第10話 集結、魔王軍
極寒の大地デッカイドー。
魔物の跋扈するこの土地には、魔物達を支配する魔物の王、魔王が居た。
かつての勇者、ユキは魔王との壮絶な戦いを繰り広げたという。
ユキは強大な魔王を討ち滅ぼす事は結局できなかった。しかし、魔王を封印する事には成功した。
魔王の王冠を持ち帰ったユキは、人々に讃えられ、やがて"英雄王"と呼ばれるようになる。
最大の脅威が去ったデッカイドーは、残党の魔物との戦いは続けていったものの、平和を取り戻したと、皆がそう思っていた。
しかし、ある日英雄王は、厳重に保管された王冠の異変に気付く。
魔王を封印した事により、魔力を失っていた王冠に再び魔力が宿り始めたのだ。
これは魔王の復活の兆し。ユキが王冠を持ち帰ったのは、いずれ解けるかも知れない封印を危惧しての事だったのだ。
やがて、魔王の復活を告げる者が現れる。
それは、先代王の時代より、王宮に仕える宮廷道化師の一族の、現宮廷道化師。
密かに人間の王の下に忍び込み、虎視眈々と魔王復権の時を待ち構えていたその男、"魔道化"テラは正体を現すと共に、魔王の復活を告げ、英雄王の下を去った。
魔王の復活を確信した英雄王は有能な若者達の中から次代の勇者を選び出し、彼らに命じた。
「魔王を再び封印せよ。」
こうして、勇者と魔王の戦いは幕を開けた。
―――というのが、デッカイドーでよく知られる現代の魔王復活物語の序章である。
最近割と勇者が押し掛けてくる魔王城には、珍しく外部の者は居なかった。
物語に描かれた魔王とは似ても似付かない中年、魔王フユショーグンを名乗る男は、咳払いしてから「えー。」と話を切り出した。
「はい。では、定例会を始めます。」
魔王城に集う三人は、「わー。」とやる気のない拍手をして、司会の魔王に視線を合わせた。
「報告無し。以上。」
「じゃ、お茶だしまーす。」
魔王が一言で定例会を終了すると、早速ネコ耳のメイド、トーカがコタツからするりと抜けだし、お茶の準備を始める。
元々気が抜けていたのだが、集まっていた者達はそれと同時に更に気を抜いて、コタツに深く潜ったりだらんと机にもたれ掛かった。
コタツに深々と潜り、もう頭しか出していない黒髪黒眼に黒ジャージを纏う、全身真っ黒女はしみじみと呟いた。
「あー、生き返るわー。」
「ビュワさん、はしたないですよ。」
コタツにもたれ掛かりながら、仮面をつけた白スーツの青年は真っ黒女、ビュワを窘める。「お前が言うな。」と反抗しつつも、ビュワは身体を起こすと、トーカが既に置いているお茶をずずずと啜る。
「最近クソ寒いからほんと今日が待ち遠しかった。」
「女性がクソとか言わない。はしたないですよ。」
「う○こ。」
「おい。」
「テラ、無理だから諦めろ。そいつの口汚さは一生直らん。」
魔王に諫められた仮面の青年、テラは「はぁ。」と深く溜め息をついてストローを取り出し、仮面の隙間に差し込む。そして、目の前に置かれたお茶にストローをさし、ちゅるちゅるとお茶を啜る。
魔王の言葉を受けて、ビュワは頷く。
「そうそう。私、思った事すぐに口にでる訳。裏表ない性格だから。何故かって? "占い師"だけに"裏ない"。……ってな。」
「おいこのクソ寒い中でクソ寒い駄洒落やめろ、ぶっ○すぞ。」
「魔王様口悪っ。」
交わす言葉は殺伐としているが雰囲気は緩い。そんな空間。
お茶と菓子の準備を終えたトーカも席に戻り、お茶を啜って、はぁ~と年寄り臭い息を漏らす。
「いやぁ。和みますね。」
「だな。最近落ち着かないから尚更な。」
「あぁ、勇者様ですね。」
最近急に尋ねてくる勇者が増えたせいで、魔王はオフ日もろくに落ち着けずにいた。今日は事前に用事があると断っておいたので急襲される心配はない。
勇者の話題を出したところで、テラは「おっ。」と食いついた。
「そういえば此処まで辿り着いたみたいですね。勇者。どうでしたか?」
「すっげぇ図々しい奴らだった。」
「そ、そうなんですか。えっと、実力の方は?」
「飯食って帰るだけだから知らん。」
「え、何しに来てるんですかそれ。」
「知らん。」
「えぇ……。」
若干引くテラ。
その話を聞いていたビュワも「はぁ?」と怪訝な表情を見せる。
「おいおい……そんな奴らが勇者でこの世界大丈夫なんか?」
「私らが言うことじゃないと思いますけどね~。」
「言えてるー。」
「ね~。」
トーカとビュワが顔を見合わせて「ねー。」とにこやかに首を横に傾ける。
この二人、仲良さそうに見えるが別段仲が良いわけではない。緩みきった空気の中で適当なノリでやっているので、やり終わるとすぐに興味なさそうに視線を逸らす。
魔王達が心配してはいるものの、魔王達はこの世界をどうこうしたいという訳ではないので、勇者が魔王を倒さなくとも世界が困るという事もないのだ。
とはいえ、使命を忘れて堕落に興じているのが世界の守護者というのも困りものである。
「やっぱ、魔王様に威厳がクソみたいに足りないのがな~。」
「ですよね~。」
「えぇ……? 俺が悪いみたいな話になるの? 関係無くない? なぁ、テラ?」
「ノーコメントです。」
上司に敬意の欠片もない女子二人だけでなく、テラにさえ裏切られた魔王は、コタツに突っ伏す。
「……分かってるんだよなぁ。威厳ないのくらい。」
「あ、魔王様が凹んだ。」
「あーあー、大丈夫ですよ~魔王様~。魔王様は頑張ってますよ~。」
「クソ雑魚メンタル過ぎるだろ。そういうとこだぞ。」
「駄目だ。これマジ凹みですね。しばらく立ち直れないやつですよ。」
凹む魔王を囲んで三人が顔を見合わせる。
互いにお前が励ませという空気を漂わせてから、やがて諦めたように魔王の背中をトーカが叩いた。
「飲みましょう! 久々の景気づけに! この前貰った勇者様のお土産もありますし!」
トーカの提案に魔王がゆっくりと顔を上げる。
「でも、この前の健康診断で……。」
「ちょっとくらい大丈夫ですって! たまには、ね? 元気出していきましょう!」
トーカはコタツから抜け出し、襖から以前に勇者ナツが持ってきた酒瓶を取り出す。
魔王は基本人が良いが、いじけると面倒臭い。
こうなった場合は飲ませておくのが良いというのが通例なのである。
「……じゃあ、飲む。」
魔王も酒はまず断らない。
いえーい、とやる気のない盛り上げ声を上げて、部下達はそそくさと準備を始める。
コップを配り、酒を注ぎ、適当なつまみをコタツの中央に置き、大体の準備が終わったところで全員が席についた。
コップを高く掲げ、トーカが言う。
「では、乾杯しましょう。」
テラが仮面を僅かにずらして口だけ覗かせて問う。
「さて、何に乾杯しましょう?」
面倒臭そうにビュワが魔王にコップを突き出す。
「何でもいいから魔王様決めちゃってよ。」
魔王は「えぇ?」と困ったように悩ましげに目を細めると、「じゃあ。」とコップを高く掲げた。
「我々の平穏な生活と、世界の平和を願って。かんぱーい。」
結局、勇者の土産だけに飽き足らず、買い足した酒で飲み続け、魔王軍の定例会は一晩続く。
デッカイドーは今日も平和である。
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