第5話 第2の勇者現る




 魔石の使い方をマスターしたハルは、喜々として魔王に連絡を取った。

 鍋の約束を取り付けた彼女に待ち受けていたのは、思いも寄らぬ残酷な要求であった。


『誰でもいいから一人友達連れて来い。』


 ハルはぞくりと背筋を凍らせて、震える声で聞き返す。


「な、なんで友達が必要なんだ……?」

『鍋は仲の良い者同士で集まって食べるものだからだ。』


 ナベは仲の良い者同士で集まって食べる必要があるらしい。

 何かの魔法の儀式だろうか。ハルにはとても理解できないが、魔王がそう言うのなら多分そうなのだろう。難しい事は考えずに、ハルはギギギと歯を食いしばった。


「そっちで用意できないのか?」

『え? いや、トーカは都合空いてるから呼べるが、他は無理だぞ。そいつらが働いているからお前の相手をしてやれるんだからな。一人くらい連れてこられるだろう?』


 わざわざ自分の為に魔王の仕事を代わって貰っている。そう言われるとハルも流石に気まずくてワガママは言えない。

 しかし、ハルは素直に「はい。」とは言えない。

 決して彼女が負けず嫌いだからではない。深い理由があるのだ。


『何でそんなごねるんだ……? いや、ちょっと待て。まさか、お前……友達いないのか?』

「い、いいいいいいいいるわっ! と、友達のひとっ! 一人くらいいるわっ! 舐めんな! ボケカスコラクソゴミコラ!」

『口悪っ!』


 そう。決してハルに友達がいない訳ではない。決してハルに友達がいない訳ではないのだ。

 魔王のジト目が魔石を通して耳越しにも見えるようである。


『……とりあえず、一人くらい連れて来い。勇者の仲間とか居るだろう? 魔導書と呼ばれる勇者は女だと聞いている。仲良くないのか?』

「は? 魔導書とか知らんわ。あんな生意気なガキと仲良い訳ないだろ。」

『仲悪いんか……? じゃあ、拳王だっけか。男だろうけどそいつじゃ駄目なのか。』


 勇者は三人居る。

 剣姫ハル。拳王ナツ。魔導書アキ。

 ハルも当然他の二人の勇者と面識はあるのだが……。


「……仲が悪い訳ではないが。あんまり話した事ないんだよな。口数少なくて何考えてるのか分からんし。」

『無理なのか? やっぱり、お前友達』

「あー、連れてってやるよ! 吠え面かくなよゴミがよぉ!」

『口悪っ!』


 ぷつっと魔石の通話を切って、ふうふうと息を荒くしたハルは魔石を地面に叩き付けようとする。一応、雑に扱っていいとは魔王に言われていたが、流石に高価なものに思えたので寸での所で踏み止まって、ハルは息を整える。


 呼吸が整い冷静になったハルは悲痛な表情を浮かべてその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。


(このままでは魔王に笑われる……!)


 お察しの通り、ハルには友達はいないし、他の勇者とも特段親しくないのである。

 年の近い人間が傍にいない片田舎で育った故に他人との交流はあまりなく、出会っても剣の試合を申し込まれるくらいで仲良くまではならない。

 他の勇者も任命式の時に顔を合わせて話した時から、どうにも話が合わない。


 とはいえ、魔王に見栄を張った手前、今更引くわけにもいかない。


(仕方が無い……。アキは絶対に有り得ないが、一か八かナツには声をかけてみるか。)





 そんな経緯で、ハルは城下町にあるナツの拠点を訪れたのである。


 拳王と呼ばれる最強の武闘家、勇者ナツ。

 育ちは平凡らしいが幼少時から並々ならぬ才覚を発揮し、瞬く間に名を上げた武闘家である。まるで生まれながらにして武の才能に恵まれていたかのように、教えられてもいない技をどんどん増やしていき、気付けば勇者の一人に任命される程になっていた希代の天才だという。

 彼は勇者に任命された頃、拠点として城下町に一軒家を購入し、普段はそこで過ごしているという。

 積極的に魔王の足取りを追っていたハルとは打って変わり、そこらのその日暮らしの冒険者と変わらない、魔物退治やら依頼を受けての用心棒などで日銭稼ぎの日々を送っているという。


 ごく普通の、魔王城よりは大分大きい民家の前に立ち、ハルは深く深呼吸した後、ドアをノックした。


「た、頼もー! 勇者ハル参上! 出てこい! ナツ!」


 ハルは人の家を訪ねる時の作法を知らないのである。

 喧嘩を売りに来たような文句にも関わらず、意外にもすぐにドアは開いた。


 上半身裸の長身、線は細いが筋肉質な男が顔を出す。

 整えていないぼさっとした黒髪に、何を考えているのか分からないじとっとした目、半開きの口をした何とも掴み所のない男はハルを見て一回だけ瞬きした。


「…………珍しいな。」

「あ、ああ。久し振りだな。元気にしてたか?」

「…………ああ。」


 低いくぐもった声で、勇者ナツは返事する。

 極端に口数が少なく、表情の変化も乏しい。瞬きすら全くしないので、顔がまるで仮面のようである。

 ハルは久し振りに会う事と、見ての通りの掴みづらさから、やや緊張した声色で話を続ける。


「暇か?」

「…………暇っちゃ暇だな。」

「ちょっと付き合わないか?」


 ナツは今度は数度ぱちぱちと瞬きした。じとっとした目は変わらない。


「…………何に?」

「飯でも行かないか? 珍しいものを食べられる場所を見つけてな。」


 ハルは嘘は吐いていない。宿敵である魔王の拠点ではあるのだが。

 食事の誘いを受けたナツは再び数度瞬きをして、視線を横に流してからぽつりと答えた。


「…………いいけど。」

「……え!? いいのか!?」


 ハルが目を輝かせてナツに詰め寄る。ナツは顔を横に逸らしてこくりと頷く。

 見ての通り、口数も少なく感情の変化が乏しいナツのことである。てっきり、人付き合いを煩わしく思っているのではないかと思っていたハルだったが、意外にもあっさりと了承された。

 これにはハルも喜びを隠さず、ナツの手を取り顔を見上げた。


「ありがとう! 断られるかと思った!」

「…………お、お前の誘いを断る訳ないだろ。」

「じゃあ、早速行こう! あ、その格好はやめろよ? ちゃんと上着着た方がいいぞ!」

「…………あ、ああ。」


 魔王のアドバイス通り、魔王城近辺は寒いので厚着推奨なのだ。

 流石にナツのように上半身裸で行くのは自殺行為である。

 かつての自分のミスを活かして、これで準備は万端。

 ハルはようやくナベなるものが目前に迫り、これ以上無いくらいの眩い笑顔を浮かべた。


「…………着替えるから待っててくれ。」

「分かった! 待ってる!」


 元気に返事するハルは、一歩引いてドアから離れる。

 するとナツは一旦ドアを閉め、自宅へと戻っていった。







 ―――高鳴る鼓動。


 昔から何を考えているのか分からないと言われ続けてきた男は、今度ばかりは何を思っているのかを悟られていない事を切に願う。

 閉じたドアにもたれ掛かり、紅潮まではせずとも、明らかにいつも以上の熱さを持っている頬に手を添え、男は心中でガッツポーズを作った。


(……っしゃあ!)


 勇者の任命式の時に出会った、剣姫(けんき)と呼ばれる女剣士。

 立食会で見た、子供のように目を輝かせる眩しい笑顔を今でもはっきりと覚えている。

 生まれてこの方、いや、生まれる前からも、決して抱いた事のない感情を、男はその笑顔に抱いた。


(これはデートだよな? ハルから、俺をデートに誘ってくれたんだよな? マジか。マジでか。これマジなのか。)

「…………任命式で渡された正装は何処に仕舞ったか。」


 ドアから離れ、部屋の隅に置かれた、埃を被ったタンスに向かう。タンスを開くと、式典の日以来着ていない正装がピンと張った状態で眠っている。それを取り出し、勇者ナツは鏡の前に立つ。


(なんでだ。なんでだろうな。きっかけなんてなかったと思ったんだが。あれか。最近頑張って仕事してるから噂を小耳に挟んだのかな。それなりに活躍してるしな。そういえばハルの方は最近大丈夫なんだろうか。飯とか食えてるのかな。……正装は筋肉ついたから着れるか不安だったけど……まだいけるか。よかった。デートだしな。おめかししないとな。)

「…………シャツも出すか。」


 ナツはタンスに戻り、暫く使っていないシャツを探す。普段は決してお洒落なんてしない。むしろ、筋肉質な体つきでキツキツになるので上半身は裸がデフォルトである。しかし、今日は服がきついなどとは言っていられない。


 ビシッと正装を着こなした姿を鏡に映し、普段は整えない髪を後ろに撫で付けて、パァン!と頬を一たたきして、ナツは気合いを入れた。


「…………行くぜ。全力で。」




 勇者ナツは、同じ勇者のハルに恋している。








 ―――二時間後。



 こたつの四方に四人が構える。

 中央にはコンロにかけられた土鍋。閉じられた蓋は既に蠢き始めている。


 こたつに入り、姿勢悪く背を丸める勇者ナツは、沸き立つ鍋から視線を上げ、向かい合う男をじっと見つめて、心の底から疑問に思った。


(なんだこのオッサン……!)


 顔色が悪いと思うくらいに色白の、半纏を羽織った普通のおっさんは、向かい合う勲章を胸に掲げた正装の男から視線を逸らしつつ、心の底から疑問に思った。


(なんでこいつ鍋パ如きにここまで気合い入れてきてるんだ……!)


 気まずそうな対峙する二人の男を交互にみやり、同時に鍋の世話をしている猫耳メイドは、口の端がつり上がるのを隠す気もなく、心の底から歓喜した。


(超ウケる。)


 そして、この修羅場を作りだした張本人、交錯する視線に気付く事もなく、ただただ沸き立つナベを凝視する女勇者は、心の底から期待していた。


「これがナベかぁ……!」


 四角いこたつのリングの上で、勇者と魔王の鍋パが始まる……!



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