第19話 開戦、勇者VS魔王




 コタツを囲み睨み合う三人。

 魔王フユショーグンが静かに宣言する。


「今日はお遊びは一切なしだ。本気で貴様らに勝たせて貰おう。」


 対する勇者ハルはフッと余裕の笑みを浮かべて構える。


「受けて立つ!」


 そして、勇者アキは緊張した面持ちで魔王とハルを睨み付ける。


「何としても勝たせて貰います……!」


 平和にコタツを囲んでいた勇者と魔王の間に何があったのか。

 何故、勇者と魔王は争う事になったのか。

 事の経緯は、数分前に遡る……。












 今日魔王城を訪れたのはハルとアキ。

 ハルとアキがアイスクリームをくれアイスクリームをくれとうるさいので、魔王は渋々保管していたものをひとつ取り出した。

 全六個入りの、チョコレートに包まれたやつ、魔王のお気に入りである。

 魔王を含めて三人。人数的にも丁度いい。

 そう思って冷蔵庫から箱を取り出した時、魔王は気付く。


(既に開いている……?)


 箱の封が既に切られている。まさかと思い魔王が箱を開けば、六個入りのアイスは既に一個なくなっていた。

 魔王はぎしりと歯を食いしばる。


(またか畜生……!)


 ここ最近多発している盗み食い事件が再び発生した。

 犯人はまるで一個ならそこまで怒られないだろう、とでも思っているかの如く、いつも何個か入っているお菓子やアイスの一個だけを抜き出していく。

 的確に隠し場所を見つける事から内部犯の犯行で間違いないのだが、未だに犯人は特定出来ていない。

 

 箱をコタツにカタンと置くと、ハルとアキは興味深げに覗き込む。

 そんな二人をチラ見して、魔王は考える。


(残り五個。この場には三人。……二個食べられるのは、二人。)


 魔王は基本寛容だが、今回ばかりは別である。

 魔王の能力の制約上、このアイスを買いに行くのはかなり骨が折れるので、今あるものを譲ってやるつもりはない。


「……今、此処には五個のアイスがある。三人で分けると、二人は二個食べられるが、一人は一個で我慢しなければならない。」


 ハルとアキがハッとして顔を上げる。


「しかし、俺は喩え相手が客人でも、二個を譲るつもりはない。」


 魔王の言わんとしている事を理解し、ハルとアキは身構える。

 空間に穴が開く。魔王はそこに手を突っ込み、ひとつの箱を取り出した。


「そこで、誰が二個のアイスを戴くか、勝負しようじゃないか。」

「それは一体……!?」


 ごくりと息を呑み尋ねるハルの前で、魔王は箱を開き、中から紙の束を取り出した。


「トランプだ。」

「トランプ……?」

「色々なゲームに使えるカードだ。こいつで勝負し、アイス二個の権利を奪い合おうじゃないか。」


 ハルはフッと得意気に笑う。


「いよいよ勝負しようという訳か。いいだろう。受けて立とう。」


 アキもふんすと鼻息を荒くして、魔王を強く睨み付ける。


「いいでしょう。アイスが懸かっているとなれば、私も一切手加減しません。"魔導書"と呼ばれる私の頭脳を見せてあげます。」


 勝負に応じる勇者達を見て、魔王は心の奥底でほくそ笑んだ。


(フフ……! 勝ったな……! ルール無用の殴り合いとかなら絶対に負けてたわ……!)


 魔王には絶対に勝てる秘策があった。

 そうとも知らずにまんまと魔王の勝負に乗ってしまった勇者達。

 果たして勝負の行方は……?


「勝負するゲームは……"ババ抜き"だ……!」








 そして、現在に至る。

 トランプのカードの種類と、ババ抜きについて一通りのルール説明を行い、ハルとアキもルールを理解し、勝負の準備は整った。


「同じ数字、絵柄のカードは二枚揃えば捨てられる……と。」


 一番物覚えの悪かったハルも、ルールを理解して、最初の手札を整理していく。既に準備を終えた魔王とアキは、カードを不器用に整理していくハルを待ちつつ、揃った手札を眺めていた。

 魔王の手札は2枚。アキの手札は2枚。そして、ようやく整ったハルの手札は3枚。


(意外と早く決着は着きそうだな……!)


 魔王は左目を閉じる。

 瞼の裏に作り出すのは不思議な穴。

 魔王フユショーグンと名乗る彼が唯一扱える特殊な技能、その名も"七次元門(セブンスゲート)"。

 空間、時間、etc……あらゆる次元を問わず、あらゆる座標を繋ぐ二つのゲートを開くという特殊技能である。

 今回魔王はxyzの三次元を繋ぐゲートを開く。ゲートの数を増やす、ゲートの面積を増やす等をすると骨が折れるのだが、今回のように覗き穴程度の穴を四つ作る程度であれば困らない。


 今回の魔王は一味違う。こんなイカサマじみた手でも容赦無く扱うのだ!


 魔王は自身の左瞼の裏に二つのゲートを、ハルの背後に一つのゲートを、アキの背後に一つのゲートを作り出し、手札を確認した。


ハル:♠5、♥7、JOKER

アキ:♣5、♦2

魔王:♠2、♣7


 どうやら勝負は一瞬でつきそうだ。魔王はにやりと笑った。


「まずは俺からだな。」


 魔王はハルからカードを引く。

 ここで、ハルの♥7を引けば、魔王は♠2が残り、それをアキが引く事で一瞬であがりである。

 勝利確定。魔王は早すぎる決着に、名残惜しさを覚える事もなく、並ぶハルの手札の中から早速♥7を取ろうとした。


 その時である。


「魔王、貴方まさかイカサマなんてしていませんよね?」


 声を発したのはアキであった。

 まさかの発言に魔王はびくりと肩を弾ませ、手を止める。


「な、い、いきなり何を言い出すんだ……?」

「当然の疑念でしょう。貴方が提案したゲームで、貴方が用意したカードで、貴方の拠点で勝負をしているんです。仕込もうと思えば何とでもなるでしょう?」


 まさか、見抜かれたのか!?

 魔王は怯み、対面する小さな少女にしか見えない勇者を侮りすぎていた事に気付かされる。

 この勇者、アホではない。"魔導書"と呼ばれ(正直魔王はその異名の意味が分かっていなかったが)、天才と称される勇者随一の知能派。その称号は伊達ではない。

 頭の出来と度胸に関しては一般人並の魔王は、思わぬ伏兵の登場に緊張が高まりごくりと息を呑んだ。


 その様子を見て、アキは表情を変えずに心の中でにやりと笑う。


(まさか、こんなハッタリに引っ掛かるなんてね。)


 そう。アキは魔王のイカサマに気付いた訳ではない。イカサマ指摘はただのハッタリだったのである。実はイカサマを仕掛けているという確証もなかったのだ。

 魔王の反応から、アキの指摘に、魔王には思い当たる節があるのだとアキは推測する。これは思わぬ収穫であった。


 本来であれば、早速勝負がつきそうな場面だったので、予めイカサマ指摘をしておき、万が一一発で勝負がついたら難癖をつけてやろう……というのがアキの作戦であった。最悪、勝負を仕切り直せる理由を用意できればよかった。

 完全に言い掛かりだったのである。


 しかし、魔王は反応した。本当にイカサマをしている可能性が浮上したのだ。

 アキは神経を研ぎ澄まし、手元のカードを確かめる。


(カード自体に細工をされている?)


 カードに異変はない。周囲の気配も探るが怪しい部分は見当たらない。




 この時、魔王は咄嗟に作ったゲートを引っ込めていた。


(まだ、俺の力まではバレていない筈……! 証拠は掴まれていない筈だ……! しかし、牽制されたお陰で、ここで上がってしまってはイカサマを指摘される……! ここは、一旦♠2を引いて、お茶を濁すか……!)


 イカサマこそ見抜かれなかったものの、アキの指摘は魔王が勝負を決めるのを踏み止まらせた。魔王は一度触れかけたカードから手をずらし、♠2へと手を伸ばす。


 アキにイカサマを牽制されたのは魔王にとって完全なる誤算であった。

 そしてもうひとつ、魔王は致命的な見落としをしていた。


 ♠2のカードを掴み、カードを抜き取ろうとグッと力を込めた時、魔王は初めて異変に気付く。


(カードが……動かない……!?)


 ハルが持つカードが微動だにしない。魔王は何度か引っ張るがまるで動かない。


「……おい。握るな。放せ。」


 ハルがカードを握りしめて離さない。あまりにも動かなすぎて、何が起こったのか一瞬理解できなかった魔王であったが、すぐにハルの小賢しい抵抗だと気付いて指摘する。

 しかし、ハルは真っ直ぐと魔王の目を見て真顔で首を傾げた。


「?」

「とぼけるな……カードを引かせろ……。」

「?」

「おい。」

「?」

(こいつ……!)


 まさかの力業……!

 ハルは魔王がJOKERに手をかけるまでカードを離さないつもりである!

 

「クソッ……! その腹立つすっとぼけ顔をやめろ……! 放せ! ルール違反だぞ……!」


 ハルはにやりと笑う。

 してやったり、といった顔で、ハルは得意気に言う。


「そんなルール聞いていないな?」


 そう、「カードを引かれる時に抵抗してはいけない。」などというルールを魔王は教えていなかったのである!

 当然といえば当然。それは最早ゲームを楽しむ為のモラルであり、暗黙の了解である。

 しかし、これは勝負である。ゲームを楽しむ余地などありはしない。

 これは最早戦争なのだ。魔王はハルとアキの邪悪な笑みを見て、本気のつもりの自分が一番甘い考えで居た事に気付かされる。


(……いいだろう。ならばこちらも手加減なしだ……!)


 グッと力を入れて、全力でカードを握りしめる。そして、渾身の力を入れて魔王はカードを引き抜いた!






(クッソ! 動かねぇ! 何だこいつの馬鹿力!)


 ハルの手元のカードは微動だにしない!

 握力が半端ではないのだ!


(どうする……!? このままJOKERを引くしかないのか……!?)


 魔王は考える。いくつか、ハルからカードを奪い取る方法は思い付いた。しかし、それを実行するにはかなりの労力、もしくは色々と危ない橋を渡らなければならない。魔王にはそのリスクを背負うだけの覚悟がなかった。


(……待て。落ち着け。そうだ。ビリにならなければいい。ここは、素直にJOKERを受け取り、後でそれを押し付けられればいいのだ。)


 魔王は早々に諦めてJOKERに手をかける。すると、するりとカードは抜けた。

 ハルは「フッ」と鼻で笑った。魔王はイラッとしたが、ぐっと感情を抑えて手札を下に隠し、手札をシャッフルする。

 

ハル:♠5、♥7

アキ:♣5、♦2

魔王:♠2、♣7、JOKER


 アキに手札を差し出す。

 先程確認したアキの手札を思い出す。引かれてはならないカードは♠2。これを引かれればアキに上がられてしまう。

 そして、ハルにJOKERを握らせてしまっては、馬鹿力でカードを引かせて貰えない。

 つまり、アキにJOKERを引かせ、JOKERがアキの手からハルに移る前に上がらなければ魔王に勝利はない……!


(……アキはハルみたいな馬鹿力ではない筈。ハルと同じようにカードを握るか? いや、不確定要素に頼るな。このちびっ子ももしかしたら馬鹿力かも知れない。……そうだ。腕力じゃなく、知略で勝利しろ……!)


 ぐっとカードを握り、魔王は身構える。

 次にカードを引くアキもまた、ハルのようなパワープレイには走らずに、冷静に初体験のこのゲームを分析していた。


(このカードは紙ではないみたいですね。恐らくは傷をつけたり折れ曲がったりしないように、特別な素材を使っているのでしょう。カードの裏面の模様にも差はない。カード自体に仕掛けが仕込まれている訳ではない筈。)


 カードから、正解を判別するのは無理だとアキは判断する。


(ただの運任せのゲームとは思えない。あの脳筋メスオーガのようなパワープレイも恐らくは本来の戦い方じゃない筈。魔王が仕込んだイカサマもまた裏をついたものであるとすれば……このゲームの本質は、相手のカードの配置を読み、相手に意図したカードを引かせる心理戦……!)


 アキは魔王の手札を裏から見る。

 現時点で、カードの配置の癖までは読めない。残りカード枚数から、それを判断するまでゲームは続かないだろう。

 続いてアキは魔王の視線を見る。アキの視線に気付いた魔王は見返して来たが、ちらりと自身の手札に視線を落とした。


 それを見たアキは、すぐさま魔王の手札に手を伸ばした。


 狙うのは魔王が丁度見た手札……その隣。

 アキは魔王のカードを掴む。引き抜こうと小さな手に力を込めると、カードは明らかに魔王の手から離れる事を拒んでいた。


「……芸が無いですね、魔王。」

「はて? 何の事やら?」


 魔王がとぼけるが、彼が使っているのはハルと同じ手口。

 力を込め、カードを掴む事で力尽くでカードを護るパワープレイである。

 魔王が危惧したアキの力は、杞憂であった。アキの力では魔王の手からカードを引き抜くことはできない。

 しかし、アキは焦る事なくにやりと笑う。


(浅はかですね、魔王。)


 アキはぽつりと呪文を唱える。

 それを聞いた魔王の背筋に悪寒が走る!

 

(まずい……!)


 魔法に詳しくない魔王は、ほぼ直感的にカードを握った手を離す。

 スポッと抜けたカード。その離れ際に、魔王の指先に僅かな刺激が走った。

 パチパチッ!と弾けるようなその感触には覚えがある。


(静電気……!? いや、違う……! こいつ俺の手に魔法で電流流そうとしやがった……!)


 アキには力がない。しかし、彼女には魔法がある。


(力なら勝てると思いましたか……? 残念ですね。私は杖がなくとも、大人一人を昏倒させるレベルの魔法程度であれば使えるんですよ……!)


 魔王が守ろうとしたという事は、これはJOKERではない。卑怯なパワープレイが裏目に出た。

 アキはふふんと得意気に引いたカードを確認した。


「……なっ!?」


 そのカードはまさかのJOKER。

 

(嘘……!? JOKERなら何故、強く掴んでいたんですか……!?)

「『JOKERなら何故、強く掴んでいた』……とでも言いたげな顔だな?」

「なっ……!?」


 アキは気付いた。


(嵌められた……!)


 魔王が視線で追ったのはJOKERだと考え、別のカードを引いたアキ。それは魔王の誘導だった。

 更に、カードを敢えて押さえ付ける事で、「それが引かれたくないカードである」と、アキを錯覚させたのだ。


 魔王はまんまと罠に嵌まったアキの悔しそうな表情を見て、ほっと一安心した。


(表情を探ろうとしていたのは見て分かった。敢えて視線を合わせた「一番引かれたくない」♠2……これ以外のJOKERを引かれるか、♣7を引かれるかは賭けだったが……上手く引いてくれたな。最良の結果だ。)


 手札を混ぜて整理するアキから早速魔王は視線を外し、続いてハルに意識を向ける。そう。アキにJOKERを握らせたところで勝負は決まりではない。次に必要なのは「ハルにJOKERを引かせない事」である。

 ハルがJOKERを握ればパワープレイで100%魔王にJOKERが戻ってくる。JOKERのない状態のハルからアタリ札を引くのが魔王の勝利条件だ。


ハル:♠5、♥7

アキ:♣5、♦2、JOKER

魔王:♠2、♣7


 ハルがアタリ札、♣5を引けばハルは魔王が最後の♥7を引く事であがり、続けて魔王も7を捨て、残った♠2をアキに引かせる事であがる。

 ハルが♦2を引けば、ゲームは継続するが、魔王の元にJOKERは戻らない。たった一度、特定の札が引かれる事で勝負が連鎖的に決着する状況、次は魔王もアタリ札を外さないつもりだ。そうなれば、ゲームはハルとアキの一対一のJOKERの押し付け合いになる。パワープレイのハルVS魔法妨害のアキ、恐らく勝負は五分五分であろう。


 絶対に、ここでJOKERをハルに引かせる訳にはいかない。

 魔王は再び左瞼の裏にゲートを作った。


 アキの背後から覗き込んだ手札は、右から♣5、JOKER、♦2。理想は決着する右端だ。

 ハルの前にアキはカードを突き出す。ここで、ハルをどうにか右端を引かせるよう誘導せんと魔王は動き出す。


(あのアホの事だ……どうせ相手の考えを読もうだとか難しい事は考えていまい。誘導はできんこともないはずだ……!)


 あのアホはアキの手札を必死に睨み付けて、三枚のカードを吟味している。

 そんなに必死で睨んだところでカードが透ける訳でもないのに、これでもかというくらいに睨んでいる。

 そこで魔王はハッとした。


(これ、カードの裏にゲートを作って、カードの内容を映し出せば誘導できないか?)


 あのアホの事だ。自分に透視能力が目覚めただとか勘違いするのではないか。

 本来であれば、勇者達にゲートを見せてしまう事は、魔王のイカサマが露呈するリスクが高く、なるべくは避けたい行動だ。

 しかし、あのアホであればゲートを見せたところで、それが魔王のイカサマの手段だとは思わないのではないか。


(勝った……!)


 魔王は自身が覗き見たカードの絵柄を、ゲートを通してカードの裏側に映し出す。

 その瞬間、ハルはハッとした。


(見える……! カードの絵柄が……! まさか、私は此処に来て透視能力に目覚めたのか……!?)


 魔王の思うつぼであった。


「うーん。どれにしようかなー?」


 唐突に棒読みで演技を始めるハル。どうやらカードの中身が見えてしまっている事を誤魔化そうとしているらしい。アキはその挙動を不審に思ったのか、怪しむように目を細めたが、まだ魔王の仕掛けたイカサマには気付いていない。

 ハルはとぼけながらも、右端のカードに手を伸ばしていく。


「これかなー?」

(よし……勝った……!)


 ハルと魔王は勝利を確信した。

 だが……!


 バチン!と弾ける音がして、ハルは「痛っ!」と触れたカードから手を離す。

 それを見たアキはにたりと邪悪な笑みを浮かべた。

 魔王は先程自分も食らった攻撃を思い出し、アキの仕組んだ罠に気付く。


(こ、こいつ……! まさか……!)


 ハルもアキの仕掛けに気付く。


「こ、このクソガキッ! 魔法で防御はずるいぞッ!」


 そう! アキはJOKER以外のカードを、魔法で帯電させているのである!

 これではカードに触れる事すらできない!

 最早形振り構わぬ魔法パワープレイを見せつけたアキは、へっと鼻で笑って、そっぽを向いた。


「勝ちゃいいんですよ勝ちゃ。」

「こ、こいつ……! 勇者の風上にも置けないやつ……!」

(お前が言うな……!)

 

 最初にイカサマを仕掛けた事を棚に上げて、魔王は心の中で突っ込んだ。

 そして、魔王は焦る。


(まずいぞ……! このままでは、俺の敗北の可能性がかなり濃厚になってしまう……!)


 ハルはアキからJOKERしか引けない。

 魔王はハルからJOKERしか引けない。

 魔王はJOKER以外のカードを守る術を持ち合わせていない。

 魔王の勝利条件はこの時点で極端に狭められる。

 一旦、魔王はJOKERを持つしかない。その上で、JOKER以外のハズレ札をアキに引かせる。まずはそこを突破しなければ、魔王の勝利はない。


 頭の中で戦略を練る魔王。その中で、ふと彼は想った。


(……ここまで必死になる程の勝負でもないような気がしてきた……!)


 確かに好きなアイスを譲りたくない思いはあるが、電撃を食らってまで守りたいものではない。ここまでルール無用の闘争になると、流石に魔王はそこまで必死ではないのだ。


(何かそう思うとたちまち馬鹿らしくなってきたな……。ここはもう俺が大人になってこいつらに譲った方がいいんじゃないか? 凄い時間の無駄だろこれ。)


 何かに熱くなっている時、冷めるのは唐突なものである。

 魔王は手札をコタツに置き、深く溜め息をつき、やれやれといった空気を漂わせながら勝負を終わらせにかかる。


「やれやれ……仕方ない。分かった分かった。ここは俺が大人になって譲るとしよう。」


 ぴくっと眉を動かして、アキが魔王の方を見る。


「アイスくらいでムキになるのも馬鹿馬鹿しいしな。やめやめ。お前達に二個譲ろう。さ、終わりだ終わり。」


 魔王がパンパンと手を叩き、コタツに置いていたアイスに手を伸ばした時、思わぬ言葉が返ってきた。


「逃げるのか?」


 ハルの一言だった。

 魔王は伸ばした手をぴたりと手を止める。


「ん?」


 ハルは見下すように魔王を見ていた。

 そして、呆れたように鼻で笑う。


「はっ。逃げるのか。勝ち目がないから。大人になった振りをしちゃいるが、どうしても勝てそうもないから体面だけ保って、せめて精神的には勝っている感を出して逃げたくなったのか。臆病者め。」

「ちょっと待て。譲るって言ってるのに何で煽ってくるんだ?」


 魔王が困惑していると、アキも口を挟んでくる。


「逃げたくなるのも分かりますよ。負けた上にアイスを譲るのは悔しいですもんね。大人ぶっちゃってまぁ、情けない。素直に負けを認めて譲ればいいのに。あー、格好悪い。」

「本当にな。譲るなら最初から譲ればいいんだ。自分から勝負を提案したくせに今更になって逃げるのか。全く……見下げ果てたぞ、魔王。」


 アイスを巡る勝負はいつの間にか違う勝負になっていた。

 これはもう意地の問題である。

 ハルは負けず嫌いである。この勝負が始まった時点から、勝負スイッチが入ってしまっており、最早決着を着けないと収まりがつかないのだ。

 アキは大人ぶった魔王の言動が鼻についた。ムキに成っている自分が子供扱いされているような言い口が気に食わないのである。


「弱虫。」

「おいおい……。」

「負け犬。」

「待て待て。平和に終わらせようと言ってるだけじゃないか。」

「臆病者。」

「何なんだ何なんだ。お前達何をそんなにムキになって。」

「卑怯者。」

「はぁ。もういい。分かった分かった。俺が悪かった。だからもうこれで……。」

「普通のおっさん。」


 最後の一言を聞いた魔王ぴたりと止まる。

 アイスに伸びかけていた手が、ダン!と放棄した手札に戻される。


「……ああ、じゃあやってやるよォ! 手加減なしだかかってこいよオラァ!」


 こうして、禁じ手を解放し、全力となった魔王を交え、勇者と魔王の戦争は再開する。

 果たして、勇者と魔王の戦いの行方は……!?




 ―――勝負がつく頃にはアイスが溶けている事を、三人はまだ知らない。





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