第13話 魔王城ギリギリクロスバトル(前編)




 "魔道化"テラ。

 王を裏切り、魔王の復活を告げた、始まりの悪魔であり、魔王軍最高幹部のS級賞金首。

 顔を覆い隠す仮面を被り、紳士的な振る舞いをするが、紳士的な普段の振る舞いとはまるで別人のような顔を見せる事もある。

 紳士的な姿、悪魔的な姿、果たしてどれが彼の本当の顔で、どれが彼の仮面なのか。





 テラは魔王城を訪れる。

 三人居る魔王の側近は、魔王城の合鍵を貸し与えられている。いつでも魔王城に入る事ができるのだ。

 トーカは掃除などをする為に勝手に上がり込む。

 テラは、魔王や他の側近が不在の時に限り、魔王城を訪れるようにしている。


 合鍵で扉を開けば、中には当然誰もいない。


 つけっぱなしのコタツ。危ないようにみえるが、魔王から「決して消すな。」と厳重に言いつけられている。

 どちらにせよ、テラが此処に来る時は必ずコタツはつけるのだが。


「よし。」


 誰もいないとは分かりきっていたが、やはり誰の目がないことを改めて確認すると、テラは満足げに頷いた。

 ビシッと着こなした白いジャケットを脱ぎ、ネクタイを解く。堅苦しい白いスーツ姿は、彼なりの戦闘服。かつて彼が暗躍した世界の名残である。

 ジャケットとネクタイは、襖の中にあるハンガーに掛けて、襖を閉める。


 そこから更に、テラはYシャツのボタンを外していき、そのまま脱いでしまうと襖の中に仕舞う。

 それだけに飽き足らず、ベルトを外し、下まで脱ぐ。

 その上、下どころか下着まで脱ぐ。


 早い話が全裸である。(但し、仮面は外さない)


 全裸マスクは服を全て脱ぎ捨てると、ふぅ、と息を吐いてコタツを見下ろす。


「よし。」


 そしてそのまま全裸マスク、テラはコタツの中に全身潜り込んだ。

 普段は真面目で通っている彼に何が起きたのか?


(全裸になる開放感。しかもそれを上司の拠点で行う背徳感。本来寒いはずなのに、コタツに潜り込む事で体温を確保できる安心感。……たまらない!)


 テラは真面目だが魔王城で全裸コタツをする事が趣味のド変態である。


(この為に魔王様に仕えていると言っても過言ではない……。)


 過言である。

 何はともあれ、ド変態ながら人目を避ける配慮はできているので最低限の常識を弁えてはいる(本人はそのつもり)テラ。

 このまま、人知れずテラは全裸コタツを満喫し、誰もそれを知らないまま何気ない一日が過ぎていく。


 ……筈だった。


 ガチャリ。

 それは魔王城の扉が開く音。


(何ですとッ!?)


 テラの心臓が跳ね上がる。

 今日は魔王は外で人と会う約束をしており夜まで戻らない筈である。

 同じ側近のネコ耳メイドのトーカは、普段は他所の仕事があり魔王城には来ない。今日もその日だと告げていて、掃除できなくてごめんなさいね、と魔王に謝っていたはず。

 もう一人の側近、占い師のビュワも、今日はお偉いさんに招かれての一日仕事があると言っていた。だから連絡しないでくれと魔王と側近にしつこいくらいに念押ししていた。

 魔王城を訪れる者など居ない筈だ。


 テラは恐る恐る、コタツから、入ってきた相手に見えないように、魔王城の扉から一番離れた一角から顔を出し、ゆっくりと身体を起こして扉の方を見た。


 裸の男の上半身が見えた。


(男!? しかも、最初から全裸!? へ、変態だ!!!)


 ※テラからはコタツで隠れて男がズボンを履いているのが見えない。


 テラはすぐに頭を引っ込める。

 突如として、全裸コタツを満喫するテラを襲うアクシデント。

 魔王城に突然攻め入ってきた、謎の裸の男の正体とは!?









 勇者ナツは魔王城を訪れていた。

 差し入れを持って、同じ事情を持つ者同士、魔王と何か話そうと思って来たのだが、表に「留守にしています」という札がかけられている。


(あちゃあ……タイミングが悪かったか。今度はいつ会えるだろうか。書き置きでもして、都合のつく日を聞いておいた方がいいか。)


 ナツは魔王と通話する為の魔石を貰っていない。

 魔王とだけ通じる事情について話すつもりなので、ハルに代わりに通話して貰う事もできない。……というより照れ臭くて自分から声をかけるのはハードルが高い。

 今日は素直に引き返そうと思ったナツは、肌に触れる雪を払いつつ、ふと気付いた。


(あれ? 扉空いてる?)


 僅かに扉が開いている。今日は留守だと書かれているのに。

 この時、既に中に潜んでいるテラはあるミスを犯していた。

 

 鍵を閉め忘れていたのである。


(不用心だな。鍵の閉め忘れか? そうそう此処まで人なんて来ないのかも知れないが、泥棒でも入ったらどうするんだ。いや、留守にしている事を教える札が掛かっているという事は、割と誰か尋ねてくるのか? 人が普通に此処に来る? じゃあ、尚更危ないじゃないか。放っておいても大丈夫かと思ったが、気付いてしまった以上放っておくのも忍びない……仕方ないか。)


 ナツは扉を押し開ける。


(留守番しよう。その内戻ってくるだろう。勝手に入るのは申し訳ないが、泥棒に入られるよりは幾分かマシだろ。後で謝ればいい。差し入れも渡しておきたかったしな。)


 あくまで善意でナツは開けっ放しの魔王城に入る。

 中に泥棒よりもまずいものが潜んでいるとも知らずに……。


(あれ? コタツつけっぱなしだ。危ないな。火事にでもなったらどうするんだ。後で魔王にも気をつけた方がいいと言っておこう。……まぁ、今は、寒いし入らせて貰おうかな。)


 そして、ナツはコタツに入ろうと魔王城に踏み入った。








 襖の隅に、一人の女が隠れていた。

 黒いジャージ、乱れた黒髪、黒眼の前身真っ黒だらだらスタイルの女っ気のない女。

 これでも城下町では世界一の占い師で通っており、そのミステリアスな雰囲気と妖しい色気から男からの人気も高い、絶世の美女占い師(自称)。その名もビュワである。

 裏で魔王と通じているというのは秘密である。


 今日はオフスタイルの彼女が、何故此処に居るのか?



 泥棒である。

 狙いは普段滅多に魔王が出さない秘蔵の高級チョコレート。

 ビュワは時折、魔王城から魔王秘蔵の美味しいお菓子を盗み食いしているのである。

 最近魔王も次第にお菓子が減っているのに気付き、少し腹を立てていた。

 その為、今回はアリバイ作りの為に、お偉いさんに占いパーティで招かれたので一日連絡するなと嘘を吐いたのである。

 勿論、招かれてなどいない。魔王は抜けているので、わざわざアリバイの確認などしない。言えば信じるだろう、とビュワは踏んでいた。


 そして、意気揚々と魔王城を合鍵で開け、念のため鍵を閉め、襖を漁っていたところ、思わぬ来客が来た。


 そう、同じ側近のテラである。


 そう言えば、魔王と側近トーカは不在を告げていたが、この男は何も言っていなかった。唯一、魔王城を訪れる可能性のあった人物である。

 テラに罪を擦り付ける事も計画の一つだったが、まさかそれが裏目に出るとはビュワも予想していなかった。(占い師だけど)

 

(まずい……! 見つかったら犯行がバレる……! クソが、何でよりによって今日来るんだあの○○○……!)


 放送禁止用語を心の中で唱えつつ、僅かに襖を開けてテラの様子を窺うビュワ。

 途中、襖にスーツを掛けに来た時は焦って隅に寄る。心臓がバクバクと高鳴って止まらない。ビュワはひやひやしていたが、まさか魔王城に先客が潜んでいるとは夢にも思わないテラが見つけられる筈もない。


(なんなんだあいつ……なんで魔王城来てるんだよ……普段あんまり来ないだろクソクソクソクソ……。)


 襖を再び僅かに開けて様子を窺う。

 その時、テラは思いも寄らぬ行動に出始める。


(えっ……何でズボンまで……えっ、ちょっ、何で!? 何で下着まで……えっ!?)


 脱ぎ始めるテラ。

 そして、そのまま全裸になる。


(いやっ! なんでなんでなんでなんで!? やめっ……!)


 思わず顔を真っ赤にして、手で顔を覆い隠すビュワ。

 しかし、指に隙間を作り、覗いてしまう。


(なんで!? なんでテラ全裸になったの!? しかも仮面外さない!? いやっ! 不潔! なんでなんでなんでなんで!?)


 口が悪いとテラに窘められる事の多いビュワであるが、実は男の裸など見た事の無い初心な女性なのである。

 突然のテラのヌードに混乱していると、テラはそのままコタツに全身を入れた。


(なんでそのままコタツに!?)


 コタツの中には先程の全裸仮面がいるのだろう。しかし、何故!?

 ビュワは頭の整理が追い付かない。同僚の突然の奇行。というか同僚の全裸姿。何故仮面を外さないのか。何故そのままコタツに潜るのか。


(怖い怖い! やだ、不潔! 逃げたい! ……いや、待て。逃げるなら今がチャンスでは?)


 そう。コタツに潜りきったテラからは、コタツの外の様子が分からない筈。今ならコタツの横をすり抜けて、魔王城から脱出できるはずだ。

 盗み食いがバレる訳にはいかない。というか、それよりも、全裸の男と同じ屋根の下にいるという状況にビュワの精神は耐えられなかった。


(……よし、もう少ししたら脱出を……!)


 しかし、そんな彼女に思わぬハプニングが舞い込む。


 突如として開く扉。


(え!? 誰!? トーカも魔王様も今日は来ない筈じゃ……!?)


 恐る恐る襖を開け、開いた扉から現れる者を確認するビュワ。

 次の瞬間、彼女は絶句する。



 全裸の男が魔王城に入ってきた。

 ※ビュワは男の顔を確認しようとして上の方ばかり見ているので男がズボンを履いている事を見落としている。


 ビュワはすぐに襖に引っ込み、手で口を押さえた。

 顔の熱がどんどん上がっていく。心臓がこれ以上無いくらいに暴れている。


(なにこれ……なにこれ!?)


 コタツの中には全裸の同僚。

 更に全裸の男が魔王城に不法侵入してきた。

 襖に隠れる私。


 一体何が起こるというのか。恐怖でビュワは既に泣きそうになっていた。










 ……そんな様子を最初から見ていた、ネコ耳メイドのトーカは、魔王城の裏の窓から中を覗きつつ、わくわくしていた。


(なにこれなにこれ! すごい面白い事になってきてません!?)


 外で用事があると言っていたトーカであったが、実はそれは嘘だった。

 普段から魔王城の家事をしに訪れる理由のひとつであるお菓子のつまみ食い。この前楽しみにしていた噂の高級チョコレートが、何者かによって食べられた。

 前から盗み食い犯がトーカの他にも居た事には気付いていたのだが、自分がここ最近で一番楽しみにしていたものを横取りされた事に彼女は憤慨した。


 犯人は分かっている。ビュワである。


 しかし、それを訴えるには物的証拠がいる。

 その為、彼女が犯行に及ぶであろう状況を作り出し、犯行現場を写真に収めてやろうとして、魔王の不在に合わせて自身も用事があると嘘を吐いたのである。

 案の定、ビュワは自分も用事があると嘘を吐いた。魔王以外は知らない事だが、トーカの前での嘘は無意味である。トーカはすぐに嘘だと見抜いた。


 そして今日、犯行現場に待機し、まんまと罠に掛かって侵入したビュワの姿を捉えたのだが……。




 その後訪れるテラ。脱ぎ始めるテラ。

 そして、何故か入城前から全裸の勇者ナツ。

 ※窓枠に隠れてナツの下半身が見えない上に、中にいる同僚が全員「あいつは全裸」だと思っているので同じ勘違いをしている


 事件の予感しかしないこの状況に、野次馬根性丸出しのトーカはかつてない程に興奮していた。


 カメラを握る手に力がこもる。


(ここから先は一瞬たりとも見逃せない……! 絶対にシャッターチャンスを逃すな! 私!)


 トーカはもう当初の目的を見失っていた。




 魔王軍側近三名VS勇者ナツ。

 思惑が行き違うギリギリのクロスバトルが幕を開ける!



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