外伝第2話 極寒の魔王
極寒の大地デッカイドー。
魔物と呼ばれる異形の怪物の蔓延る白い世界で唯一、黒い世界が佇んでいた。
魔物の生まれ出でる土地と言われる魔界と呼ばれる大地に聳える巨大な石造りの城。魔法によって姿を隠すその城には、魔物達の王が住んでいる。
魔物達の多くには知性はない。ただ本能のままに生きる。
そんな魔物達が、本能で従わなければならないと感じる、理性ある魔物達の王。
限られた理性ある魔物達は、彼を"魔王"インヴェルノと呼んだ。
奇妙な仮面で顔を隠す、見た目は人間とそう変わらない。
しかし、その力は桁違い。
膨大な魔力と強靱な身体、それだけでも人類には及ばぬ怪物でありながら、保持する特別な能力は世界そのものを書き換えるかのような
その力だけ見れば確かに人類にとって脅威だが、その存在は人類に脅威を与えない。
人間達をからかう事こそあれど、積極的に人間を害する事はしない。
目的も動機も実に単純。たった一言で表現できる。
"ひまつぶし"。
生きる上で、退屈する事さえなければいい。
退屈な事であればやる気は起きない。
人類も魔族も滅ぼそうと思えば一瞬でできる。一瞬でできてつまらないからしないだけ。
生きる事が退屈であれば死ねばいいかといえば、死ぬのもつまらないのでやる気は起きない。
そんな危険でありながら無害な魔王が、今日という暇をどう潰そうかと考えていたある日のこと。
退屈を破るきっかけは、思わぬところから訪れた。
「お邪魔します。」
突如目の前に開いた穴から顔を覗かせたのは、顔色の良くない人間の男。
魔王の居城にどうやって侵入してきたのか分からない。唐突に、魔王が気付く間もなく、空中に開いた穴から男はひょっこり姿を現した。
何者だ、と魔王は問う。
「●●●というものです。」
何用だ、と魔王は問う。
「"語り部"たる貴方の力をお借りしたい。」
何故知っている、と魔王は問う。
「世界を渡り歩いて、風の噂に聞きました。」
魔王は男に聞きたい事が多々あったが、とりあえず結論から尋ねる事にした。
何を求める、と魔王は問う。
「貴方の力で"これ"を"書き換える"事はできるか。」
男が取り出したのは黒い球体。
手のひらに乗る程度の小さな箱。
箱? 先程までは球体に見えた筈だ。
今ではそれは四角錐の形に見える。そう思うと一枚の紙にも見える。
それには形がない。いや、どんな形でもあるのだと魔王は気付く。
それは何ものでもなく、何ものでもある。
何だそれは、と魔王は問う。
「貴方であっても見えないか。」
男は若干落胆したように何かを懐に仕舞った。
魔王は特にその態度を不快には思わなかった。
それが何かに興味を持てなかった。
本能で理解したのだ。
それが『魔王にとって不必要で不愉快なものである』と。
全てを理解した訳ではないが、魔王は先程の男の質問に答えた。
俺の力を持ってしても、それを"書き換える"事はできない。
理由は簡単。それが俺の"語り部"の力と同類のものだから。
"自由に書き換える"力を、"書き換えた"ところでどうして形を変えられようか。
新たな色を塗りつけたところで新たに塗り潰されるだけ。
「ご回答感謝する。では、別の頼みがあります。」
図々しくも男は続ける。
ここまで恐れ知らずにものを言う者はいなかった。
魔王は特に気分を害する事はない。言ってみろ、とただ告げる。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。」
男の願いは意外なものだった。
魔王は別に構わんとだけ言った。
そして、「ただし」と付け加えた。
お前の事を聞かせろ。
何故、そんな事をする必要があるのか。
そして、お前は何者なのか。
「答えられる範囲であれば。」
男は話した。
男が何者なのか。
男は何故魔王に接触したのか。
男は何をしたいのか。
魔王は思った。
この男は面白い、と。
そして、生まれて初めて"ひまつぶし"以外の望みを抱いた。
お前の願いは聞き入れよう。
ただし、お前も俺の願いを聞き入れろ。
「叶えられる範囲であれば。」
魔王は言う。
お前がこれから成すことを俺にも見せてみろ。
お前がこれまで成してきたことを俺にも見せてみろ。
お前が見てきた景色を俺にも見せてみろ。
お前が見る景色を俺にも見せろ。
つまるところ……俺はお前という人間に興味がある。
「お望みとあらば。」
男は即座にそう答えた。
そして、魔王は見た。
男が歩んできた数々の世界を。
男が見つけてきた様々なものを。
男が出会ってきた様々な命を。
全能に限り無く近い、万能の魔王は初めて知った。
自身が想像すらしなかった世界が、ものが、まだまだ無数に存在するのだと。
この白い世界はあまりにも狭く、外に広がる世界は広大で、この世は退屈してしまう事などできない程に大きいのだと。
魔王は誓う。
世界の広さを教えてくれたお前であれば、俺の力を存分に貸してやろう。
あらゆる過去を書き換える"語り部"の力も。
全ての魔を統べる"魔王"の肩書きも。
勿論この俺という"存在"自体も。
全てお前の捧げよう。
魔王インヴェルノはその日から"魔王"の肩書きを捨てた。
かつての魔王インヴェルノはデッカイドーに住まう人間の歴史を書き換えた。
数多の歴史を改めて"語り直した"が、彼自身にとって最も大きな変化は当然自身に関する事であろう。
彼は今、かつてデッカイドーの全ての魔を統べた魔王ではない。
彼は今、昔から人間の王に仕えていた宮廷道化師一族の末裔である。
自身の出自すら書き換えて、人間達の生活に溶け込んだ彼の目的はただひとつ。
来たる日の為に、人間達の王の傍に身を潜めること。
そして、その日が来た時には、魔王の復活を人間達に告げること。
今の彼は謂わば"語り部"、魔王と勇者の物語を紡ぐ物。
魔王の知る異世界語から借り、名を"teller(テラ)"と名乗った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「―――――まぁ、そんな感じで、デッカイドーは寒すぎるので厚着するのが普通ということもあり、私にとっては服を脱ぐという事に凄い新鮮味があったというかなんというかハマってしまったというか。屋内を温かくする"暖房器具"という存在を教えてくれた魔王様には感謝しかなく……。」
「ああ、うんそうだな。で、それが人の家で服を脱いでコタツに潜る事と何の関係が?」
白スーツに仮面という奇妙な姿の男、魔王軍幹部テラは魔王城で正座させられていた。
魔王が留守かと思って全裸でコタツで寛いでたら、普通に魔王が帰ってきたのである。
上司の家で服脱いで好き放題してたので普通に怒られたのだ。
「それと、お前それっぽく話してたけど大分過去の話盛ってるだろ?」
「い、いや大体こんな感じでしたよね?」
「お前、過去の出来事改変できるから信用ならんのよな。」
「このイカサマ能力がこれ程憎いと感じた事は今までありませんでしたよ……!」
額に手を当てて悔しがるテラ。
「お前な、来たのが俺で良かったけど、普通にトーカとかビュワが来たらセクハラになりかねないからな?」
「…………それはそれで……。」
「…………。」
「じょ、冗談ですよ!? マジで引かないで下さいよ!」
魔王は深く溜め息をつく。
「そんなにやりたいならお前の家にもコタツ設置する手配してもいいから、自分の家でやれ。」
「え! マジですか!?」
「ちょっとこの世界で設置するの面倒臭いけど、留守にするとここで好き放題されるよりかはマシだしな……。」
「ああ! 我が主よ! それでこそ私が仕えると心に決めた偉大なる御方!」
「あー、はいはい。じゃあ手配が済んだら連絡するからとりあえず今日は帰れ。」
「承知致しました。ではご機嫌よう我が主。」
どろんと姿を消す仮面の男。
魔王は厄介な部下に呆れながら、やれやれと首を振った。
どこまでが真実でどこまでが嘘なのか。
彼が語れば歴史が変わる"語り部"と呼ばれる力を持つ魔王軍幹部"魔道化"テラ。
元々あった真実が何なのかは彼のみぞ知る。
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