第五十二話 提案

 ベッドに突っ伏して枕に顔を埋めていた石光であったが、何かを決心したのか顔を上げる。

 (くよくよなんかしていられない。多分ここが分水嶺で背水の陣。乗るか反るか、オールオアナッシング、皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ)

 ひとしきり厳しい状況を表す言葉を思い浮かべると、石光は体を起こし、胡坐をかいて腕を組んで思考を巡らした。

 (自分の利益ばかり考えてしまってはダメ。俊君が望んでいるのは、出来るだけ確度の高い情報、出来るだけバイアスがかかっていない情報。状況としては情報収集分析がしやすい状況、つまり工作がしやすい状況を望んでいる。……いや、それ以上を提案すればいいんだ)

 石光は座り込んでいたベッドから立ちあがり、机に向かうとノートと付箋を取り出して作業を始めた。

 (思いついたことを整理しなくちゃ……)

 時計の短針が12時を通り過ぎて半刻経ったところで石光は両手を上げて伸びをした。

 「終わったぁ~」

 と呟いて時計をみると深夜1時であった。石光は慌ててスマートフォンを手に取りSNSで俊にメッセージを送った。

 〈夜分遅くにごめん。今週水曜日に借りたタッパー返しに俊君の家に行くね。あと今後について色々話したい〉

 丁度、俊はスカイプで山下と情報交換をしており、パソコンの横に置いていたスマートフォンが振動してメッセージを着信したことを伝えた。俊はスマートフォンを手に取り石光のメッセージを読んでから返信した。

 《了解した。水曜日は空けておく。ウチにいればいいんだな?》

 素早い返事に眠い目をこすりながら石光は返信する。

 〈うん、待っててね。あと、お義母さんに俊君に助けてもらったことを話したい〉

 《別に構わんが、母さんに嫌われてウチは出禁になるかもしれないぞ?あと、前にもいったが俺は君を助けていない。君は自分の力で解決したんだ》

 石光は俊の返事に、まだ言うかと微笑んでから返信する。

 〈今、電話してもいい?〉

 今までにない石光の要求に、俊は何かあったのではと落ち着かなくなり山下との情報交換を切り上げて石光に電話を掛けた。

 「ひゃっ!俊君から」

 スマートフォンが振動とともに着信メロディをあげたので石光は驚きつつ通話を開始した。

 「はい」

 『電話したいというから、こちらから掛けた。大丈夫か?』

 俊はゆっくりと優しい口調で石光に質問した。

 「ごめん、気を使わせちゃったかな。文章じゃニュアンス伝わらないと思って直接話したかったんだ」

 『何か重大なトラブルでもあったのかと思ったが、そうでないならよかった』

 「電話代、そっち持ちになっちゃうけど大丈夫?」

 『別に構わないさ。アセットへの支援は惜しまないからな』

 「ありがとう。……なんか、色々引っ掻き回しちゃったかなと思って、色々考えてたんだ」

 『……そうか』

 「うん、私のことばかり考えすぎてたなって。だから正直にお義母さんにも話す。怒られたら仕方ないと思ってる」

 『お義母さん呼びなんだな。もういいや、突っ込むのもめんどくさい』

 といって俊が呆れて乾いた笑いをする。

 「お義母さんには、私が俊君に助けてもらったから今があること……俊君は否定しているけど、そう説明させて?そうしたほうが説得がうまく出来そうだから」

 『分かった。反論しないと肝に銘じておく』

 「ありがとう。あと、今後のことについて色々考えたから意見交換したいなって。俊君の行動を阻害しないような形を考えてみたんだ。俊君にも私にもメリットがあってウィンウィンな感じになれるはず」

 『ほほう、そいつは楽しみだ』

 「詳細は水曜日に。あと電話してくれてありがとうね」

 『気にするな』

 「最初、凄く優しい声で話しかけてくれた時、抱きしめて耳元で囁いてくれてるみたいだった」

 『お、……おう、そうか』

 石光の発言に俊は意表を突かれて、どもった返事をしてしまった。

 『前にもいったが、俺は女性アレルギーだから触れたらアナフィラキシーショックを出して死ぬ』

 「その設定、まだ生きてるんだ。じゃあ、触れないように注意するね」

 俊の説明に対して石光は笑って返した。

 「夜遅くごめんね、じゃあね」

 『ああ、おやすみ』

 「電話かけてきてくれてありがとう、おやすみ」

 通話がおわり、石光はスマートフォンを机においてベッドへ向かった。

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