第21話 口下手勇者お悩み相談(後編)
魔王城にて起こった勇者二人、ナツとアキの修羅場。
機嫌悪く帰ってしまったアキに入れ替わりでやってきたナツに、魔王は二人の不仲の理由を聞くことになった。
コタツに腰まで入り、魔王と勇者は向かい会う。
(なんでこいつ上着てこないんだ……? 見てるこっちが寒いわ。)
何故か上半身裸のナツを見て寒気を感じた魔王はコタツ布団を更に上まで被りつつ、ナツに問う。
そう。今回の主題はナツがどうして服を着ないかではない。
「アキと何があった?」
魔王の問いに、ナツは神妙な面持ちで……いや、それ程神妙じゃなかった。いつものような何を考えているのか分からない無の表情で、唸っ……てはいない。いつも通りの無言で、魔王の目をじっと見ていた。
(何か喋れや……!)
魔王がこのナツという男勇者を恐れるのは、何も敵であるだとかいう理由ではない。
何を考えているのか分からないからなのである。
ついでに言動も訳が分からないなのである。
このクソ寒いデッカイドーで、いつも上半身裸でいる意味不明さとか。
何かよく分からないが、魔王を何とかという仲間だと勘違いして話しを勧めるところとか。
何故か黙ってる時間が長ければ、リアクションもまるでないところとか。
とにかく魔王は目の前の男に人間らしさというか生物らしさの欠片も感じていないのである。これならまだ他所の世界で見掛けた悪魔だとか旧世代の邪神とかの方が多少人間らしかった。
やがて無駄に長い沈黙を破り、ナツは小さく喋り始めた。
「…………あれは勇者に任命されてから、どれくらい経った頃だろうか。」
(いきなり回想……!?)
脈絡のない回想だったが、一応話は進んだので、魔王はぐっと突っ込みたいのを我慢して耳を傾ける。
「………………アキと魔物退治に行って、魔物の攻撃からアキを庇ったら『余計なお世話だ』と怒られて、それ以来喋ってない。」
「………………。」
「………………。」
「………………?」
「………………。」
(……回想終わりッ!?)
「………………。」
「……終わり?」
「………………何がだ?」
「……えっと、アキと何があったかって話だけど。」
「………………もう話し終わってるが。」
(もうやだこいつ。)
口数が少なすぎるし、互いに沈黙する事を意に介さなさすぎてナツとの会話は歯切れが悪い。
とりあえず話は先程の一行で終わりという事で改めて振り返ってみる。
アキと魔物退治に行って、魔物の攻撃からアキを庇ったら『余計なお世話だ』と怒られて、それ以来喋ってない。
本当にそれだけ? と疑いたくなるような内容の薄さである。
確かにアキは気難しい娘ではある。しかし、バチバチ喧嘩をしているハルとでさえ、会話をかわし普通に接する事もあれば、素直に才能を認めている事も分かっている。
『余計なお世話だ』というセリフからして、庇った事でアキのプライドを傷付けた……だけでとてもあそこまで避けるようになるとは魔王には思えなかった。
「本当にそれだけか?」
「……………………………………ああ。」
ナツは相変わらずの無表情で答える。しかし、かなり間があったので改めて思い返していたのだろう。それでも他に心当たりがないらしい。
この男が鈍くて色々見落としているのではないか……とは魔王は考えない。
魔王城で鍋を振る舞った後に、この男は御礼の品を持って改めてやってきた事もある。意味不明な男だが、気遣いなどはハルなんぞよりはよっぽどできるのだ。
(そもそも全然喋らないから失言をするとも思えんし。)
ナツは口数が極端に少ない。ハルのような子供扱いなどの失言をするとは思えない。
あのアキがアイスを投げ出して、ろくに会話すらせずに、避けて帰るほどに何故ナツは嫌われているのか?
魔王は考える。考え込む。
そして、改めて気付く。
(…………なんでここまで真剣に俺が悩まなきゃいけないんだよ。)
魔王がどうして勇者の仲を気にしなきゃいけないのか。
改めて魔王は開き直った。
「……よく分からんな。」
「……………………ああ。」
ナツが無表情で言う。若干声を出すまでの間が長かったのは、この無表情なりに悩んでいるのだろうか。ナツとしてもこの不仲は放っておける些事という訳でもないようだ。
しばらくの沈黙が続く。
その沈黙の中で魔王は思った。
(……これどうやって収拾つければいいんだ。)
魔王側から相談に乗った手前、適当に投げ出したり帰らせる等と無下にもできない。ナツから話を切り上げてくれるのがいいのだが、こいつは全然喋らない。このままずっと沈黙が続いても平気そうなやつである。
そして、魔王は閃いた。
(もう適当な事言って誤魔化すか。)
息苦しい沈黙。コタツによる熱さ。気まずさから茶すら飲まずにいた事による乾き。
魔王はちょっとぼんやりしていた。
「いつも服着てないから嫌われてるんじゃないか?」
ナツはぴくりと眉を動かした。いつも何を考えているのか分からない無表情男にしては珍しい反応である。
「…………服着てないと嫌われるのか?」
「裸見せられるの嫌な人もいるだろう。知らんけど。」
ナツは頭を抱えた。
「……そうだったのか。」
それを見て魔王も頭を抱えた。
(真に受けちゃったよ……。)
今更適当な事言ったとも言い出せないくらいにナツは深刻な表情をしている。
訂正した方がいいだろうか、等と魔王が考え始める暇もなく、すくっとナツは立ち上がった。
「……参考になった。」
「あ、ちょっと待て。」
「……失礼する。」
魔王が止める声も届かず、ナツはそそくさと魔王城を出て行った。
やばい、やってしまった。今からでも引き留めに行った方が良いのではないか。
……とか考えることもなく。
まぁ、裸でここまで来るのを見てるとこっちも寒いし、別に服着てくれるならそれでもいいかと魔王はふぅと息を吐く。
しかし、息をつく間もなく魔王城の扉が開け放たれる。
またあいつ戻ってきたのかと面倒臭そうに魔王が扉の方を向く。しかし、そこには意外な人物が立っていた。
「なんでお前が戻ってくるんだ……?」
アキである。ナツが来たと同時に用事があるとそそくさと退散した筈の小柄な少女勇者が、ガタガタと震えて縮こまりながら真っ青な顔で立っている。
完全に凍えているので、魔王はとりあえず尋ねる。
「と、とりあえず中に入るか?」
「…………。」
言葉を発する余裕もないのか、すすすと小走りで魔王城に入り、コタツに滑り込むアキ。更に魔王は熱いお茶を注いで出してやる。
しばらくガタガタと震えていたものの、暖かい魔王城とコタツ、熱いお茶を少しずつ啜って、凍えていたアキは次第に顔色が良くなってきた。
「で、なんで戻ってきたんだ?」
「アイスください。」
「さっきまで凍えてた人間がそうくるとは思わなかった。」
他勇者との交友についての質疑応答の対価に渡す事になっていたアイス。
ナツが来た瞬間に逃げるように去る際に「また今度」とは言っていたが、ここまで直近で戻ってくるとは流石に予想外である。
「というか、お前外であいつ帰るの待ってただろ。」
あの異様な凍えよう、アキはきっとナツが帰るまで外でずっと待っていたのだろう、そんな魔王の推測に対して……。
「ち、違いますし。よ、用事を済ませて戻ってきただけですし。」
斜め上に視線を泳がせて早口で答えるアキ。分かりやすい嘘である。
しかし、帰るまで外で待つくらいに嫌いとは相当である。アキがナツを徹底的に避けようとする意思は相当のようだ。あと、アイスに対する執念もすごい。
とりあえず魔王は約束の苺のアイスを取り出す。
「…………。」
ついでにもう一つ、抹茶味のものも取り出して、アキの目の前にトンと置いた。
それを見たアキが目を輝かせる。
「え、もう1個くれるんですか!?」
「もうひとつ質問に答えたらな。」
「んな!?」
アキはぎょっとする。
あんまり深掘りするつもりのなかった魔王だったが、ナツの話を聞いても釈然としないものがあり、流石に少し気になってきていた。
「聞きたいのは何故お前がナツを避けているのか、という事だ。」
「べ、別に避けてなんか……。」
「嘘吐け。ナツが帰るまで外で待っていただろう。俺が納得する答えをくれれば、こっちのアイスもくれてやる。」
ぐぬぬ、とアキが不服そうな顔をしている。そこに更にダメ押しする。
「ちなみに、こっちの抹茶味は期間限定でこの機会を逃したら恐らく当分は手に入らないレア物だ。一生に一度の機会を見送りたいなら嘘を吐いて貰っても構わないぞ?」
「うぐ……! ひ、卑怯ですよ! そ、そんな貴重なものを使って脅すだなんて!」
「卑怯と呼んで貰って結構、こちとら魔王だ。」
「ぐぐっ……! ……はじめて貴方が魔王に見えましたよ。」
「褒められてるのか貶されてるのか。」
アキは暫く悩ましげに呻くと、悔しげに魔王をぎろりと睨み付ける。
「絶対にナツには言わない約束ですよ。」
「……ああ、分かった。」
とうとう諦めた様だ。魔王は胸元に手を当てて、小さく頷いた。
アキは不服げに口を尖らせながら話し始める。
「以前に多数の魔物が出現して、依頼を受けて勇者が共同で退治にあたった事がありました。」
ナツが話していた「アキと魔物退治にいった」という話だろうか。
「私一人でも十分だと思っていたのですが、依頼主が勇者全員に声を掛けていたみたいで、不服ながらも共同戦線をしくことになったんです。」
一人で十分、共同戦線は不服、そんな言葉をムスッとしながらアキは語る。やはり相当にプライドが高いらしい。魔王からすると、その幼げな容姿と態度のせいで背伸びした子供のようにしか見えなかったが。
「私は当初からの想定通りに特に苦も無く魔物を退治していたのですが……私の魔法を潜り抜けて一匹の魔物が私に飛び掛かってきたんです。」
そこで、アキのふてくされた表情がより一層険しくなった。
「私は"魔導書"の名をかの英雄王より賜りし勇者。赤の土地を治めるメイプルリーフ次期当主、『アキ・メイプルリーフ』。普通の魔法使いみたいに懐ががら空きなんて間抜けな真似はしません。近接戦闘用の技術だって、しっかり身につけているんです。だから、あんな不意討ちだって私一人で何とかなったんです。なのに……なのに……!」
アキがぐぐっとコタツの上に置いた小さな拳を握る。
「ナツが私を庇ったんです! しかも、『大丈夫か』なんて心配してきたんです! 私はとっても優秀だから大人にだって心配かけたことないのに!」
本当にそれだけ? ……と思ったエピソードがまさかの正解?
魔王は呆気に取られた。
思ったよりもアキは子供っぽいのだろうか。そんな事を思っていると、アキの表情が変わる。
先程までの忌々しげな不機嫌顔からしょぼんとした落ち込んだ顔に。
「…………それで、ついムキになって『余計なお世話です!』って怒っちゃったんです。」
そこで魔王は「おや?」と思う。
「確かに余計なお世話ですし、私は本当に一人で大丈夫でしたし、誰にも心配かけない立派な大人ですけど……でも、庇って貰ったのは事実ですし……あの態度は……その……あまりにも大人げなかったかなって……。」
確かに、ナツが語ったエピソードが、アキがナツを避けるようになったきっかけだったようだ。
しかし、それで嫌いになったという訳ではないようだ。
「……本当なら、あそこでお礼を言うべきだったんじゃないかなって。」
アキは子供っぽい見た目に反せず子供っぽい性格らしい。しかしそれでいて、きちんと大人な一面も持ち合わせている。
当時は子供のようにムキになって反発したものの、それを後から反省できるだけの大人の考え方できる。その後ろめたさがナツを避けていた理由のようだ。
それだけか? という魔王の考えは当たらずも遠からずといったところだった。
やれやれと溜め息をつきつつ、魔王はまとめる。
「つまり、当時助けられたけど、ムキになって突っぱねた。後になってそれが後ろめたくなったと。……そんなのとっととお礼を言って謝ればいいだろう。」
「だって! 随分と前の話ですよ! 今更その話を蒸し返すの変じゃないですか!」
「気まずくなって避け続けるよりかはいいだろう。ナツも随分とお前に避けられてるのを気にしてたぞ。」
「えっ。気にしてたんですか?」
意外そうな声を上げるアキ。
まぁ、何考えてるのか分からない無表情なので、何かを気にしているようにも見えないのは確かだが……等と魔王も考える。
アキは更に気まずそうな表情に変わり魔王から視線を逸らした。
「『コタツで寝てると火傷する』ということわざがある。」
「え?」
魔王は真剣な表情で切り出す。
「人間はいつでも快適な環境に流されるものだ。一度入ったコタツからはなかなか出られないように。」
「た、確かにそうですが……それが今の状況と何の関係が?」
「今のお前で言うなら、感謝も謝罪もせずにナツと顔を合わせるのを避け続けていれば、お前は罪悪感や反省と向き合わず楽に過ごせる。お前はいわば、ナツと向き合うという寒い思いをするのを億劫に思い、ナツを避けるというコタツに籠もるような環境を選んでいるという訳だ。」
「ぐっ……。」
アキが唇を噛み締める。
「しかし、コタツというものは快適に見えて、ずっと入り続けていると火傷してしまうのだ。」
「えっ、そうなんですか?」
「低温火傷と言ってな。熱いと思っていなくても長時間温めていると、高温で火傷するよりもより深く火傷して、高温よりも治りにくい火傷を負ってしまうのだ。」
「こ、怖い話ですね。じゃあ、あんまりコタツに入りっぱなしなのも良くないんですね。」
「そうだ。そして、これは今のお前の状況にも当てはまる。」
アキはハッとした。
「確かに、ナツと顔を合わせなければ今のお前は楽だろう。しかし、お前がナツを避け続ける事によって、見えない不和は次第に深くお前達の関係を蝕んでいく。お前からしたら過去の問題を避け続けて楽になるかもしれないが、ナツからしたら大した事のない過去のわだかまりも、放置して引き摺っていたら次第に重く大きなものになっていくかも知れない。一時の不快感が、お前に対する大きな嫌悪感になってしまうかもしれないのだ。」
「うぅ……。」
「一時の楽に溺れて、気付かぬ間に大火傷を負う……つまり『コタツで寝ると火傷する』。人は辛いと分かっていても、コタツから抜け出し寒空の下に出ていかねばならぬ事もあるのだ。……上手く生きていく為に。」
アキが弱々しい表情でうつむく。
「…………魔王なんかに説き伏せられるのはすごく癪ですが……じゃなくて。ごめんなさい……ありがとうございます。」
「魔王にだって言えるのだから、仲間の勇者に言うのは簡単だろう? お前は大人なのだから。」
「……はい。」
アキはようやく表情を緩ませ、小さく頷いた。
今度は「仲間」と言われても否定する事もないあたり、彼女も本心としては同じ勇者に対して嫌悪感を示している訳ではないのだろう。先の態度は背伸びした子供の強がりだったのだろう。
魔王はうむと頷くと、手元に置いたアイス2つとスプーンをアキの方へと差し出した。
「じゃあ、約束の品だ。」
「ありがとうございます。でも……口惜しいですが……感謝するべきなのは私のほうで……これを受け取る訳には……。」
今までに無い苦しげな表情で辞退しようとするアキ。
今までになく素直で謙虚な様子だが、やせ我慢しているのは目に見えている。
やっぱりこういうところでも背伸びした子供なんだなと、魔王はやれやれと首を振る。
「いいや。これは契約だ。契約を反故にする気か? ここは俺の顔を立てる意味でも受け取って貰わねば困る。」
「そ、そういう事でしたら遠慮無く……。」
そこでようやくアキもアイスを受け取った。
兎にも角にもこれでナツとアキ、二人の勇者の間のわだかまりも解けそうである。
幸せそうにアイスを口に運ぶアキの様子を見ながら、勇者のお悩みを解決した魔王はフッと笑った。
(まぁ、本当はあんなことわざないんだけどな。)
結局適当な事を言っていただけだった。
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