第4話 遭遇、魔王城の番人




 再び魔王城を訪れた勇者ハルを待ち受けていたのは、魔王ではなく一人の猫耳メイドであった。


「……えっと、どちら様でしょうか?」

「え。えっと、えーっと……勇者をやっているハルという者です。」


 思わぬ初対面に畏まるハルに、メイドは「ああ!」と手を打ちお辞儀した。


「お初にお目に掛かります。魔王フユショーグン側近のトーカと申します。」

「あ。えーっと、初めまして……。」


 魔王の側近だというそのメイドは、猫の耳が生えている事を除けば普通の人間にしか見えない。いや、魔王も普通の色白のおっさんにしか見えないのだが。

 とにかく、初対面の魔王側近のメイドにどう接していいのか分からず畏まるハルを、トーカは笑顔で迎え入れる。


「実は魔王は留守にしておりまして……。少し中でお待ち頂いてもよろしいでしょうか? お茶を淹れますので。」

「そ、そうなんですか。で、ではお言葉に甘えて……。」


 ハルが砕けた態度で魔王に接していたのは、決してハルが馴れ馴れしい礼儀知らずだからではない。相手が宿敵である魔王だからであり、そして気さくなおっさんにしか見えず接しやすかったからである。

 敵っぽくないこういう如何にもなメイドさんには恐縮しつつ、ハルはいそいそと魔王城に上がった。


 いつも通りにコタツに潜り込むと、トーカはハルも見覚えのある紫色のきらきらとした石、魔石を取り出す。確か通話に使えるというもので、魔王にハルも貰ったものである。

 なお、見栄を張って使い方を知ったかぶりしたので使い方をハルは知らない。

 紫色の魔石をトーカは右胸に数秒押し当てると、続いて耳に魔石を当てた。


「……もしもし、トーカです。今お時間宜しいですか? 実は勇者様がいらっしゃっていて……え? 約束していない? はぁ……はいはい。ははぁ……。」


 なるほど、魔石はああ使うらしい。

 ハルは見様見真似で右胸に魔石を押し当てる。すると、身体からふわりと僅かに力が抜けた。自然と魔石が熱を持ったように感じる。ハルはトーカを真似して耳に魔石を押し当てた。


「はいはい……えーっと……え? 割り込みですか? 分かりました、切ります。じゃあ、私の方でお相手しておきます。はい。お疲れ様です。」


 丁度、トーカの方で魔石を使った通話が終わったようだ。

 耳に当てた魔石から、ビーッと不思議な音が聞こえていたが、丁度よく音が途切れて聞き覚えのある声が魔石から響く。


『おい、勇者。お前、来る前は連絡寄越せって言っただろ。』


 魔王フユショーグンである。ハルは魔石をうまく使えた事に得意気にフッと笑みを零して、おほんと咳払いをひとつ挟んで魔王に話しかける。


「悪かったな。忘れてた。」

『今日は外の用事で戻れない。次はちゃんと連絡してから来い。』

「分かった。悪かったな。」

『留守番のトーカとは会ったか。適当に茶でも振る舞うように言っておいたから、少し寛いだら今日は帰れ。』

「分かった。またな。」

『またな。』


 ぷつん、と弾けるような音がして、魔王の声は聞こえなくなる。

 どうやら今日は帰ってこないらしい。しかし、魔石の使い方を覚えたので、次回からは同じ事にはならないだろう。ハルは満足げに懐に魔石をしまう。

 丁度その頃、トーカがお茶を淹れて差し出してきた。


「はいどうぞ。お砂糖入れますか? ミルクは?」

「え? 砂糖? ミルク?」


 聞き覚えのない質問。差し出されたお茶に視線を落とすと、いつもと様子が違う。

 いつも魔王が出してくるのは緑っぽい色の液体であった。しかし、今日は赤みがかった茶色である。恐る恐るハルが鼻を寄せると、驚く程に良い香りでハルは驚いた。


「これはお茶じゃないのか? 色が違う。」

「お茶ですよ? ……ああ! いつも魔王が出しているのは緑茶でしたか。これは紅茶ですよ。違う種類のお茶です。こっちも安物ですが。」

「お茶にも色々あるのか……。」

「私は甘いミルクティーが好きですねー。」

「じゃあ、私もそれで。」


 トーカはコタツの隅に置かれた入れ物から白い四角いものと、銀色の器を取り出す。白い四角いものを並べられた二つのお茶にぽとりと落とし、続いて銀色の器から白い液体を注ぐ。白い液体はミルクだろう。四角いものは、もしかしたら砂糖を固めたものかも知れない。


「これは角砂糖ですよ。お察しの通り四角く固めたお砂糖です。」

「へぇ。魔王は珍しいものを色々持っているんだな。……あれ? 思った事が声に出てたか?」

「ふふ。顔に出てましたよー。はい、どうぞ。」


 トーカに差し出されたお茶は一点、薄茶色?に変わっている。暖かいカップに手を添えて、早速ハルはミルクティなるものに口をつける。


「ん……!」


 緑茶とは違う芳ばしい香り。緑茶の苦みとは違ったミルクのまろやかさと、程よい甘み。全く違った味に、ハルは目を見開いた。


「美味しいですか?」

「美味い!」

「それは良かった。お茶請け出しますねー。クッキーでいいですか?」

「うん。」


 クッキーはハルも知っている。何度か食べた事もある。

 トーカは後ろの襖を開き、中からひとつの缶を取り出すと、蓋を開いてコタツの中央に置く。ハルが覗き込めば、中にはぎっしりとクッキーが詰まっている。

 目を輝かせながら、ハルはその内の一枚に手を伸ばした。


「~~~~~~!」


 さくっと一口。声にならない悲鳴を上げて、ハルはとろんと目をとろけさせる。

 いつもの魔王の渋い菓子とはまた違った喜び。甘味とは幸福の味である。見ればクッキーは色々な種類があり、口の中でクッキーをじっくりと味わいながら、ハルは次のターゲットに目を移していた。


「お気に召したようで何よりです。あ、誰も取らないのでゆっくり召し上がって下さいね。」


 トーカは四つ目の砂糖を紅茶に落とし終えると、ようやくカップに口をつけた。


「甘いものはたまりませんよね。」

「うん。分かる。」

「甘いお菓子と甘い紅茶を、ぬくぬくとしたこたつの中で味わう。この時ばかりは外が寒ければ寒いほどに幸福だと感じますね。ああ、しあわせ。」

「分かる分かる。」


 ハルはこくこくと頷きながら、クッキーのなくなった口にミルクティを運ぶ。クッキーとの相性は抜群。甘みの波状攻撃に、ハルの心は緩みっぱなしである。

 クッキーをもくもくと食べながら、トーカも緩んだ表情でコタツの上に顔を載せる。


「あー。もう掃除したくない。」

「掃除してたのか。」

「はい。まぁ、お客様の前だし掃除する訳にもいかないですよね。」

「そうか。」


 だらだらとコタツに潜りながらクッキーと紅茶を楽しむ。

 ふと、ハルはトーカに尋ねた。


「そう言えば、魔王は何の用事で外に出てるんだ?」

「生態系の調査です。」

「セイタイケイ?」

「貴重な生き物の暮らしを調べに行ったんです。何か生活に困る事がないかとか、そういうのを事前に調べて、必要であれば対策を打つんです。」

「……何だか難しい事をやってるんだな。」


 ハルが勇者として知る魔王の情報は、『魔王は魔物達を統べる王であり、人類の敵である』というものだけである。

 しかし、実際に魔王を見るとどうにもしっくりこない。


「しっくりこないでしょう。魔王は基本普通のおっさんですから。」

「あれ? 声に出てたか?」

「顔に出てましたよ。」

「顔を伏せてるのに見えたのか?」

「まぁ、細かい事はいいじゃないですか。」


 このトーカという側近もよく分からない。掃除をしていた様子なので、見た目通りのメイドなのだろうが、魔王同様まるで毒気がない。

 本当にこれが噂の魔王とその側近なのだろうか。

 そもそも、魔王とは何なのか。


「まぁ、難しい事は考えないで、クッキーと紅茶でまったりしましょ。急いで結論を出す事でもないのでは?」

「まぁ、それもそうか。」


 ハルは難しい事を考えるのが苦手なのである。

 とりあえずクッキーと紅茶が美味しいので良しとする。

 そう思った後に口にした茶色いクッキーが思いの外美味しかったので、その時点でハルの頭から魔王の事は消えた。


「ところで、勇者様は鍋が目的なんですよね?」

「そうだ。」


 トーカは自分で聞いておいて何だが、ふと思った。


(魔王様倒しに来たんじゃないのか……。)


 紅茶を口にして間の抜けた表情を浮かべる勇者を、こたつに突っ伏した状態からちらりと見上げて、トーカはしみじみと「魔王様から聞いた通りの勇者だなぁ。」と思った。


「あー。こたつっていいですよねー。」

「だなー。」

「お紅茶のおかわりいりますかー?」

「くれー。」


 魔王城は今日も平和である。



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