ。」
オリフシはハルの為に用意していた食事を出す準備をしつつ、とろけるようにコタツにもたれ掛かるハルの方を見て笑った。
食事を運んでコタツに並べると、オリフシ自身もコタツに入る。
「さぁ、召し上がれ。」
「ありがとうございます! いただきます!」
ハルは満面の笑みで食事に手を付ける。
一口食べるごとに幸せそうに頬をほころばせる様は見ていて気持ちのいいものである。オリフシは頬杖を突きながらその様子をにこやかに眺める。
「それにしても、この前のおめかしすっかりやめちゃったのねぇ。やり方教えましょうか?」
「おめかししたら村の人が気付いてくれなくなるからいいです。」
「えぇ……。」
女神が困惑した。
ハルは普段は身だしなみに気を遣わないのだが、素材はバツグンであるというのがオリフシの見立てである。実際、オリフシの"美化"を活かしてメイクアップしたら大化けしたのだ。
それを理解できない村人達に、オリフシは少し不満を感じる。
(勇者という割には蔑ろにされてて不憫な生活を送っているみたいだし……ちょっとハルの周りの人間は彼女を馬鹿にしすぎではないかしら?)
どうにかハルの可愛さを人間達にも伝えられないだろうか。そんな事をオリフシが考えていると、ハルは思い出したように言う。
「そういえば、あの日帰った時にテーブルどこやったって怒られました……。」
「え? …………あぁっ! そういえば返し忘れてたわ! ごめんね、ハル!」
「あっ、大丈夫です。コタツを持って帰れば許して貰えると思うので。」
「えっ? 持って帰れないわよ?」
「えっ。」
ハルがぴたりと静止した。
「コタツはコンセントに繋いで電気を送らないと動かないのよ。この世界だとそういうインフラが整ってないから、これは無理矢理魔法で環境を作ってるのよ。多分魔王のところのもそうだと思うのだけれど。魔法の構築がかなり大規模になるし、この世界の一般家庭で使うのはまず不可能じゃないかしら。」
コタツはこの世界で運用するのはかなり困難なのである。
オリフシも構築にかなり苦労して、その苦労話をつらつらと述べたくなってしまうくらいに。
ぺらぺらと話し終えたところで、オリフシはハルがまた悲しい顔になっている事に気付いた。
(……あっ。もしかして、この子コタツもらえると思ってた……?)
オリフシは自身の失敗に気付く。
よくよく考えなくても、ボロいテーブルと交換で手に入れたがっていたのだから、自分の家に欲しかったのだろうと分かるのだが、コタツを用意するだけで満足していたオリフシは完全に失念していたのである。
「あっ、あのっ! これからは好きに遊びにきていいから! 好きにコタツ使ってくれていいから!」
「……だ、大丈夫です。ごめんなさい。」
ハルがしょんぼりしてしまう。
オリフシの胸がきゅんと締め付けられる。
「わ、わかったわ! 一般家庭でも使えるようにできないか調べてみるから! だから、そんな悲しそうな顔しないで! 魔法の技術を調べれば、多分できるんじゃないかなって……。」
「…………魔法の技術を調べれば?」
オリフシの言葉を聞いた中で、その一部を復唱したハルがハッとする。
そして、悲しげな顔はたちまち明るくなる。
「女神様! 分かりました! コタツを手に入れる方法が!」
「え?」
何にピンと来たのかオリフシにも分からなかったが、とりあえず嬉しそうなので拍手して祝福する。
「そ、そうなの! それは良かったわ!」
「ありがとうございます! 女神様!」
「う、うん! ハルが嬉しそうで私も嬉しいわ!」
「ご馳走様でした!」
「あっ、お粗末様でした。た、食べるの早いわね。」
「お邪魔しました!」
「あっ、うん……帰るのもすごい早いわね。気をつけて帰ってね。」
そして、ハルは嵐のように去って行った。
(あのせっかちなところも可愛いのだけれど……本当に大丈夫なのかしら? ……それにしても足も速いわねあの子。)
オリフシは足早に去って行くハルの背中を見送りつつ不安になる。
(……また時折様子を見てあげた方がいいわよね。)
どうしてもハルの世話を焼きたくなっているオリフシであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アキは困惑していた。
「そんな事をどうして私に頼むんですか。」
突如アキの元を訪ねてきたハル。
彼女は第一声に「コタツが欲しいから作ってくれ!」とアキに頼み込んできた。
凄い勢いで走ってきたと思ったら、滑り込むように土下座の姿勢を取り、流れるように懇願してきた様にアキは思わず腰を抜かしたくらいの迫力であった。
「女神様が、魔法の知識があればコタツを作れるって言ってたんだ!」
「め、女神様? 何を言っているのかさっぱりなんですけど……。」
オリフシの言っていた「魔法の技術を調べれば」というワードから、なんかすごい魔法使いらしいアキならばコタツを作れるのではないか、とハルは考えたのだ。
「この前相談に乗っただろう! そのお返しだと思って……。」
「あれはほとんどビュワさんのお陰じゃないですか! …………いや、まぁそのきっかけを作ってくれたあなたに感謝してない訳ではないですけど……。」
アキは杖をついて立ち上がりながら、もにょもにょと言う。
恩着せがましい物言いを突っぱねようと思ったが、感謝できる部分もあるにはあって、アキはどう返していいものかと悩む。
そんなアキを涙目で見上げながらハルは言う。
「私の知る中で一番すごい魔法使いのお前にしか頼めないんだ!」
―――私の知る中で一番すごい魔法使いのお前にしか頼めないんだ!
その一言がアキの胸を貫いた。
自分にはないものを沢山持っていて、内心では羨ましいとさえ思っているハルが、自分のことを認めてくれている。そして、頼りになるのは自分しかいないという最上級の賛辞。
アキはにやけそうになる口元をサッと手で隠し、赤い顔で目を逸らしつつ、その懇願に応える。
「……そ、そこまで言うなら……協力してあげない事もないですけどっ!」
「ほ、本当か!?」
がばっと土下座から立ち上がり、ハルが目を輝かせる。
その嬉しそうな顔を見て、余計に気分を良くしたアキは、最早にやけ面を隠せないままに胸を張った。
「し、仕方ないですねっ! "魔導書"の名をかの英雄王より賜りし勇者、赤の土地を治めるメイプルリーフ次期当主『アキ・メイプルリーフ』が、力を貸してあげますよっ!」
「ありがとうアキ!!!」
ぎゅっとアキに抱きつくハル。思わぬハグに一層アキの顔は赤くなった。
「わっ! ちょ、ちょっと!」
「ありがとう!」
「は、離れて下さい! がっ……! は……離れないと……手伝いませんよ……!」
「あっ、ごめん! 嬉しくってつい……。」
最初は照れ臭さから赤くなったアキだったが、途中から万力のような締め付けに生命の危険を感じたの必死に突き放した。
ハルを引きはがして窒息寸前の状態から息を整えつつ、アキは咳払いしてくるりと身を翻した。
「とりあえず場所を移しましょう。そこで見せたいものがあります。」
ハルは首を傾げつつ、歩いて行くアキについていく。
しばらく歩いて着いたのは、魔物も出没する雪原であった。
そこまで着いたアキは周囲を見渡して何かを探し始める。
「どうしたんだ? ここにコタツがあるのか?」
「違いますよ。手頃な実験台を探してるんです。」
「実験台?」
アキは首を傾げるハルの方を見て、ふんと鼻息を鳴らした。
「実は、あなたに頼まれる前から、コタツを魔法で作れないか私なりに試行錯誤していたんです。魔王城で見た時から気になっていましたから。」
「え? じゃあもしかして、もうコタツを作れたのか?」
「コタツそのものという訳ではないのですが……コタツに限り無く近い魔法は既に開発済みです。」
「す、すごいなアキ!」
ハルに真正面から褒められて、アキは得意気にフフンと笑う。
「魔法の組み立ての基本は、事象の掛け合わせなんです。コタツの起こす事象を分析して、それを再現できる魔法を組み合わせていけばいいのです。」
「コタツの起こす事象……?」
アキの魔法レクチャーをハルは興味深げに聞く。
「たとえば、コタツは『暖かい』。この『暖かい』を再現する為に、炎の魔法を組み込みます。」
「なるほど……でも炎の『暖かい』とコタツの『暖かい』は全然違わないか?」
「そう。コタツは『暖かい』だけじゃありませんからね。他にもコタツの要素を抽出していくんです。」
アキは「暖かい」と言いつつ立てた人差し指に続き、中指を立ててピースを作る。
「次に、コタツは『抜け出せない』。一度入ると出るの嫌になりませんか?」
「確かに……ずっと入っていたくなるな。」
「そこの『抜け出せない』を『吸引力』と言い換えましょう。この再現には少し悩みましたが、私は風と闇の上位複合魔法『ブラックホール』で再現する方法を考えました。」
「上位複合魔法……。それ難しくないのか?」
「難しいですが私なら楽勝ですよ。」
「流石アキ!」
ハルに褒められてますます気分が良くなって、フフフフンと笑うアキ。
得意気に薬指も立てて三本指を頬に当ててポーズを決める。
「続いて、コタツは『気が抜ける』! コタツに入っていると気持ちよくなってダラダラしてしまいませんか?」
「なるなる!」
「その『気が抜ける』の再現にはかなり苦心しましたが、闇魔法から相手を脱力させる『ウィークネス』と感覚が鈍くなる『センスレス』を採用しました!」
「二つも魔法を複合するのか!」
「そう! 全部で四つの魔法を複合するんです! こればかりは私以外には再現できない高等魔法でしょう!」
「おおおおおお!」
アキは自慢げに杖を掲げる。
拍手してそれを祭りあげるハルによって更にアキの気が良くなっていく。
魔物の現れる雪原で大盛り上がりしている女勇者二人。
そこに謎の影が迫る。
「勇者"
謎の影は大声を張り上げた。
そこでようやく二人は、近くにまで迫った謎の大男に気付いた。
スキンヘッドに筋骨隆々な身体、強面の大男が腕を組んで立っている。
「我は、デッカイドーの怪人"イレギュラー"が一人ッ! 女神ヒトトセより"闘争の勇者"の称号を授かりし者ッ! 未だデッカイドーにて無敗ッ! 武闘者共はッ! 我を恐れッ! "
暑苦しい名乗りをハルとアキは白けた目で見ていた。
「なんだこいつ……。」
「変質者でしょうか……。」
「否ッ!!! 我は挑戦者なりッ!!!」
大男が構えを取る。
「我こそが、女神ヒトトセにより選ばれた真の勇者ッ!!! 英雄王などという凡愚に選ばれた、偽りの勇者どもッ!!! 貴様等を勇者などとは認めぬッ!!! ここで貴様等を倒しッ!!! 我を勇者と世界に認めさせるッ!!! いざ尋常に…………勝負ッ!!!」
口上が長い上にうるさすぎて何を言っているのか今ひとつ分からなかったものの、敵意を向けられた事は分かったハルが、腰の剣に手を添える。
「アキ、下がっていろ。」
しかし、アキは杖をハルの前に出し、剣を抜くことを制する。
「ハル、下がるのはあなたです。」
「何を言ってるんだ。明らかにあいつは接近戦に長けた武闘家だ。魔法使いのアキじゃ……。」
「耐久力に長けた武闘家だからこそ都合がいいんじゃないですか。」
ハルがアキから漂う冷たい冷気にぞっと背筋を凍らせる。
見下ろしたアキの顔には、見たこともない悪い笑顔が浮かび上がっていた。
「実験台を見つける手間が省けましたよ。」
魔法使い……魔法の探求者であるが故の知的好奇心と、実験対象を見下ろす実験者の心境から生まれる、アキの魔法使いとしての顔。
普段の背伸びしたがりの捻くれた子供とは違う、魔法使いのアキがそこにいた。
(こいつが戦うのを間近で見た事はなかったが……こんな顔して戦うのか……。)
対峙する大男に同情しつつ、ハルはすっと身をひく。
アキはにやりと笑い、杖を高く掲げた。
「ご覧に入れましょう……私が創ったオリジナル魔法……名付けて……『コタツ玉』!」
「ん? コタツ?」
アキの杖の先端に凄まじい魔力が集まる。
複数の色の魔力が杖の先で混じり合い、赤黒い力の本流が生まれ、次第に球体の形に纏まっていく。
「な、なんだッ!? その禍々しい魔法はッ!!!」
「光栄に思うといいですよ変質者……あなたがこの『コタツ玉』のはじめての生体実験体です……!」
アキは勢いよく杖を振り下ろす。
「『飲み込め。熱せよ。解きほぐせ。』……超上位複合魔法『コタツ玉』ッ!!!」
禍々しい球体が、変質者に向かって飛んでいく。
明らかにまずいものだと理解した変質者は、青ざめながら背を向けて走り出そうとした。
しかし、禍々しい球体は変質者を逃がさない。
変質者の巨体は球体に吸い寄せられている。強靱に見える太い足での全力ダッシュでも前には進めない程の吸引力で足止めを食らい、変質者に迫る球体の距離はどんどん縮まっていく。
変質者と球体が触れる。その瞬間に、とぷん、と球体は変質者を呑み込んだ。
「あああああああああああああああッ!!!」
瞬間、変質者の絶叫があがる。
「熱いッ!!! あつううううううううういッ!!! 焼けるッ!!! 焼けるゥゥゥゥゥッ!!!」
変質者の身体が燃えている。
「あッ……あぁ……ッ! 熱いッ……のにッ……気が抜けてッ……! あぁ……あぁ~~~…………。」
悲鳴は次第に気の抜けたものになっていく。
燃えているのに安らかな表情の変質者。
「あ……あぁ……でられ……な……。」
球体はしばらく留まり、変質者を決して逃がす事なく……。
変質者が安らかな表情で動かなくなった後に、すっと煙の様に消えてなくなり、ぽとりと彼を雪原に落とした。
「…………。」
「…………。」
アキとハルが顔を見合わせ、しばらく静かな時間が流れる。
少しの静寂の後、アキはすたすたと黒焦げで転がる変質者の元に歩いて行き、その上で杖を振った。
「『リザレクション』。『ヒール』。」
変質者の焦げがとれて、安らかな表情が露わになった。
先程までは呼吸音すら聞こえなかったが、今ではすぅすぅと寝息を立てている。
アキはスタスタとハルの元に戻ってくる。
ハルはアキの顔を真顔で見つめた。
アキもハルの顔を真顔で見つめ返した。
「………………もうちょっと……出力については検討してみます。」
「………………すまん。やっぱもういいや。」
「………………そうですか。」
自分の家にも欲しい等と欲張りな事は言わずに、これからは普通に魔王城でコタツを使えればいいや、とハルは思った。
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