第23話 蠢く陰謀




 極寒の大地デッカイドー。

 魔物の蔓延るこの世界では、数多くの強者がいる。

 特筆すべきは"剣姫けんき"、"拳王けんおう"、"魔導書まどうしょ"と呼ばれる三人の勇者。かの"英雄王"に選ばれし、人間でありながら理外の力を持った強者達。


 彼らが目立ってはいるものの、当然彼ら以外にも強者はいる。


 一部の界隈で噂される、三勇者にすら匹敵すると言われる三人の怪人。

 人間の技の極地とも言える三勇者とは違い、生まれながらにしてこの世界の法則から外れた文字通り理外の力を持った特異点。




 何者にも媚びず、何処にも属さず、自由気ままに力を振るう気の狂った三人の怪人達は"イレギュラー"と呼ばれた。





 "イレギュラー"の一人、赤い長髪に赤いコート、赤いマフラーと全身真っ赤な長身の青年。耳に多数つけたピアスを指で弄りながら、青年は小さな小屋を見上げてにたりと笑った。


「よォやく辿り着いたぜェ……"魔王"サンよォ……!」


 青年の名は"ゲシ"。

 ゲシは"魔王城"と表札を掲げた家の扉を開け放つ。


「待ち詫びたぜェ!!! 俺の"願望機がんぼうき"ィィィ!!!」






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 女神ヒトトセは、哀れな死を迎えたものに新たな生を授ける。

 その世界では報われなかったものを、その願いを叶えられる新たな世界に生まれ変わらせる―――つまり"転生"させる。

 女神ヒトトセが、魔物蔓延る極寒の大地デッカイドーに送り込んだのは、四人の"転生者"であった。

 その才能を活かせずに生涯を終えた者達に、その才能や性質を活かせる世界に導く……厳しい環境である筈のデッカイドーは、その四人の転生者にとっては楽園とも呼べる世界であった。


 一人は殺戮の才能に長けたもの。

 一人は闘争の才能に長けたもの。

 一人は束縛の才能に長けたもの。

 一人は虚飾の才能に長けたもの。


 魔物を蹂躙する"勇者"として、これ以上の才能はないと、女神ヒトトセは彼らを魔物蔓延る世界へと送り込んだ。


 女神ヒトトセは彼らの"転生"にあたり、それぞれに望む"特典"を与えた。


 闘争の勇者には、あらゆる強敵を見抜く"真実の眼"を。

 束縛の勇者には、身体や心だけでなくあらゆるものを縛れる"束縛の縄"を。

 虚飾の勇者は、特に何も望まなかったので何も与えなかったが……。

 殺戮の勇者には、世界の真実を知る事のできる"世界の書"を。


 こうして、女神ヒトトセによって、四人の転生者はデッカイドーに送り込まれた。

 新たな人生を謳歌するために。





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 ありとあらゆる殺傷の才能に長けた"殺戮の勇者"。

 誰かを傷付け殺す行為は多くの世界では禁忌とされている。

 その矛先を向ける事のできない前世を生きて、何も成さぬままに死んだ男は、殺戮者が英雄になり得るデッカイドーに転生した。

 彼の才能はデッカイドーでは存分に活かされる事になる。


 傭兵として数多の敵を葬り、一躍名を上げていく。

 同時期に名を上げた異能の怪人達と共に、勇者とは別の"イレギュラー"と呼ばれ、その中でも"血染めの刃"の異名で知られる男、ゲシ。


 彼の特異性と思われている殺傷能力は女神から授かった異能ではなく、彼が前世より持ち越した彼自身の異能である。

 彼が本当に女神から授かったのは"世界の書"と呼ばれる一冊の書物。この世界に隠された全てを暴く"世界の設定書"である。

 この世界のありとあらゆる宝物の在処、何処にどんな人物がいるのか、秘境のマップ、人々の悩みや思考等、世界の全てがここに記されている。

 ので読みづらい事もあるが、これによりゲシはデッカイドーを知り尽くした上で充実した転生ライフを送っている。


 そんな訳で、一般的な生活の中では活かしづらい殺傷能力を活かす方法を上手く見つけながら過ごしてきたゲシであったが、その行動指針が大きく変わったのは"魔王"についての記載が書き換わった頃からである。


 ―――魔王は"願望機ガンボウキ"を保持する。


 "願望機"……ありとあらゆる願いを叶える事ができると言われる全能の宝物。

 ゲシも前世で何かのきっかけで名前だけは聞いていた事を覚えている。

 

 ゲシは魔王や勇者といったデッカイドーの人間と魔物の闘争には興味はなかった。自身の才能を飼い殺さない生活が送れるだけで、ゲシはこの世界に満足していたし、それ以上のものを望むつもりはなかった。

 しかし、目の前に現れた"全てが思いのままになる力"の存在を知り、ゲシの中に今までになかった野望が芽生えた。


 これといった望みはなくとも、どんな望みも叶えられるものが手に入るとしたら……ゲシは欲しいと思う。


 ゲシには"イレギュラー"と呼ばれる女神ヒトトセに選ばれた転生者の仲間が2人いる。今まではこの"世界の書"の情報を共有しつつ、互いに持ちつ持たれつの関係を保ってきたが"願望機"の存在は伏せる事にした。

 未だに見つかっていない"虚飾の勇者"と名付けられた者はゲシも詳しく知らないが、少なくとも"束縛の勇者"と"闘争の勇者"はろくな奴らではない。相互にメリットがあるので協力者として付き合っているが、友人として付き合うには性格に難がありすぎる。奴らに"願望機"を使わせたらどうなったものか想像もつかない。


 故にゲシは一人で魔王を倒しに行くことにした。


 生憎殺し合いに関してはゲシは負けるつもりはない。一人でも魔王に勝てる絶対の自信があった。そして、魔王の居場所も既に"世界の書"で知っている。英雄王に選ばれたという三人の勇者達が手こずっている魔王討伐も、ゲシにとっては取るに足らぬ事だと本人は思っていた。

 

 様々な妨害や困難を乗り越えつつ、ようやく辿り着いた魔王城。

 明らかに見た目が普通の小屋なので違和感はあったが、ゲシはようやく"願望機"が手に入るという高揚と、"世界の書"が間違った情報を載せる筈がないという自信から疑いを持つことはなかった。


 そして、冒頭に戻る。




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 ゲシが扉を開いた先には六畳一間の和室があった。

 部屋の中央にはコタツが設けられ、そこには角は生えてるものの顔色が悪い普通のおっさんにしか見えない人物が座っている。


「えっ……。」

「えっ……。」


 ゲシとおっさんが同時に戸惑った。

 おっさんからしたら、秘境にある自宅に急に知らない人が怒鳴り込んできたのだから戸惑うのは当然である。

 ゲシはこんな見窄らしい小屋でも魔王城と言うからには魔王とやらがいるものと思っていたのに、なんか普通に転生前の世界にあったような日常感溢れる内装だし、普通のおっさんがコタツで寛いでるしであらゆる想像を超えた光景が広がっていたので困惑してしまう。


 思わずゲシは"世界の書"を取り出し、"魔王"の記載を見返した。

 ここが魔王城で魔王が住まう、という事は書いてある。

 確かにダンジョン等にはマップの記載はされているのに、魔王城には一切の記載がない事は気にはなっていた。まさか、一軒家だからマップがないとは思いもしなかったが。

 ゲシは何度も魔王の情報を見返した後に、本を閉じてコタツに入っているおっさんの方を見た。


「…………あの……つかぬ事をお伺いするが……ここは魔王城で合ってますか?」

「…………あ、ああ。」

「…………あ、えーっと………あの……魔王……は留守でしょうか?」

「…………私です。」

「なるほど…………なるほど?」


 ゲシは思わずおっさんを二度見した。

 おっさんが自分を魔王だと名乗った。そう見ても普通のおっさんにしか見えない。

 ここまでで遭遇した魔王軍幹部とやらは、もっとそれっぽい覇気があったのに。


「……何か御用でしょうか。」


 おっさんがやばい人を見るような目でゲシを見てくる。

 まぁ、普通のおっさんの家に急に「待ち詫びたぜェ!!! 俺の"願望機がんぼうき"ィィィ!!!」とか怒鳴って殴り込んできた男は普通にやばい人だろう。

 自身の異世界ノリのカチコミに若干反省してゲシは冷静になった。

 "殺戮の勇者"等という称号を与えられた殺傷の天才とはいえ、その才能を使ったら倫理的に不味いよね、と前世ではごく普通の一般人として過ごした男である。"血染めの刃"とか狂人っぽく思われがちだが、割と常識人なのである。


「えっと、魔王……ってあの魔王ですよね。」

「あの、というと?」


 確かに言われてみればどの魔王だよ、とゲシも思う。

 アバウトに魔王という存在がいるくらいに思っていたが、そもそも魔王とは何なのか。魔物の王という事なのだろうか。このおっさんが?


「いや、えーっと……実は魔王と呼ばれるものに用事があって此処に来て……。」

「えっと……話が長くなるなら中に入りますか? 寒いでしょうし。」


 開けっ放しの扉に気付いてゲシは「あっ。」と声を漏らす。


「失礼しました。……じゃあ、お言葉に甘えて。」


 ゲシは雪を表で払って、軽く一礼して「お邪魔します。」とおっさんの部屋にあがる。扉開けっ放しは不味いよなという事、身体が冷えてきていた事、前世振りに見るコタツの魅力に惹かれて部屋に入ったのだ。


 しかし、上がったところでこのおっさんと何を話せば良いのか。

 

 軽く辺りを見回したが、"願望機"らしきものはない。というかこの手狭な部屋に魔王らしき要素がまるでない。

 事情を説明するべきだろうか。しかし、"世界の書"は出来る限り秘密にしたい切り札である。できればこれを絡めずに話したい。

 

 ゲシは考えた結果、端的にキーワードを並べてみる事にした。

 それで目の前のおっさんの反応を伺おうという判断である。


「……実は、魔王が"願望機"と呼ばれるものを保持しているという噂を聞き、魔王を探していまして。」


 目の前のおっさんの反応は……。


「…………ンボウキ。」


 ぽつりと復唱して何やら考え込んでいる。

 もしや、思い当たる節があるのだろうか。意外な反応にゲシが僅かに期待する。

 そして、ハッとしたおっさんは、ゲシの方を見た。


「もしかして……。」

「何か心当たりが!?」

「これの事では?」


 ぽんとコタツを叩くおっさん。


「え?」


 ゲシの口から間の抜けた声が漏れる。


「それか……これとか。」

 

 おっさんは敷かれた電気カーペットに手を当てる。


「あれとか。」


 天井付近にあるエアコンを指差すおっさん。


 コタツ、電気カーペット、エアコン……それらを見回して、ゲシはハッとする。

 そして、おっさんの顔を見た。


「えっと……これが欲しいんですか?」

「………………すみません。勘違いでした。」

「えっ。」


 ゲシの顔が赤くなる。ただでさえ赤い装いばかりなのに顔まで真っ赤である。

 ゲシはすくっと立ち上がる。


「えっと……お邪魔しました。」

「……お役に立てず申し訳ない。」

「あっ、いえ……こちらこそ失礼しました。」


 ゲシはすすっと小走りで出口に向かう。

 そして、ぺこりと深々と一礼して、魔王城を後にした。






 魔王城から少し離れたところで、"世界の書"を取り出し、開いた本で顔を隠しつつ一言。


「誤植ッッッ!!!!」


 魔王が持っているのは"願望機"ではなく"暖房器具"であった。





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