第14話 魔王城ギリギリクロスバトル(後編)




 コタツの中には全裸の仮面の男が潜む。

 襖の中には盗み食いに来た女が、魔王城に侵入した二人の変態に怯えながら潜む。

 魔王城にエントリーしたのは謎の全裸(誤解)の男。

 窓からカメラを構えていたネコ耳家政婦は事件の一部始終を見た!




 勇者ナツは気付く。


(何か床に脱ぎ捨てた服があるな。洗濯物か? だらしない所もあるんだなあのおっさん。)


 床に脱ぎ捨てられた服と下着を拾い上げ、ナツは部屋の隅にどかす。








 それをコタツの隙間から覗いていたテラは絶望した。


(し、下着をコタツから遠ざけられた……!? これでは中で最低限隠してから出る事が出来ない……!)


 丁度下着に手を伸ばそうとしていたテラ。最悪、この謎の全裸男が居なくならなければ、コタツから抜け出す必要があるかも知れない。その時、万が一全裸だったら非常にまずい。そこで最低限は隠したかったのだが、その望みは絶たれた。

 服をどかし終えた男は、コタツに入ろうとする。


(嘘でしょう……!? こいつ、此処に入ってくる……!)


 全裸の男が二人でコタツに入る。

 絵面的にこれはマズイ。

 テラは必死で解決策を模索するが、文字通り丸裸で装備はない為、手の打ちようがない。

 来るな来るなという懇願虚しく、男はのそりとコタツに足を差し込んだ。

 テラはせめてもの抵抗と、見たくないものを間近で見せられる事を回避する為に、身体を精一杯コタツの隅に寄せ回避し、顔を逸らす。


(クソッ! バレるな! 全裸で人の家に上がり込み、急にコタツに入り出すヤバイ奴に、今の状況を見られたら何をされるか分かったものではない!)


 そんなテラの抵抗と祈りを嘲笑うかのように、男は唐突に口を開いた。


「…………居るのは分かっている。出てこい。」


 熱いコタツの中で、テラの背筋が凍り付いた。







 ナツは先程から部屋に黒い毛が落ちている事に気付いた。そして、先程たまたまコタツに足を入れた際に触れた柔らかいもの。


(何かいるな。動物か? 犬? ネコ?)


 僅かに何かが動いた音がする。

 ナツはポケットにたまたま入れていた紐を取り出し、コタツの中で振ってみる。


「…………居るのは分かっている。出てこい。」


 すると、足に触れる柔らかい感触が動いたのを感じる。そのまま、ゆっくりと紐を振りながらコタツから手を出すと、そろり、そろり、と紐を追い掛けて黒猫が這い出てきた。


「…………ネコか。」


 出てきたのは黒猫。ナツは紐を追い掛けてきた黒猫の背中を優しく撫でて、ほっこりと微笑んだ。普段無表情で表情を作り慣れていないので、少し不器用な笑い方になってしまう。


(ネコ飼ってたのか魔王。久し振りに見た。やっぱ癒やされるなネコは。)


 ナツは手元で紐を操り、黒猫と遊び始める。





 襖の中から怯えながら裸の男の動きを見ていた魔王側近占い師ビュワ。

 何故か同僚が全裸で潜伏しているコタツに、同じく全裸の男が身体を入れた。


(ちょ、ちょちょちょ、大丈夫!? あの変質者何で急にコタツに!? 一体何が起こって……!?)


 動揺して身を乗り出す。その時、僅かに襖でガタンとビュワは音を立ててしまう。

 次の瞬間、コタツを見下ろして変質者はぼそりと呟く。


「…………居るのは分かっている。出てこい。」

(み、見つかった!?)


 もうビュワは泣いていた。

 変質者に隠れている事がバレた。全裸の変質者に見つかった今、これから何をされてしまうのか。


(……普通の恋から始めたかった。)


 色々と諦めかけたビュワだったが、変質者が一向にコタツから動かない事に気付く。むしろ、コタツを見下ろし、コタツに手を入れて動かしているように見える。


(何だ、見つかったのはテラの方か。良かった……。)


 ほっと一安心するビュワ。


(いや、よくないだろ!)


 コタツの中に居るのは全裸の同僚、テラ。

 それを見つけた同じく全裸の不審人物。

 

(テラの貞操が危ない!)


 しかし、助けに行く事はできない。ビュワの目からは気付けば、恐怖の涙がボロボロと零れ、腰が抜けて立てない。立て続けに衝撃的過ぎる事件が起き、ビュワのキャパシティは既に限界を超えている。

 早々にビュワはテラの救助を諦めた。


 男はにやりと不気味な笑みを浮かべて、呟いた。


「…………ネコか。」

(テラはネコなの!?)


 コタツの中で行われている男同士のやり取りを想像し、ビュワは鼻を押さえた。






 とんでもない誤解が生じている事に唯一気付いているトーカは笑いを堪えながら窓の下に身を隠した。

 魔王城でせっせと働く姿が多く、周りの者もあまり気付いていないが、実はこの女、とんでもない悪戯好きで、とんでもないドSである。


 戸惑う同僚二人。

 普段は冷静沈着でスカしている男、テラ。彼がみっともない姿で、コタツの中で怯えて丸まっている。

 普段は口も態度も悪いはしたない女、ビュワ。彼女が危ない男に怯え、襖の中で震えている。


 その姿を見聞きしていたトーカの中に、ふつふつと嗜虐心が沸き上がる。


(もっと、面白くしたいなこれ。)


 トーカには魔王に雇われるに至った特別な力がある。

 ありとあらゆるものの声を聞き、ありとあらゆるものに語りかけるという、"対話"と呼ばれる特殊な能力。

 動物、植物、果ては非生物に至るまで、声なきものにまで語りかける力は、最早心に語りかける域まで達する。


 トーカは"対話"の力を用いて、外からナツの心へと語りかけた。


(ナツよ。勇者ナツよ。聞こえますか。私は女神です。)


 適当な設定で話しかける。すると、小屋の中のナツはネコとの遊びを放棄してハッとして周囲を見渡した。窓の下に隠れているので見つからない。


(今、直接貴方の心に語りかけています。探しても無駄です。)


 すると再びナツはハッとした。

 どうやら騙せたらしいとトーカがほくそ笑んでいると、ナツは心の中で返事をしてきた。


(驚きました。ご無沙汰しております、女神ヒトトセ様。転生時にお話して以来でしょうか。まさか、こんな風にお話できる事があるとは、思ってもみませんでした。)


 にやにやしていたトーカは「ん?」と首を傾げた。


(俺は何とか勇者としてやっていけています。貴方から授かった使命、一時も忘れた事はありません。この世界にいずれ来たる絶望に備え、精進の毎日です。ここ最近は他の転生者とも出会いました。ご存知でしょうか。魔王と呼ばれる男と、トーカと呼ばれるメイドさんなのですが。こちらも女神様が転生させたのですか?)


 トーカは凄い早口で語りかけてくるナツに対して初めて恐怖を覚えた。


(何それ知らない怖っ!? 何か人違いされてる!? 女神って何だ!? 知らないんですけど!? 何で適当に振った話題に此処まで設定盛り込んで乗っかってくるの!? えっ、ナツ様って、まさか本物のヤバイ人!? しかも、勝手に魔王様と私、仲間と認定されてる!? 魔王様を魔王だと思ってないのは知ってるけど! 一体彼の中でどんな設定が構築されてるの!? これ、弄っちゃいけないやつ!?)


 普通にナツが電波系の怖い奴だと思い始めるトーカ。

 そう言えば、この寒い雪山の中で、全裸でここに乗り込んでくる時点で相当ヤバイ奴である。コタツの中に潜む全裸の同僚のせいで感覚が麻痺していて見落としていた。


(女神様? どうされました?)


 ナツがまだ心で語りかけてくる。

 このまま無視していたらまずい。というか、もうこれ余計な事ができない。

 最初は心に語りかけて、コタツに潜らせてテラと対面させる悪戯を画策していたが、そんな事をする気が起きないくらいに怖くなってきた。


(どうしよう。声掛けた理由思い付かない。ってか下手な事言ってバレたらどうなる? ちょっと私の身も不味いんじゃ……?)


 返事ができない。ナツの超早口の謎設定連発に最早ついていけない。嗜虐心をたぎらせてこの場を支配する筈だったトーカは一転攻勢、ナツの底知れぬ闇により身動きを封じられる。


「…………女神様!!」

(いよいよ声に出してきた! やばいどうしよう! 怖い怖い!)


 トーカは小屋の壁に背を合ってて、いよいよ祈り始めていた。


(誰でもいいから助けて……!)







 コタツの中で身動きが取れないテラは恐怖していた。

 部屋に侵入してきた不審者は、先程から意味の分からない独り言をぼそぼそと零している。


「…………居るのは分かっている。出てこい。」


 最初は見つかったのかと思った。しかし、出てこいと言われてもこの格好で出て行けない。黙ってやり過ごそうとしていると……。


「…………ネコか。」


 どうやら外にネコが居たらしい。外に誰かの気配を感じ取っていたのだろうか。そこで、見つかった訳ではないと一安心したのも束の間。

 少し立つと唐突に不審者は叫んだ。


「…………女神様!!」


 最早意味不明である。


(女神様って何ですか……!? 何か見えちゃいけないものでも見えてるんですかこの人は……!?)


 この時、コタツに籠もりきりのテラは、若干おかしくなり始めていた。

 不審者の登場による極度の緊張や恐怖。

 無理な体勢による疲労。

 コタツに長時間全身潜りっぱなしの熱さによる熱中症直前の症状。

 更に緊張プラス熱さによる水分不足による喉の渇き。


 テラからは正常な判断力が失われつつある。


(…………もうこれ、このままコタツに出てったら"コタツの妖精"とかで誤魔化せませんかね。頭おかしい人みたいですし、ギリいけるかも……?)


 テラは血迷っていた!






 不審者が叫ぶ。


「…………女神様!!」


 襖の中のビュワはびくっとした。


(何!?)


 コタツの中のテラと怪しい状態にあった不審者が、唐突に意味不明な事を叫びだした。


(女神様って何!? 何なのもう訳分からない何なの!? コタツの中で何かあったの!? テラは何したの!?)


 もう訳が分からなくなって、膝を抱えて震える事しかできなくなっているビュワだったが、流石に今の叫びから状況が気になってしまい、襖を僅かに開く。

 すると、不審者はすくっと立ち上がった。

 思わず襖をぴしゃりと閉めて奥に隠れるビュワ。


(何で急に立ち上がるの!?)


 襖を開けると同時に不審者は立ち上がった。

 ビュワの頭にひとつの可能性が浮かぶ。


(まさか……見つかった……?)


 背筋が凍るのを感じた。襖を開けたのがバレたのではないか。

 全裸の不審者、というより急に「女神様」と叫ぶおかしい人に見つかったら、何をされるのか。

 腰が抜けて動けない。もう泣きそうというより泣いている。

 魔王を見た時にも感じた事のない、かつてない恐怖に、ビュワは祈る事しかできなかった。


(助けて魔王様……!)




 この場に居る(勇者を除く)全員が願った。

 もう誰でもいいから助けてくれと。

 魔王でもいい。神様でもいい。勇者でもいい。誰でもいいから助けてくれと。


 ナツに放置された紐で遊んでいた黒猫が、すくっと何かに気付いた様子で顔を上げると、すすすと魔王城の出口へと歩いて行く。


 その時、救世主が現れた。







「魔王ーーー! 来たぞーーー!」


 遠慮無く扉を開いて現れたのは、勇者ハル。

 我が家のように勢いよく扉を開け放ったハルは、魔王城の中央で立っている勇者ナツに気付いて、「お?」と声を上げた。


「何だナツ、来てたのか。って、お前……この寒い中裸はないだろ。前に厚着してこいって言っただろう。」

「ハ、ハル? ど、どうしてここに?」

「遊びに来ただけだ。ナツこそどうして此処に?」

「い、いや。俺は魔王に用事があってここに来たんだが、今日は留守だったみたいで。そうしたら鍵を閉め忘れていたみたいだから、泥棒が入っても困るだろうし、留守番をしていた方がいいかなと思いこうして中で待たせて貰ってただけなんだ。」


 凄い早口でナツは説明する。

 思いも寄らぬハルの登場に焦っている。

 話を一通り聞いたハルは、ふぅん、と納得した様子でポケットから魔石を取り出した。


「何だまた魔王留守なのか。これじゃ来た意味ないな。ちょっと待て。」


 そして、魔石を使い、通話を始める。


「おーい、魔王ー。何か鍵閉め忘れてたみたいだぞ。ナツが危ないからって留守番してた。……うん。うん。分かった。鍵閉めなくていいんだな? そのまま帰るからな。次いついる? ……あー、分かった。じゃあまた来る。」


 ハルは魔石を耳から離し、ポケットにしまった。


「誰もこないから放って置いて帰っていいってさ。留守番させて悪かったな、だと。明後日はいるみたいだからその時また来よう。」

「あ、ああ。そうなのか。じゃあこれ以上此処に居る意味もないな。……コタツは切った方がいいのかな?」

「コタツ斬ったら駄目だろう。急に何を言い出すんだ。」

「そ、そうなのか? じゃあそのまま帰ろうか。」

「そうだな。……しかし、そんな格好して。見てるこっちが寒くなるな。」


 ハルは上着を一枚脱ぎ、ナツに差し出す。


「ほら。ナツには小さいかもしれないけど、羽織るくらいできるだろ。」

「い、いやこれは受け取れない!」

「遠慮するな。私は多めに着てきてるから。ほら。」

「………………あ、ありがとう。」


 ハルから差し出された上着を、恐る恐る、有り難そうに受け取り、ナツは顔を赤くしながら上着を羽織る。


「顔赤いぞ。大丈夫か? 風邪でも引いたんじゃないか?」

「だ、大丈夫だ。早く帰ろう。」

「ならいいんだが。そうだな。帰ろう。」


 ハルはとっとと魔王城から出て行くので、ナツも慌てて後に続いた。

 バタン、とドアが閉じられる。






 コタツの中のテラはごくりと息を飲んだ。


(ハルって、あの勇者の? 彼女が、あいつを外に連れ出してくれた……?)


 襖の中のビュワは深呼吸をした。


(ハルって、勇者の? あの人が、不審者をつまみ出してくれた?)


 小屋の外でトーカがぐっと手を握りしめた。


(ハル様……!)





 魔王側近三名全員が、心の中で、思わぬ救世主に手を合わせた。


(勇者様……!)


 ハル本人の知らないところで、魔王側近三名の、勇者ハルへの好感度が上がった。



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