第12話 封印の秘法コタツ
魔王城のコタツに入るのは三人。
勇者ハルと、勇者アキ、魔王フユショーグンである。
醜態を見られて発狂していたアキだったが、膝に乗せた黒猫の効果もあり、割と早く落ち着いた。
「この子は何という名前ですか?」
アキの膝の上で丸まっている黒猫を撫でながら、アキは魔王に問う。
魔王は黒猫を何やら複雑な表情で見つつ、しばらく黙りこむ。
アキをからかう事にも飽きたハルも、ぐるりとコタツを回り込んで、アキの後ろから黒猫を覗き込んだ。
「そう言えば魔王、お前ネコ飼ってたのか。初めて見た。」
魔王はうーんと唸ってアキに問う。
「アキ。この猫どこで見つけた?」
「はい? どこって、コタツの中ですけど。コタツの中には丸まったネコがいるんですよね?」
「……そっかぁ。」
魔王は何やら悩ましげに俯くと、深く溜め息をつく。
意味深な反応を不思議に思いつつ、アキはもう一度尋ねる。
「この子の名前は何ですか?」
「…………"シキ"。シキだ。」
「シキですか。シキ~。」
膝の上の黒猫、シキをアキが呼び掛けながら撫でる。丸まってすやすやと眠るシキは、全くお構いなしに目を覚ます事はない。
魔王はその様子を見つつ、すっと立ち上がる。
「悪い、ちょっと電話してくる。」
「デンワ?」
「ああ、これこれ。」
デンワとはなんぞやと魔王を目で追うハルに、魔王は以前にハルにも手渡した魔石を見せる。どこかの相手と遠くからでも話ができる"通話"の魔法が込められた魔石だ。どこかの誰かと急遽連絡を取らなければならなくなったのだとハルは理解した。
「何だ。何かあったのか。」
「ちょっと野暮用思い出した。すぐ戻る。」
魔王がこういった用事で席を外すのは珍しい。しかし、よく外出しているみたいなので、忙しい身なのかも知れない。
(そもそもあいつ普段何やってるんだ?)
魔物の王、魔王。魔物の頂点というだけで危険極まりない存在の筈なのだが、今ひとつ危ない感じはしない。そもそも、魔物の王として何かをやっているのだろうか。
ハルは少しだけ気になった。
(まぁ、今度聞いてみるか。)
それはさておき、ハルもアキが膝に乗せている黒猫シキに興味はあった。
ネコ撫で声でネコと戯れていたアキを笑いはしたが、ハルもネコは嫌いではない。
「アキ。私にも触らせろ。」
「嫌です。シキは寝てるんだから邪魔しないで下さい。」
ふん、とアキがそっぽを向く。
元々仲が悪かったのだが、先程のネコモードを馬鹿にしたのが更に両者の溝を深めたらしい。
しかし、確かにネコを無理矢理触って機嫌を損ねても悪いと、ハルにしては珍しく言われたままに身を引くことにした。
自分が先程までいた席に戻り、コタツに再び入るハル。
その様子を警戒した目付きで睨んでいたアキだったが、ハルは特に何も言わずにお茶を飲み始めた。
「え。今日は聞き分けがいいですね。」
「あん? いや、別にそこまでムキになる事じゃないし。」
「気味が悪いです……!」
「んだとコラ。……いや、まぁ、いいや。面倒臭い。」
折角コタツで寛いでいるのに、喧嘩するのも面倒臭い。
このコタツというものには、やる気を奪う魔力でも込められているのではないだろうか。ハルはふぅと息を吐いて横たわった。
普段は食べ物に気を取られているが、コタツで温まってただぼんやりするのも悪くない。
ハルは少しうとうとしてきた。
「熱でもあるんですか?」
「うわっ! 何だ急に!」
眠りかけたハルの視界ににゅっとアキが顔を出し、頭にとんと手を乗せる。
冷たい手にびくっとしてハルが飛び起きる。
「やっぱ熱あるじゃないですか。」
「いや、コタツで温まっただけだろ。お前こそ手冷たいぞ。静かにコタツ入ってろ。」
アキはコタツから出て、シキを膝に乗せたまま、座った状態で這いずってきたらしい。まだシキは寝ている。
構うのも面倒なのでコタツに入っていろと言ったのだが、アキはまるでこの世の終わりのような表情でハルを見返して来た。
「何だその顔。」
「やっぱ気でも狂ったんじゃないですか……!? 貴女がそんな気の利いた台詞を言えるなんて……!」
「お前私を何だと思ってるんだ。」
いつものハルなら此処で反撃している事だろう。しかし、コタツにより心が平穏になっている今日のハルは違う。まるで女神の如く心安らかである。
(あぁ……分かる。魔王があんなに覇気がないのも分かる。これは覇気抜けるわ。もしかしたら、魔王はこのコタツに封印されてるのかもな。出られないわこれは。)
再び寝かけたハルの顔に、今度は暖かい毛玉がもふっと乗っかってきた。
「今度は何だ……!」
目を開くと、黒い毛玉が顔に覆い被さっている。
顔からそれを除けようとすると、ひょいと毛玉を持ち上げて、強ばった表情でアキが見下ろしている。
どうやらシキを顔に乗せてきたらしい。
「シキ触りますか?」
「熱でもあるのかお前?」
「失礼ですね。この幸せを独り占めするのは罰当たりだと思っただけです。」
と、言いつつ、額に手を当てるアキ。
「……まぁ、熱があるのかも知れませんね。貴女にこんな事言うなんて。コタツのせいでしょうか。あったかくて、トゲトゲとした感情が安らぐようで、もしかしたらこれが英雄王様が施した、魔王の封印なのかも知れませんね。」
「あ、私も同じような事考えてた。」
ハルは思い返す。
どうして、アキと険悪になっていたのか、と。
(勝手に嫌ってたけど、悪い奴ではない、のか?)
コタツで心が落ち着いているのか。不思議といつものように憎たらしいように見えない。
コタツこそが、魔王の封印なのである。
そのおかしな言葉が、ハルには段々と信じられるような気がしてきた。
ハルは顔に乗ったシキをどかして、アキの顔を見た。
「あのさ。」
これからはもっと友好的にできないか。ハルがそんな思いを抱いたその時。
アキは凄く嫌そうな顔をしていた。
「貴女と同レベルのお馬鹿な事考えてたとか嫌ですぅ……。」
ハルは思い出した。
(なんで嫌ってたんだろう……じゃない! こいつは元々こういう奴だろうが!)
コタツで温まって眠くなっていたので、若干ふわふわしていたハルの頭に冷静な思考が舞い戻る。
コタツからするりと抜けだし、ハルは嫌そうにこちらを見ているアキの額にデコピンをかます。
「痛いッ! いきなり何するんですか!」
「うるさい! 喧嘩なら買うぞ! 表に出ろ!」
「寒いから嫌ですぅ~!」
「それは一理ある。よし、分かった。また今度だ。また今度白黒つけてやる。」
「望む所ですよ暴力オーガ! やっぱり、さっきは寝惚けてたんですね! 貴女はそういう人ですよ! ……シキ返して下さい!」
再び火花を散らし始める二人から逃れるように、目を覚ましたシキはコタツの中にするすると潜っていってしまう。
「あー!」
「おっ。またコタツに潜ってあれやるのか? 『にゃあ、にゃあ』って。(笑)」
「くっ……! くぅぅぅぅっ! 」
顔を真っ赤にしてアキがさささっと自席に戻る。
「やっぱり貴女嫌いです!」
「こっちもだよばーか!」
「馬鹿は貴女でしょう! ばーか! ばーか!」
「ばーか! ばーか!」
「それしか言えないんですかばーか!」
勇者ハルと勇者アキ、二人が相容れる事はあるのか。
その後、魔王が戻るまで延々と二人の幼稚な口喧嘩は続いた。
―――そんな喧嘩が行われている一方で。
久しく取り出した"通話"の魔石は、かつて契約を結んだ友に繋がるものであった。
魔王フユショーグンを名乗る男は、魔石が今も繋がるかどうか不安だったが、その不安はすぐに解消された。
発信とほぼ同時に魔石から応答が帰る。
『何かあったか! お前から連絡してくるなんて!』
魔王は安心しつつ、小屋の中にいる勇者達には聞かれないように声を殺して話し始める。
「すぐにどうこうという話じゃない。驚かせて悪かった。」
『何だ。それなら良かった。で、何だ?』
「一応だ。一応報告しておきたい。焦らずに聞け。」
念押しして、小屋の方をちらりと見る。
「封印が弱まってきている。封印してから初めて、"あれ"が目に見える形で外に出てきた。」
『何だと!?」
「焦らずに聞けと言っただろう。あまり大声を出すな。ビュワの占いにも、すぐに外に出てくるとは出ていない。ただ、兆候がいよいよ見えてきたから報告しただけだ。近々、トーカに"対話"させるかも知れない。」
『……そうか。それで片がつけばいいが。』
通話先の男の声は沈んでいる。焦る必要はないが、流石に落ち着いてはいられないのだろう。
その不安を切り替えるように、通話先の男は話を変える。
『そうだ。お前、もう勇者にはあったか?』
「ん? ああ、今まさに来てるところだ。」
『で、どうだ? 見た感想は?』
魔王は過去を思い出しつつ、苦い顔をした。
「お前以上に図々しい奴らだ。」
そして、苦笑いする。
「まぁ、悪い奴らではない。」
『そいつは良かった。これ以上はない者を選んだつもりだ。』
通話先で笑い声が零れる。魔王も懐かしく話した友人との過去を思い出し、思わず笑い声を出してしまう。
『次は良い報告を期待してるぞ、トウマ。』
「だといいんだがなぁ。まぁ、これからはちょいちょい連絡するよ、ユキ。」
通話を切り、魔王は思う。
(まぁ、今回で期待は持てた。なるようになるだろう。)
魔王は一人、何かを想い小屋へと戻る。
魔王は何故か感傷的になっているが、その後女勇者二人の喧嘩に巻き込まれ、その感傷をぶち壊される事になるなど知る由もない。
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