第2話 そうして私たちは消え失せた

「ま、そりゃ最終的にほぼ死ぬよね、精子だし」


少女はなに食わぬ顔で続ける。どうにも相容れないものを感じ男は語気を強めた。先ほどの後悔と罪悪感が静かに薄れてゆく。

「いや...違うんだよ。俺たちのほとんどが死ぬことに関してどうたら言ってるんじゃない。

要は俺たち...どう足掻いても『生まれる』ことを目標にしないといけないんだよな?な?」


「うん。精子だし」


いつまでものほほんとした様子の少女へ苛立ちが募る。こんなんだからいじめられたのである。

「正確には殺し合いとかじゃなくて尿道から膣内、最後には卵子に向かって一斉に走り抜けるような具合らしいんだけどー...このきんたまの持ち主、オナニーもそこそこするみたいだからまず尿道から出てく時に膣じゃなくてティッシュやらゴムの膜に受け止められることも結構あるんだよね。これ、先に『射精』されてった先輩精子たちの話ね。

ま、私たちが先輩らと同じ轍踏まず膣に行けるかは運ってとこかなー」


少女の饒舌且つ意味不明な説明は男の耳を通り抜け、悪意なき内に神経を逆撫でした。




「っざっけんな!!!」




男は突然立ち上がると癇に障る声色で絶叫し、少女が腰掛けていた真っ白なソファを力一杯蹴った。膝の関節が嫌な音を立てる。

頭に血が上ったとき、過去の嫌な記憶がフラッシュバックしたとき、彼はいつもこうしてものに当たるのだ。男は至る所がボコボコになった自室の壁を思い出した。


目を丸くし呆然とする少女、そして何事かと駆けつけたその仲間たちの視線を後に、男はわなわなと震えながら家を出た。



「追わなくていいのか?」


中世ヨーロッパのそれを思わせる無骨な鎧を身に纏った大柄な男精子が、横から少女に問いかけてきた。

「ま、まあ...私ごときが引き止めたところでなにも変わらないし。

それに外を見てまわるのもここの事情知るのにはいいんじゃないかな、マルセル」


「だからそれは俺じゃなく鍛冶屋の名前だと言ってるだろう...」


鎧の男は己が鎧の左胸に掘られた「Marcel」の刻印を見下ろし苦い顔をした。彼もやはり自身の本当の名を知らないのだ。

曰く生前は竜と剣と魔法の世界に生きていたらしい。不倶戴天の宿敵であった邪竜を前に討ち死にしたことを彼、マルセルは悔やんでいた。


「呼べればなんでもいいでしょ。そんなこと言ってたら私なんて100番目に来た精子だからって『モモ』だよ?テキトー過ぎじゃん」


他愛ない会話を交わしつつも、モモはやはり心の隅で家を飛び出していった男のことを気にかけていた。モモは何が男の逆鱗に触れたのか今ひとつ理解できないでいる。16の秋、若年性乳癌を患うまで春風のごとく順風満帆な人生を歩んできた彼女にとって彼のような性格の持ち主は初めて会う人種だったのだ。



ほのかに緋色に染まった空の下、男は精巣内の珍妙な風景を眺めつつあてもなく歩き続けていた。

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