第9話 背徳!愛の叫び
黒き剣を地面につき、紫色の体表を持つ悪魔は膝を折った。
「まさか……魔王軍最高幹部"四魔剣"最強の、"炎剣"レーヴァテイン様が敗れるとはな……見事だ、勇者よ……!」
相対するは、年端もいかない少女にしか見えない、小柄な魔女。
大きな黒いトンガリ帽子を杖で直して、魔女は冷めた様子で悪魔を見下ろした。
「お世辞は要りません。当然の結果です。」
「フッ……分かってはいたさ。お前は強すぎた。」
魔王軍最高幹部"四魔剣"でも最強と呼ばれる"炎剣"の異名を取ると言われる悪魔、レーヴァテインは素直に小さな魔女……勇者を讃える。
「……約束だ。魔王様の居場所を教えよう。……だが、敗者が頼めた事でもないが、ひとつだけ、引換に教えて欲しい。」
冷めた様子で返事もしない勇者に、レーヴァテインは返事を待たずに問う。
「名は、何という。幾億の術を操る、小さき勇者よ。」
勇者はふんと不満げにレーヴァテインを見下し、小さな口を開いた。
「小さくないです。……まぁ、減るものでもないです。ご褒美に教えてさしあげましょう。」
勇者はローブで隠れる胸に手を当て、胸を張って名乗りを上げる。
「私は"魔導書"の名をかの英雄王より賜りし勇者。赤の土地を治めるメイプルリーフ次期当主、『アキ・メイプルリーフ』です。」
三勇者の一人、"魔導書"と呼ばれる魔法の申し子、勇者アキ。
彼女は並み居る強大な魔物を退け、いよいよ魔王の玉座に至ろうとしていた。
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勇者アキは思わず叫ぶ。
「騙された!」
四魔剣なる魔物最強の四人衆最後の一人、レーヴァテインから受け取った地図は、魔物の王である魔王の拠点を示したものだと聞かされていた。
しかし、吹雪く道を魔法の杖をつきながら歩いてきた結果、辿り着いたのは小さな小屋であった。
絶対に魔王が住んでいる筈がない。強力な魔物の王がこんな家畜小屋みたいな場所に住んでいる訳がない。
(きっと、難を逃れる為に出鱈目な地図を渡されたんだ! 卑怯な魔物をまんまと信じた私が馬鹿だった!)
レーヴァテインに対する怒りと、騙された自分の愚かさに、三角帽子を外して髪を掻きむしる。
積もった雪を何度かボスボスと杖でついて八つ当たりして、若干溜飲を下げたアキは、少し冷静になって考え直す。
(レーヴァテインは次会ったらこてんぱんにするとして……。これ以上こんな雪山に居る意味もないか。それに、実際に小屋があった辺り、適当に渡された地図という訳でもないかも。何か魔物に関わる場所かも知れないし、念のために確認だけして帰ろう。)
アキは帽子を被り直し、念のため確認だけはしておこうと小屋の方に歩み寄る。
小屋は木製でやはり小さい。中から明かりは見えるので、空き家という訳ではないらしい。
続いて見つけたものにアキは小首を傾げた。
「……『魔王フユショーグン』? ……『Welcome to 魔王城』?」
まるで魔王が住んでいるかのような表札と、まるでここが魔王城であるかのような誘い文句。
アキはカチンと来た。
「馬鹿にして……ッ!」
偽の魔王城住所を提示し、まんまと騙された者を馬鹿にするような小屋を構える。手の込んだ悪戯にアキは憤慨した。
こんな小屋が魔王城の筈がないし、魔王が住んでいる筈がない。
こんなアホな小屋が魔王城だと信じるのは子供か馬鹿くらいである。
中を慎重に窺うつもりだったが、アキの怒りが爆発する。中にいる悪戯の協力者にも物申さねば気が済まない。カチコミである。
ドンドンドンと気持ち強めにノックをする。
「すみません!」
ドアが開いた。
「はい。どちら様でしょうか。」
色白の普通のおじさんが出てきてアキは困惑した。
魔物じゃないどころか一般人にしか見えない。
怒る気満々だったのだが、無関係に見えるおじさんの登場でアキは怒りのやり場に困り始める。
「あ、あの、えっと。」
「ん? お嬢さんどうしたのかな? こんな所まで来たら危ないじゃないか。」
「お、お嬢さんじゃありません! 立派な大人です!」
「あーそうかそうか。ごめんごめん。とりあえず、大人でもこの辺りは暗くなると危ないから早く帰った方がいい。」
「え? あ、あー、えっと、えっと。」
「道は整備されてるから迷わないとは思うけど。何なら麓まで送ろうか?」
「い、いえ。大丈夫です。迷子になって此処に来たわけでは……。」
全然関係ないおじさんだが、やり場のない怒りを尖らせないようにしつつ、一応聞いてみる。
「あの……此処が魔王城だと聞いて来たのですが。」
「え? 何の用事かな?」
「えっと、勇者をやっています、アキ・メイプルリーフと申します。魔王を倒しに来たんですが、魔物の悪戯に騙されたみたいです。ご迷惑をお掛けしました。」
おじさんは目を何度かぱちくりとさせてから、ハッとした。
何か戸惑っている様子にも見える。
「……あの、ごめん。魔王です。」
「え?」
「魔王フユショーグンです。」
「はい?」
「よ、良く来たな勇者よ。」
アキは「何を言っているんだこいつ。」みたいな目で自称魔王を見ている。魔王も相手がまさか勇者だとは気付かずに、一般人向けの対応をしてしまった為に、今更無理だろうなとは思いつつも魔王対応をしている。
どうやって仕切り直すべきか。続く動きを模索する魔王に、思わぬ助け船が入る。
「おい、魔王! 寒いから早くドア閉めろ!」
「えっ? ちょっと待って! その声は……!」
「ん? この声……! おい、魔王! まさか、今来た客って……!」
バッとアキが魔王を躱して部屋の中を覗き込むと、同じくコタツに入ったまま背中を反らして魔王城の外を覗き込んだハルと丁度視線が合う。
二人の女勇者の目の色が変わる。
魔王に見せた事の無い、敵意に満ちあふれた視線が交差し、ドスのきいた声が魔王城に響き渡る!
「何で"暴食メスオーガ"が此処に居るんですかァ!?」
「何で"生意気クソガキ"が此処に居るんだァ!?」
間に挟まれた魔王がおろおろする。
「な、何だお前ら? 勇者同士なのに仲悪いのか?」
「勇者とか同じ括りにしないで欲しいですね心外です!」
「こちとら願い下げだ!」
「あ、あー、分かった。何となく分かった。怖いから俺に怒らないで。」
結局魔王はアキを魔王城に上げた。
喧嘩になるから帰るよう促したら「何故あいつじゃなく私が帰らなければならないのか」という主張を互いにし始めて一歩も引かなかったからである。
魔王城に上がったアキは、帽子を脱ぎ、顎に引っ掛けたゴム紐も外し、きょろきょろと狭い小屋の中を見た。
「狭い……けど暖かいですね。何ですか、この足元の絨毯は。熱を持っているんですか?」
始めはハルへの敵対心を剥き出しにしていたアキだったが、魔王城の見た事もない環境に興味が移ったらしい。
魔王は話題が逸れた事に安心し、この部屋に興味を持たせる方向に持って行けたらと説明をする。
「電気カーペットだ。」
「聞かない名前ですね。ずっと熱が維持されている。炎系統の魔法は持続力と安定性に問題がある筈なのですが、熱を此処まで安定して維持できるとは……高度な魔法ですね。」
「うーん。魔法というか何というか。俺はその辺点で分からんから説明しづらいな。知り合いの魔法使いに頼んで自家発電を導入している。それで電気を常時供給しているのだ。」
「ジカハツデン……デンキ……興味深いですね。」
「まぁ、立ち話も何だし、コタツに入ろう。冷えただろう。」
「コタツ……?」
アキは聞き慣れない言葉に興味津々に目を光らせた。
そんなアキにハルは得意気に声をかける。
「ハン! コタツも知らないのか! これだよこれ!」
「あァ? ちょっと待って下さいよ。私にこの下民と同じテーブルに着けというのですか?」
「あァ!? 親が金持ちのだけのボンボンがそんなに偉いのかァ!?」
「偉いですよ? 何せ勇者であり、領主の娘でありながら、メイプルリーフ次期当主なので! 身分が違うんですよ!」
「何それ知らんし! 何処の田舎の貴族だよ!」
「それは貴女が無知なだけでしょうが!」
また喧嘩が始まった。魔王はおろおろしながら両者の間に入る。
「落ち着け! 落ち着け、な? 取り敢えず座ろう! そうだ! 特別に良い物をだしてやる!」
ぴくっとハルの眉が動く。
「いいもの?」
「ああ! 滅多にお目にかかれない高級品だ! 正直、こればかりは出したくなかったが……特別だ!」
ハルの感情がアキへの敵対心から"良い物"への興味に切り替わってきた事を感じ、魔王は心中でガッツポーズした。こいつは食い物で釣れば容易くコントロールできる。しばらくのタダ飯食らいによる食品被害が此処に来て大きなリターンとなって戻ってきた。
続いて、今だ立ち続けるアキの対処である。
そもそもこいつがハルと同じ席に着きたくないと駄々をこね始めたのがきっかけだ。
「ものに釣られるなんて貧乏人は嫌ですねぇ。」
「何だと……!?」
「まぁまぁ、お互い大人になろう、な? アキ、と言ったか。お前にも普段はお目にかかれないものを振る舞うから。」
む、と不満げに眉根を寄せたアキ。何か気に障る事でも言っただろうかと内心焦る魔王。しかし、以外にもアキは何も言わずに身を屈める。
「……まぁ、私は大人ですから。譲歩しますよ、ここは。えっと、これはどうしたらいいんでしょう。」
「普通にコタツ布団を捲って足を入れればいい。あ、マントとか邪魔なら預かるからな。」
「お気遣いどうも。えっと……こうですか?」
黒マントを魔王に手渡した後、コタツに恐る恐る足を入れるアキは、次の瞬間驚きぱちっと目を見開いた。
「……あったかい。」
続いてもぞもぞと腰の辺りまで潜り込むアキ。更に目は大きく開き、目をぱちくりとさせながら、身体をもぞもぞと動かしている。
ぷしゅー、と空気の抜けるような音がアキの口から零れると、たちまちぴんと伸ばされていたアキの背中はくにゃっと猫背になってしまった。
コタツの魔力には如何なるものも勝てないのである。魔王は一安心してアキのマントをハンガーに掛ける。
「魔王、いいものってなんだ!」
ハルもアキに無駄に挑発をしなくなり、最早いいものにしか意識がいっていない。やれやれと呆れつつも、修羅場から解放された事の喜びのほうが大きいので、また喧嘩が始まらない内に襖に向かう。
がらりと開くとそこには冷蔵庫がひとつ。中から"取っておき"を取り出し、合わせて冷蔵庫傍の引き出しから三つずつ皿とスプーンを取り出した。
コタツに戻り、謎の器と皿とスプーンを置いた魔王は、コタツに肘をついて重々しい表情を作る。
「いいか勇者達よ。今から行う事は背徳的な禁断の儀式である。」
「何だと……? 魔王、私にそんなものをさせるというのか!?」
自分から振って置いて、ハルの反応を見た魔王は思った。
(こいつ本当にノリ良いな……。)
もう一方の勇者の言葉がないので見てみると、「ものに釣られて」とハルを小馬鹿にしていた割には、興味津々に出された器を見ている。
どうやらハルの食い意地とはまた違って、新しく見るものへの好奇心で見ているらしい。言葉にせずとも興味は持ったらしい。
完全に修羅場は脱した。魔王はほくそ笑み、禁断の器に手をかけた。
「嫌なら参加しなければいい。俺はお構いなしに始めるぞ。大自然に反逆する禁断の儀式……火と氷の共演"冬コタツアイスクリーム"を……!」
「ふ、冬コタツアイスクリーム……!?」
「火と氷の共演……炎属性と氷属性が本当に共存なんてできるのですか? いくら魔王の儀式といえ、魔法を齧った身としてはそんな話信じられませんよ。」
魔導書とまで呼ばれた大魔法使いアキはふふんと得意気に魔王の話を笑い飛ばす。魔王も負けじと不敵な笑みを返し、器を開く。
「刮目せよ。普段はちょっと手を出しづらい禁断のちょっと高めのアイスクリームを。」
器の中から現れたのは白い雪原であった。
ハルとアキが揃って身を乗り出し器を覗く。
「これは一体……?」
「雪、とはまた違うみたいですね。」
スプーンで雪原を抉る魔王。抉り出された乳白色のそれは、ひとつの皿に盛りつけられる。続いて魔王は繰り返し雪原を抉り、やがて三つの皿には等量のそれが盛りつけられた。
魔王がハルとアキ、自身の前に皿を差し出す。
「これぞ甘味と氷の芸術! 極寒という大自然に刃向かう暖房器具……! その背徳に更に背くように、冷たいアイスクリームを食するという暴挙……! せっかく電気代を消費して身体を温めているのに、敢えて身体を冷やすものを欲するというこの一見矛盾した愚行に、それでも人間は魅了されてしまうのだ……! この儀式の名こそ、"愛の叫び(アイ・スクリーム)"!!!!」
「何言ってるのかよく分からんが、なんて邪悪な儀式なんだ……!」
ハルはスプーンを握りしめ、「くっ!」と悔しげに目をぎゅっと瞑る。
「私は勇者だ……! 悪魔の誘惑になど負けはしない……!」
ふるふると震える手を押さえ付けて、ハルはちらりと魔王の方を窺う。
(こいつ本当にノリがいいな……。)
自分から振って置いて、ハルを物珍しい動物でも見るように眺めながら、魔王はクックックと笑って、スプーンで掬い上げたアイスクリームを口に入れる。
魔王は普段は口にしない甘味に、思わず呟いた。
「あっ、うまっ。」
「えっ、ほんとか?」
ハルは魔王に釣られてぱくっとアイスクリームを口に入れた。
それを見た魔王が「えっ。」と少しビックリした様子で指摘した。
「あっ、食べた。」
「あっ。」
食べない感じの雰囲気を出していたハルは自らが犯した過ちに気付き、頭を抱えて叫びを上げる。
「謀ったな魔王ォォォォッ!!!!!!!!」
「うわぁ、急に大声出すな!」
「何だこれ美味しすぎるぞ魔王ォォォォッ!!!!!」
「その絶叫芸ほんとやめろ心臓に悪い!」
ハルはがばっと顔を起こし、再びスプーンでアイスクリームを掬い、口へと運ぶ。
冷たい。
外は寒い。その寒さから逃れる為に、魔王城でコタツに入っている筈だ。
にも関わらず、今、ハルは冷たいそれを口に自ら進んで運んでいる。
口の温度にアイスクリームはとろりと溶け出し、かつてない甘みがハルの口内を駆け巡る!
「くぅッ! 悔しい……! だが、止まらない……!」
溶けてしまうアイスクリームを注ぎ足すように、スプーンはどんどん口へと吸いこまれていく。抗うことの敵わない魔性の冷気と甘味に、既にハルは囚われていた。
下がる体温に自らの身体を抱き締め、恍惚とした表情で頬を染めてハルは呟く。
「おかわり……。」
「もっと味わって食え……。高いんだぞこれ……。」
そう言いつつも、魔王はスプーンをくわえながらハルの皿を受け取り、アイスを取ってやる。
その光景を見ていたアキは、ふん、と鼻で笑ってやれやれと首を振った。
「あいすくりーむ、とやらが何だか知りませんが、全く品がないですね。騒いじゃって。貧乏勇者は何を食べても美味しいんですか? こんな得体の知れないものが、本当に私の口に合うのかどうか……。」
ちょいと少しだけスプーンに掬ったアイスクリームは、未知なる食物への不安の表れか。強がりつつも見え隠れする恐れを魔王に見抜かれまいと努めつつ、アキはそろりとアイスクリームを口に入れた。
つんと冷たい温度が歯を刺し、アキは思わずスプーンを落として口を塞いだ。
魔王が一瞬驚く。虫歯でもあったのだろうか。そこにアイスは酷だったか。
心配した魔王の視線を気にも留めず、両手で口を覆ったアキは、ふるふると震えながら声を押し殺すようにした呟いた。
「……………………おいちい。」
魔王の呆れた視線に気付き、アキはすっと口元から手を離し、おほんと咳払いしつつスプーンを拾い上げる。
「んんっ! まぁまぁ。まぁまぁですね。初めて食べた味なのでびっくりしました。もうちょっと食べてみないと分からないですね。」
言いつつ今度は掬い上げるアイスクリームの量は増えている。澄ました顔でアイスを口に入れて、むぐむぐと口を動かすと、アキはにこりと無邪気な少女のような笑みを浮かべた。
魔王は(こいつもか……。)と思いつつ、ハルのように素直になれないアキを皮肉る。
「ふん。勇者よ。言葉は随分と達者だが、口は素直じゃないか。」
「……ッ!? こ、これは違っ!」
思わず笑ってしまっていた事に気付き、アキは焦って口を塞ぐ。頬を赤らめ、悔しげに顔を伏せるが、込み上げる笑いが抑えきれない。
魔王はその様を呆れた様子で見下ろしながら、自身もアイスを一口食べる。
「素直に美味いものは美味いでいいだろう。何を強がる必要がある。」
「強がってなど……!」
「おかわりはまだあるぞ。」
そこで、ハルが声を上げる。
「おかわり!」
「お前には言ってねーよ。あと、食うの早っ!」
「こ、この暴食メスオーガっ! ずるい! 私の分も残して置いて下さい!」
ハルの二度目のおかわりを皮切りに、アキは焦りガガガッ!とアイスを口に運び始めた。
「お、おかわりください!」
「ちょ、そんなに焦るな!」
アキにアイスをよそってやりつつ窘める魔王。
「生意気クソガキめ……! 私に食事で勝とうなど百年早いわ……!」
「お前も煽るな!」
バチバチと火花を散らせる女勇者二人。
女勇者はアイスを負けじとかき込み始める!
「おい、もっと味わって……!」
魔王の呼び掛けなど聞く耳も持たず、アイスを一気に口に入れた二人の女勇者。その戦いは意外な程に早く打ち切られる。
ぴたっと止まる二人の勇者の手。同時に二人の勇者はスプーンを落とした。
そして、次の瞬間、二人とも頭を抱えてコタツに突っ伏す。
「いたたたたたたたた! 頭痛い! なんだこれ! なんだこれ!」
「…………ッ!? ッキュウ……!」
「ほら、焦って食べるから……あれだ。アイスクリーム頭痛ってやつだ。」
アイスクリーム頭痛とは、かき氷やアイスクリームなどの冷たいものを食べると生じる事のある頭痛のことである。
氷を口に入れるなどした事のないハルとアキにとって未体験の痛みに、二人は悶え苦しんでいる。
「おのれ魔王……謀ったな……!」
「焦って食うからだよ。自業自得だ。」
「…………騙された……!」
「騙してねーよ。忠告したし。直に痛みも引くだろ。」
涙目の二人の女勇者にお構いなしに、魔王は淡々とアイスを食べる。
「あ痛っ。ゆっくり食べてもたまにくるな。」
「魔物にだけ耐性のある毒……!?」
「いやいやいや。個人差だから。大体俺身体のつくり人間寄りだし。」
魔王の罠に落ち、苦しむハル。
その向かい側で、アキがすっと起き上がる。
「あ、治った。」
「な?」
アキは痛みから解放されて、早速残ったアイスを食べ始める。
「ど、どうして私だけ……! 魔法の力が関係している……!?」
「いや、個人差だろ。」
「あ、治った。おかわり!」
「立ち直り早いなお前。」
禁断の儀式に興じる魔王と勇者。
儀式は器が空になる時まで続いた……。
アイスを食べ終わったアキは、口をナプキンで拭いつつ、おほんと上品っぽい咳払いをする。
「中々でした。流石は魔王、と言ったところでしょうか。」
「子供みたいに大はしゃぎでアイスを食べてたのに今更取り繕っても……。」
「子供じゃないです! 私は立派な大人です!」
アキはぷんぷんと怒りながら、杖を取り席を立つ。
「ご馳走様でした。悔しいですがひとつ、借りができましたね、魔王。今日のところは見逃してあげます。勝負は次にお預けです。」
魔王はアキの言葉を聞いて驚いた。
(こいつはちゃんと魔王討伐の目的覚えてるのか……。)
魔王はハルの方も見てみる。
(このクソガキはなんの話をしてるんだ……?)
(なんの話してるんだみたいな顔してるな……。)
いつも通りだった。
アキは、一見すると一般人のおじさんにしか見えない魔王を見下ろし、考える。
(一般人かと思ったけど、やっぱりこれは魔王だ。あまりにも私達が知らない知識を持ちすぎている。見た目に騙されるところだった。……もう満足行くほどあいすくりーむは食べた。次は絶対に容赦はしない。)
アキは魔王を認めた。
その上で、次は決着をつようと決意する。
「帰ります。あいすくりーむ美味しかったです。ご馳走様でした。」
帽子とマントを取り、魔王に背を向け、アキは去る。
二度と相容れる事のない相手にはもう一瞥もくれる事無く。
「おお、気に入ってくれたようで何よりだ。今後は別の味とか用意しとこうか。」
魔王の言葉を聞いたアキの動きがぴたりと止まる。
「…………今、何と?」
「ん? 別の味でも用意しようかと。」
「あいすくりーむは、あの味だけではないのですか?」
「色々あるぞ。今のはバニラ。他にもチョコレート、ストロベリー、グリーンティー、数え切れない程の種類がな。他にもクッキーなんかに挟んだものとかも……。」
じゅるり。と口の中に湧き出るものを押さえ、アキはぐっと拳を握る。
「……また来ます。お邪魔しました。」
「ああ。気をつけて帰れ。」
「とっとと帰れ帰れ。」
そして、振り返る事無く、魔王城の扉を開き、扉を閉じたところで、高鳴る動悸を押さえるように胸を押さえて屈み込んだ。
(あいすくりーむは、まだ、ある……!?)
魔王を倒す使命を果たさなければならない。
しかし、魔王を倒したらあいすくりーむは二度と食べられない。
(……魔王について私は知らなさすぎる。デンキカーペット、コタツ、あいすくりーむ……確実に勝つ為には、魔王についてもっと知らなければならない。そう、これは調査の一環。決して、あいすくりーむに屈した訳ではない……!)
アキは、ふふん、と笑って魔王城を振り返った。
「……寿命が延びましたね、魔王。」
不敵に微笑むお子様勇者は、次来る時に心を躍らせ、スキップ混じりに去っていった。
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