第20話 口下手勇者お悩み相談(前編)
ある日、勇者アキが一人尋ねてきた日。
良い機会だと思い、魔王フユショーグンはふと尋ねた。
「ところで、お前は他の勇者とはうまくやっているのか。」
その質問を受けた時のアキの表情は、それはそれは凄まじかったという。
「何でそんな事聞くんですか。」
「いや、ハルとはうまくやってないのは知ってるんだが。ナツだっけか。あいつもいるだろう。」
その名前を出した時のアキの表情は、魔王が写真に撮っておいた方が良かったかもと思える程に凄まじかったという。
「……。」
「な、何か言えよ。無言でその顔はやめろ。」
魔王も流石に、アキがもう一人の勇者、ナツともうまくやっていない事を察する。
どうやら三人居る勇者の中でアキだけが孤立しているらしい。
「……どうして仲良くできないんだ?」
「何で仲良くする必要があるんですか?」
「いや、同じ勇者だろう。」
「その"同じ勇者"とか言われるの本当腹が立つのでやめて下さい。」
よっぽど他の勇者を毛嫌いしているらしい。
実は、魔王としては勇者が仲違いしている状況は結構困るのである。そこの事情を伏せているからこそ、勇者達にも今ひとつ危機感がないのだろうが、準備が必要なので流石にまだ事情は話せない。
しかし、仲違いくらいは先に解消できはしまいか、と魔王はこの話を続ける事にした。
「ハルと仲悪いのは分かる気がする。あいつ喧嘩売る時はとことん喧嘩売ってくるからな。分からんのはナツの方だ。」
以前に何度か訪れた勇者、ナツの事を思い返しながら魔王は考える。
やたらと無口で何を考えているのかが分からない男だった。あと、急に何かよく分からない事を口走ったりと、不気味なところの多い男でもある。
そして、何故か魔王の部下、トーカが凄く気味悪がっていた。何かあったのだろうか。
(割と嫌われそうだなあいつ……。というか俺も結構怖いんだよなあいつ。)
謎多き勇者、ナツ。
魔王はうーんと悩みつつ、話を続ける。
「……もしかして、無口で何を考えているか分からないから不気味で嫌いなのか?」
「そんな事で嫌いませんよ。私を何だと思ってるんですか。そもそも嫌いとも言ってませんし。」
魔王からしてみれば意外な返事であった。
嫌いではないならあの顔は何なのか。明らかに汚物でも見るような顔だったのに。
膝に乗せた黒猫を撫でながら、アキはうーんと唸った。
「変な誤解をされるのは気に入らないので、言っておきます。私は彼が嫌いな訳じゃないです。気に食わないだけです。」
それはどう違うんだ? と思った魔王だったが、余計な事を言うと余計に機嫌を損ねてしまいそうなので黙って置く。
しかし、分かった事もある。
やはりアキは他の勇者とは全くうまくやっていないらしい。
ハルがナツを此処に連れてきた事から分かるように、あの二人は特に仲が悪いという事はないだろう。むしろ、ナツの方はハルに好意を持っているだろうと魔王は思っている。
(こいつが一番気難しいんだろうか?)
しかし、と魔王は考える。
割と魔王にもすぐに慣れて、トーカとも話ができているのを見るに、別に他人とのコミュニケーションが苦手な娘ではない筈なのだ。
(もしかして、こいつがツンケンしてるのって他の勇者だけなのか?)
魔王はなるべく機嫌を損ねないように聞いてみる。
「どこが気に食わないんだ?」
「答える必要ありますか?」
「アイスやるから。苺味。」
「……食べ物ごときで釣れると思われるとは心外です。」
「じゃあいいや。」
「まぁ、困る内容でもないので答えますけど。あと、答えるからアイスは下さい。」
この世界ではかなり身分が高いらしく、高飛車?なアキだが結構ちょろい。
易々と釣られたアキは、アイスを出すのを待たずに話し始めた。
「まず、脳筋メスオーガ。」
「ハルな。」
前々から思ってたがメスオーガとは随分な仇名である。
「あれは初対面から感じ悪いです。勇者任命式のパーティで、必死で食べてる彼女に私がぶつかったんです。そしたら、私の事『大丈夫か、ガキンチョ』って……。」
「ああ……まぁ、何となく言いそうだわあいつなら。」
ハルの声で脳内再生余裕の発言である。
「その後も度々私の事を子供扱いしてくるんです! あと、無神経だし、欲張りだし、喧嘩っ早いし、背が高いし、力が強いし!」
「……うん?」
何となく分かる部分も多いが、途中から嫉みにしか聞こえない要素があった。
しかし、気にする様子もなく、ふんふんと怒りながら、アキは続ける。
「庶民には結構人気だし、私に意地悪するかと思ったらたまに優しくなるし、かと思ったら意地悪するし、私よりも早く功績をあげるし、走るのは速いし、料理とかもできるし、前にマントを縫って貰ったし、何でかなんでもできるし……それに、大した努力もしてない癖に、おかしいくらいに強いのが腹が立ちます!」
もしかして、と魔王は察する。
ハルが煽り屋なのもあるのだろう。しかし、基本的にアキのハルに対して抱いている感情というのは嫉妬心なのではないか。
今言われた褒め言葉にしか取れない数々の「ハルの気に食わないところ」に、魔王はどれもこれもピンと来なかったが。だって、魔王城で図々しくだらだらしてるところとか、暴れるところしか見た事がないもの。
「(あいつ割と凄いのか……?)あのぐうたら暴走機関車がか?」
「知らないんですか? ……悔しいですが彼女の才能だけは認めます。あれは天才と呼ばれる類いの人間ですよ。」
「全然想像つかんわ……。」
「魔王の見る目は節穴ですか?」
辛辣なアキに魔王は怯みつつ、ようやく彼女の想いが見えてきた事に安心する。
アキはハルを嫌っているという訳ではない。
「ま、まぁ、あいつが凄かろうとお前も凄いんじゃないのか? 俺は魔法とかよく分からんけど。」
「褒めるの下手くそですか。」
「言ってて自分でも思ったわ。」
余計な口出しはやめておこうと魔王は思った。
この手のメンタルケアについては、魔王よりもトーカの方が向いている。今度任せておこうと思いつつ、魔王は話を切り替える。
「じゃあ、ナツの方はどうなんだ?」
それを聞いた途端、子供がムキになっているような表情は一変した。
眉間にしわが寄った渋い顔。気難しい老人のような渋い表情である。
「……知りませんし。」
魔王はようやく気付く。
色々と言い合いをする、「話す程度」の距離感は保てているハルの方が、実はアキトの距離は近かったのである。
一切話題にも出さず、全然関わり合いを見せなかったナツこそ、アキにとっての地雷だったのだ。
(これ深掘りしない方がいいやつだ……!)
魔王は直感を信じ、即座に話題を切り替える。
「あ、じゃあそろそろアイス食べるか?」
「……いただきます。」
眉間の深い皺が解ける。どうやらナツの話題が終わり、アイスにありつけるとなり機嫌は戻ったらしい。
魔王は早速襖に閉まった冷蔵庫の方へと向かい、アイスを準備しようとした。
その時であった。
トントンとドアをノックする音。
部下は大体ノックなしに入ってくる。最近ではハルも勝手に入ってくる。(一応それは行儀が悪いと注意している)
客だろうか。魔王城に尋ねてくるのは実は勇者と部下だけではない。多少、外界との交流もあるのだ。
魔王はその覚えのないノックの主を確かめる為に、一旦冷蔵庫から離れてドアへと向かい、客人の顔を確認せんとドアを開いた。
そこに居たのは見覚えのある男の顔だった。
「ナ、ナツ……?」
程よく焼けた肌を大胆にさらけ出す、どう見ても冬の格好ではない上半身裸の武闘家勇者、ナツ。
そう。まさにアキと犬猿の仲と思われる張本人が丁度登場したのである。
魔王が呼んだ名を聞いたアキの眼光が鋭くなり、首がひゅっとドアの方を向く。
「………………急に悪い。…………時間大丈夫か?」
「あっ。え、えーっとだな……今はちょっと……。」
「…………客か?」
ナツは部屋の中に誰かが居る事に気付き、魔王の後ろの方を見る。
するとぴったり、コタツから見上げるアキと視線が重なった。
「…………アキ?」
意外そうにナツが呟く。するとアキはすっくとコタツから立ち上がり、置いていた帽子とマントを拾い上げた。
「……帰ります。」
「えっ!? アイスはいいのか!?」
「……急用を思い出しました。また今度いただきます。」
アキはそう言うと魔王城から出ようと入り口の魔王に詰め寄ってきたので、魔王は思わず身を躱し、通してしまう。
魔王城の扉の前で呆然と立つナツを見上げて、アキは一言ぼそっと呟いた。
「……どいてください。」
「…………あ、ああ。…………悪い。」
ナツも素早く身を躱し、アキの通り道を開ける。
そして、アキはそのまま振り返る事もなく、そそくさと魔王城から帰ってしまった。
(……マジか。)
魔王が想像していた以上にナツとアキの仲は悪いらしい。
しかし、どうやらハルとアキのような互いにいがみ合うような仲ではないようだ。
少し寂しげに、困った表情で見えなくなるアキの背中を見ていたナツ。その表情が嫌悪感からくるものではない事は容易に読み取れた。
魔王はナツの背中に声をかける。
「……お前ら仲悪いのか?」
ナツは魔王を振り返る。いつもより少し困ったように見えるが、それでも感情は窺えない無表情でしばらく魔王を見ると、ナツはこめかみを人差し指で掻いて、ゆっくりと口を開いた。
「…………んあ。…………なんというか…………一方的に嫌われている。」
「そ、そうなのか……。なんでまた? 心当たりはないのか?」
「…………ある。」
またもや意外な事に、ナツには嫌われるに至る自覚があるらしい。
アキから探るよりもこちらから探る方が良さそうだ。
そう思った魔王は、ナツを中へと招き入れる。
「まぁ、立ち話もなんだし、中に入ろう。ちょっと詳しく話を聞かせてくれ。」
しばらくナツは黙りこくる。
魔王はナツのこの異様に長い間が怖いのである。
何を考えているのか分からないが、魔王を感情のない凄まじい眼光で凝視してくる。蛇に睨まれた蛙の気分である。
「…………お気遣い感謝する。」
やがて、頭をぺこりと下げて、ナツは魔王の誘いを受けた。
口数が少なく、挙動がいちいち怖いが、鍋パーティのお礼にお土産を持ってきたりと、ナツには結構常識はある事を魔王は知っている。
故にナツから有益な話を聞けるのではないかという期待は十分に持ち合わせていた。
ナツとアキ。二人の勇者の間にある因縁とは?
魔王はその因縁に迫るにあたってふと思う。
(……俺なにやってるんだろうな?)
明らかに魔王の仕事ではない事だけは確かであった。
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