第6話 勇者魔王鍋戦争




 魔王城に集いし四名の猛者。

 剣姫と名高き女剣士、勇者ハル。拳王と呼ばれる武道家、勇者ナツ。

 悪名高き魔物の王、魔王フユショーグン。その側近、猫耳メイド?のトーカ。

 四人が囲むは四角いこたつとひとつの土鍋。

 魔王と勇者の鍋戦争が幕を開く……!


「煮えたかなー。」


 濡れ布巾で蓋を掴んで、様子を窺うのはトーカ。蓋を開けばグツグツと煮える鍋は白い湯気と香りを立ち上げた。


「いけそうですねー。じゃ、よそるんでお皿貸してくださーい。」


 そのまま主導権を握るのはトーカ。まずは、向かい合うハルに手を差し出すと、鍋初参戦のハルは素直に皿を手渡した。

 好奇心たっぷり、わくわくを隠せないまま鍋を覗き込むハル。


「なんだ? なんだ? 何が入ってるんだ?」

「お肉とかお野菜とか色々ですよー。ハル様は苦手なものとかありますか?」

「なんでも食べれる!」

「じゃあ、バランス良くよそりますねー。」


 手慣れた様子で野菜やキノコ、肉をバランス良く、見栄え良く皿に盛りつけると、最後にお玉で汁を溢れない程度に注ぎ、トーカはハルに皿を返す。

 

「熱いので気をつけて下さいね。」

「ありがとう!」


 皿を受け取ると中身をまじまじと見つめるハル。続いて手元にある箸を手に取って、そこでふと疑問を抱く。


「これはどうやって使うんだ?」

「ああ、お箸の使い方知らないんですね。こうやって持って……。あっ、そっち行きますので。魔王様後ろを失礼。」


 立ち上がり、狭い魔王城の中、魔王の後ろを通ってハルの方に移動するトーカ。ハルに箸の持ち方をレクチャーしに動く。


「あっ。魔王様。勝手によそってて下さい。ハル様にお箸の持ち方教えるので。」

「あいよ。」


 魔王は皿を手に取り、鍋の中身を吟味し始める。

 魔王と向かい合い座る、やたらと気合いの入った正装のナツは、魔王とトーカを交互にみやった。


(えっ……魔王……?)


 顔色悪めの色白のおっさんは、確かに今、魔王と呼ばれた。

 ちなみに、ナツはハルに食事に誘われただけで、魔王城を訪れた自覚はない。

 魔王と言えば、危険な魔物達の頂点に立つと言われる、魔物の王であり、人類最大の敵の呼称である。

 その単語が思わぬ人物にあてがわれた事に、ナツは混乱していた。


(……いやいやいや。まさか、こんなおっさんが。というか、ハルに誘われて来た場所だぞ。勇者が魔王のところに食事になんていくわけないだろ。どうみても顔色悪いおっさんだし。全然魔物感ないし。)


 魔王は豚肉とつみれを取ると、ナツに向かって手を差し出した。


「ほい。よそうぞ。」


 ナツは皿を手に取り、魔王の反応を見てほっと一安心した。


(魔王が勇者に鍋よそう訳ないよなぁ。)

「…………どうも。」


 魔王はナツから皿を受け取ると、ふと思った。


(この勇者達脇が甘すぎるだろ……。なんで、敵地で普通に御馳走になってるんだよ……。毒とか警戒しないのか……。)


 二人の間には致命的なすれ違いがある。

 二人を繋いだのはハルだが、鍋に心を奪われすぎた彼女はナツに「訪問先が仇敵である魔王の拠点である」という重要な事を話し忘れているのである。

 そうとも知らずに、野菜や肉を満遍なく拾って皿に盛りつけると、魔王はナツに皿を返す。


「ほい。」

「…………どうも。」


 皿を受け取り、ナツは思う。


(いや、でも、じゃあ何だこのおっさん。ここはとても食事処には見えないし。ハルとこのおっさんはどんな関係なんだ? 親子には見えんし。……というかあれ、メイドだよな? しかも猫耳生えてるし。なんだここ。ハルは一体俺を何処に連れてきたんだ……?)


 箸を不器用に操りながら、ハルはようやく掴み上げたつみれを見て、嬉しそうに声を上げた。


「できた! これなんだ?」

「つみれですね。鶏肉のお団子ですよ。どうぞ、食べてみて。」


 そろりそろりと口に運び、ぱくっとハルがかぶりつく。一噛み、二噛みすると肉汁と醤油味の汁が溢れ出す。

 頬を押さえてハルが唸る。


「ん~~~~~!」


 その様子を見てナツが思う。


(かわいい……。)


 そんな心の声を聞いたトーカが察した。


(おや? これはこれは……。)


 勇者ナツの抱く想いを察したトーカ。ハルに箸のレクチャーを終え、自席に戻ろうとする彼女の好奇心と老婆心と悪戯心に火が付いた。

 ついでに、魔王の後ろを通って戻ろうとした際に、魔王の皿の中身に気がついた。


「あっ! 魔王様! 肉ばっかとって! 野菜も食べて下さいよ!」

「ちっ、バレたか。」


 トーカは通りすがりに魔王の皿を取り上げ、自席につくと、せっせと野菜を取っていく。そして無理矢理押し付けると、自分もようやく鍋を食しに掛かる。

 押し付けられた野菜を面倒臭そうに口に運ぶ魔王。


「はぁ。好きなものくらい自由に食わせろよなぁ。お前は俺のお母さんか。」

「魔王! 野菜も美味しいぞ! このはっぱほろほろとろける! んまい! おい! ナツも食べてみろ!」


 ハルに促され、ようやく一人困惑していたナツも皿に盛られた具材に手を伸ばす。肉を一口食べると、ハルほどのリアクションはないものの小さく「うまい。」と呟いた。

 魔王もハルに野菜を勧められ、嫌々ながら口に運ぶ。


「しかし、酒が欲しくなるな。」

「魔王様。お酒は控えて下さいよ。お医者様から怒られたでしょ。」

「ちぇー。」


 酒を欲する魔王と、それを窘めるトーカを見て、ナツは思う。


(この人らは夫婦なのか? でも、旦那に様付けするか? そもそも、『マオウ』って何だよ。『魔王』じゃないだろうし。マオウって名前なのか?)


 マオウの謎が頭の中を駆け巡っていたが、答えは出ないのでナツは思考をやめ、自身も鍋の感想を口にする事にする。


「…………俺は米が欲しくなるな。」


 ふとした感想に対する反応はそれぞれ違う。

 新たなる食物の気配を感じ、「コメ?」と眉を動かすハル。

 あー、と納得したように頷く魔王。


「実は用意してないんですよねー今回は。」


 トーカが申し訳無さそうに言うと、ナツは「ああ。」と何とはなしに呟いた言葉を思い返し、こくっと小さく頭を下げた。


「…………申し訳無い。気になさらずに。」


 コメがないと知って少しつまらなさそうにしつつ、「おかわり!」とトーカに皿を渡すハル。「はいはい。」と皿を受け取り、手早く具材を取るトーカ。

 その様子を見つつ、ナツもこれ以上余計な事を言わずに黙々と自身に取り分けられた鍋を食べ始めた。


 ハルに皿を返したところで、トーカがふと口を開く。


「ところで、ハル様とナツ様はお付き合いとかされてるんですか?」


 グボホォッ!! とむせるナツ。

 トーカはにやにやと口を緩ませながら続ける。


「だってぇ、お二人で食事にいらっしゃるなんて。特別な関係なのかな、って思っちゃうじゃないですかぁ。」

「そ、そそそそそそんなんじゃない。別にそんなんじゃない。俺はハルに誘われたから来ただけで。別にハルとは同じ勇者なだけだし。剣の腕だけでそこまで上り詰めた事を尊敬してはいるけども。そういう感情は持ち合わせていないし。まぁ、女性として魅力的だとは思うぞ。だけど恋愛感情はあるかというとそうではないというか。いや、ちょっとまだよく分からないんだが。」

「めっちゃ早口ですね。」


 いち早くナツの感情に気付いてぶっ込んできたトーカだけでなく、魔王もその反応を見て察する。流石にこれで気付けない者はそうはいない。

 お構いなしに鍋を味わうハルに対し、トーカは聞いてみる。


「ハル様はどうなんですか? ナツ様の事をどう思われているのですか?」


 ナツの目がカッと見開きハルの方を向く。

 ハルは「ん?」と不思議そうに首を傾げると、暫く口の中のものを咀嚼した後、ごくりと呑み込んでから応えた。


「ナツの事をどう思っているか? 何の話だ?」

「あれ、聞いてませんでしたか? えっと、ハル様はナツ様の事をどう思われているのですか? こんな場所にお食事に誘うなんて、勇者の仲間だから以上の理由があるのかな~って。」


 ハルは少し難しい表情になる。

 魔王はその表情に複雑な心中を見る。

 ナツはその表情に緊張する。

 二人の男の視線を受けながら、ハルは悩む。


(友達を誘うと見栄張った手前、他に誘う人間が居なかったとは言えない……。)


 唯一その心中を見たトーカが、クッ、と笑いを堪えて顔を伏せた。


 そんなハルの心中は見透かせずとも、魔王は薄々勘付いていた。

 僅かな間ながら、ハルを見てきた魔王は知っている。


(こいつ色気より食い気みたいな所あるから脈無しだろうな。)


 正解である。

 最早ハルの回答に緊張しているのはナツ以外には居ない状況で、ハルは悩んだ末に答えを出した。


「なんとなくだ。」


 この上なく適当な答えだった。




(もうちょっと考えてやれよ……。)


 魔王は勇者ナツを不憫に思った。

 好きになった相手が悪すぎる。魔王の憐憫の目を一身に受けるナツは、その返答を受けて思った。

 

(なんとなくで選ばれるって、結構ハルの中で俺の評価って高いんだな……。これは……脈有りか?)


 その心の声を聞いて、トーカは思った。


(ポジティブだなこいつ……。)


 全く傷付いていないどころか、プラスに捉えているナツの心中など魔王が察せられる筈もなく、哀れむ魔王はナツへと手を差し伸べる。


「ほら。もっと食え。今日はたらふく食っていけ。」


 同情からの気遣いだったのだが、プラスにしか捉えていないナツは気付いていない。何故か優しい目で鍋のおかわりを促す魔王に対して、ナツは戸惑いつつ皿を渡した。


(何だこの優しい目……? いや、そもそもこのおっさんは一体何なんだ? この集まりは一体……?)


 よそられた皿を受け取るナツは、ハルの方を窺う。

 疑問は尽きなかったが、幸せそうに鍋を掻き込む彼女の姿を見て、ナツは思った。


(まぁ、ハルが幸せそうならそれでいいか。)


 ナツは箸を進め出す。その様子を見て、魔王は安心したように優しく微笑んだ。

 ハルが早くもおかわりを要求している。トーカは皿を受け取り、にっこりと笑った。




 寒空の下、更にその下狭いひとつの小屋の下、更に更にその下狭い狭いこたつの下、生まれも育ちも立場も違う四人がひとつの鍋をつつき合う。

 

 心も体も温まる、そんな光景を見ながらトーカは思った。


(こいつら魔王とか勇者の自覚あるのかな。)



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