第11話 黒猫ギガブリザード
魔王城を訪れた勇者アキは意外な出迎えに困惑した。
「あら、いらっしゃいませ。魔王は留守にしております。」
頭から生やした黒いネコ耳。恐らくは魔物の一種、獣人と呼ばれる種族であろう。服は黒いメイド服。ぱっちりとした目に光る金色の瞳は、頭のネコ耳と合わせて、容易にネコを想像させた。
魔王が出てくると思いきや現れた謎のネコ耳メイドにアキが戸惑っていると、ネコ耳メイドは「ああ。」とにっこり笑ってお辞儀した。
「初めましてですね。魔王に仕えております、トーカ、と申します。アキ様、ですよね?」
「……あ。」
魔王の部下であるという事を聞き、ようやく納得したアキは、持ってきた包みをトーカに差し出す。
「以前にお世話になったのでお返しを。魔王にお渡し頂けますか。」
「あら、ありがとうございます。どうぞ、上がって下さい。魔王もあまり掛からずに戻りますので。」
「お邪魔します。」
トーカに招き入れられ、アキは魔王城に上がる。魔王は外出中のようだ。いつでも此処に居るという訳ではないらしい。魔王城は前に来た時と同じようにコタツが中央に置かれており、今日はコタツには色々な食器が並べられていた。
「最近お客様が増えたので食器の整理をしていた所なんですよ。ちょっと邪魔なんで魔王には出て行って貰ってるんです。ごめんなさいね。」
「いえ。急に押し掛けたのはこちらですのでお構いなく。」
「申し訳ないんですが、これだけ終わらさせて下さい。あ、お茶出しますのでコタツ入ってて下さい。お邪魔にならないようにするので。」
並べてあった食器のうちから一つを取って、ぱぱっと手際よくお茶を淹れて、アキが座った場所に置くトーカ。その後は音をあまり立てずに食器を整理し始める。
アキはお茶を少し口にしつつ、その様子を眺めていた。
見慣れない食器が沢山ある。それ自体も非常に興味深かったのだが、それ以上に彼女の気を引いたのはトーカの頭から生えた黒いネコ耳だった。
(ねこ……。)
じーっとネコ耳を見つめる。
動く事なく、ただ佇むそれは、きめ細やかな毛並みに見える。
「どうされました? 私の頭に何かついてますか?」
「え? い、いえ。何も。」
何かついてるかと言われたらネコ耳がついているのだが、それを凝視していた事を悟られぬようにアキは誤魔化す様にお茶を啜った。
食器はかなりの量があり、音を立てずに作業をしようとしているためか、作業の進みはゆっくりである。トーカに気取られないようにネコ耳をちらちらと見つつ、アキはちびちびとお茶を飲む。
トーカは鼻歌交じりに作業をしている。最初は抑えめな鼻歌だったが、途中からアキが静かにしているからか、周囲の目を気にしなくなってきたらしい。
次第に鼻歌に歌詞が乗り始めてきた。
「ギーガブリザード♪ ギーガブリザード♪ 撃っては撃っては悲鳴が止まぬ♪」
アキは聞いた事もない歌に何気なく耳を傾けていた。
「ウルフはおののき野を逃げ回り♪」
物騒な歌だなぁ、と思いつつ聞いていたアキの耳は次なる歌詞に完全に囚われた。
「ねーこはこたつでまーるくなるー♪」
「!?」
アキはその一言を聞き逃さなかった。
(ネコはコタツで丸くなる……!?)
コタツとは、今アキが入っている布団を被ったテーブルの事である。
入ると暖かい不思議なテーブル、その中でネコが丸くなるとトーカは歌った。
アキがそわそわし始める。しきりにコタツの方に視線を移し、時折トーカの視線を探る。
トーカはその後もふんふんと鼻歌を歌いつつ、食器を整理し終えると襖の中の棚にしまった。
「ふぅ、一段落。うるさくてごめんなさいね。」
「い、いえ、お気になさらずに。」
「じゃあ、魔王を呼んできますので少々お待ち下さい。そんなに掛からないと思うので。」
こくこくと頷くアキ。トーカはぺこりと頭を下げてから、魔王城の扉から外に出て行った。魔王は外で待たされているのだろうか。外から来た時は途中で魔王は見掛けなかったので、少し離れたところで待っているのだろう。
アキは一人魔王城に取り残される。
アキはトーカが出て扉が閉まりきったタイミングで、バッとコタツから少し身体を出し、コタツ布団を見下ろした。
(ネコがこの中に居る……?)
もう一度入り口の方を見る。更に、近くに置いた杖に手を添え、気配探知の魔法を発動させる。視覚聴覚嗅覚を強化して、周囲の気配を探知する魔法である。トーカが離れていく気配が一つあるが、魔王の気配は近くにはない。此処に現れるとしてもまだ大分時間が掛かる。
そこまで念入りに周囲の気配を探り、アキは三角帽子を脱ぎ、コタツから一旦離脱した。
もう一度入り口の方を見る。
やはり気配は感じない事を確認してから、アキは四つん這いになり、頭を下げた。
向き合うのはコタツ。アキはそのままの姿勢から、何度も入り口の方を窺いながら、コタツ布団を捲り上げる。
中はほんのり赤い光が満ちており、これが暖かさを生み出す魔法の正体であるとアキは即座に理解した。
しかし、今はそこは重要ではない。
(ねこ……ねこはどこ……?)
アキの目的は、トーカが歌っていた歌に出てきた「コタツで丸くなっているネコ」なのだ。
アキはトーカの頭のネコ耳をじっと見て、ずっと思っていた。
(触ってみたい……。)
獣人という珍しい魔物に興味があるのではない。
アキはネコが大好きなのである。
魔法使いは使い魔として、己の魔法をサポートするしもべを連れている事が多々ある。その種類は多岐に渡るが、アキは常々使い魔にはネコを選びたいと思っていた。
しかし、父が猫アレルギーである為に、ネコを飼う事は固く禁じられている。また、領主の一人娘として、デッカイドーの名門メイプルリーフ家の次期当主として、ネコをネコ撫で声で愛でる様を見せるなと強く言われて育ってきた。
抑圧されてきたアキのネコに対する欲望とも言える愛情は尋常ではないのだ。
コタツの中にはネコらしき影はない。赤い明かりがあるものの仄暗いコタツの中で、頭と上半身だけ這いずり回せてアキはネコを探す。
「ねこちゃ~ん? どこですか~?」
犬が威嚇するような姿勢で、ずりずりとコタツに侵入していくアキ。魔王が戻るまで時間があるとはいえ、万が一にでもこの姿を見られたらまずい。
勇者らしくもないし、次期当主らしくもないし、大人っぽくもない。絶対に魔王が戻るまでにネコを見つけ出さねばならない。
「にゃーにゃー! にゃーにゃーにゃー!」
ネコはコタツで丸くなる。コタツに居る筈の丸くなったネコは果たして何処に居るのか。鳴き声で呼び寄せようと試みて、出鱈目ににゃーにゃー言ってみるが出てこない。
そろそろまずいのでは。アキは焦り始めていた。
(早く……! 早く出てきてねこちゃん……!)
魔王城のコタツ内にはネコは居ないという単純な答えに行き着くことなく、アキは強く、強く、ネコの出現を願った。
その願いはコタツに届き、奇跡を起こす。
顔をきょろきょろさせていたアキの眼前に、突如として黒い毛が現れた。もこっとした丸まった毛玉は、仄暗い闇に紛れてそこに居た。
アキの視線と息づかいに気付いたのか、丸まっていたそれは、まるでアキの願いに応えるかの如く、ゆっくりと、金色に光る目を開いた。
「―――――ッ!!」
声にならない悲鳴を上げるアキ。
そう、それはもこもことした、まさにアキが思い描いていたような黒猫であった。 アキは叫びたい気持ちを押し殺し、黒猫を警戒させないように、飛びつかずに様子を窺う。
黒猫は完全に目を開き、目を覚ましたようだった。今まで目を閉じて眠っていた為に見えなかったのか、今では金色に光る瞳がはっきりと見えて、その存在を確認できる。
アキは顔をそっと近づける。丸まったままの黒猫は、動じる事もなく、アキの事を警戒する様子もなく、じっとアキを見つめ返した。
「にゃあ。」
アキが小さな声で鳴き真似をしてみる。
すると、黒猫は応えるように、「ミャア。」と鳴き返す。
アキが震える。上半身は更に低く、お尻は更につき上がる。
「ちちち、ちちちち。」
舌を鳴らしてみる。すると黒猫は顔を上げ、身体を丸めたまま鼻先だけをアキに寄せてきた。
もうアキは興奮を抑えきれない。長年抑え込んできた感情を爆発させるように、最早声を抑制する事無く、魂を乗せて黒猫に語りかける。
「にゃあ! にゃにゃにゃにゃにゃにゃ! にゃあ!」
ミャア。とだけ黒猫は応える。
会話できている筈もないのだが、心が通じ合った気がしてアキは歓喜した。
「にゃにゃ! にゃあにゃあ!」
今度は黒猫は応えない。
「にゃ、にゃ? にゃにゃにゃ、にゃにゃあ?」
機嫌でも損ねたのだろうか、と問い掛けるアキ。
すると、なんと黒猫は起き上がり、のそのそとアキの方へと歩いてきた。
アキは歓喜した。
しかし、すぐには飛びつかない。寄ってくる黒猫から離れるように、徐々にコタツから上半身を抜いて行く。
「にゃあ……にゃあ……。」
黒猫は興味深そうにアキの方へとそろりそろりと寄ってくる。どうやら完全に気を惹くことに成功したらしい。
この姿勢のまま黒猫を愛でる事はできない。コタツの外に誘き寄せて、そこで初めて抱き寄せるのだ。
完璧な計画。アキは自身のかしこさを改めて思い知った。
「にゃあ……にゃあ……!(あと少し……あと少し……!)」
コタツの出口まで黒猫が寄ってきた。ミャア、とアキの呼び掛けに応えるように鳴いた黒猫。その鼻先がアキの頬に触れた。
(今だ!)
アキがぎゅっと黒猫を抱き、コタツから身体を引き出す。黒い少しトゲトゲとした、しかし柔らかい毛並みが頬を撫でる。黒猫はアキの狙い通り抵抗する事無く抱かれ、コタツからその姿を現した。
黒猫を抱き上げ、アキは勝利の雄叫びを上げる!
「にゃにゃにゃーーーーーーーッ!!!!!!」
無抵抗に抱き締められる黒猫は、アキに身体を委ねるように目を閉じる。
そのほかほかの黒い毛玉を膝に置き、アキは最高の笑顔で噛み殺す様な笑い声の方を振り返った。
(ん?)
そう。噛み殺す様な笑い声が聞こえた。
それは魔王城の入り口からだった。
アキの笑顔が固まる。
「……………………いつからそこに?」
魔王城の入り口に、魔王フユショーグンが唖然として立っていた。
そしてその横で、アキが二番目に嫌いな敵、同じ勇者の剣士、ハルが壁に顔をもたれ掛からせ、腹を抱えて笑いを噛み殺していた。
アキの問いに魔王が答える。
「……………………コタツに頭突っ込んで、尻突きだして『にゃにゃにゃにゃ』って叫んでたところ。」
「や゛め゛ろ゛……! じぬ゛……! わ゛ら゛い゛じぬ゛……!」
見られてはいけない部分ほぼ全部である。
アキの顔がたちまち紅潮していく。元々、コタツに頭から潜って熱かった顔が、更に熱くなっていく。
「ち、ちがっ……ちがっ……!」
膝の上の黒猫は、大欠伸をして丸まった。
今にも逃げ出したいのに、黒猫に拘束されてアキは逃げる事ができない。
同じく顔を真っ赤にして腹を抱えて、声にならない笑い声を漏らすハルが、にやついた目でアキを見て、口を押さえて小さく呟く。
「……にゃあ(笑)。」
「――――――――――――――――ッ!!!!????」
声にならないアキの悲鳴が魔王城に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます